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「ルエ様、お怪我をされたようで。」
「え?はい。ギル様に聞いたんですか?」
「ええ、菌が入ると厄介なので消毒をしましょう。」
「ありがとうございます。」
ノーマンはたらいに湯を張り傷口を綺麗に洗って軟膏とガーゼを当ててくれた。
「ヒタキの巣をお守りになったとか。」
「へへ。でも僕はやられちゃいました。守ったのはギル様です。」
「いえいえ、ルエ様。ヒタキは幸せを運ぶ鳥です。ヒタキが巣を作る家は幸せになると言います。ルエ様はこの家の幸せを守って下さったのですよ。」
この家の幸せ…。それは一体何なのだろうか。
この家の幸せはルエの幸せとイコールなのだろうか。
ルエはノーマンの顔を見ながらぼんやりと考えていた。
その日を境にギルバートと庭で会うことが増えた。
話し相手が出来たルエはギルバートの存在が嬉しかった。
二人で他愛もない話をしたり、ヒタキの巣や庭を訪れる小さな動物を眺めたりして過ごした。
「ルエ、ここの生活は慣れたか?」
「はい。皆さんに良くしてもらってます。ギル様にも。」
「そうか…。ルエは何でリチャードのところに嫁に来る気になったんだ?」
「それは、父が決めてきたことなので…。」
「そうだよな。断れないよな。」
「でもそれだけではありません。僕はリチャード様を知っています。昔、子どもの頃ですけどお会いしたことがあるんです。そのとき、素敵な人だなぁと思いました。オメガだと分かったばかりだったので、こんな素敵なアルファの番いになりたいと思ったんです。」
ギルバートはじっとルエを見つめている。
「ルエ、これはもしもの話だが、もしリチャードが離婚したいと言ったらどうする?」
「離婚ですか…。」
リチャードと離婚。考えなかった訳ではない。
彼はルエに会う気もないのだ。
何故結婚したのかも分からない。
「それは、そうなったら仕方がないですね。僕はそれを受け入れるしかありません。」
十二歳のリチャードを思い出した。優しい笑顔と精悍な顔立ち。芳しい彼の匂い。
あの匂いをルエは忘れたことがなかった。
「そうか…。」
ルエの話を聞いたギルバートは悲しそうに笑った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「ルエ様、ヒタキの卵が孵ったようですね。」
「うん。良かった。三羽とも無事で。」
「あとは巣立つだけです。」
「楽しみだね。」
ノーマンは優しい笑顔でルエを見た。
ここへ来て二か月が経ち、ルエは少しづつ皆と心を通わせていた。優しく穏やかなルエに屋敷の使用人も好意的だ。
ただやはりリチャードと会うことはなかった。
ルエは庭の散策していると厨房の勝手口から出てきた人とぶつかりそうになった。
「ごめんなさい!」
「こちらこそすいません。」
その男の子は大きな牛乳の入れ物を抱えていた。
「あ!中身、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。空なんで。」
そう言って笑顔で中身を見せてくれた。
「新しい牛乳を運んで空の容器を回収してるんですよ。」
その男の子が指差した方を見ると荷馬車にたくさんの容器が乗っている。
「あれ全部がこの屋敷のですか?」
「いやいや、まさか。私はこの辺り一帯のを回ってるんです。ここが最後なんで後は街まで行くんですよ。」
牛乳配達は三日ごとに朝と夕で決まった時間に来ると言った。遅れると牛乳がダメになってしまうので必ず同じ時間にくるようだ。
「じゃあ、毎度~!」
男の子は元気よく挨拶をして荷馬車を走らせた。
ルエはその荷馬車を眺めていた。
「あの荷馬車に乗れば街に行けるんだ。」
ルエは街に行って見たくなった。ギルバートは毎日来る訳ではないし、ノーマンには仕事がある。
やはり退屈で仕方ない。
一度だけ行ってみても良いかな?夕方に戻れば良い。
そう思うとワクワクしてきた。
次の配達日は三日後だ。
その日にあの荷馬車に乗せてもらって街まで行ってみよう。
退屈だったルエにも楽しみが出来た。
いよいよその日がやって来た。
ルエは出かける準備を整えていた。
配達は朝の十時にやってきて夕方の十七時に頃にはこの屋敷に空の容器を回収にくる。
これは厨房の使用人に聞いたのだ。だから昼さえなんとかなればバレずに行って帰って来られる。
ルエは昨日から具合があまり良くないとノーマンに伝えていた。嘘をつくのは心苦しかったが、一日だけ街に出たかったのだ。
今朝も朝食を食べた後、ノーマンに少し寝るから起こさないで欲しいと頼み部屋に下がった。
部屋に戻ってから小さな肩掛け鞄を出して荷物を詰める。と言っても持っていくものはほとんどない。
ハンカチと小さな巾着、祖母からもらった大事なブローチをしまった。これはルエのお守りで肌身離さず持っている。
お金をほとんど持っていないルエはコイン二枚を巾着に入れた。
「よし、そろそろ時間だ。」
見つからないように裏口からそーっと外に出る。庭をぐるりと回って厨房の入り口に出た。
前に荷馬車が停まっていたところで隠れて待っていると時間通りに荷馬車がやってきた。
大きな牛乳の容器を抱えてルエより少し歳下の男の子が厨房に入っていく。
しばらくすると手ぶらで荷馬車に戻ってきた。
「あ、あの!」
「うわぁ!びっくりした。えっと君はこの間の…。」
「あの、お願いがあるんです。」
ルエは驚いて目を丸くしているその男の子に頭を下げた。
「すごい!たくさんの量だなぁ。」
荷馬車の隅に座ってガタガタと揺れている。
男の子は驚いたようだったが快く了承してくれた。
まさかルエがクロフォード公爵の妻だとは思ってもいないようだ。
途中、ルエも牛乳を運ぶのを手伝ったりしながら街に着いた。
「夕方の鐘が鳴ったらここから出発するからね。遅れてきたら置いてくよ。」
「はい。ありがとう。」
お礼を言って別れる。街は賑わっていてルエは久しぶりにワクワクした。
「え?はい。ギル様に聞いたんですか?」
「ええ、菌が入ると厄介なので消毒をしましょう。」
「ありがとうございます。」
ノーマンはたらいに湯を張り傷口を綺麗に洗って軟膏とガーゼを当ててくれた。
「ヒタキの巣をお守りになったとか。」
「へへ。でも僕はやられちゃいました。守ったのはギル様です。」
「いえいえ、ルエ様。ヒタキは幸せを運ぶ鳥です。ヒタキが巣を作る家は幸せになると言います。ルエ様はこの家の幸せを守って下さったのですよ。」
この家の幸せ…。それは一体何なのだろうか。
この家の幸せはルエの幸せとイコールなのだろうか。
ルエはノーマンの顔を見ながらぼんやりと考えていた。
その日を境にギルバートと庭で会うことが増えた。
話し相手が出来たルエはギルバートの存在が嬉しかった。
二人で他愛もない話をしたり、ヒタキの巣や庭を訪れる小さな動物を眺めたりして過ごした。
「ルエ、ここの生活は慣れたか?」
「はい。皆さんに良くしてもらってます。ギル様にも。」
「そうか…。ルエは何でリチャードのところに嫁に来る気になったんだ?」
「それは、父が決めてきたことなので…。」
「そうだよな。断れないよな。」
「でもそれだけではありません。僕はリチャード様を知っています。昔、子どもの頃ですけどお会いしたことがあるんです。そのとき、素敵な人だなぁと思いました。オメガだと分かったばかりだったので、こんな素敵なアルファの番いになりたいと思ったんです。」
ギルバートはじっとルエを見つめている。
「ルエ、これはもしもの話だが、もしリチャードが離婚したいと言ったらどうする?」
「離婚ですか…。」
リチャードと離婚。考えなかった訳ではない。
彼はルエに会う気もないのだ。
何故結婚したのかも分からない。
「それは、そうなったら仕方がないですね。僕はそれを受け入れるしかありません。」
十二歳のリチャードを思い出した。優しい笑顔と精悍な顔立ち。芳しい彼の匂い。
あの匂いをルエは忘れたことがなかった。
「そうか…。」
ルエの話を聞いたギルバートは悲しそうに笑った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「ルエ様、ヒタキの卵が孵ったようですね。」
「うん。良かった。三羽とも無事で。」
「あとは巣立つだけです。」
「楽しみだね。」
ノーマンは優しい笑顔でルエを見た。
ここへ来て二か月が経ち、ルエは少しづつ皆と心を通わせていた。優しく穏やかなルエに屋敷の使用人も好意的だ。
ただやはりリチャードと会うことはなかった。
ルエは庭の散策していると厨房の勝手口から出てきた人とぶつかりそうになった。
「ごめんなさい!」
「こちらこそすいません。」
その男の子は大きな牛乳の入れ物を抱えていた。
「あ!中身、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。空なんで。」
そう言って笑顔で中身を見せてくれた。
「新しい牛乳を運んで空の容器を回収してるんですよ。」
その男の子が指差した方を見ると荷馬車にたくさんの容器が乗っている。
「あれ全部がこの屋敷のですか?」
「いやいや、まさか。私はこの辺り一帯のを回ってるんです。ここが最後なんで後は街まで行くんですよ。」
牛乳配達は三日ごとに朝と夕で決まった時間に来ると言った。遅れると牛乳がダメになってしまうので必ず同じ時間にくるようだ。
「じゃあ、毎度~!」
男の子は元気よく挨拶をして荷馬車を走らせた。
ルエはその荷馬車を眺めていた。
「あの荷馬車に乗れば街に行けるんだ。」
ルエは街に行って見たくなった。ギルバートは毎日来る訳ではないし、ノーマンには仕事がある。
やはり退屈で仕方ない。
一度だけ行ってみても良いかな?夕方に戻れば良い。
そう思うとワクワクしてきた。
次の配達日は三日後だ。
その日にあの荷馬車に乗せてもらって街まで行ってみよう。
退屈だったルエにも楽しみが出来た。
いよいよその日がやって来た。
ルエは出かける準備を整えていた。
配達は朝の十時にやってきて夕方の十七時に頃にはこの屋敷に空の容器を回収にくる。
これは厨房の使用人に聞いたのだ。だから昼さえなんとかなればバレずに行って帰って来られる。
ルエは昨日から具合があまり良くないとノーマンに伝えていた。嘘をつくのは心苦しかったが、一日だけ街に出たかったのだ。
今朝も朝食を食べた後、ノーマンに少し寝るから起こさないで欲しいと頼み部屋に下がった。
部屋に戻ってから小さな肩掛け鞄を出して荷物を詰める。と言っても持っていくものはほとんどない。
ハンカチと小さな巾着、祖母からもらった大事なブローチをしまった。これはルエのお守りで肌身離さず持っている。
お金をほとんど持っていないルエはコイン二枚を巾着に入れた。
「よし、そろそろ時間だ。」
見つからないように裏口からそーっと外に出る。庭をぐるりと回って厨房の入り口に出た。
前に荷馬車が停まっていたところで隠れて待っていると時間通りに荷馬車がやってきた。
大きな牛乳の容器を抱えてルエより少し歳下の男の子が厨房に入っていく。
しばらくすると手ぶらで荷馬車に戻ってきた。
「あ、あの!」
「うわぁ!びっくりした。えっと君はこの間の…。」
「あの、お願いがあるんです。」
ルエは驚いて目を丸くしているその男の子に頭を下げた。
「すごい!たくさんの量だなぁ。」
荷馬車の隅に座ってガタガタと揺れている。
男の子は驚いたようだったが快く了承してくれた。
まさかルエがクロフォード公爵の妻だとは思ってもいないようだ。
途中、ルエも牛乳を運ぶのを手伝ったりしながら街に着いた。
「夕方の鐘が鳴ったらここから出発するからね。遅れてきたら置いてくよ。」
「はい。ありがとう。」
お礼を言って別れる。街は賑わっていてルエは久しぶりにワクワクした。
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