素直になれないツンデレ王女はこわもて護衛騎士に恋をする。年の差20歳はダメですか?

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化

文字の大きさ
上 下
2 / 12

002

しおりを挟む
 目を開けた瞬間、その光景は、幼い私には悪夢でしかなかった。横倒しになった馬車から、なんとか這い出せば、外の世界はただ赤く染まっていた。

 むせかえるような熱気と、炎、そしてもう誰のものか分からない血の海。先ほどまで繋いでいたはずの母の手はない。


「だれか……お母様……おかーさまーーーー!」


 辺りを見渡しても、横転した馬車の中にも母の姿はない。振り絞る様に出した声も、この怒号の中では誰も気づきはしないだろう。

 何がどうなってしまったの。私はどうしたらいいの。怖い……怖い。誰か助けて!

 逃げなけれな。本能でそう思うのに、足が地面に張り付いたように動こうとはしない。目の前にいるのが、自国の騎士なのか、それとも違うのか……。それすらも分からない恐怖。


「ああ……」

「王女殿下」


 ふいに後ろから大きな声をかけられ、振り返る。黒い髪に、灰色の瞳。城を出発する前に、お父様から直接紹介された若き護衛騎士だ。胸にはもちろん、我が国の紋章がある。


「……し……シリル……さま?」

「絶対に助けます、王女殿下」 


 私は立ち上がれぬまま、彼に手を伸ばす。すると彼はそのまま私を片手で抱き上げた。泣きたいはずなのに、その腕の中では不思議な安心感があった。

 大きな剣を手に持ち敵をなぎ倒していく。私はその彼の胸に顔を押し付け、ただ時が過ぎるのを待つしか出来なかった。


「少し、休憩しましょう」


 シリルの声で顔を上げる。先ほどまで聞こえていた怒号は、いつしか消えていた。辺りはいつもの鬱蒼とした静かな森である。

 私たち助かったのかしら。
 

「シリル様、あ、あなた怪我を」

「ああ、これですか。大丈夫ですよ、王女殿下」


 私を抱きかかえながらの戦闘。片手での不便な戦闘のせいで、彼の頬には大きな傷が出来、そこからは血が流れていた。


「なにも大丈夫ではないではないですか」

「それほど深いものではありませんよ」

「ダメです。とにかく座って」


 シリルの腕から降りると、そのまま木を背させてシリルを座らせた。

 何かで止血しないと。ばい菌でも入ったら大変なことになるわ。どうしたらいいのかしら。

 何か止血するものをと考えても、荷物は全てあの馬車の中だ。ぐるぐると、シリルの周りを回って考えると、肩で息をしているシリスが笑った。

 こんな状況でも、こんなに傷ついても、笑える人なんだ……。そしてそんな笑顔が、私の心を落ち着かせる。

 ああ、本当にこの人は強い人なのね。私が今彼に出来ることは何かないかしら。私のせいで怪我をしたのに、このまま見ているだけなんて絶対に嫌よ。


「そーだ!」

「お、王女殿下、な、何をなさるのですか!」


 シリルの静止を聞かず、私はドレスの中に着ている下着を引き裂く。外のドレスは土埃や誰とも分からない血がついていたが、中に着ていたものはさすがに汚れてはいない。

 子どもの私でも簡単に破れたその布を丁寧に折りたたみ、シリルの頬にあてた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約解消と婚約破棄から始まって~義兄候補が婚約者に?!~

琴葉悠
恋愛
 ディラック伯爵家の令嬢アイリーンは、ある日父から婚約が相手の不義理で解消になったと告げられる。  婚約者の行動からなんとなく理解していたアイリーンはそれに納得する。  アイリーンは、婚約解消を聞きつけた友人から夜会に誘われ参加すると、義兄となるはずだったウィルコックス侯爵家の嫡男レックスが、婚約者に対し不倫が原因の婚約破棄を言い渡している場面に出くわす。  そして夜会から数日後、アイリーンは父からレックスが新しい婚約者になったと告げられる──

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...