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12 あの時の護衛騎士

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 お嬢様を破落戸から助けた時にいた護衛騎士との再会は、マリアにとって嬉しいことではなかった。むしろ……、永遠に顔を合わせたくないくらいの気持ちでいた。
 なぜならば、あの日のことを思い出すと恥ずかしさしかないから。お嬢様を守るためとはいえ、破落戸に対して奇声をあげながら木製のベンチを振り回していたなんて、時間が経って冷静になればなるほど、恥ずかしい過去の記憶として消し去りたいものになっていた。
 マリアとしては、自分の醜態を目撃された護衛騎士達には、心の底から会いたくなかったのだ。
 しかしそんな気持ちとは裏腹に、今、自分の目の前にいる護衛騎士は嬉しそうにしているから不思議だった。

「……お嬢様の護衛騎士様ですよね?
 あの時はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 無視をするわけにもいかなかったので、マリアは先日の自分の醜態を謝ることにした。

「なぜ君が謝るんだ? 君は初対面のお嬢様を体を張って守ろうとしただけだろう?
 お嬢様はとても喜んでおられたんだ。他に人がいたにもかかわらず、みんな見て見ぬ振りをして誰も助けてくれなかったのに、か弱そうな君が勇敢に助けに来てくれた時は驚いたと。
 お礼すら受け付けない君を見て、まだ若いのにこんなに慎ましやかな子がいるなんてと褒めておられたんだ。平民でも素晴らしい環境で育ってきたのかもしれないとまで話されていたよ」

 お嬢様のあり得ない想像力に、マリアはドン引きしていた。

 お嬢様の目には私がか弱そうに見えていたの?
 貧乏で貧相な体だったからそう見えていた?
 山と畑以外に、牛とロバと性格のひん曲がった婆さん達しかいないような貧しい田舎の農村が素晴らしい環境……?
 私はお礼を受け付けなかったのではなくて、醜態を晒してしまったから早くその場から離れたいと思っただけなのに……
 お嬢様は大きな勘違いをされているわと。

 マリアは護衛騎士の話を聞いて複雑な気持ちになっていた。しかし、そんなマリアに構うことなく護衛騎士の話は続く。

「私はずっと君に礼を伝えたいと思っていた。
 お嬢様は毎日窮屈な生活を送っておられるから、ストレスを溜め込んでいたようで、私達護衛を撒いていなくなってしまったんだ。
 あの時にお嬢様に何かあったら、私達護衛騎士は仕事をクビになっていた。もしかしたら、何らかの厳しい罰を受けていたかもしれない。
 今ここに私がいれるのは君のおかげだと思っている。あの時にいた他の騎士達も君に感謝していたんだよ。ありがとう……」

 公爵令嬢であるお嬢様の護衛騎士をしているのだからすごい人に違いないのに、そんなすごい人が見惚れるような笑顔でお礼を伝えてくれている。

 今までは護衛騎士の顔を直視してこなかったが、こうやって改めて見てみると、とても綺麗な顔をした美形だった。更に騎士らしく長身で、男らしい体格をしていて、輝くような銀髪に透き通るような薄い灰色の瞳は美しく、世間一般的に見てとてもカッコいい騎士だった。

 大好きだったテッドもカッコ良かったけど、私達よりも少し年上で落ち着いていて、大人の余裕のようなものがあり、騎士なのに優しい雰囲気を纏っているだけでなく、所作がとても洗練されていて……正直なところ、この護衛騎士はテッドと比べものにならないほどカッコいい。
 騎士とはもう関わらないと決めたマリアがこの護衛騎士に恋心を抱くことは絶対にないが、それでもこの騎士はマジでカッコいいと思ってしまった。

 その時にマリアは気づいた。テッドもこんな気持ちになったのかもしれないということにだ。
 田舎者で礼儀もマナーも知らない、ダサくて可愛くない私よりも、自分の近くにいる育ちの良くて可愛い女の子の方が良くなってしまったのではないか。
 自分を裏切ったテッドを一方的に恨んでいたが、王都には可愛い子もカッコいい人も沢山いて、幼馴染でただ付き合いの長かっただけの私が嫌になってしまったに違いない。
 そういえば、あの頃の私は貧しさや田舎だということを理由に、自分を磨くようなことは一切していなかった。
 マリアがカッコいいテッドが好きだったのと一緒で、テッドだって可愛い子の方がいいと思うのは当然なのだ。

 カッコいい公爵家の護衛騎士を見て、自分の置かれた状況やテッドの心変わりなど、今頃になってやっと冷静に受け入れられたマリアであった。

「君の名前は確かマリアさんだったか?」

 黙って話を聞いていたマリアに、護衛騎士は名前の確認をしてくる。

「はい。私の名前はマリアです」

「良い名前だな……
 私はアンドリュー・ケイヒルだ。よろしく!」

「よろしくお願いします」

 マリアは何となく気付いていたが、この方はお貴族様のようだ。
 貴族の人に笑顔で『よろしく!』だなんて声を掛けてもらえたのは人生で初めてのことだったので、マリアは少しだけ戸惑ってしまうのであった。

 
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