Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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暗黒大陸編 4巻

暗黒大陸編 4-3

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《百一日目》/《二■一■目》

 何だかんだと手間はかかったが、無事に【時刻の影塔】の最上階に到達した。
 最上階は高さ百メートル、直径五百メートルを超える空間拡張された大型ドームのような一室で、円を描くように等間隔で聳え立っている十二本の太い円柱以外は何もない。
 円柱の配置的に、恐らくは部屋自体が時計の文字盤に見立てて構成されているのだろうか。
 かなり重要なギミックになっていると思しき十二本の円柱には、精緻せいみつな魔法陣がビッシリと刻まれている。
 魔法陣はかなり複雑で、何を意味しているのか完全に理解する事は難しいものの、様々な部分で『時間』と『月日』、それから『星座』を表現しているような造形が見受けられる。
 場所が場所だけにこの推測はまず間違いではないだろうが、そんな事は一先ず置いておくとして。
 ここを抜ければ、《時刻歴在都市ヒストリノア》の主である古代過去因果時帝〝ヒストクロック〟に挑戦できるはず。
 それはこれまでの道中で手に入れた情報から推察できたし、何より、以前倒した古代爆雷制調天帝〝アストラキウム〟に似た魔力が大気に満ちているのを感じ取れる。
 思わず涎が出てくるほどに芳醇な香りとも表現すべきそれは、とてつもなく魅力的だ。
 一刻も早く味わいたいものだが、【時刻の影塔】の最後の関門は、主である〝ヒストクロック〟を守る番人でもあるのだから、これまでで最も手強いはずだ。
 気を引き締め直した俺と灰銀狼が、警戒しながら部屋の中央まで進むと、床から石板がゆっくりとしてきた。
 これまでの試練にも似た物があり、その時の試練内容などが刻まれていたのだが、今回も同じようだ。石盤にはこうある。


[許サレルノハ十二刻、【大イナル神】ノ眷属ヲ模倣セシ二十四ノ〝偽青道十二星獣ゾルディア・カリプレ〟ヲ殲滅セヨ]


 つまり二十四時間以内に、二十四体の敵をほふればいいらしい。
 制限時間は過去最長だが、最も多かった時で千体以上の討伐が必要だった事を考えれば、今回の討伐数はかなり少ないと言えるだろう。
 そしてその文の下には、これまでにも多少は書かれていた討伐対象の情報が刻まれている。
 戦闘する際の参考になるのだが、これまでよりも情報が多いのは、最後だからなのか、それだけ難敵だからなのか。
 それは分からないが、それなりにある情報量を読み終えると、石版はゆっくりと床に沈み、周囲の十二の円柱が虹色に発光した。直視すれば暫く何も見えなくなりそうなほどの光量だ。
 咄嗟に手で光を遮りながら周囲を窺うと、まるで複数の何かがにじみ出ようとしているかのような空間の揺らぎを知覚する。
 光は数秒で止んだが、その時には既に俺を囲うように十二の討伐対象――〝偽青道十二星獣〟が出現していた。
 モコモコとした燃える羊毛に包まれた赤き灼羊しゃくよう〝アリウエス・カリプレ〟。
 重厚な積層鎧殻を身に纏う超重量の狂える金牛きんぎゅう〝タウロラス・カリプレ〟。
 肥大化した片手に鎌剣ハルパーを握り風を操る美貌の双子〝ジェミルア・カリプレ〟。
 液体で構成されたような甲殻を持つ揺らめく水蟹みずかに〝キャンサンド・カリプレ〟。
 全身が灼熱のマグマで構成された小さな太陽を背負う獅子しし〝レオル・カリプレ〟。
 腹部から見た事も無い異形を生成するおぞましきくろ乙女おとめ〝ヴェルディゴ・カリプレ〟。
 左右のはかりに竜巻と轟雷の精霊を乗せた古びた天秤てんびん〝ライブレス・カリプレ〟。
 水銀によって構成された長い尾と鋏を持つ毒蠍どくさそり〝スコルティオス・カリプレ〟。
 下半身が六脚の馬体で上半身は炎弓を携えた男性という射手〝サジダリオス・カリプレ〟。
 脚部が異様に肥大化し魔剣のような鋭角を持つ灰山羊はいやぎ〝カプレリコン・カリプレ〟。
 暴風と濁流を吐き出すみにくおきなの顔を模したいびつな造形の水瓶みずがめ〝アクエリフェレス・カリプレ〟。
 螺旋らせんのように捻じれ合いながら毒と水を吐く人面の双魚そうぎょ〝ビスケティー・カリプレ〟。
 とある【大神】の【神代ダンジョン】に出現するとされる【星獣】の模倣種らしく、性能は本物よりも落ちるものの、これまでに遭遇したダンジョンモンスターとは一線を画す存在感がある。
 どいつもこいつも十メートルを超える大岩のような巨躯で、それだけをとってもかなりの威圧感だ。
 しかもそれに加えて物理的な圧力を伴う魔力の波動まで発しており、精神が弱ければ対峙しただけで気絶しかねない圧がある。
 そんな存在が十二体も一堂に会して全方向を囲んでいる現状は、一般的には死地に立っていると表現すべきだろう。
 しかし俺は死闘の気配に緊張や怖気おじけを感じるよりも先に、その血肉を喰った時の味を想像してしまった。
 いきなり周囲に出現した極上の獲物を前に、思わず涎が垂れそうになる。
 そうして食欲を刺激されつつも、討伐する必要があるのは二十四体のハズなのに、ここにはまだその半分しかいない事に小首を傾げた。どうやら追加も現れそうにない。
 つまり何か仕組みか条件があるのか、それはまだ分からないが、ともかくまずはこの十二体を相手にせねばならない。
 そんな訳で俺は灰銀狼に跨り朱槍を構え、背面に燃える歯車を従えて戦闘を開始したのだが……戦況は想定していたよりも悪いものになった。
〝偽青道十二星獣〟はどいつもこいつも強い。それは対峙した瞬間に分かっていた事だ。
 しかし実際に戦闘を開始すると、それぞれの個性が互いを補強するように連携してくるので、攻略難度が更に跳ね上がる。
 全方位から絶え間なく致命的な破壊力を持つ攻撃にさらされ続けるのは、流石に灰銀狼に乗った俺でも厳しいものがあった。


 だからまず、相性的に一番やりやすい金牛を集中的に狙う事にした。
 金牛は、重厚な積層鎧殻を身に纏う事で、半端な攻撃では傷一つ負わない圧倒的な防御力を獲得している。しかも見た目通りの重量がありながら、ドラッグマシーンのように短距離で最大加速した突進を行ってくる。まるで敵を轢殺れきさつする暴走殺人重機だ。
 実際、マジックライフルから放たれる魔弾も、燃える車輪から生み出した火獣の爆撃攻撃も呆気あっけなく弾かれてしまう。逆に向こうの突進が直撃すれば、俺達は抵抗もできず即死するだろう。
 単純だがそれ故に恐ろしいものの、しかし俺が手にする朱槍はそんな金牛の守りすら容易く切り裂き、致命傷を負わす事が可能だった。
 だから普通なら苦戦をまぬがれなかっただろう金牛も、ただの獲物として楽に狩る事ができた。
 他の〝偽青道十二星獣〟との攻防の隙を狙って突進してくる金牛の四肢を、すれ違いざまに朱槍で切り裂いていく。
 尋常ならざる生命力による再生能力も、朱槍の効果によるのか発揮される事はなく、数回繰り返すだけで金牛は動けなくなった。
 倒れたところですかさず背骨を割断し、そのまま首をねてあっさり仕留める。
 戦闘の余波で死体が壊される前に回収しようと思ったのだが、残念な事に死骸はすぐさま光の粒子に変換され、出現元の円柱に吸い込まれてしまった。
 それを悔しく思いつつも、周囲にまだまだ残っている敵の対処に追われ、一旦忘れる事にした。次こそは消える前に確保しようと心に決め、損耗を抑えつつ着実に数を減らす方針で戦っていく。
 その戦い方は間違っていなかっただろう。戦況は徐々に俺達の優位になっていった。
 だが、金牛を仕留めてからそれなりの時間が経った頃。
 もう少しで特に弱らせた二、三体を連続で仕留められ、その後も連鎖的に崩せそうな状況が整ってきた時である。
 金牛を吸収した円柱が再び発光し、新しい金牛を出現させたのだ。
 それも、金牛は金牛でも、最初のものとは大きく異なっていた。
 元々見上げるほどだった巨躯は倍の二十メートルほどにまでふくれ上がり、重厚な積層鎧殻は更に厚みを増している。
 それだけでなく、積層鎧殻と巨大化した破城槌のような角は超振動しているらしく、ブゥイーーーンと独特な高周波音を発して大気を震わせている。
 近づくだけで大気や地面を伝った超振動が全身を襲い、動きがいちじるしく制限されてしまう。下手すれば動く事すらできなくなりそうだ。
 そこに超重量の高速タックルを喰らえば、瞬間的に細かく破砕され、残骸も残らない血煙ちけむりになってしまうだろう。
 そう想像させるだけの恐ろしさを、禍々まがまがしく強化された新・金牛は存分に体現している。
 灰銀狼の機動力と他の〝偽青道十二星獣〟を盾にする事で、新・金牛をどうにかやり過ごしつつ、今回の試練について考察を重ねていく。
 討伐対象は十二体の〝偽青道十二星獣〟で、その強化個体まで倒す必要がある。ここが時計のような空間である事を踏まえると、強化前と後は午前と午後を表現しているのだろう。だから二十四体の討伐が試練の達成条件という訳だ。
 それが分かっただけでよしとしつつ、戦闘を続ける。
 そして強化個体を倒すと、その後は倒した〝偽青道十二星獣〟を小型にしたような雑魚敵ざこてきが五体出現するようになった。
 小型種は体長が一メートル程度と小さく、保有する能力もそこまで強力ではない。
 と言いつつ、ここまでの道中に出現したモンスターよりは強いので、油断はできない。
 しかも殺しても殺しても一定時間が経過すると無限に追加されるらしく、〝偽青道十二星獣〟との戦闘中に損害度外視の自爆特攻を仕掛けてくるのは始末が悪すぎた。
 倒した強化個体が増えれば増えるほど雑魚敵の数も種類も増え続け、戦場はどんどん混沌を極めていった。
 そして十数時間後、制限時間を少し残して、どうにか全討伐を終える事ができた。


[階層ボス〝偽青道十二星獣ゾルディア・カリプレ〟の討伐に成功しました]
[達成者は天領てんりょうへの移動が認められ、以後エリアボス〝偽青道十二星獣〟と戦闘するか否かは選択できるようになりました]
[達成者には初回討伐ボーナスとして宝箱【星降ほしふあお偽称ぎしょう】が贈られました]


 かなりキツイ戦いだった。
 強化個体は殺すと死骸が残ったので、十二体分全て確保する事に成功し、小型種もそれぞれ数百から千体単位で確保できた。
 戦果としては十分満足できるものではあるが、それと引き換えに全身の損傷が酷い。
 灼熱で全身をあぶられ、逃げ場のない洪水に呑まれた肉体は毒に侵され、鋭い斬撃によって筋肉は断裂し、耐えがたい衝撃で全身の骨は砕かれた。
黒小鬼王ブラック・ゴブリンキング堕天隗定種リスタリオリシーズ】である現在、【強化人間】だった時と比べると、肉体面では弱くなっている。以前なら回避や防御できたような攻撃でも、ダメージを負う事が多々ある。
 小型種の攻撃でも当たり所が悪ければ結構危なかったし、複数の強敵が相手では怪我を負う事を避けられず、治るとはいえ痛いものは痛い。
 もう少し手加減してほしいものだが、言って手加減してくれる相手ではなかった。
 しかし終わってしまえば、それもまた美食のスパイスになる。
〝偽青道十二星獣〟の強化個体は、素材が良いのでしっかりと調理して味わいたいが、今は残念ながらその余裕がない。
 喰いやすいようにザックリとした大きさにさばいた後は、軽く火で焙ったりちょっと調味料を振りかけて簡単に味付けをしたりしたぐらいで、すぐさま喰いついた。
 最初は金牛の肉にかじりつくと、血や肉が舌の上を転がって味が爆発的に広がる。
 その瞬間、幻視したのは天国だった。
 舌の温度だけで溶けるアッサリとした上質な脂。
 ギュッと引き締まった赤身は噛めば噛むほど旨味が滲み、食感も味も変わるので飽きる事はない。
 その他も喰っていくが、それぞれ食感も味の傾向も全く違うのがとても面白い。
 灼羊や金牛などは見た目から連想できるが、黒乙女は部位によって糖度が変わる柔らかな甘味を思わせ、水瓶は辛みのあるシャキシャキとした野菜のようだ。
 どれを喰い合わせても相性がいいらしく、まるで天然のフルコースを味わっているみたいだった。


[能力名【灼熱の羊毛スコーチング・ウール】のラーニング完了]
[能力名【黄金の牛歩ゴルドオクス・フット】のラーニング完了]
[能力名【双貌の剣舞ミラーフェイス・ソードダンス】のラーニング完了]
[能力名【深水性軟吸甲殻しんすいせいなんきゅうこうかく】のラーニング完了]
[能力名【獅子ししなる太陽たいよう】のラーニング完了]
[能力名【わざわいの忌児いじ】のラーニング完了]
[能力名【精霊せいれい天秤てんびん】のラーニング完了]
[能力名【水銀の毒尻尾マーキュリー・テイル】のラーニング完了]
[能力名【射殺いころ獣眼じゅうがん】のラーニング完了]
[能力名【割断かつだん剣角けんかく】のラーニング完了]
[能力名【老いた暴れ口ロートル・マウス】のラーニング完了]
[能力名【渦巻うずま毒水どくすい】のラーニング完了]
[能力名【偽星獣因子カリプレ・ファクター】のラーニング完了]


 量が量だけにラーニングできた数も多くなった。
 それだけでなく、失った血肉は〝偽青道十二星獣〟を喰う毎に補充されていくように感じられ、同時に摂取できる大量の魔力が丹田たんでんに凝縮していくような感覚を覚えた。
 それに死闘を乗り越える中で何度もレベルアップを重ねた結果、細胞が活性化した肉体は試練前よりも遥かに軽く感じられ、かつ力強さが増している。
 容量が余っていた器が溢れそうになるほど満ちた、と表現するのがいいだろうか。
【黒小鬼王】となってから過去最高潮と言える状態の俺は、とりあえず装備を点検し、手に入れたばかりの宝箱【星降る青の偽称】から中身を取り出して調べた後、そのまま先に進む事にした。
 試練をクリアした時に部屋の中央に出現した、高い天井の先まで続く螺旋階段を登っていくと、複雑に動く機械に四方を囲まれた狭い一室に着いた。
 規則正しくリズムを刻む音が響く中、部屋を少し見て回ると、床に設置された如何いかにもなレバーがあった。
 罠の類ではないと感じたのでそれを引いてみると、周囲の機械が一斉に動いた。
 部屋の内装が次々と変化していき、最終的には、小さな時計が集まって巨大な時計を構築するという独特な彫刻が施された豪奢な門が出現した。
 その門には――


[四の刻、【時帝じてい天領てんりょう】を支配せよ。過去と現在が交錯し、時の織り成す極地にて]


 ――と刻まれている。
 事前に感じていた通り、この先で待つのは古代過去因果時帝〝ヒストクロック〟で間違いない。
 門の前に立っただけでも、これまでとは比べ物にならないほどの圧倒的な魔力が全身を包むのだから、それ以外だった場合は逆に困るくらいだ。
 ようやく辿り着いた最後の難関を前にして、感慨深くここまでの道中を振り返りつつ、門を押す。
 ゆっくりと開いていく門の向こうからまぶしい光が差し込み、俺達は駆け込むように勢いよく潜り抜けた。


《百二日目》/《二■二■目》

 古代過去因果時帝〝ヒストクロック〟が待つ最終地点、《時刻歴在都市ヒストリノア》の最深部である【時帝の天領】。そこに到達した俺達を出迎えたのは、高速で迫る銀色の壁――に見えるほどに巨大な、牛頭の人型の背中だった。
 咄嗟に横に飛び退いたが、そんな事をしなくても問題はなかったかもしれない。
 というのも、その銀色の牛頭の人型は、過去の先人達の幻影――【時刻の影シャーディアン】に酷似していたからだ。
 それも、大きさや細部の特徴からして、軸塔に入ったところにあった吹き抜けで、何度も何度も繰り返し落下していた牛頭鬼ミノタウロスだろう。コイツとは何かしらの縁があるのだろうか。
 ともあれ、【時刻の影】は過去を映す幻影なので実体はない。だからたとえぶつかったとしてもただすり抜けたはずだ。
 しかし、同時に強い違和感があった。
 そもそも【時刻の影】は【時帝の天領】の一つ前、つまり軸塔――【時刻の影塔】内部だけで生じる現象のはずだ。
 なのに【時帝の天領】でまで発生しているのは何故か。
 この現象の原理の詳細までは把握できていないので、そんな事もあるのか、もしくはそもそも鑑定内容が間違っていたのか。
 ――あるいは、この牛頭鬼は【時刻の影】と似ているが全く違う別の何かなのか。
 個人的には最後の説が有力だ。
 何故なら真に迫るというか、実際にそこにいるような存在感を、目の前の牛頭鬼から感じるからだ。
 回避せずに当たればその圧倒的質量に呆気なく潰されかねない、という直感があった。
【時刻の影】には何度も遭遇してきたが、これは一度も覚えた事のない感覚だ。
 実際、銀色の牛頭鬼は幻想のように一定時間で消えずにずっと残っている。
 それどころか、十メートルを超える巨躯の大半を隠してしまうほど巨大な城壁盾を構えた。
 その瞬間、城壁盾の前面に黄金の爆発が生まれた。
 何が起きたのか俺には詳細が不明なのだが、黄金の爆発の規模からすると、かなりの破壊力がある何かを防いだのだろう。
 爆発はそれから僅か一秒の間に十度は発生したが、僅かに城壁盾の角度を調整したり、あるいは押し出したりする事で対処している。そんな動作だけで牛頭鬼の技量の高さが窺えた。
 そうして戦う様はとても幻影とは思えない迫力と戦意に満ちており、見れば見るほど実際にそこにいるように思えてくる。
 それにしてもこの牛頭鬼は、断続的に攻撃を受けているのに小揺こゆるぎもせず、むしろ攻撃を受けながら前進していく。その姿をどこかで見た事があるように感じてしまうのは、気のせいだろうか。
 そんな風に少し気を取られていると、迫る致命の気配と、静かな殺気を感じた。
 自然と身体が動いて朱槍を突き出せば、高速で飛来してきた何かがアッサリと切り裂かれ、俺の左右を通り抜けて床に突き刺さる。
 まばゆい黄金の閃光が散り、強い衝撃で機械腕が少し震え、大気がビリビリと震えた。
 背後に流れた残骸を目で追えば、朱槍が切り裂いたのは黄金の矢らしい。
 それもただの矢ではなく、直径で一メートルはありそうな巨大な矢だ。
 まるで丸太のような黄金の矢は、地面に突き刺さって少しすると淡く輝きながら、ゆっくりと消失した。
 この黄金の矢は物質で作られたものではなく、魔力か能力で生成されたものなのだろう。ということは、予め製造する手間が無く、魔力などがあれば幾らでも生成できるのかもしれない。
 追撃に対して備えていると、百メートルほど前方で突然、黄金の矢が出現した。
 鋭いやじりから太い矢柄、太い矢柄から大きな矢羽と順に現れながら飛来する黄金の矢は、まるで俺にある程度近づいた瞬間に実体化したようだった。
 飛来速度自体そもそも速いのだが、一定範囲内に近づくまで見えない分、更に速く感じる。
 恐らくは先程牛頭鬼を襲った攻撃もこれなのだろう。
 そう思いながら、飛来し続ける黄金の矢を時には切り伏せ、時には最小限の動きで回避する。
 数秒の間だけで射られた黄金の矢は百を超えた。
 来るのは正面だけでなく、左右や上方からと、油断はできない。
 それでも捌く事に少しずつ慣れてきたが、しかしこの場に留まり続けても黄金の矢の連撃はみそうにない。
 むしろ、より速く、数が増し、威力が上がってきていた。
 標的が大きく動かない事で、精度を犠牲に連射速度と破壊力の向上に射手の意識が傾き出したのだろうか。
 射手の姿を見られればその辺りの機微も少しは分かるかもしれないが、面倒な事に、矢と同じくその姿は見当たらない。
《時刻歴在都市ヒストリノア》の直上にある【時帝の天領】の床は、まるで超強化ガラスのように硬くありつつも透き通っており、視界を遮る障害物もない。つまり非常に見晴らしのいいここで発見できないとなれば、射手は【光学迷彩こうがくめいさい】など身を隠す術を身に付けている可能性が高い。
 このまま留まっていてもらちが明かないので、攻撃の合間を見て前に駆ける。
 攻撃されている方向は大体分かっていた。射手との距離を縮められれば何かしらの発見があるはず。
 その考えは正解だったらしく、射手の気配を感知する事ができた。
 気配がする場所は、やはり何も見えない。しかし僅かな音や匂い、あるいは秘匿ひとくされた魔力の僅かな気配が、確かにそこに何かがいるのだと教えてくれている。
 そこまで知覚できれば、後は簡単だ。
 並走する灰銀狼に跨り、背後に浮かぶ【火獣群の歯車】に魔力を注ぎ込む。
 これまでになく大量の魔力を一気に注ぎ込んだ歯車は、黒く燃え盛りながら高速回転し、まるでジェットエンジンのように黒い大炎を後方に向けて噴き出した。
 歯車が持つ三つの能力のうちの一つ、【火翔加速】だ。
 それによって移動速度が飛躍的に向上し、何かがいる場所までの距離が瞬く間に詰められた。
 その間にも黄金の矢は何本も飛来するが、いずれも遥か後方の地面を貫くだけに終わっている。こちらの加速に全く狙いが追いついていないらしい。
 俺は、気配がする辺り一帯に、【火車化獣】によって生じた火獣達を差し向けた。
 黒豹くろひょう黒鷲くろわしが地を駆け空を飛び、そして連鎖的に大爆発して空間をはらう。込める魔力を多くした為か、通常の赤い炎ではなく黒炎となっており、自爆特攻の火力はこれまで以上の破壊力を秘めていた。
 そうして爆炎と爆風が浮き彫りにした不可視の敵は、身の丈十メートルを超える黄金の巨人のようだった。黄金の矢の異常な大きさも、射手のサイズからすれば納得だ。
 ただ予想と違い、敵は複数存在した。
 大爆発に巻き込まれた黄金の巨人射手は十を超える。その内の半数は爆発によって致命傷を負ったのか黄金の粒子となって消滅し、残り半分も四肢を失って黄金の粒子が鮮血のように勢いよく溢れている。
 放置して何か置き土産されても面倒なので、瀕死の黄金巨人射手には火獣の追加を差し向けて確実に仕留めておいた。
 一先ず攻撃してきた一団を殲滅せんめつする事に成功したかと思ったら、しかしまた別方向から黄金の矢が飛来した。
 どうやら敵はまだ残っているらしい。休む間もなく戦闘は続く。
 黄金の矢を朱槍で切り裂きつつ、新手が存在すると思しき方向に視線を向けると、驚くべき事に先程の銀色の牛頭鬼がその方向に突っ込んでいた。
 城塞盾を前に突き出し、肩に巨大な戦斧を構えての突貫とっかんだ。巨大な脚が床を踏み締める度に眩い銀の炎と雷が発生し、その見た目からは想像もできないほどの速度で突き進んでいく。
 城塞盾の表面では黄金の爆発が断続的に続いているので、攻撃を受けているのだろう。しかしやはり小揺るぎもせずに牛頭鬼は突き進み、戦斧を振り下ろした。
 それはまるで世界を切り裂くような一撃だった。


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