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暗黒大陸編 4巻
暗黒大陸編 4-1
しおりを挟む《九十一日目》/《百九■一■目》
朝日が昇り始めた薄暗い時刻に、俺――伴杭彼方は目が覚めた。
サッパリと爽快な目覚めで、眠気もダルさも一切ない。それどころか、すぐに戦闘状態になっても問題ないほど、軽やかで活力に満ちている。
きっと、近くにある《時刻歴在都市ヒストリノア》――【歴史の神】に選ばれた【エリアレイドボス】である古代過去因果時帝〝ヒストクロック〟の統治領域――から漂う芳醇な匂いに食欲を刺激され、身体がやる気に満ちているのだろう。
漂ってくる匂いだけで美味いと分かる料理店の店先にいると思ってもらえれば、少しはこの気持ちが分かるだろうか。
日課の朝練をして身体をほぐしていくが、どうしても、もうすぐ出合える未知の美食に意識が向いてしまう。
朝練で動いた事で腹が空き、エネルギーを身体が欲し、漂ってくる匂いに刺激されて口内には涎が溢れ、グルルと腹が鳴った。
俺は朝から食欲の権化に成ったと言ってもいいだろう。
空腹は最高のスパイスであり、それは心身に強い影響を及ぼす。
朝練を滞りなく終え、このままあえて何も喰わないで《時刻歴在都市ヒストリノア》の攻略に挑戦する事も選択肢の一つだな――と思いつつ《時刻歴在都市ヒストリノア》上空を回る時計を見上げると、丁度ガゴンと動いて短針が隣の区画を指した。
それを確認し、まだ挑戦できないなと少し落胆する。
というのも、現在と過去が入り交じりながら時を刻み続ける《時刻歴在都市ヒストリノア》に入るには、十二ある区画それぞれの外壁に一つずつ存在する【時刻門】を通る必要がある。
【時刻門】には、中に入る者を邪魔する門番はおらず、老若男女誰でも入る事はできるそうだが、常に門が開いている訳ではない。
そして、《時刻歴在都市ヒストリノア》は時計を模した形状で構成されている為、内部のギミックは、短針と長針――時と分を示す二つの針と深く連動している。
各【時刻門】の開閉もその一つであり、上空の短針が指している区画の【時刻門】しか開かない。
つまり現在、短針が指している隣の【時刻門】は開いているはずだ。
だが、一つひとつの区画は広いし、移動中に周囲の危険地帯から出てきたモンスターに襲われる事も考えられる。そうなると移動中にまた短針が動いてしまい、中に入るタイミングを逃す可能性が高い。
そして中に入ってからが本番である点も踏まえれば、無駄に体力を消耗しないよう、またここの【時刻門】が開くのを待つのが無難だろう。
という事で、今は朝食をとる事にした。
腹が減り過ぎて正常な思考ができないのは困る、という理由もある。
手際よく用意した今日の朝食は、山盛りの黒錆ご飯に、魔牛の分厚いステーキ三枚、新鮮な山盛りサラダと一メートル級の焼き魔魚だ。
小腹を満たすほどもないが、むしろこれくらいが食欲を掻き立てる。
ペロリと平らげてしまって物足りなさを感じながら、もうすぐやってくる本番に向けて装備のチェックを行うなどして時間を潰した。
そして良い時間になったので、相棒の灰銀狼に跨って最寄りの【時刻門】に向かい、どんどん近づいてくる高く聳え立つ銀の防壁を見た。
僅かな継ぎ目も見当たらないツルリとした金属製の防壁は、その高さだけでも大したものだが、左右どちらも霞むほど遠くまで続いている。
これは内部の探索はかなり大変そうだと思いつつ、防壁に設けられた巨大な【時刻門】の前に到着した。
左右に巨人の像の装飾が施された【時刻門】には、『7』を意味するこの世界の文字が刻まれている。
《時刻歴在都市ヒストリノア》の中央に聳える軸塔から伸びる短針はもうすぐそこまで迫り、長針が確実に分を刻んでいた。もうすぐ時間だ。
今か今かと逸る気持ちを抑えつつしばらく待っていると、短針がゴウンゴウンと低い音を轟かせながら動いて、目の前の【時刻門】の上空で停止。
すると門は自動的にゆっくりと開いていく。
完全に開き切る前に門を通り抜けると、まず俺達を出迎えたのは、どこにも繋がっていない半円の閉ざされた空間と、その中央にある人間大の丸い時計形石像だ。
外の防壁と同じ銀の金属壁で隙間なく覆われた周囲をひと通り見まわし、何処かに繋がる通路などはない事を確認する。
それからとりあえず、次に繋がるキーアイテムであろう時計形石像に歩み寄った。
どのような仕掛けがあるのかと身構えていると、一定の距離まで近づいたところで、文字盤の部分に文字が浮かび上がった。
読んでみると――
[一の刻、【時変の迷路】を攻略せよ。新しき英傑よ、新たな歴史を歩め]
――とあった。
その意味を考えようとしたところで、周囲に変化が起こる。
銀の金属壁に覆われて閉ざされていたはずの空間が、その構造を大きく組み替えて、新しく十二の通路が生まれたのだ。
入り口から覗いて見ると、通路の先は複雑に枝分かれしているらしい。
侵入者を阻む、最初の防衛区画だ。
ここに関しては、数日前に《赤蝕山脈》で別れた老狩人などから生の情報を得ている。進む事は十分に可能だろう。
しかしその情報が本当なのか確認する意味でも、油断せずに一歩ずつ確実に進んでいく。
《時刻歴在都市ヒストリノア》攻略は、こうして迷路の探索から始まった。
《九十二日目》/《百九■二■目》
《時刻歴在都市ヒストリノア》。
その最初の関門として侵入者を阻む、外縁部に広がる【時変の迷路】の攻略は、予定よりもゆっくりとしたものになった。
出現するダンジョンモンスターの強さなど、理由は幾つかあるが、その最たる原因は、【時変の迷路】が、上空の短針が一つ動く度に、つまり一時間毎に環境が大きく変化する事だった。
簡単に説明すると――
一時は、魔樹が過剰なまでに鬱蒼と生い茂る薄暗い【森林迷路】。
二時は、床や壁が強弱の差が激しい流砂で構成された蒸し暑い【幻砂迷路】。
三時は、場所によって重力が変動して岩塊や水球などが浮かぶ荒地【浮動迷路】。
四時は、光源が存在せず闇に包まれている狭くて湿度の高い【洞窟迷路】。
五時は、伸ばした自分の手すら見えない濃霧で満たされた【濃霧迷路】。
六時は、身体が吹き飛ばされそうなほどの強風が常に縦横無尽に吹き荒れる【颶風迷路】。
七時は、外壁と同じ金属で構築されている事以外は特徴の乏しい単純で無機質な【金属迷路】。
八時は、モンスターより多く設置された特殊なギミックや悪辣な罠が行く手を阻む【機構迷路】。
九時は、強烈な熱を放つマグマが流れていて唐突な小噴火が通路で起こる【溶岩迷路】。
十時は、多種多様な毒性の魔蟲や毒性植物の楽園とも言える【蟲毒迷路】。
十一時は、腐臭が漂い骸が転がり墓標が点在する古戦場【死霊迷路】。
十二時は、一時から十一時までの全ての特徴が混ざる【混沌迷路】。
――以降この繰り返し。
また、このような一時間毎の目まぐるしい環境変動に伴い、内部構造も大きく変わる。行き止まりの先に新しい道が出来てショートカットできるようになる事もあれば、その逆で開けていた道が急に閉ざされる事もある。
つまり、一時間毎に正しい道が変わっていくと言えば、難度の高さが伝わるだろうか。
更に、環境の変動に加え、出現するダンジョンモンスターの種類や特徴も様変わりするので、戦いに慣れ難い点も面倒だ。一応、混沌迷路では全ての環境に出現するダンジョンモンスターと戦えるので、この時は迷宮の攻略よりも狩猟優先で討伐に慣れる事に努めている。
まとめると、時間経過による環境の変化こそ、【時変の迷路】攻略において最も厄介な要素である。これがなければ、もう少し難度が下がったのは間違いない。
ただ、俺にとってそれは悪い事ばかりではない。
何せ、十二種類の環境それぞれで生きるダンジョンモンスターを喰う事ができるからだ。飽きる事なく獲物を喰える状況は歓迎すべきだろう。
それにどの環境にも、他種よりも一段階以上強い、その環境の主とも言える強個体が出現するように設定されているらしく――
【森林迷路】では、樹木の影に潜み、雷鳴と共に襲い掛かる黒雷影虎。
【幻砂迷路】では、流砂を操り、獲物を引きずり込む巨大な流砂幼蜉蝣。
【浮動迷路】では、重圧を操作し、不可視の領域を展開する浮宝玉型悪性精霊。
【洞窟迷路】では、光のない環境に適応し、無音で丸呑みしようとしてくる眼の無い白大蛇。
【濃霧迷路】では、濃霧に紛れて触腕を伸ばし、獲物を引きずり込んで絞殺する幻霧魔蛸。
【颶風迷路】では、風に乗って高速移動し、すれ違いざまに転倒させ切り裂き毒を塗る三位一体の颶風鎌鼬。
【金属迷路】では、無数の金属ゴーレムが合体し、様々な変形能力を持つ連隊魔機。
【機構迷路】では、要塞のような分厚い殻に火炎放射機やバリスタなどを備え、周囲に罠などを増設する要塞宿借。
【溶岩迷路】では、周囲の溶岩を自在に操り、武器や鎧にして敵を焼失させる火砕竜。
【蟲毒迷路】では、無数の毒虫が殺し合った末に一つに混ざって形成された毒蟷螂百足。
【死霊迷路】では、三メートルほどの重甲冑に怨霊が憑依し、優れた剣技を駆使する騎死王。
【混沌迷路】では、各環境のモンスターの特徴が雑多に融合し、敵対者に死を運ぶロックエンド・キメラロード。
――といった猛者がいる。
これら環境主達は手強い代わりに旨味が強く、どれも美味い。
特にロックエンド・キメラロードは部位によって味も食感も大きく違うので喰って楽しく、探し求めてしまうくらいには優良な獲物である。
もっとも、一時間という時間制限があるし出現数も少ないので、遭遇するのは稀なのだが。
ともあれ、難度が高いだけに、どのダンジョンモンスターも美味い存在が揃っている。
それに各環境でしか取れない素材などもあるので、それらを採取するだけでも恩恵は大きい。
ポリポリと【浮動迷路】の浮遊岩の欠片を摘みつつ、確実に進んでいった。
《九十三日目》/《百九■三■目》
【時変の迷路】は広く複雑だ。ただでさえ迷う構造である上、一時間毎に起こる環境変化で壁や地形が変動する。
そういった要素が攻略難度を引き上げているのは事実だが、しかし上空に浮かぶ針の根本を見れば、進むべき方向はある程度分かるようになっている。
なので【時変の迷路】がどれだけ複雑でも、進むべき方向さえ見失わなければ、時間さえあれば踏破はできる。
それに俺の場合は、灰銀狼に乗る事で移動速度を上げられるので、間違った道を選んでも即座に戻って別の道に進める事も大きなアドバンテージになっていた。
そうして攻略法に目処が立ち、余裕が生まれれば、他に目が行くのは自然な事だった。
具体的に言えば、各環境特有の素材やドロップするアイテム類の収集である。
例えば、【森林迷路】では豊富な食材や魔樹素材が手に入り、【金属迷路】では固有の魔法金属などが手に入る。その他、環境ごとに手に入る素材は多種多様であり、かつ他所では手に入らない物ばかりだ。
この機会を逃すのも勿体ないので、今日は攻略を進めつつも採取を重点的に行った。
採取に熱中し過ぎると進行速度が遅くなるのでほどほどに抑えたが、それでも収穫はかなりのものになった。用意しておいた収納系マジックアイテムの幾つかが満杯になるほど、在庫を大量に確保できた。
摘み食いしながらだった事も考慮すれば、かなり効率よく回れた方だろう。
一日の労働の成果に満足しつつ夜営し、灰銀狼と共に夜食を楽しむ。
【溶岩迷路】に出没する五メートルを超える火砕竜を頭からボリボリ喰い、ついでに火砕竜が秘める高熱で【濃霧迷路】の幻霧魔蛸を焼きながら摘む。迷宮酒もドロップしたのでそれも嗜んだ。
美食が揃い美酒も手に入るここは、ある意味極楽なのかもしれないな。
[能力名【浮岩天動】のラーニング完了]
[能力名【火砕竜の熱殻】のラーニング完了]
[能力名【濃霧隠遁】のラーニング完了]
それに大量に上質な食材を喰って多数のアビリティもラーニングできたので、とても有意義な一日だった。
《九十四日目》/《百九■四■目》
今日も元気に朝から探索し、夜が近づく午後五時頃。
素材を採取しながら進んでいた俺達の前に、《時刻歴在都市ヒストリノア》に入る時に潜った【時刻門】と似た、しかし細部が異なる巨大な門が現れた。
どうやら【時変の迷路】の終点まで到着できたらしい。
長かったような短かったような、結構充実した道中を振り返りつつ、一先ずの達成感を得た。
さっさと先に進みたいが、この【時刻門】も短針が回って来るまで開かないらしいので、適当に時間を潰して待つ事にする。
時間潰しに最適なのは、やはり飯だろう。
ここで【時変の迷路】は終わりなので、その記念として全ての環境主の最も美味そうな部位を用意した。
調理法は、悩んだ結果、今回は鍋料理にする。
適度な大きさに切った肉と野菜などがグツグツと煮え、美味そうな匂いが広がっていく。
いい具合に色が変わった肉を喰ってみると、引き締まって力強さを感じる味が口内を支配した。
内包されていた強い魔力が胃から全身に巡る高揚感。食欲を乱暴に刺激する肉の魅力。
キメラロードの心臓の一部だったらしい肉を即座に食い尽くすと、俺の手は次から次へと動いて、鍋の中身はあっという間に無くなった。
また、鍋と一緒に飲んでいる、瓢箪形の水晶瓶に入った【時涙】という甘口の迷宮酒も逸品だ。
手に入った他の迷宮酒も飲み、俺と灰銀狼は幸せな一時を過ごす事ができた。
[能力名【陰影雷虎】のラーニング完了]
[能力名【幼体】のラーニング完了]
[能力名【重圧宝玉】のラーニング完了]
[能力名【無音鱗殻】のラーニング完了]
[能力名【斬打毒の三重苦】のラーニング完了]
[能力名【損壊剥離】のラーニング完了]
[能力名【防塞殻】のラーニング完了]
[能力名【蟲毒の主】のラーニング完了]
[能力名【騎死王の呪剣】のラーニング完了]
[能力名【禁忌の理】のラーニング完了]
美味いだけでなく、多数のアビリティもラーニングできた。
帰りにまた食材集めをするのもいいなと思う中、上空にやってきた短針に合わせて、時刻門がゆっくりと開いた。
手早く片付けてから門をくぐると、そこにはどこか見覚えのある開けた空間があった。
何処かに繋がる通路のない空間で、その中央には砂時計形石像だけが浮いている。
石像に近づいて書かれた文を読み解くと――
[二の刻、【時転の機都】を攻略せよ。巡る都を探索し、時を感じよ]
――とある。
そこまで読んだところで、前と同じように周囲の壁がパズルのように動き、開かれた先には次の領域――【時転の機都】が現れた。
【時転の機都】は名称通り、都市と表現するのがふさわしい場所だった。
ただし、普通の都市とは様子が明らかに異なっている。
一定間隔で立ち並び、上空を回る針に迫るほどに高く聳え立つ、特殊な金属柱によって構成される摩天楼。
その摩天楼の周囲には、小指の爪よりも小さいものから数階建ての建物よりも巨大なものまで存在する、無数の歯車をはじめ――
伸びては縮み、縮んでは伸びるを繰り返す、大小様々のゼンマイ集合体。
一定のリズムで増減を繰り返す赤色の液体が詰まったシリンダー群。
金属の枠に嵌められた、自ら光を放つ水晶が数十数百と連なって出来た謎の構造物。
分厚くも透き通ったガラスのケース内で、上から下へ一定の速度と量で流れ落ち続ける黄金の砂。
円盤や長方形、菱形や台形など様々な形をした大小様々な金属塊と、それらを繋げる巨大ネジ。
――そういった様々な何かが接続し、驚くほど精密に組み合わさって、ゴウン、ゴウンと重低音の独特な駆動音を発しながら一つの目的の為に稼働している。
《時刻歴在都市ヒストリノア》が時計をモチーフにしている事を考えれば、【時転の機都】は時計の機械部に相当するに違いない。
遠目から眺めるだけでも見応えのある壮大な光景に、思わず唾を呑み込みつつ。
今日のところは安全圏らしき入り口で一泊する事にして、明日から挑戦する都市の様子を細かく観察してから寝た。
《九十五日目》/《百九■五■目》
【時転の機都】はハッキリ言って難解だ。
必ず周囲の何処かが一分間隔で変動するので、定点観察していると、一時間も経てばすっかり景色が変わってしまう。
柱となる摩天楼の存在感だけは変わりないが、摩天楼の位置も微妙にずれるらしく、観察をしないまま足を踏み入れていたら、きっと方向感覚が狂っていただろう。
一つ前の【時変の迷路】では、とりあえず上空の短針の位置に注意しておけば、環境切り替えギミックにも対応できたが、【時転の機都】では分を刻む長針にも注意が必要らしい。
細部まで探索するとなると、時間経過によって現れたり消えたりする構造物について、大雑把でもいいから把握する事から始める必要があるだろう。
しかし今回はさっさと先に進む事にしているので、【時転の機都】中央に聳える軸塔を目指して動き出す。
一応、【時転の機都】にも周囲の影響を受け難い通路が用意されているらしい。構造物の点検の際にでも利用されるのだろうか。
事情は分からないが、あるものは有り難く使わせてもらう。
ただし、その通路を進むにしても油断はできない。
一分間隔で何処かしらが変化するここでは、油断すると地形変動に巻き込まれかねないのだから。
実際、歩いていると急に床が割れる事もあったし、壁面から歯車がせり出してくる事もあった。
俺も灰銀狼も回避に成功はしているが、こういったトラブルが随所で起こる。
それに、ここで出現するダンジョンモンスターも忘れてはならないだろう。
【時転の機都】で主に出現するのは、ゴーレム系モンスターだった。
――伸縮自在の金属腕が十二本生える、二メートルほどの浮遊する金属球体〝マジックハンド・エアボール〟。
――口から接着剤や融合材を分泌し、手で塗り込んで様々な物を修復する高機動な金属猿〝リペア・エイプ〟。
――高速回転する嘴を器用に操り、切削加工を施す三メートルほどの金属啄木鳥〝カッティラード・ケラ〟。
――どこか蟻を彷彿させる丸みを帯びた造形で、巨大なボルトクリッパーで武装した機械人形〝ダン型機工兵アーマルト〟。
――油圧ショベルのようなゴツゴツとした鋏で、ある程度のサイズの構造物なら持ち上げられるパワーを秘めた、二十メートルはある金属起重機蟹〝アルタコル・メタルクラブ〟。
こういったゴーレム系は今後の糧になるので、積極的に狩っていった。
高品質な素材だし、ドロップ品としては上等だろう。
それに〝リペア・エイプ〟から採れる融合材など、利用価値が高い副産物も多いので、集めるだけ集めておけば、帰還したら色々と使えるだろう。
そうこうしつつ、何だかんだと順調に進み、日が沈んだ。
点在する構造物から漏れる人工の光によって周囲は照らされるので、さほど暗くはないが、それでも安全に休憩できる場所の確保は重要だ。
アチコチ歩き、最終的にはとある摩天楼の中にある、まるで空っぽの倉庫のような開けた空間を発見したので、そこで休む事にした。
しかし足を踏み入れたそこで、俺と灰銀狼はそれと遭遇した。
床に生じた発光する魔法陣。
そこから出現した、一見して無機物でありながら、何処か生物のような気配も漂う異形の存在。
三メートルほどの大きさで中身の砂が黄金に輝く豪奢な砂時計に、十二メートル以上はある白い四翼を生やしたような奇妙な造形。
砂時計の中心であるオリフィスには赤い球体が浮かび、それがまるで心臓のように拍動している様はどこか生物的でもある。
後に【知識者の簡易鑑定眼鏡】――装着して視た対象の名前と能力の一つが分かるという鑑定系マジックアイテム――を使って知る事になるその異形の正体は、【時間】に関する能力を持つ、〝時砂の翼時計〟という強力な種の一個体。
これまでとは明らかに一線を画す威圧感を発するそのダンジョンモンスターに対し、俺は瞬時に愛用の朱槍を構えた。
油断は一切していない。何かがあれば瞬時に対応すべく、やれる事は全てやっていた。
攻撃の前兆があれば即座に反応できる、はずだった。
――しかし気が付いた時には攻撃を受けていた。
胸部に二センチほどの綺麗な穴が開き、その下の皮膚や筋肉は黒く炭化し、骨は高熱によって溶けた。
肺や心臓の一部に文字通り穴が開き、背中まで突き抜けた一撃。それによって生じる諸々の激痛に耐えようと反射的に歯を食いしばるも、口から零れる鮮血。
普通であれば致命傷。即死していてもおかしくはない攻撃を受けた俺を庇う為か、灰銀狼が俺を隠すように前に出てくれた。
唸り声を発する灰銀狼に対し、ダンジョンモンスターは周囲に十二の光球を展開する事で応える。
一秒後には壮絶な戦闘が開始されるだろうその時、俺は痛みに苦しむよりもまず先に、心の奥底から湧き出す歓喜に思わず笑みを浮かべていた。
思わぬ強敵が出現したが、強敵とは即ち美味。
警戒していても心臓を撃ち抜いてくる輩は久しぶりで、その味を想像するだけで俺は絶頂に達してしまいそうだった。
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