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第一章(書籍化により、前半削除されています)
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しおりを挟むふっと息を吐き、ルイスは扉をノックした。
「はーい、どーぞー」
間延びした返事が内側から響くと共に、ルイスは扉を開いた。
同時に作業机に座って足を組んでいたピンクブロンドのメイドの身体がピクリと跳ねる。次の瞬間には、彼女は目立たない部屋の隅に立ち、顔を隠すように俯いていた。その動きの素早さにルイスは内心で苦笑する。
「失礼するね、魔女殿」
ルイスはいっそ胡散くさいほどに色気のある甘い微笑を浮かべ、室内に視線を向けた。
この部屋の主は魔女と呼ばれるだけあって、中は薬草を干したものや、見慣れない実験道具、大量の本が雑然と並んでいる。
「あら、ラローヴェル侯爵。いらっしゃい」
扉を開けたのがルイスだと分かり、部屋の主は意味ありげに口角を上げた。
「来客中なのに申し訳ない。今少しいいかな?」
「侯爵様ならいつでも大歓迎よ、いつ見ても麗しくて、目の保養になるもの。どうぞ入って」
部屋の主は秀麗な笑みを浮かべ、ルイスを室内に招いた。
胸下まである長いストレートの黒い髪に、きりっとした少し細めの眉。切れ長の紫の瞳に長いまつ毛、すっと通った鼻梁。
白いシンプルなデザインの長衣を羽織り、その下には異国のものらしい、黒のブラウスに黒のタイトなスカートを合わせていた。
ハイヒールを履き、錬金術師の塔の住人には似つかわしくない程の完璧な化粧を施したかなりの美形だ。ただ、どう見ても男性ではあるのだが。
多くの者からは、魔女殿と呼ばれるベアトリーチェが、ルイスの前に立つ。ルイスはその姿を見上げた。
身長は185センチ程はある。その上ハイヒールを履いてるので2メートルに違い。
女性のような服を着てはいるが、全身に筋肉がついているのが見て取れる。
錬金術師の塔で、魔女の薬と呼ばれる魔法薬を作り、男性でありながら女性の服を着て、女性のような言葉使いを好む、塔に住む罪人。天才ゆえに、その研究成果はこの国に大きく寄与し、かなりの自由を与えられている。それがこの部屋の主だった。
「王弟殿下からの依頼を届けに来た。この薬について調べて貰える?」
ルイスは公爵から渡された封筒と、小瓶をさしだす。ベアトリーチェは受け取った小瓶を眺めて首を傾げた。
「あら、恋人の本音がきける…とか言われてる薬ね…」
「知ってるのか?」
「まあ、『蛇の道は蛇』とも言いますし?」
ベアトリーチェがくすりと意味ありげに笑った。それを見たルイスは、わずかに眉間に皺を寄せる。
「魔女殿がこれを作った訳じゃないよね?」
「んー。薬を作った者を探すお仕事も入ってるなら、この依頼はお断りするけど?」
ベアトリーチェの言葉に、ルイスは首を横に振った。
「いや、詳しく調べるだけでいい。ただ、害のある薬の類であれば、解毒剤を作って欲しい」
「何年も飲み続けるならともかく、何回か飲むくらいでは何も害はないわ。この状態ではね。ただ、物事を深く考えられなくなり、感情を制御しづらくなる。本音が聞けるというより、本性がわかる薬…という方が正しいわね。素直になる分、正直にもなるけど、意識すると嘘がつけない訳では無いし、隠し事が出来なくなる訳でもないからね」
「自白剤の失敗作という可能性は?」
「それは作った人にしかわからないんじゃない?」
ルイスの問いに、ベアトリーチェはくすりと意味ありげに笑った。
「ちょっと待ってて頂戴」
ベアトリーチェはルイスに断りを入れ、雑然とした作業机へと戻る。薬品を詰めるための空瓶を出し、ルイスから受け取った小瓶の中身を半分うつしかえた。
小瓶に残った液体の量を確認してから、蓋をしてルイスのところに戻り、その耳元に口を寄せて小さな声で囁く。
「『一枚の絵は千の言葉に値する』って言葉をご存知?飲ませてみれば?あなたのかわいいかわいいお人形さんに」
ベアトリーチェはルイスのポケットに小瓶を押し込み、二歩後ずさってにっこりと笑った。
「結果は、出来次第届けさせるわ。王弟殿下に伝えて頂戴。これで貸し四つよってね」
「よろしく。……ところで…」
ベアトリーチェと話しながら、ルイスは視線を部屋の奥に向ける。そこにはピンクブロンドのメイドが俯いたまま立っていた。
「そこのピンクのうさぎを貰って行くよ」
ルイスの言葉にメイドの身体がピクリと反応する。同時にルイスが室内に入り込む。反射的に窓に向かって逃げようとするメイドの腕を掴み、そのまま太腿に腕を回し抱き上げた。
がっちりと捕獲されたアリシティアは短い悲鳴をあげる。
ベアトリーチェは低い声で笑い、扉を大きく開いた。
「どうぞ。あ、でも、気が済んだら野生に返してあげてね」
小さな子供を抱くように、アリシティアを軽々と縦に抱えたままルイスは笑った。
「それは約束出来ないかな。あ、その依頼、できるだけ急いでくれるとありがたい」
「はーい。じゃあねアリス。またね~」
ベアトリーチェは動けなくなったアリシティアに、ひらひらと手を振る。
そして、アリシティアを抱えたまま部屋を出るルイスを見送った。
パタンと無情にも閉じられた扉を凝視し、アリシティアは目を見開いたままわなわなと震える。
「ベアトリーチェ!! 今度絶対に殴ってやるから!!」
アリシティアの叫び声を聞き、閉じたドア越しにベアトリーチェは笑った。
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