BloodyHeart

真代 衣織

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必要悪

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 芹沢との約束の為、羽月は吉原にある高級ソープ店を訪れた。
 ソープランドは五階建てだ。
 老舗らしく外観を古かったが、店内は高級店の名に相応しい内装だ。
 店の黒服に案内され、羽月は五階の応接室に通された。
 応接室に入ると既に芹沢がいた。両端に舎弟の丈と真を連れ、三人でソファーに座っている。
 大理石のテーブルを挟み、黒革のソファーが対面に置かれている。
 羽月は下座に通される。
「よぉ、今日は時間丁度か」
 余裕たっぷりに芹沢が発する。
「仕事から直て来たもんで」
 言葉を返す羽月も余裕たっぷりだ。
 穂積がアイスコーヒーを持って来た。ツインテールの髪型にメイド服を着ている。
 一瞬、羽月はニヤっと視線を送った。無反応で穂積は奥に戻る。
 テーブルに置かれた入れ物から、羽月はガムシロップとコーヒーフレッシュを二つずつ取る。ストローで混ぜ、半分近く飲む。
「早速、本題ですが——」
 切り出した丈がテーブルの上にDVDを置いた。綺麗な女性の裸がパッケージ、AVだ。
「うちのレーベルから出ている女優だ」
 芹沢が言う。
「即金払いの同人AVに誘われ出演した後、自宅マンションから飛び降り自殺しました。撮影現場で渡された、違法薬物を摂取していました」
 丈が説明する。
「バッドトリップだ。アフターピルの副作用を抑える薬って言って、ヤク渡したんだ」
 腕組みで誇らし気に真が補足する。
「それで?」
 興味無さ気に羽月は問う。
 真がムッと怒りを見せる。
「その元締めの半グレ連中だっ! アンタが追ってる、MD売買と詐欺の指示役だよ!」
 怒鳴る様に真が言う。
 羽月がフッと笑みを零す。
「そこまで分かってるなら、連中の根城も、置いてる場所も判明しているんだろ? 自分達で始末すりゃいいじゃねぇか?」
 タチ悪く羽月は真を刺激した。
「あぁっ⁉︎ こっちは手柄持って来てやったんだぞっ……」
 勢い余って真は身を乗り出す。
「やめろ、真——」
 芹沢が手を真の前に出し、静止させた。
「確かにお前の言う通りだが、それだけじゃないんだ」
 穏やかに芹沢は切り出す。
「警察とそっちが追ってる犯罪にも絡んでいる。臓器売買だ」
「お前がやらせたんだろ」
 きっぱりと羽月は断言した。
 場に緊張が走る。
 真は知らなかった。芹沢に懐疑の眼差しを送っている。
「何故、そう思う?」
 まだ、芹沢には余裕がある。
「臓器の摘出はベテラン外科医によるものだった。芹沢組が使ってる医者だ。——半グレのガキ共は、ドラキュラの誘いに乗り、もっと稼げるMD売買に手を出した。ドラキュラは血を得たい。真の狙いに実行犯を殺して脅した。武力がない、警察にも泣き付けない半グレは、芹沢組に助けを求めたんだ。そこでアンタは——」
「俺は先に、警察に泣き付かれていたんだよ。俺達は無法者だ。約束してある協力を、勝手に破棄する訳にはいかねぇからな」
 芹沢は羽月に続きを言わせなかった。それが、独自の推理を真実だと、言わしめる証拠に受け取れる。
「やっぱ、やらせたのはアンタだったか。助けるどころか、最初っから使い捨てる気でいたんだろ」
 羽月の挑発的な視線が芹沢を絡め取っている。
「秘匿性の高いアプリを使われた上、実行犯は殺された。薬物に至っては奴らの所有物である証拠がない。証拠不十分でサツは逮捕が出来ない。ならば作り上げるしかないだろ?」
 発する芹沢は冷静だ。
「ガキ殺しを黙認しろってか⁉︎ サツを従順な飼い犬に出来ても、俺はそうはいかねぇぞ」
 身が痺れる様な緊迫の中、羽月は威嚇する。視線は鋭利に研ぎ澄まされている。
「で、でもっ、これ以上の犠牲者は出ないっ。ガキなら、貧乏国じゃ産まれて直ぐに死んでいる!」
 動揺する真が言い放った直後だった。
 羽月は大理石のテーブルを蹴り上げた。
 顎にぶつかった真はのびている。
 丈は即座に芹沢を庇い、後頭部をぶつけて倒れた。
 ソファーに座ったまま動けない芹沢の後頭部には、マシンピストルの銃口が突き付けられている。
「——遅えよ」
 自身に右手を向ける穂積に羽月は言い放つ。
「はっ⁉︎」
 穂積の右手にある暗記武器、アンチブレイヴァーが落ちた。
 羽月は真の頭を支えに、空中で反転しながら穂積の手首を撃っていた。
 血が滴る右手首を穂積は押さえる。
「撃たねぇでよかっな。あのまま撃てばカシラの頭に命中する」
 無表情を繕う穂積を羽月は見下している。
「——気に食わねぇのは分かったが、必要悪は分かるだろ?」
 絶体絶命の中、芹沢は冷静だ。腕組みのまま振り返らずに語り掛ける。
「あぁ知っている。だが、抜け道だらけの暴対法を作った責任は、俺にはねぇ」
 最後に低く唸る。羽月の目付きは更に凄みを増している。
「但し、俺を殺れば抜け道から外道が溢れ出るぞ。同人AVと同じく——」
 芹沢は床に落ちた煙草の箱を手に取る。誰もが臆する窮地に丸で恐怖を感じていない。
「どんな大義名分を持ってしても、狂犬は手懐けられねぇぜっ」
 低い声で威嚇する。羽月は後頭部に当てた銃口を押し込む。
「俺は商談相手だ。大口の取引が無に帰すぞ」
 芹沢は羽月を振り向いて言う。
 煙草に火を点けようと穂積が歩み寄る。
 丈が起き上がる。力の入らない脚で膝を突き、手を向けて穂積を近寄らせない。スーツの胸ポケットからジッポを取り出す。忠誠を剥き出し、芹沢の煙草に火を点けた。
「っ……この人を殺るなら、俺は自爆してでも一矢報いる」
 ぐらつく頭で、鮮明な忠誠の牙を丈は剥ける。
 羽月は軽く笑う。
 既に力の差は思い知らせた。いちいち侮辱の言葉を浴びせる必要もない。
「脆き信用頼りの危うい連中だ。足元が崩れる音に耳を澄ませておくんだな」
 脅しを吐き、羽月は穏やかに微笑む。マシンピストルを仕舞った。
 安堵の空気が場を包む。
「あぁ、そうしておくよ。——約束通り、プレミアム嬢あててやる。希望はあるか?」
 体ごと羽月の方を向き、芹沢は問い掛ける。
「なら、こいつ——」
 悪どい笑みで羽月は穂積を指差す。煙草を取り出した。
 無表情を繕うも、穂積の瞳孔は開く。
「よりもチチと背が十センチ以上ある奴で」
 手を下ろし、羽月は希望を言う。
「オプションは付けるか?」
 壁にあるメニューを見て、芹沢は質問する。
「特にない」
 羽月は即答する。
「ここは衛生優良店だ。ゴムは用意してある。本番していけよ」
「じゃあ、そうさせてもらう」
 芹沢の誘いに乗る。羽月は煙草に火を点けた。
 芹沢と羽月のそばでは、丈が真を介抱している。まだ意識は戻っていない。真は両穴から鼻血を流している。
「何だよ。俺にサービスするなんて、死んでも御免だろ?」
 いつの間にやら、無表情から仏頂面になっていた穂積に、羽月はタチ悪い笑みで言葉を掛ける。
 すると、今日一日中真顔だった丈が笑い出す。
「……ハッ、その貧相な胸じゃパイズリ出来ねぇだろっ。ハハッ……」
 笑う丈に穂積の顳顬が反応する。穂積は左手を向けた。
 ナイフの様な刃物が、丈の股からすれすれの床に刺さる。
「仕事なら何でもやるわよ」
 そう言って穂積は羽月を睨んだ。
「ほぅ——。いい事聞いた」
 煙草を咥えてニヤつく。羽月は挑発しているようだった。
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