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 着替えて軽く湯あみを済ませたあと、私はベッドの縁に腰を下ろした。同じ部屋の中にマルクがいるというだけで、なんだか全てが落ち着かない。

 同じように湯あみを終えたマルクは部屋の中をきょろきょろと見渡したあと、ソファーに腰かけた。ベッドとソファーまでの距離は、このベッドの縦の長さくらいある。

 ちょっと遠いけど……でも髪の濡れたマルクがいつもと違って見えて、近づけない。


「やはり少し落ち着かないですね」

「そうですね」

「俺はやっぱり馬車に……」

「それはさっきも話しました」

「ああ……」


 二人だけで、しかも今から同じ部屋で寝るって考えるからぎこちなくなってしまうのよね。よし、話題を変えよう。私は意を決し、この前から気になっていたことをマルクに尋ねることにした。


「この婚約は、国王陛下のためのものなのですか?」

「んんん? なぜ、どうしてそこで陛下が出てくるんですか」

「陛下がおっしゃったのではないですか? マルク様が先に婚約をしなければ、自分は婚約をしないって」

「それは確かにおっしゃられましたが、それとこれとは」

「陛下のご成婚のために、私と婚約したのではないですか? ちょうどいいとこに、婚約破棄された令嬢が現れたから」

「それは違う!」


 立ち上がったマルクはそのまま真っすぐに私の元へ歩いてきた。そして少し屈み、私の頬に触れる。


「確かに陛下がそう言っていたのは本当で、そのために婚約をしなければとは思っていた。でも、俺はオリビアじゃなければこんな風に婚約をしようとは思わなかった。だからそんなに悲しそうな顔をしないでくれ」


 悲しそうな顔?

 私はマルクを見上げる。自分の顔は見えないけど……そうか、私悲しかったんだ。契約婚であっても、同情されて婚約されたのでもいいって思いながら。でもやっぱり愛されたいって心のどこかで思ってた。

 貴族間の婚約に夢を見ても仕方ないって、アレンで分かっていたはずなのに。また今度こそはって思っていたのね。

 だからこそ、マルクが婚約を申し込んでくれた時はうれしかった。でも同時に、その裏があると思ったら嫌だなって思っていたんだわ。


「順番を間違えてしまったけど、俺はオリビアのことを愛している。だから婚約をして欲しい」


 マルクはその場に跪き私の手を取るとキスを落とした。


「私は……まだ正直分からないのです」

「婚約を急いですまなかった。君の気持ちも考えもせず、きちんと説明もしないままで」

「そうではなくて……」

「では」

「愛してるって……私にはまだ分からないんです。でも少なくともマルク様のことはたぶん好きで……傍にいたいと思うのです。こんな中途半端な答えしか、まだないのですが、それでもよろしいですか?」


 包み隠さない私の本音。まだ愛とかなんて分からない。だって、今まで愛されたこともないから。

 でも今あるこの想いは、育てていきたい。いつかこれが愛になったらいいなって、心から思う。ただそれが、いつになるかは私にも分からないけど。


「もちろん、今の俺にはそれで十分すぎるくらいの答えだよ。これから二人でいろんなことを話、たくさんの時間を過ごしていこう。君に愛してもらえるように頑張るから」

「そーんなこと言って、昔みたいに意地悪したら嫌ですからね」

「あ、あれは……。昔は本当にすまなかった。君の気を引きたいばかりにいろいろしてしまって」


 私が自分の横のベッドをポンポンと叩き、マルクに座る様に促す。マルクは少し考えたあと、優しい笑みを浮かべながら隣に座った。


「あの頃から本当に好きだったのですか?」

「権力や公爵家なんか肩書など全く気にしない君が初めは珍しくて。でもそのうち、本当に気になりだして。それでこっちを向いて欲しくていろいろしてしまったんだ」

「にしてもですよー? 虫投げたり、落とし穴に落としてみたり、結構散々でしたからね」

「ああ、本当にすまない。反省している」

「私、マルク様に嫌われてるとばかり思ってました。私は生意気だったし、公爵家のご子息であっても平気で喧嘩してしまうような性格でしたから」

「嫌ってなんていなかったんだ。ただ本当に」

「今なら分かりますよ。マルク様の想い。それに……私も少し楽しかったんです。あんな風に家では自分らしく生きることも出来なかったし。自分が思うように好きに振舞えたのなんて、あの時ぐらいでしたから」

「オリビア……」


 私はマルクの手にちょんと触れた。するとマルクが私の手を握りってくる。なんだかどうしても触れたかった。昔のように、自分の思うままに。

 安心感というか、温かいものが溢れてくる。こういうのをたぶん、幸せっていうのかなと私は実感した。


 
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