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第二章
3※
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エヴァンジェリンに抱きつかれ、ルイスから表情が抜け落ちた。けれどふっと息を吐き、すぐにいつもの甘い笑顔を浮かべる。
「エヴァンジェリン、王太子殿下も僕も大丈夫だ。だけど、王女が軽々しく人に抱き付いたりしてはいけないと、いつも言ってるだろう?君は気にしないだろうけど、目下の者は、王家の人間を避ける事すら不敬になるんだ」
暗に離れろと言うも、エヴァンジェリンは顔を横に振った。
「そんな事今はどうでも良いわ!!暗殺者がいる方に一人で行ってしまうなんて。そんな危険な事は二度としないで」
つい先程の自分の行動など完全に忘れてしまったのか、エヴァンジェリンは涙を浮かべてルイスを見上げる。自分に抱きついたまま離れないエヴァンジェリンに、ルイスは困ったように笑った。
そんな二人を横目に、アルフレードはラウロを呼びシェヴァリを連れて行かせる。
レオナルドとリカルドは、連れてきた護衛達と共に、中庭の探索に向かった。
「エヴァンジェリン、何度も言うようだけど、僕は君達王族に一番近い剣と盾でもあるんだよ?無謀に突っ込んでいるわけではない。その為の訓練を受けている。戦闘も暗殺も…」
影としての訓練も受けたルイスは、戦い方を選ばなければ、その辺の近衞よりも強い。ただ、真正面から剣のみで闘う剣術大会などでは、毎回優勝候補であるリカルドに負けるが…。
「そんな!!あなただって王家の人間だし、何より王位継承権を持つじゃない?!」
「第四位ね。だからこそ僕の順番が上がるような事はあってはならないし、そんな事はさせない。無論、君の順位もね」
ルイスの声から甘さが消える。
王弟の指示でルイスがエヴァンジェリンの側にいる理由。彼女の動向を常に監視する為。正妃サイドの情報を集める為。そして、いざというときは……。
ただ、エヴァンジェリンは気づかない。
子供のように純粋で、人を疑わない。何にも縛られず、自由で、悪意を知らない。あえてそうなるように育てられた。
自分の世界しか知らない、純粋で無垢な『人形姫』。
「だからって、自分の身を守るのは、王族の義務なのでしょう?」
エヴァンジェリンの反論に、ルイスは困ったように微笑む。そこには僅かな憐憫が含まれていた。そんな彼をちらりと見て、アルフレードは頭を横に振った。
「そこまでだ、ルイス」
甘すぎるルイスに、余計な事を話すなと言わんばかりに、アルフレードが制止する。
「はい。申し訳ありません」
ルイスが謝罪すると、アルフレードはエヴァンジェリンに顔を向けた。
「エヴァンジェリン。君は自分がしている事が、本当に理解出来ないんだな。はっきり言うよ、ルイスから離れなさい。彼には婚約者がいる。節度ある行動を心掛けなさい。自分自身の為に」
「酷い…。お兄様は、いつもなんで私にはそんなに意地悪なんですか? 私はただ、大切な従兄弟の心配をしただけなのに」
「ならば余計に君の行動は軽率だ。さっさと離れなさい」
「………はい」
アルフレードの言葉に渋々と離れたエヴァンジェリンから視線を外し、ルイスが回廊の奥を見た時には、すでにメイド服の少女と黒髪の青年の姿はなかった。
ルイスが吐き出した吐息は、誰にも聞かれる事なく湿った空気に溶けて消えた。
昼過ぎには雨が降り出し、屋外での夜の催しが中止になった為、おとなしく邸に帰ってきたアリシティアを、初老の家令が困惑した表情で出迎えた。
「お帰りなさいませお嬢様。お客様がおいでです」
「ただいまセバスチャン。…どなたもいらっしゃる予定はなかったと思うけど、急な先ぶれでもあったの?」
アリシティアは戸惑ったように、聞き返した。
セバスチャンと呼ばれた家令は、神妙な表情で顔を横にふる。
ちなみに、家令の名前はもちろんセバスチャンではない。彼がアリシティア付きの執事だった時、アリシティアが「執事と言えば、セバスチャン」だと言い張り、勝手に呼んでいるだけだ。
「じゃあ誰がこんな時間に…」
父がいない時の急な来客など、正直アリシティアでは対応に窮する。
そもそもこのリッテンドール邸には、ほとんど客が訪れる事などない。
社交嫌いの父は人付き合いを好まないし、仕事の話がある時は、屋敷に人を招く事はなく、ホテルのVIPルームを使っている。母が亡くなったこの邸に第三者を近寄らせたくはないのだろう。
アリシティアはそんな父の意を汲んで、仕事や買い物などには、勝手にガーフィールド邸の離れを使っていた。
ルイスの後見人は王弟であるガーフィールド公爵なので、表向きはアリシティアが侯爵夫人になる為の教育を、ガーフィールド公爵が施している事になっているからだ。
「どなた?」
「それが…ルイス・エル・ラ=ローヴェル侯爵閣下です」
執事の躊躇うような声に、アリシティアは思わず「はぁ?」と、間抜けな声を出した。
「エヴァンジェリン、王太子殿下も僕も大丈夫だ。だけど、王女が軽々しく人に抱き付いたりしてはいけないと、いつも言ってるだろう?君は気にしないだろうけど、目下の者は、王家の人間を避ける事すら不敬になるんだ」
暗に離れろと言うも、エヴァンジェリンは顔を横に振った。
「そんな事今はどうでも良いわ!!暗殺者がいる方に一人で行ってしまうなんて。そんな危険な事は二度としないで」
つい先程の自分の行動など完全に忘れてしまったのか、エヴァンジェリンは涙を浮かべてルイスを見上げる。自分に抱きついたまま離れないエヴァンジェリンに、ルイスは困ったように笑った。
そんな二人を横目に、アルフレードはラウロを呼びシェヴァリを連れて行かせる。
レオナルドとリカルドは、連れてきた護衛達と共に、中庭の探索に向かった。
「エヴァンジェリン、何度も言うようだけど、僕は君達王族に一番近い剣と盾でもあるんだよ?無謀に突っ込んでいるわけではない。その為の訓練を受けている。戦闘も暗殺も…」
影としての訓練も受けたルイスは、戦い方を選ばなければ、その辺の近衞よりも強い。ただ、真正面から剣のみで闘う剣術大会などでは、毎回優勝候補であるリカルドに負けるが…。
「そんな!!あなただって王家の人間だし、何より王位継承権を持つじゃない?!」
「第四位ね。だからこそ僕の順番が上がるような事はあってはならないし、そんな事はさせない。無論、君の順位もね」
ルイスの声から甘さが消える。
王弟の指示でルイスがエヴァンジェリンの側にいる理由。彼女の動向を常に監視する為。正妃サイドの情報を集める為。そして、いざというときは……。
ただ、エヴァンジェリンは気づかない。
子供のように純粋で、人を疑わない。何にも縛られず、自由で、悪意を知らない。あえてそうなるように育てられた。
自分の世界しか知らない、純粋で無垢な『人形姫』。
「だからって、自分の身を守るのは、王族の義務なのでしょう?」
エヴァンジェリンの反論に、ルイスは困ったように微笑む。そこには僅かな憐憫が含まれていた。そんな彼をちらりと見て、アルフレードは頭を横に振った。
「そこまでだ、ルイス」
甘すぎるルイスに、余計な事を話すなと言わんばかりに、アルフレードが制止する。
「はい。申し訳ありません」
ルイスが謝罪すると、アルフレードはエヴァンジェリンに顔を向けた。
「エヴァンジェリン。君は自分がしている事が、本当に理解出来ないんだな。はっきり言うよ、ルイスから離れなさい。彼には婚約者がいる。節度ある行動を心掛けなさい。自分自身の為に」
「酷い…。お兄様は、いつもなんで私にはそんなに意地悪なんですか? 私はただ、大切な従兄弟の心配をしただけなのに」
「ならば余計に君の行動は軽率だ。さっさと離れなさい」
「………はい」
アルフレードの言葉に渋々と離れたエヴァンジェリンから視線を外し、ルイスが回廊の奥を見た時には、すでにメイド服の少女と黒髪の青年の姿はなかった。
ルイスが吐き出した吐息は、誰にも聞かれる事なく湿った空気に溶けて消えた。
昼過ぎには雨が降り出し、屋外での夜の催しが中止になった為、おとなしく邸に帰ってきたアリシティアを、初老の家令が困惑した表情で出迎えた。
「お帰りなさいませお嬢様。お客様がおいでです」
「ただいまセバスチャン。…どなたもいらっしゃる予定はなかったと思うけど、急な先ぶれでもあったの?」
アリシティアは戸惑ったように、聞き返した。
セバスチャンと呼ばれた家令は、神妙な表情で顔を横にふる。
ちなみに、家令の名前はもちろんセバスチャンではない。彼がアリシティア付きの執事だった時、アリシティアが「執事と言えば、セバスチャン」だと言い張り、勝手に呼んでいるだけだ。
「じゃあ誰がこんな時間に…」
父がいない時の急な来客など、正直アリシティアでは対応に窮する。
そもそもこのリッテンドール邸には、ほとんど客が訪れる事などない。
社交嫌いの父は人付き合いを好まないし、仕事の話がある時は、屋敷に人を招く事はなく、ホテルのVIPルームを使っている。母が亡くなったこの邸に第三者を近寄らせたくはないのだろう。
アリシティアはそんな父の意を汲んで、仕事や買い物などには、勝手にガーフィールド邸の離れを使っていた。
ルイスの後見人は王弟であるガーフィールド公爵なので、表向きはアリシティアが侯爵夫人になる為の教育を、ガーフィールド公爵が施している事になっているからだ。
「どなた?」
「それが…ルイス・エル・ラ=ローヴェル侯爵閣下です」
執事の躊躇うような声に、アリシティアは思わず「はぁ?」と、間抜けな声を出した。
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お知らせ
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
強欲令嬢が誘拐事件に巻き込まれたら、黒幕?な王子様に溺愛されました【R18】
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
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