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暗黒大陸編 4巻
暗黒大陸編 4-2
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《九十六日目》/《百九■六■目》
今日の朝食は、昨日俺に風穴を開けてくれた〝時砂の翼時計〟だ。
激戦の果てに勝利したが、そのせいで綺麗に仕留める事はできなかった。
それに翼の生えた砂時計みたいな造形なので、切ったり焼いたりといった調理らしい調理もせず、生のまま口に運んだ。
最初にガラスのような胴体をバリバリと噛み砕き、その中身の金色に輝く砂を飲む。
砂金ではないらしく、どうも魔力の塊か何かのようだ。口に入れただけで雪のように溶け、すっと染み込むような上質な魔力の旨味が広がった。
次に翼を喰うと、こちらには血が流れる肉があった。ただ、人工肉のような食感と味がする。味は美味しいし、噛む毎に旨味が出るものの、人工物感は残る。
そうして最後は、こいつの核に違いない、オリフィスに浮かんでいた赤い球体を口にした。
途端、口内に広がるのは濃密な魔力。
上等な赤身肉を食した時の感覚が近いだろうか。脂身などはないが、純粋な肉の味がするとでも言えばいいのか。
実際には肉ではなく、肉のような何かなのだが、凝縮された生命力のようなものが感じられる逸品である。
満ちる魔力によって全身の細胞が活性化するような感覚は、錯覚ではないだろう。
実際に、表面上は塞がっていてもまだ痛んでいた心臓の傷などが、完全に癒えていく。
[能力名【一秒の空隙】のラーニング完了]
[能力名【時間耐性】のラーニング完了]
ついでにラーニングもできた。
〝時砂の翼時計〟との戦闘中、一時間に一度だけ起こる謎現象によって何度か致命傷を喰らったのだが、【一秒の空隙】をラーニングした事でその謎が解けた。
最初に喰らった一撃を回避も防御もできなかった原因は、【一秒の空隙】によって俺の意識が一秒だけ無防備になっていたからだ。
反応しない時間が一秒もあれば、致命的な攻撃を繰り出すなど簡単な事だ。
一定範囲内にいる一名にのみ効果を発揮する、再使用時間があるので連発はできない、など色々と条件はあるが、強力な能力であるのには変わりない。
いいアビリティを手に入れた事に満足しつつ、今日も【時転の機都】の探索を行った。
そしてしばらくの探索の後、別の摩天楼に入った際に、新しい〝時砂の翼時計〟と遭遇する事ができた。
どうやら摩天楼が出現ポイントらしいが、それはさて置き。
殺意に満ちる相手は、やはり遭遇直後に【一秒の空隙】を使用してきたが、【時間耐性】のお陰か、今度は認識できた。
攻撃方法は、翼の先端に宿した光球から放たれた閃光だった。
強力な閃光はレーザーそのもので、生身で受ければ俺の肉体が損傷するほどに危険な攻撃である。
攻撃速度も非常に速く、攻撃の初動を見逃せば対処できるはずもない。
しかし認識できれば対処もできる。
朱槍を突き出して心臓を狙った閃光を切り裂き散らし、今度はこちらが【一秒の空隙】を発動。
あちらにも【時間耐性】があるだろうから、通りは悪いだろう。
ただ、向こうは俺がそんな真似をしてくるとは思っていたはずもなく、咄嗟に動けはしなかった。
その隙を逃さず、灰銀狼に乗った俺はランスチャージで攻撃。
全速力で駆け抜ける灰銀狼の速度が乗った朱槍の一撃は、オリフィスに浮かぶ赤い核を正確に貫き、その勢いのまま〝時砂の翼時計〟の全身を数十メートルほど引きずった。
核を貫いて仕留めた事で、今度こそ損傷らしい損傷のない綺麗な残骸が残った。それをバリバリと美味しく喰った後は、他の摩天楼を中心に探索を開始。
強敵と高確率で遭遇できる場所を探索するのは、楽しみが多くて良いモノだ。
《九十七日目》/《百九■七■目》
今日は近場にある摩天楼を狩り場にしつつ進み、夕方には【時転の機都】の中心に聳える巨大な軸塔のすぐ傍までやってこれた。
遠目からでも視認できていただけあって、軸塔の大きさは他と比べてずば抜けている。
下から見上げると首が痛くなるほどの摩天楼よりも更に高く、直径にして三倍はあるだろう。
大きさだけでも大したものだが、ツルリとした金属構造体には継ぎ目の一つも見当たらない。
一本の金属の棒がそのまま天に伸びているようだ、とでも表現しようか。
どんな建築方法なのか気になるが、これも【神】の奇跡だから深く考えても意味はないだろう。
そんな軸塔を登るべく出入口を探すが、パッと見ではそれらしいものを発見できなかった。
となると、何かしらのギミックを解く必要がある事は、これまでの道中で学習した。
まず上空を見るが、今は短針も長針も少し離れた位置にある。
次いで床を見ると、何やら軸塔を中心に、一定の角度と距離を保って走る光の線があった。
軸塔に遮られて反対側までは見えないが、角度からして時計のように十二の領域に区切られているみたいだった。
となれば、ここの構造からして、軸塔を中心にした広場は文字盤に該当すると見ていいだろう。
つまり、【時刻門】と同じく、短針が指す区画に出入口が設置されている可能性は高い。
幸い、軸塔の周囲には何も無い開けた空間が広がっている。隣の区画への移動は容易く、いくら軸塔が大きいとは言っても歩いて回れる。それに今なら一つか二つ隣の区画に移動すれば、出入口を見つけられそうだ。
しかし俺は、ここで一旦休む事にした。
こういった状況なら、必ず門番がいるはずだからだ。
きっと一定距離に近づいたら階層ボスなりなんなりが出現してくるに違いない。
激戦が予想できる現状、俺はまず状態を万全にするべく、確保していた数体の〝時砂の翼時計〟を完食する事にした。
すると、今日の探索と移動で消耗した体力気力魔力が回復するだけでなく、活力も戦意も高まった。
そうして休息をとった俺達の上空で短針と長針が重なった瞬間、軸塔に四角い光の亀裂が走る。
亀裂が走った壁面が動き、内部への入り口が出来上がった。
灰銀狼に騎乗した状態で軸塔に向かって歩むと、パキリと音を立てて前方の空間に亀裂が走った。
亀裂から出現したのは赤と白、そして金を基調とした巫女装束を纏った一人の女性だった。
絶世の美女と言って差し支えない美貌。目が合った者を魅了する朱色の瞳は優しそうな輝きを宿し、桜色のぷっくりとした唇は思わず触れたくなるほど魅力的だ。
豪奢な金の天冠を被り、銀糸のような長髪を赤金の丈長によって一つに纏めている様は気品に溢れている。
身の丈は二メートルほどと高く、メリハリの利いたモデル体形で、スラリと伸びる白魚のような手には採物と思しき鈴と矛が握られていた。
見ただけで【魅了】されてしまいそうになるが、纏う雰囲気はこれまでに遭遇したダンジョンモンスター達とは比べ物にならない。
対峙しただけで潰れてしまいそうになるほどの魔力を内包し、静かにこちらを見る双眸は優しいが、しかしその奥底に秘められる感情はまるで獲物を前にした肉食獣のそれである。
だから見惚れている事などできるはずもなく、灰銀狼の上で朱槍を構えた俺達に対し、巫女はまず最初に笑みを浮かべた。
寒気を感じるほどの美がそこにあった。
そして巫女は三つの燃える大きな歯車を出現させて後光のように背負い、腰から桃紅色の翼を生やし、三十メートルほどの高さまで一瞬で飛翔してその場に滞空する。
――戦闘態勢に移行した。
そう判断すると同時に、俺は本能的に灰銀狼を右に跳躍させる。
次の瞬間、燃える車輪の一つが高速回転する事で飛び散った火の一部が、燃え盛る鳥と化して風よりも速く飛翔し、俺達が先程までいた場所を爆砕した。
赤い爆炎と共に、砕けた床の金属が高速で周囲に散らばるが、幸い回避行動が早かったので爆風に煽られるだけで済む。
しかし巫女の攻撃はそれだけに止まらなかった。
一つだけではなく、三つ全ての燃える車輪が高速回転し始める。
飛び散る火は瞬く間に大火となり、無数の燃える鳥や犬、あるいは狐や虎などに変化した。
燃える動物群は、車輪が回転すればするほど燃え盛る大火に比例して数を増やし、すぐに五十を超え、尚も増えていく。
最も速いが直線的な鳥、最も威力が高いが数が少ない虎。威力はそこそこだが数が多く連携する犬、陰に隠れながら執拗に追尾してくるのが鬱陶しい狐。
その一つひとつが魔力を凝縮して生成された魔力爆弾であり、直撃すれば致命傷を負うだろう。
普通の小鬼であれば数千単位で鏖殺できるであろう、絨毯爆撃に近いその攻撃を全て回避する事は、流石に今の状態では不可能だった。
時には朱槍で切り裂いて消滅させ、時には頭の王冠の能力で吸収、時にはマジックライフルで撃ち落とし、時には機械腕を伸ばして握り潰す。
攻撃を受けるにしてもできるだけ遠隔で対処して最低限の被害に抑えつつ、灰銀狼による高速移動で相手を翻弄し、中空に浮かぶ巫女を観察する時間を捻出。余波で多少火傷を負う事はありつつも、攻略の糸口を探っていった。
巫女は面制圧能力に優れ、自動追尾する圧倒的な火力の魔力爆弾動物群で他者を寄せ付けない。
加えて三十メートルほどの高さに滞空する事で、容易に接近されない状況を作り出している。
上昇して以降は動いていないので、飛翔速度まではまだ分からないが、固定砲台と化している現状でもその性能の高さには苦笑いしか出てこない。
ただ、それでもやり様はある。
脳内で戦略を組み立て、これで何とかなりそうだ……などと甘い考えが過ったその時、一匹の燃える兎が眼前に出現した。
これまでの動物群のような、生成され、俺達を狙って移動し、爆発する、という一連の流れが省略されたかのようなこの現象は、【時間】に関係する何かが作用した事は明白だった。
ともあれ、【時間耐性】が効果を発揮して灰色に染まった視界の中で、今まさに爆発せんと膨張する兎を即座に丸呑みにして対処する。
【時間耐性】が無ければ爆発した後でようやく状況を認識していたかもしれないし、事前に認識できても僅かでも躇えばそのまま爆発に全身を呑まれていたほどギリギリのタイミングだった。
燃えるような魔力の激しさは激辛、口内で弾ける食感は炭酸に似た兎の喰いごたえを楽しんで、掴んだ生を実感する。
兎を喰った事で得た魔力で一先ず火傷や傷を癒やしつつ、マジックライフルの速射で血路を切り開く。
巫女を空から落とす。
まずはそれから始めよう。
[エリアボス〝時巡る歯車の朱鷺巫女〟の討伐に成功しました]
[達成者は塔への移動が認められ、以後エリアボス〝時巡る歯車の朱鷺巫女〟と戦闘するか否かは選択できるようになりました]
[達成者には初回討伐ボーナスとして宝箱【巫女の炎歯車】が贈られました]
《九十八日目》/《百九■八■目》
昨日の数時間に及ぶ激闘の後、そのまま眠ってしまったらしい。
全身がボロボロだ。胴体の火傷は酷いし、右目は熱で弾け、呼吸もしにくい。気管支とかが焼け爛れている痛みがある。
まあ、ひと眠りした事で、消し炭みたいになっていた戦闘直後から比べればまだマシな状態にはなっているのだが。
とにかく、勝ったのは俺である。
となれば、巫女を食すのは正当な権利だろう。
朱槍によって心臓を貫かれ、仰向けで地面に横たわる巫女に近づく。
確かに死んでいるが、それでもその肉体にはまだ生気が宿っているような存在感があった。
まず、白魚のような手に触れた。スベスベの肌は触り心地がよく、俺の機械腕を握り潰さんばかりの剛力を発揮したとは思えない柔らかさだ。
上質な骨肉である事は間違いなく、食欲のままひと口噛むと、そこには天国があった。
物理的に殴ってくる美味。脳幹を震わせる魔力の暴力。口どけの爽やかな脂と赤身の絶妙なバランス。
そのまま喰うだけで十分な、余計な調理を必要としない至高の食材の一つだと断言できる。
加えて血の一滴に至るまで感じられる濃厚な味の深みに、全身の怪我が瞬く間に癒えていく生命力の塊でもあった。
頭から足先まで全てを腹に収め、満足感に浸りながら横に転がった。
[能力名【炎禍の巫女】のラーニング完了]
[能力名【時巡る歯車】のラーニング完了]
[能力名【獣災の鎮魂火】のラーニング完了]
[能力名【護告砲浄】のラーニング完了]
[能力名【滞空放火】のラーニング完了]
そして大量にアビリティをラーニングできた。
実際に戦った際の戦術的にも、得られたアビリティの構成的にも、巫女は固定砲台として優れていた事がよく分かる。
巫女は、古代爆雷制調天帝〝アストラキウム〟に次ぐ美味さだったのは間違いない。
それは得られたアビリティの数の多さからも証明されているが、しかし個人的な味の満足度で言えば、巫女の方が上かもしれない。
やはり肉体の変化が大きいのだろう。小鬼である今と比べれば、強化人間だった以前の方が遥かに強い。その差が満足度に大きく影響しているのではなかろうか。
ともあれ、巫女を喰った事で四肢にはこれまでに無いほどの力が漲り、魔力も充実している。
視覚聴覚など様々な感覚も研ぎ澄まされ、肉体の操作は更に精密になった。
身体を慣らす為に朱槍を振るうと、明らかにキレがいい。
正直ここの【エリアレイドボス】に挑戦するのは不安な部分もあったが、これならどうにかなるだろう。
重傷を負った絶不調から回復して絶好調な俺と灰銀狼は、早速上空の短針が示す出入口を探し、軸塔に足を踏み入れる。
そんな俺達を最初に歓迎したのは、出入口のすぐ傍に鎮座する振り子時計形石像に刻まれた――
[三の刻、【時刻の影塔】を攻略せよ。過去の英傑の幻影に学び、頂に至れ]
――という文章と。
軸塔の中央に存在する天井が見えないほど高い吹き抜けから落下してきた、身の丈十メートルを超える巨大な牛頭の白い人影だった。
《九十九日目》/《百九■九■目》
軸塔に入った直後に俺の眼前に落下し、大の字で床に横たわる白い人影。
頭部が牛頭という特徴から、恐らくは牛頭鬼系だとは思うが、詳しくはないのでハッキリとはしない。
ともかく、牛頭鬼らしき白い人影の巨躯に見合うだけの重量と、そこに落下速度も加わった結果、硬いはずの地面は十数センチも陥没し、無数にヒビ割れ、その衝撃の凄まじさを物語る。
普通なら即死していてもおかしくはないだろう。いくら頑丈な牛頭鬼にしても耐えられる限界を超えているはずだ。
しかし白い影の牛頭鬼は少ししてムクリと立ち上がり、眩暈を振り払うように何度か頭を振り、俺の方を振り向き――静かに消えた。
まるで幻だったかのように、フワリと空間に溶けるような消え方だった。
その光景に思わず目を見張る。
登場の仕方も衝撃的だったが、退場の仕方もまた衝撃的だった。
ただ、少し待つと、白い影の牛頭鬼は再び落下してきた。
まるで過去に起こった出来事を繰り返し再生するように、しばらく観察している間もずっと落下しては消えてを繰り返す。
最初は驚いたが、【知識者の簡易鑑定眼鏡】を使って調べると、この白い影は過去の先人達の幻影――【時刻の影】だという事が分かった。
【時刻の影】とは《時刻歴在都市ヒストリノア》でもこの軸塔――【時刻の影塔】内部特有の現象だ。
《時刻歴在都市ヒストリノア》は【歴史の神】が創造した領域である為か、過去ここに挑んだ数多くの挑戦者達の歴史が記録されている。
【時刻の影】は、その歴史の一部が、現在に存在する俺達でも観測できる形となって繰り返し再生される現象だ。
【時刻の影】に対して、俺達が干渉する事はできない。
ただ見ているだけしかできないが、しかしその行動の一つひとつが【時刻の影塔】の攻略のヒントとなる。
【時刻の影】が進んだ先には、上階に続く階段、財宝が眠る隠し部屋、不意を突いて殺しにかかってくるトラップ、あるいは出現するダンジョンモンスター、その攻撃方法や弱点など、重要な情報が詰まっていた。
さて、そんな有用な【時刻の影】だが、大きく分けて三種類あるらしい。
一つは、落下という迫力満点な出迎えをしてくれたものと同じ、白い影。
これは直近に挑んだ者の影らしく、数分前に通ったか、あるいは数年前に通ったかくらいのものらしい。もしかしたら入った出入口の時間がズレているだけで、現在攻略中の者もいる可能性がある影だ。遭遇する頻度は一番低く、最初の白い影を含めて数えられる程度しか見ていない。
次が灰色の影。
これは十数年前から百数十年前までの影らしく、遭遇頻度はそこそこ高い。個人的には隠し扉とかを見つけている印象が強い。そんな影の中には、ここに来る前に《赤蝕山脈》で出会った老狩人と似た影がいたような気がする。
最後に黒い影。
これは灰色のものより更に古い影であり、遭遇する回数が最も多かった。結構即死級のトラップなどに引っかかっている印象が強く、攻略の為の情報が足りないから大変だったんだなと思わずにいられない。
そんなありがたい先人達の後ろをなぞり、前に進んでいく。
【時刻の影塔】は塔型の構造をしていて、上階に進むには階段を登らねばならない。
中央の吹き抜けを飛んでいければ良かったのだが、試しに上に向けて石を投げたところ、一定の高さまで上がって以降その速度は目に見えて落ち、次第にスロー再生のような速度で飛び続けた。
恐らくは不正を妨げるトラップになっているのだろう。時間経過を遅くするとか系だろうか。ただ逆に、上から落ちてくるのはいいらしい。
それを少し残念に思いながら、俺達は上に登り続けた。
《百日目》/《二■日目》
昨日一日をかけて【時刻の影塔】の攻略に挑んだが、恐らくはまだ半分程度までしか進めていない。
最深部だけあって、出現するダンジョンモンスターはこれまでと比べて遥かに強い。
それに加えて、【時刻の影塔】特有の機構も時間がかかる原因になっていた。
上階を目指す構造の【時刻の影塔】では、各階を探索して階段を見つける必要がある。
外で観測した直径からするとどう考えてもあり得ない広さがある反面、階段は複数用意されているようだが、延々と続く通路と広い部屋を一つひとつ見ていくしかない。
時には【時刻の影】のヒントですぐ見つかる事もあるが、そうでない場合が圧倒的に多い。
そして見つけた際、階段は光の壁で封印されており、部屋に用意された封印解除の試練を乗り越える必要があった。
封印解除の試練は二種類存在する。
一つは、定められた時間内に出現し続けるダンジョンモンスターの一定数以上の討伐。
もう一つは、時間に関係する謎解きだ。
討伐試練の方は、十分な戦闘能力さえあれば無難にこなせるだろう。制限や苦労も多いが、一定時間で確実に進む事ができる。
対して謎解き試練の方は、戦闘能力を必要としないし、戦闘による疲労や武具の消耗なども無い。部屋の中にヒントが隠されているので、知識が乏しくても何とかなる可能性もある。
ただし場合によっては、謎を解くまでに討伐試練よりも遥かに時間がかかる。
どちらの試練を選ぶかは決められるし、何度でもチャレンジできるので、まずは謎解きに挑んで、駄目そうなら討伐に切り替える方針をとった。
謎解きだけで進めたなら良かったのだが、上層になるほど難しくなっていき、討伐に切り替える事が増えていく。
ダンジョンモンスターを摘みつつ焦らず進みながら、【エリアレイドボス】戦にむけた戦力の増強の為、巫女から得た宝箱【巫女の炎歯車】に入っていたマジックアイテムの習熟にも努める。
マジックアイテムの名称は【火獣群の歯車】。巫女が背負っていた三つの燃える歯車が、一つになったような簡素な形状をしている。
歯車の回転によって生じる火花を火獣に生成変化させる【火車化獣】。
爆発のような大火を後方に発し、瞬間的に凄まじい加速を得る【火翔加速】。
受けた炎熱系攻撃を吸収し、使用者の体力や魔力に変換する【火護快気】。
三つの能力は使い勝手もよく、そもそも歯車自体が燃えているので高熱攻撃を仕掛ける事も可能という優れものだ。
ただし、使用している間は常にかなりの魔力を消費するし、火獣の一体一体は弱くて自爆特攻以外には使えない。
使い方次第で自滅しかねないリスクもあるが、間違いなく強力な武器になるので、燃える歯車を背負い、灰銀狼に跨り、マジックライフルと朱槍を携えて上を目指した。
さて、明日ぐらいには登頂したいものであるが。
今日の朝食は、昨日俺に風穴を開けてくれた〝時砂の翼時計〟だ。
激戦の果てに勝利したが、そのせいで綺麗に仕留める事はできなかった。
それに翼の生えた砂時計みたいな造形なので、切ったり焼いたりといった調理らしい調理もせず、生のまま口に運んだ。
最初にガラスのような胴体をバリバリと噛み砕き、その中身の金色に輝く砂を飲む。
砂金ではないらしく、どうも魔力の塊か何かのようだ。口に入れただけで雪のように溶け、すっと染み込むような上質な魔力の旨味が広がった。
次に翼を喰うと、こちらには血が流れる肉があった。ただ、人工肉のような食感と味がする。味は美味しいし、噛む毎に旨味が出るものの、人工物感は残る。
そうして最後は、こいつの核に違いない、オリフィスに浮かんでいた赤い球体を口にした。
途端、口内に広がるのは濃密な魔力。
上等な赤身肉を食した時の感覚が近いだろうか。脂身などはないが、純粋な肉の味がするとでも言えばいいのか。
実際には肉ではなく、肉のような何かなのだが、凝縮された生命力のようなものが感じられる逸品である。
満ちる魔力によって全身の細胞が活性化するような感覚は、錯覚ではないだろう。
実際に、表面上は塞がっていてもまだ痛んでいた心臓の傷などが、完全に癒えていく。
[能力名【一秒の空隙】のラーニング完了]
[能力名【時間耐性】のラーニング完了]
ついでにラーニングもできた。
〝時砂の翼時計〟との戦闘中、一時間に一度だけ起こる謎現象によって何度か致命傷を喰らったのだが、【一秒の空隙】をラーニングした事でその謎が解けた。
最初に喰らった一撃を回避も防御もできなかった原因は、【一秒の空隙】によって俺の意識が一秒だけ無防備になっていたからだ。
反応しない時間が一秒もあれば、致命的な攻撃を繰り出すなど簡単な事だ。
一定範囲内にいる一名にのみ効果を発揮する、再使用時間があるので連発はできない、など色々と条件はあるが、強力な能力であるのには変わりない。
いいアビリティを手に入れた事に満足しつつ、今日も【時転の機都】の探索を行った。
そしてしばらくの探索の後、別の摩天楼に入った際に、新しい〝時砂の翼時計〟と遭遇する事ができた。
どうやら摩天楼が出現ポイントらしいが、それはさて置き。
殺意に満ちる相手は、やはり遭遇直後に【一秒の空隙】を使用してきたが、【時間耐性】のお陰か、今度は認識できた。
攻撃方法は、翼の先端に宿した光球から放たれた閃光だった。
強力な閃光はレーザーそのもので、生身で受ければ俺の肉体が損傷するほどに危険な攻撃である。
攻撃速度も非常に速く、攻撃の初動を見逃せば対処できるはずもない。
しかし認識できれば対処もできる。
朱槍を突き出して心臓を狙った閃光を切り裂き散らし、今度はこちらが【一秒の空隙】を発動。
あちらにも【時間耐性】があるだろうから、通りは悪いだろう。
ただ、向こうは俺がそんな真似をしてくるとは思っていたはずもなく、咄嗟に動けはしなかった。
その隙を逃さず、灰銀狼に乗った俺はランスチャージで攻撃。
全速力で駆け抜ける灰銀狼の速度が乗った朱槍の一撃は、オリフィスに浮かぶ赤い核を正確に貫き、その勢いのまま〝時砂の翼時計〟の全身を数十メートルほど引きずった。
核を貫いて仕留めた事で、今度こそ損傷らしい損傷のない綺麗な残骸が残った。それをバリバリと美味しく喰った後は、他の摩天楼を中心に探索を開始。
強敵と高確率で遭遇できる場所を探索するのは、楽しみが多くて良いモノだ。
《九十七日目》/《百九■七■目》
今日は近場にある摩天楼を狩り場にしつつ進み、夕方には【時転の機都】の中心に聳える巨大な軸塔のすぐ傍までやってこれた。
遠目からでも視認できていただけあって、軸塔の大きさは他と比べてずば抜けている。
下から見上げると首が痛くなるほどの摩天楼よりも更に高く、直径にして三倍はあるだろう。
大きさだけでも大したものだが、ツルリとした金属構造体には継ぎ目の一つも見当たらない。
一本の金属の棒がそのまま天に伸びているようだ、とでも表現しようか。
どんな建築方法なのか気になるが、これも【神】の奇跡だから深く考えても意味はないだろう。
そんな軸塔を登るべく出入口を探すが、パッと見ではそれらしいものを発見できなかった。
となると、何かしらのギミックを解く必要がある事は、これまでの道中で学習した。
まず上空を見るが、今は短針も長針も少し離れた位置にある。
次いで床を見ると、何やら軸塔を中心に、一定の角度と距離を保って走る光の線があった。
軸塔に遮られて反対側までは見えないが、角度からして時計のように十二の領域に区切られているみたいだった。
となれば、ここの構造からして、軸塔を中心にした広場は文字盤に該当すると見ていいだろう。
つまり、【時刻門】と同じく、短針が指す区画に出入口が設置されている可能性は高い。
幸い、軸塔の周囲には何も無い開けた空間が広がっている。隣の区画への移動は容易く、いくら軸塔が大きいとは言っても歩いて回れる。それに今なら一つか二つ隣の区画に移動すれば、出入口を見つけられそうだ。
しかし俺は、ここで一旦休む事にした。
こういった状況なら、必ず門番がいるはずだからだ。
きっと一定距離に近づいたら階層ボスなりなんなりが出現してくるに違いない。
激戦が予想できる現状、俺はまず状態を万全にするべく、確保していた数体の〝時砂の翼時計〟を完食する事にした。
すると、今日の探索と移動で消耗した体力気力魔力が回復するだけでなく、活力も戦意も高まった。
そうして休息をとった俺達の上空で短針と長針が重なった瞬間、軸塔に四角い光の亀裂が走る。
亀裂が走った壁面が動き、内部への入り口が出来上がった。
灰銀狼に騎乗した状態で軸塔に向かって歩むと、パキリと音を立てて前方の空間に亀裂が走った。
亀裂から出現したのは赤と白、そして金を基調とした巫女装束を纏った一人の女性だった。
絶世の美女と言って差し支えない美貌。目が合った者を魅了する朱色の瞳は優しそうな輝きを宿し、桜色のぷっくりとした唇は思わず触れたくなるほど魅力的だ。
豪奢な金の天冠を被り、銀糸のような長髪を赤金の丈長によって一つに纏めている様は気品に溢れている。
身の丈は二メートルほどと高く、メリハリの利いたモデル体形で、スラリと伸びる白魚のような手には採物と思しき鈴と矛が握られていた。
見ただけで【魅了】されてしまいそうになるが、纏う雰囲気はこれまでに遭遇したダンジョンモンスター達とは比べ物にならない。
対峙しただけで潰れてしまいそうになるほどの魔力を内包し、静かにこちらを見る双眸は優しいが、しかしその奥底に秘められる感情はまるで獲物を前にした肉食獣のそれである。
だから見惚れている事などできるはずもなく、灰銀狼の上で朱槍を構えた俺達に対し、巫女はまず最初に笑みを浮かべた。
寒気を感じるほどの美がそこにあった。
そして巫女は三つの燃える大きな歯車を出現させて後光のように背負い、腰から桃紅色の翼を生やし、三十メートルほどの高さまで一瞬で飛翔してその場に滞空する。
――戦闘態勢に移行した。
そう判断すると同時に、俺は本能的に灰銀狼を右に跳躍させる。
次の瞬間、燃える車輪の一つが高速回転する事で飛び散った火の一部が、燃え盛る鳥と化して風よりも速く飛翔し、俺達が先程までいた場所を爆砕した。
赤い爆炎と共に、砕けた床の金属が高速で周囲に散らばるが、幸い回避行動が早かったので爆風に煽られるだけで済む。
しかし巫女の攻撃はそれだけに止まらなかった。
一つだけではなく、三つ全ての燃える車輪が高速回転し始める。
飛び散る火は瞬く間に大火となり、無数の燃える鳥や犬、あるいは狐や虎などに変化した。
燃える動物群は、車輪が回転すればするほど燃え盛る大火に比例して数を増やし、すぐに五十を超え、尚も増えていく。
最も速いが直線的な鳥、最も威力が高いが数が少ない虎。威力はそこそこだが数が多く連携する犬、陰に隠れながら執拗に追尾してくるのが鬱陶しい狐。
その一つひとつが魔力を凝縮して生成された魔力爆弾であり、直撃すれば致命傷を負うだろう。
普通の小鬼であれば数千単位で鏖殺できるであろう、絨毯爆撃に近いその攻撃を全て回避する事は、流石に今の状態では不可能だった。
時には朱槍で切り裂いて消滅させ、時には頭の王冠の能力で吸収、時にはマジックライフルで撃ち落とし、時には機械腕を伸ばして握り潰す。
攻撃を受けるにしてもできるだけ遠隔で対処して最低限の被害に抑えつつ、灰銀狼による高速移動で相手を翻弄し、中空に浮かぶ巫女を観察する時間を捻出。余波で多少火傷を負う事はありつつも、攻略の糸口を探っていった。
巫女は面制圧能力に優れ、自動追尾する圧倒的な火力の魔力爆弾動物群で他者を寄せ付けない。
加えて三十メートルほどの高さに滞空する事で、容易に接近されない状況を作り出している。
上昇して以降は動いていないので、飛翔速度まではまだ分からないが、固定砲台と化している現状でもその性能の高さには苦笑いしか出てこない。
ただ、それでもやり様はある。
脳内で戦略を組み立て、これで何とかなりそうだ……などと甘い考えが過ったその時、一匹の燃える兎が眼前に出現した。
これまでの動物群のような、生成され、俺達を狙って移動し、爆発する、という一連の流れが省略されたかのようなこの現象は、【時間】に関係する何かが作用した事は明白だった。
ともあれ、【時間耐性】が効果を発揮して灰色に染まった視界の中で、今まさに爆発せんと膨張する兎を即座に丸呑みにして対処する。
【時間耐性】が無ければ爆発した後でようやく状況を認識していたかもしれないし、事前に認識できても僅かでも躇えばそのまま爆発に全身を呑まれていたほどギリギリのタイミングだった。
燃えるような魔力の激しさは激辛、口内で弾ける食感は炭酸に似た兎の喰いごたえを楽しんで、掴んだ生を実感する。
兎を喰った事で得た魔力で一先ず火傷や傷を癒やしつつ、マジックライフルの速射で血路を切り開く。
巫女を空から落とす。
まずはそれから始めよう。
[エリアボス〝時巡る歯車の朱鷺巫女〟の討伐に成功しました]
[達成者は塔への移動が認められ、以後エリアボス〝時巡る歯車の朱鷺巫女〟と戦闘するか否かは選択できるようになりました]
[達成者には初回討伐ボーナスとして宝箱【巫女の炎歯車】が贈られました]
《九十八日目》/《百九■八■目》
昨日の数時間に及ぶ激闘の後、そのまま眠ってしまったらしい。
全身がボロボロだ。胴体の火傷は酷いし、右目は熱で弾け、呼吸もしにくい。気管支とかが焼け爛れている痛みがある。
まあ、ひと眠りした事で、消し炭みたいになっていた戦闘直後から比べればまだマシな状態にはなっているのだが。
とにかく、勝ったのは俺である。
となれば、巫女を食すのは正当な権利だろう。
朱槍によって心臓を貫かれ、仰向けで地面に横たわる巫女に近づく。
確かに死んでいるが、それでもその肉体にはまだ生気が宿っているような存在感があった。
まず、白魚のような手に触れた。スベスベの肌は触り心地がよく、俺の機械腕を握り潰さんばかりの剛力を発揮したとは思えない柔らかさだ。
上質な骨肉である事は間違いなく、食欲のままひと口噛むと、そこには天国があった。
物理的に殴ってくる美味。脳幹を震わせる魔力の暴力。口どけの爽やかな脂と赤身の絶妙なバランス。
そのまま喰うだけで十分な、余計な調理を必要としない至高の食材の一つだと断言できる。
加えて血の一滴に至るまで感じられる濃厚な味の深みに、全身の怪我が瞬く間に癒えていく生命力の塊でもあった。
頭から足先まで全てを腹に収め、満足感に浸りながら横に転がった。
[能力名【炎禍の巫女】のラーニング完了]
[能力名【時巡る歯車】のラーニング完了]
[能力名【獣災の鎮魂火】のラーニング完了]
[能力名【護告砲浄】のラーニング完了]
[能力名【滞空放火】のラーニング完了]
そして大量にアビリティをラーニングできた。
実際に戦った際の戦術的にも、得られたアビリティの構成的にも、巫女は固定砲台として優れていた事がよく分かる。
巫女は、古代爆雷制調天帝〝アストラキウム〟に次ぐ美味さだったのは間違いない。
それは得られたアビリティの数の多さからも証明されているが、しかし個人的な味の満足度で言えば、巫女の方が上かもしれない。
やはり肉体の変化が大きいのだろう。小鬼である今と比べれば、強化人間だった以前の方が遥かに強い。その差が満足度に大きく影響しているのではなかろうか。
ともあれ、巫女を喰った事で四肢にはこれまでに無いほどの力が漲り、魔力も充実している。
視覚聴覚など様々な感覚も研ぎ澄まされ、肉体の操作は更に精密になった。
身体を慣らす為に朱槍を振るうと、明らかにキレがいい。
正直ここの【エリアレイドボス】に挑戦するのは不安な部分もあったが、これならどうにかなるだろう。
重傷を負った絶不調から回復して絶好調な俺と灰銀狼は、早速上空の短針が示す出入口を探し、軸塔に足を踏み入れる。
そんな俺達を最初に歓迎したのは、出入口のすぐ傍に鎮座する振り子時計形石像に刻まれた――
[三の刻、【時刻の影塔】を攻略せよ。過去の英傑の幻影に学び、頂に至れ]
――という文章と。
軸塔の中央に存在する天井が見えないほど高い吹き抜けから落下してきた、身の丈十メートルを超える巨大な牛頭の白い人影だった。
《九十九日目》/《百九■九■目》
軸塔に入った直後に俺の眼前に落下し、大の字で床に横たわる白い人影。
頭部が牛頭という特徴から、恐らくは牛頭鬼系だとは思うが、詳しくはないのでハッキリとはしない。
ともかく、牛頭鬼らしき白い人影の巨躯に見合うだけの重量と、そこに落下速度も加わった結果、硬いはずの地面は十数センチも陥没し、無数にヒビ割れ、その衝撃の凄まじさを物語る。
普通なら即死していてもおかしくはないだろう。いくら頑丈な牛頭鬼にしても耐えられる限界を超えているはずだ。
しかし白い影の牛頭鬼は少ししてムクリと立ち上がり、眩暈を振り払うように何度か頭を振り、俺の方を振り向き――静かに消えた。
まるで幻だったかのように、フワリと空間に溶けるような消え方だった。
その光景に思わず目を見張る。
登場の仕方も衝撃的だったが、退場の仕方もまた衝撃的だった。
ただ、少し待つと、白い影の牛頭鬼は再び落下してきた。
まるで過去に起こった出来事を繰り返し再生するように、しばらく観察している間もずっと落下しては消えてを繰り返す。
最初は驚いたが、【知識者の簡易鑑定眼鏡】を使って調べると、この白い影は過去の先人達の幻影――【時刻の影】だという事が分かった。
【時刻の影】とは《時刻歴在都市ヒストリノア》でもこの軸塔――【時刻の影塔】内部特有の現象だ。
《時刻歴在都市ヒストリノア》は【歴史の神】が創造した領域である為か、過去ここに挑んだ数多くの挑戦者達の歴史が記録されている。
【時刻の影】は、その歴史の一部が、現在に存在する俺達でも観測できる形となって繰り返し再生される現象だ。
【時刻の影】に対して、俺達が干渉する事はできない。
ただ見ているだけしかできないが、しかしその行動の一つひとつが【時刻の影塔】の攻略のヒントとなる。
【時刻の影】が進んだ先には、上階に続く階段、財宝が眠る隠し部屋、不意を突いて殺しにかかってくるトラップ、あるいは出現するダンジョンモンスター、その攻撃方法や弱点など、重要な情報が詰まっていた。
さて、そんな有用な【時刻の影】だが、大きく分けて三種類あるらしい。
一つは、落下という迫力満点な出迎えをしてくれたものと同じ、白い影。
これは直近に挑んだ者の影らしく、数分前に通ったか、あるいは数年前に通ったかくらいのものらしい。もしかしたら入った出入口の時間がズレているだけで、現在攻略中の者もいる可能性がある影だ。遭遇する頻度は一番低く、最初の白い影を含めて数えられる程度しか見ていない。
次が灰色の影。
これは十数年前から百数十年前までの影らしく、遭遇頻度はそこそこ高い。個人的には隠し扉とかを見つけている印象が強い。そんな影の中には、ここに来る前に《赤蝕山脈》で出会った老狩人と似た影がいたような気がする。
最後に黒い影。
これは灰色のものより更に古い影であり、遭遇する回数が最も多かった。結構即死級のトラップなどに引っかかっている印象が強く、攻略の為の情報が足りないから大変だったんだなと思わずにいられない。
そんなありがたい先人達の後ろをなぞり、前に進んでいく。
【時刻の影塔】は塔型の構造をしていて、上階に進むには階段を登らねばならない。
中央の吹き抜けを飛んでいければ良かったのだが、試しに上に向けて石を投げたところ、一定の高さまで上がって以降その速度は目に見えて落ち、次第にスロー再生のような速度で飛び続けた。
恐らくは不正を妨げるトラップになっているのだろう。時間経過を遅くするとか系だろうか。ただ逆に、上から落ちてくるのはいいらしい。
それを少し残念に思いながら、俺達は上に登り続けた。
《百日目》/《二■日目》
昨日一日をかけて【時刻の影塔】の攻略に挑んだが、恐らくはまだ半分程度までしか進めていない。
最深部だけあって、出現するダンジョンモンスターはこれまでと比べて遥かに強い。
それに加えて、【時刻の影塔】特有の機構も時間がかかる原因になっていた。
上階を目指す構造の【時刻の影塔】では、各階を探索して階段を見つける必要がある。
外で観測した直径からするとどう考えてもあり得ない広さがある反面、階段は複数用意されているようだが、延々と続く通路と広い部屋を一つひとつ見ていくしかない。
時には【時刻の影】のヒントですぐ見つかる事もあるが、そうでない場合が圧倒的に多い。
そして見つけた際、階段は光の壁で封印されており、部屋に用意された封印解除の試練を乗り越える必要があった。
封印解除の試練は二種類存在する。
一つは、定められた時間内に出現し続けるダンジョンモンスターの一定数以上の討伐。
もう一つは、時間に関係する謎解きだ。
討伐試練の方は、十分な戦闘能力さえあれば無難にこなせるだろう。制限や苦労も多いが、一定時間で確実に進む事ができる。
対して謎解き試練の方は、戦闘能力を必要としないし、戦闘による疲労や武具の消耗なども無い。部屋の中にヒントが隠されているので、知識が乏しくても何とかなる可能性もある。
ただし場合によっては、謎を解くまでに討伐試練よりも遥かに時間がかかる。
どちらの試練を選ぶかは決められるし、何度でもチャレンジできるので、まずは謎解きに挑んで、駄目そうなら討伐に切り替える方針をとった。
謎解きだけで進めたなら良かったのだが、上層になるほど難しくなっていき、討伐に切り替える事が増えていく。
ダンジョンモンスターを摘みつつ焦らず進みながら、【エリアレイドボス】戦にむけた戦力の増強の為、巫女から得た宝箱【巫女の炎歯車】に入っていたマジックアイテムの習熟にも努める。
マジックアイテムの名称は【火獣群の歯車】。巫女が背負っていた三つの燃える歯車が、一つになったような簡素な形状をしている。
歯車の回転によって生じる火花を火獣に生成変化させる【火車化獣】。
爆発のような大火を後方に発し、瞬間的に凄まじい加速を得る【火翔加速】。
受けた炎熱系攻撃を吸収し、使用者の体力や魔力に変換する【火護快気】。
三つの能力は使い勝手もよく、そもそも歯車自体が燃えているので高熱攻撃を仕掛ける事も可能という優れものだ。
ただし、使用している間は常にかなりの魔力を消費するし、火獣の一体一体は弱くて自爆特攻以外には使えない。
使い方次第で自滅しかねないリスクもあるが、間違いなく強力な武器になるので、燃える歯車を背負い、灰銀狼に跨り、マジックライフルと朱槍を携えて上を目指した。
さて、明日ぐらいには登頂したいものであるが。
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