血塗れパンダは空を見る

田古みゆう

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初めての対象者 美穂 p.2

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 途端に、体にビリリと電流が走った。

 美穂を突き飛ばし、俺は、唇を手の甲で拭う。

「何するんだよ!」
「あら、お気に召さなかったかしら? あたしのキスは、特別なのよ」
「好きでもない女とのキスなんか、特別でも何でもねぇよ」

 俺の吐き捨てるような言葉に、美穂は、耳障りな笑い声をあげた。

「本当に、特別なのよ~。あたしの本気のキスを受けた人は、タイムリーパーになるんだから」
「……タイムリーパー?」
「そう。時間をやり直せるの。良かったわね~。時間を戻れば、あなたの大切な妹の美空ちゃんを危機から救えるかもしれないわよ」
「な……んだと?」
「タイムリープの仕方は、簡単。あなたのことを、本気で好きな相手とキスをすればいいの。ね、簡単でしょ?」

 俺は、美穂の言葉に目を見張る。

 もし美穂の言葉が本当なら、今度こそ真っ先に美空の元へ駆け付けて、必ず危険から守ってやる。だが、美穂の言葉など宛にできない。こんな奴の相手をするよりも、今は、急いで美空の元へ行かなくては……

 駆けだそうとした足はもつれ、俺は、無様に地面に倒れこんだ。おかしい。体の自由が利かない。

「言ったでしょ。あなたは、タイムリーパーになったの。もうすぐ、タイムリープが始まるわ。あたしを受け入れないあなたなんて、何度でも、身を引き裂かれる様な苦しみを味わえばいいのよ!」

 次第に遠のく意識の向こう側で、美穂の耳障りな声が聞こえる。

「それじゃ、また向こうでね。ああ、リープのし過ぎには気をつけて。たまに、体質に合わない人がいるみたいなの。目の周りに、パンダのようなクマが出始めたら、命に関わるから。あたしだって、あなたに死なれたら悲しいもの」

 決して、悲しそうに聞こえない美穂の声がだんだんと小さくなる。

「タイムリープを解除できるのは、両想いの相手とのキスだけよ。だから、次こそは、あたしを見て……」




 小さく消えいりそうな美穂の言葉で、俺の胸に浮かんだのは、やはり、美空の笑顔だった。


 俺が両想いになりたい相手は、妹の美空だ。



 父さんが再婚した時、母さんに連れられてきた美空は、とにかく可愛かった。俺に向けられた溌溂はつらつとした笑顔が眩しかった。それから、ずっと俺の心を掴んで離さない、妹。

 小さな美空は、食べてしまいたいくらいに可愛くて、本能に忠実だった子供の俺は、美空の唇に吸い付いた。

 今でも忘れない。

 でも、もう今は、そんなこと、できるわけがない。

 美空が、俺の妹である限り……





 完
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