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第一章
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「閣下、離して下さいませんか?!」
アリシティアはルイスの腕の中で、彼の胸を押し、距離を取ろうとする。けれど、アリシティアの太ももと腰に回された腕の力が緩む事は無かった。
「ねぇ、暴れないでよ? 階段から落ちたくないでしょ? ここ、5階だからね?」
突きつけられた現実に、アリシティアはピタリと動きを止めた。
「……危ないと思うなら、どうかお戯れはおやめ下さいませ、閣下」
まるでルイスが一介のメイドを手篭めにしようとしているような発言だ。けれどルイスはそんなアリシティアの言葉を完全に無視して、軽い歩調で階段を降りていく。
足元など見えない筈なのに、ルイスのその足取りには、全く危なげがない。階段で暴れる訳にもいかず、かと言って大人しくもしていられず、アリシティアは全身の毛を逆立てた野良猫のように、小さな声で唸った。
「昨日といい今日といい、何なんですか?!今まで通り、私なんて無視すれば良いじゃないですか!!いい加減、離してください」
「離せば逃げるでしょ」
「逃げません」
「そんな言葉信じると思う?」
ルイスの腕に捕らえられたまま、アリシティアは不機嫌に口を尖らせた。
そんな彼女の拗ねたような表情を見てくすりと笑ったルイスは、アリシティアが大人しくしているうちに階段を降りきった。
一階まで降り、受付の前を通り過ぎる。受付担当はアリシティアを抱き抱えるルイスをチラリと見ただけで、欠片も興味を示す事無く、手元の本に視線を戻した。
「本当に、どうしてくれようか…」
塔の入り口から少し離れ、死角になった外壁に、アリシティアは追い詰められていた。壁に背中を押し当てられ、両腕で逃げ道を塞がれる。それはまるで……。
─── 人生初壁ドン!!
アリシティアは、“但しイケメンに限る”の注釈付きで、 『一回はされてみたいシチュエーション』にほんの一瞬だけ心が浮き立った。
けれどすぐに冷静になる。なぜならこの壁ドンからの展開は、説教、もしくは嫌味地獄しか分岐がない。
一瞬上がったボルテージは、すぐさま急下降した。
「あの……どうするか考えがまとまってから、後日という事で…今は離して貰えたりは……」
「する訳ないよね?」
「ですよね…」
ガックリと項垂れた後、恐る恐るルイスを見上げる。細められた目と冷たい視線が、いつもの甘やかさをかき消している。
「なんでメイド?」
「なんでと言われましても…」
「しかも、よりにもよって叔父上の所のメイド服って…」
「……ああ、これはですね。王宮に簡単に出入りが出来て、途中で止められることなく公爵閣下の部屋まで行けて、待たされる事なくその場で入室許可が降り、かつ、王宮のメイド達の面倒な派閥争いにも巻き込まれずに情報を……」
ガーフィールド公爵邸のメイド服を着る合理性をあげたつもりだが、話す度にルイスの視線がどんどん冷たくなっていく。
「君は、馬鹿なの? なんで、そっちの、メイド服、なの?!」
その言葉に、ガーフィールド邸のメイド服が2種類ある事を思い出した。
元々は1種類だったが、アリシティアが勝手に増やして、希望したメイドには、アリスバージョンのメイド服を配って回った。もちろん公爵には事後承諾だ。
「えっとぉ、可愛いから?」
こてんとあざとく首を傾げるアリシティアに、ルイスの発する冷気が増していく。
「うん、確かにすごく可愛いよね? それで?」
「それでと言われましても…」
「君は僕の婚約者って自覚はあるの?」
「あんまり…」
つい一昨日まで、全く存在感のない忘れられた婚約者だったのだ。思わずこぼれた本音に、口角を上げて微笑んだルイスが、アリシティアにぐっと顔を近づけた。
「へぇ? 」
ルイスの放つオーラが真っ黒になったように感じ、アリシティアの背筋にぞくりとしたものが走る。
「ねぇ、婚約者殿。僕達の婚約は国王陛下の口利きなのは覚えている?」
「それはもちろん…」
覚えている。そうしむけたのは他でもないアリシティア自身だ。
「それは覚えているんだ、良かった。じゃあ、陛下が婚約を勧めた甥の婚約者が、メイド服で王宮を歩き回っていると貴族たちに知られたらどうなるか…とか、考えた事は?」
「えっと…それは…」
「ん?」
「だってその為に変装していますし…」
「僕は『卵が先か鶏が先か』みたいな話をしているつもりはないんだけどね?」
「だって、閣下のせいで、昨日の夜会でこれでもかという程目立ってしまったんですよ? 普段の姿で歩き回ると、嫌でも注目を集めるじゃないですか」
「目立ちたくないから、変装したとでも?」
「そうです」
アリシティアはきっぱりと言い切った。半分は本当だが半分は嘘だ。普段から変装して、王宮で自由に動き回っている。
「ふーん。じゃあさ、可愛いピンクのうさぎさん? 君、自分が王宮で働く騎士や文官達の間ですごーく有名な自覚は?」
「は?」
思わず素で聞き返したアリシティアは、不機嫌極まりないルイスを見上げた。
「ピンクブロンドの公爵家のメイドは、すごく可愛いって噂になるくらいには、有名だし目立ってるの、知ってる?」
ルイスの言葉に、アリシティアはピクリと震える。
「えっ、私の全人生初のモテ期来た?!」
歓喜を含む心の声が、しっかりと彼女の口から漏れ出てしまった。
「はぁ?」
ルイスの声が、普段からは考えられない程に低い。
その声に、アリシティアは自らの失言に気付き口を塞ぐが既に遅い。
「うん、君には僕の婚約者だって自覚が全くないのはよくわかったよ。ねぇ、ほんとどうしてくれようか…」
ルイスが口角をあげる。その表情は何故か、獲物を追い詰めた肉食獣を彷彿させた。
喉の奥でクツクツと笑い、アリシティアを見下ろす。とてつもなく色気を孕んだ視線にアリシティアがひるむ。それと同時にアリシティアの足の間にルイスの膝が割って入った。
「どうもしなくて良いです!! だいたい、つい一昨日まで、人前では完全に私を無視していたあなたが、それを言うの?!」
咄嗟に逃げようとしつつ反論する。
「君と僕の個人的な関係性の問題じゃなくて、お互いの家の為に、不用意に醜聞を招きかねない行動を避けるという、基本的な話」
「それは……」
アリシティアは息を呑んだ。
いつの間にか両腕を捕まれ壁に押し付けられている。その上、足の間に膝を割り入れられた状態では、逃げ出しようもない。
「ねぇ、大人しく言う事を聞くなら、選択肢をあげる」
「選択肢?」
「言う事を聞く?」
縋るように頷くアリシティアを見て、ルイスの甘やかな双眸には愉悦が浮かんだ。
「ここでこのままお仕置されるのと、人目につかない場所でお仕置されるの、どっちがいい?」
耳元に口を寄せて甘く囁く声に、アリシティアはぞくりと身を震わせた。
「あ、あの、私が大人しくおうちに帰るという選択肢は…」
「ないかな」
ルイスが妖艶に笑う。
その溢れ出すような、淫らなまでの色香に、アリシティアは捕らえられた両腕が粟立つのを感じ、逃げられない事を自覚した。
アリシティアはルイスの腕の中で、彼の胸を押し、距離を取ろうとする。けれど、アリシティアの太ももと腰に回された腕の力が緩む事は無かった。
「ねぇ、暴れないでよ? 階段から落ちたくないでしょ? ここ、5階だからね?」
突きつけられた現実に、アリシティアはピタリと動きを止めた。
「……危ないと思うなら、どうかお戯れはおやめ下さいませ、閣下」
まるでルイスが一介のメイドを手篭めにしようとしているような発言だ。けれどルイスはそんなアリシティアの言葉を完全に無視して、軽い歩調で階段を降りていく。
足元など見えない筈なのに、ルイスのその足取りには、全く危なげがない。階段で暴れる訳にもいかず、かと言って大人しくもしていられず、アリシティアは全身の毛を逆立てた野良猫のように、小さな声で唸った。
「昨日といい今日といい、何なんですか?!今まで通り、私なんて無視すれば良いじゃないですか!!いい加減、離してください」
「離せば逃げるでしょ」
「逃げません」
「そんな言葉信じると思う?」
ルイスの腕に捕らえられたまま、アリシティアは不機嫌に口を尖らせた。
そんな彼女の拗ねたような表情を見てくすりと笑ったルイスは、アリシティアが大人しくしているうちに階段を降りきった。
一階まで降り、受付の前を通り過ぎる。受付担当はアリシティアを抱き抱えるルイスをチラリと見ただけで、欠片も興味を示す事無く、手元の本に視線を戻した。
「本当に、どうしてくれようか…」
塔の入り口から少し離れ、死角になった外壁に、アリシティアは追い詰められていた。壁に背中を押し当てられ、両腕で逃げ道を塞がれる。それはまるで……。
─── 人生初壁ドン!!
アリシティアは、“但しイケメンに限る”の注釈付きで、 『一回はされてみたいシチュエーション』にほんの一瞬だけ心が浮き立った。
けれどすぐに冷静になる。なぜならこの壁ドンからの展開は、説教、もしくは嫌味地獄しか分岐がない。
一瞬上がったボルテージは、すぐさま急下降した。
「あの……どうするか考えがまとまってから、後日という事で…今は離して貰えたりは……」
「する訳ないよね?」
「ですよね…」
ガックリと項垂れた後、恐る恐るルイスを見上げる。細められた目と冷たい視線が、いつもの甘やかさをかき消している。
「なんでメイド?」
「なんでと言われましても…」
「しかも、よりにもよって叔父上の所のメイド服って…」
「……ああ、これはですね。王宮に簡単に出入りが出来て、途中で止められることなく公爵閣下の部屋まで行けて、待たされる事なくその場で入室許可が降り、かつ、王宮のメイド達の面倒な派閥争いにも巻き込まれずに情報を……」
ガーフィールド公爵邸のメイド服を着る合理性をあげたつもりだが、話す度にルイスの視線がどんどん冷たくなっていく。
「君は、馬鹿なの? なんで、そっちの、メイド服、なの?!」
その言葉に、ガーフィールド邸のメイド服が2種類ある事を思い出した。
元々は1種類だったが、アリシティアが勝手に増やして、希望したメイドには、アリスバージョンのメイド服を配って回った。もちろん公爵には事後承諾だ。
「えっとぉ、可愛いから?」
こてんとあざとく首を傾げるアリシティアに、ルイスの発する冷気が増していく。
「うん、確かにすごく可愛いよね? それで?」
「それでと言われましても…」
「君は僕の婚約者って自覚はあるの?」
「あんまり…」
つい一昨日まで、全く存在感のない忘れられた婚約者だったのだ。思わずこぼれた本音に、口角を上げて微笑んだルイスが、アリシティアにぐっと顔を近づけた。
「へぇ? 」
ルイスの放つオーラが真っ黒になったように感じ、アリシティアの背筋にぞくりとしたものが走る。
「ねぇ、婚約者殿。僕達の婚約は国王陛下の口利きなのは覚えている?」
「それはもちろん…」
覚えている。そうしむけたのは他でもないアリシティア自身だ。
「それは覚えているんだ、良かった。じゃあ、陛下が婚約を勧めた甥の婚約者が、メイド服で王宮を歩き回っていると貴族たちに知られたらどうなるか…とか、考えた事は?」
「えっと…それは…」
「ん?」
「だってその為に変装していますし…」
「僕は『卵が先か鶏が先か』みたいな話をしているつもりはないんだけどね?」
「だって、閣下のせいで、昨日の夜会でこれでもかという程目立ってしまったんですよ? 普段の姿で歩き回ると、嫌でも注目を集めるじゃないですか」
「目立ちたくないから、変装したとでも?」
「そうです」
アリシティアはきっぱりと言い切った。半分は本当だが半分は嘘だ。普段から変装して、王宮で自由に動き回っている。
「ふーん。じゃあさ、可愛いピンクのうさぎさん? 君、自分が王宮で働く騎士や文官達の間ですごーく有名な自覚は?」
「は?」
思わず素で聞き返したアリシティアは、不機嫌極まりないルイスを見上げた。
「ピンクブロンドの公爵家のメイドは、すごく可愛いって噂になるくらいには、有名だし目立ってるの、知ってる?」
ルイスの言葉に、アリシティアはピクリと震える。
「えっ、私の全人生初のモテ期来た?!」
歓喜を含む心の声が、しっかりと彼女の口から漏れ出てしまった。
「はぁ?」
ルイスの声が、普段からは考えられない程に低い。
その声に、アリシティアは自らの失言に気付き口を塞ぐが既に遅い。
「うん、君には僕の婚約者だって自覚が全くないのはよくわかったよ。ねぇ、ほんとどうしてくれようか…」
ルイスが口角をあげる。その表情は何故か、獲物を追い詰めた肉食獣を彷彿させた。
喉の奥でクツクツと笑い、アリシティアを見下ろす。とてつもなく色気を孕んだ視線にアリシティアがひるむ。それと同時にアリシティアの足の間にルイスの膝が割って入った。
「どうもしなくて良いです!! だいたい、つい一昨日まで、人前では完全に私を無視していたあなたが、それを言うの?!」
咄嗟に逃げようとしつつ反論する。
「君と僕の個人的な関係性の問題じゃなくて、お互いの家の為に、不用意に醜聞を招きかねない行動を避けるという、基本的な話」
「それは……」
アリシティアは息を呑んだ。
いつの間にか両腕を捕まれ壁に押し付けられている。その上、足の間に膝を割り入れられた状態では、逃げ出しようもない。
「ねぇ、大人しく言う事を聞くなら、選択肢をあげる」
「選択肢?」
「言う事を聞く?」
縋るように頷くアリシティアを見て、ルイスの甘やかな双眸には愉悦が浮かんだ。
「ここでこのままお仕置されるのと、人目につかない場所でお仕置されるの、どっちがいい?」
耳元に口を寄せて甘く囁く声に、アリシティアはぞくりと身を震わせた。
「あ、あの、私が大人しくおうちに帰るという選択肢は…」
「ないかな」
ルイスが妖艶に笑う。
その溢れ出すような、淫らなまでの色香に、アリシティアは捕らえられた両腕が粟立つのを感じ、逃げられない事を自覚した。
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