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第二章

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 エヴァンジェリンに抱きつかれ、ルイスから表情が抜け落ちた。けれどふっと息を吐き、すぐにいつもの甘い笑顔を浮かべる。


「エヴァンジェリン、王太子殿下も僕も大丈夫だ。だけど、王女が軽々しく人に抱き付いたりしてはいけないと、いつも言ってるだろう?君は気にしないだろうけど、目下の者は、王家の人間を避ける事すら不敬になるんだ」

 暗に離れろと言うも、エヴァンジェリンは顔を横に振った。

「そんな事今はどうでも良いわ!!暗殺者がいる方に一人で行ってしまうなんて。そんな危険な事は二度としないで」


 つい先程の自分の行動など完全に忘れてしまったのか、エヴァンジェリンは涙を浮かべてルイスを見上げる。自分に抱きついたまま離れないエヴァンジェリンに、ルイスは困ったように笑った。

 そんな二人を横目に、アルフレードはラウロを呼びシェヴァリを連れて行かせる。
レオナルドとリカルドは、連れてきた護衛達と共に、中庭の探索に向かった。



「エヴァンジェリン、何度も言うようだけど、僕は君達王族に一番近い剣と盾でもあるんだよ?無謀に突っ込んでいるわけではない。その為の訓練を受けている。戦闘も暗殺・・も…」

 影としての訓練も受けたルイスは、戦い方を選ばなければ、その辺の近衞よりも強い。ただ、真正面から剣のみで闘う剣術大会などでは、毎回優勝候補であるリカルドに負けるが…。

「そんな!!あなただって王家の人間だし、何より王位継承権を持つじゃない?!」

「第四位ね。だからこそ僕の順番が上がるような事はあってはならないし、そんな事はさせない。無論、君の順位も・・・・・ね」

 ルイスの声から甘さが消える。
王弟の指示でルイスがエヴァンジェリンの側にいる理由。彼女の動向を常に監視する為。正妃サイドの情報を集める為。そして、いざというときは……。


 ただ、エヴァンジェリンは気づかない。
子供のように純粋で、人を疑わない。何にも縛られず、自由で、悪意を知らない。あえてそうなるように育てられた。

 自分の世界しか知らない、純粋で無垢な『人形姫』。



「だからって、自分の身を守るのは、王族の義務なのでしょう?」

 エヴァンジェリンの反論に、ルイスは困ったように微笑む。そこには僅かな憐憫が含まれていた。そんな彼をちらりと見て、アルフレードは頭を横に振った。


「そこまでだ、ルイス」

甘すぎるルイスに、余計な事を話すなと言わんばかりに、アルフレードが制止する。

「はい。申し訳ありません」

 ルイスが謝罪すると、アルフレードはエヴァンジェリンに顔を向けた。

「エヴァンジェリン。君は自分がしている事が、本当に理解出来ないんだな。はっきり言うよ、ルイスから離れなさい。彼には婚約者がいる。節度ある行動を心掛けなさい。自分自身の為に・・・・・・・

「酷い…。お兄様は、いつもなんで私にはそんなに意地悪なんですか? 私はただ、大切な従兄弟の心配をしただけなのに」

「ならば余計に君の行動は軽率だ。さっさと離れなさい」

「………はい」

 アルフレードの言葉に渋々と離れたエヴァンジェリンから視線を外し、ルイスが回廊の奥を見た時には、すでにメイド服の少女と黒髪の青年の姿はなかった。

 ルイスが吐き出した吐息は、誰にも聞かれる事なく湿った空気に溶けて消えた。









 昼過ぎには雨が降り出し、屋外での夜の催しが中止になった為、おとなしく邸に帰ってきたアリシティアを、初老の家令が困惑した表情で出迎えた。

「お帰りなさいませお嬢様。お客様がおいでです」

「ただいまセバスチャン。…どなたもいらっしゃる予定はなかったと思うけど、急な先ぶれでもあったの?」

 アリシティアは戸惑ったように、聞き返した。

 セバスチャンと呼ばれた家令は、神妙な表情で顔を横にふる。

 ちなみに、家令の名前はもちろんセバスチャンではない。彼がアリシティア付きの執事だった時、アリシティアが「執事と言えば、セバスチャン」だと言い張り、勝手に呼んでいるだけだ。


「じゃあ誰がこんな時間に…」

 父がいない時の急な来客など、正直アリシティアでは対応に窮する。

 そもそもこのリッテンドール邸には、ほとんど客が訪れる事などない。

 社交嫌いの父は人付き合いを好まないし、仕事の話がある時は、屋敷に人を招く事はなく、ホテルのVIPルームを使っている。母が亡くなったこの邸に第三者を近寄らせたくはないのだろう。

 アリシティアはそんな父の意を汲んで、仕事や買い物などには、勝手にガーフィールド邸の離れを使っていた。


 ルイスの後見人は王弟であるガーフィールド公爵なので、表向きはアリシティアが侯爵夫人になる為の教育を、ガーフィールド公爵が施している事になっているからだ。

「どなた?」

「それが…ルイス・エル・ラ=ローヴェル侯爵閣下です」


 執事の躊躇うような声に、アリシティアは思わず「はぁ?」と、間抜けな声を出した。



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