須臾物語(140字)

真ヒル乃

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No.006~No.010

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No.006
パライソはあるの。インヘルノはあるの。そんなものあるわけがない。すべてはよろこびに満ちあふれ、すべてはかなしみに満ちあふれている。ここがすべての原点であり、永遠。あなたの意思がこの世にあるかぎり、苦しみも怒りさえも受け入れなければ……「そんなものは理屈じゃない、助けてほしい……」



No.007
昔のことを思い出せば、通りすぎるいらだちが僕を支配していた。振り返れば一瞬のことだとしてもあの頃には気づかなかった。運命を打ち砕けなかった僕を笑うだろうか。運命に抗えなかった僕を蔑むだろうか。僕にはここしかない。どんなにやり直しを望んでいたとしても。前を向くことしかできないのだ。



No.008
花冷えのするこの夜に月が昇る。美しいと感じる心は残っているだろうか。痛む心を癒すあの月に願いをかける。そうだ願いだ。決して呪いではない。恨みつらみ妬み嫉み謗りすべてを浄化させてくれ。どうすれば優しくなれるだろうか。自分にも世界にも。花は風に吹かれ、月は明るく夜を照らし続けている。



No.009
あのとき感じたときめきを今はもう思い出せない。何にそこまで心を踊らせていたのだろう。知らないことへの好奇心。気づいたときの高揚感。しかし同じような繰り返しの倦怠が日々を襲う。何気ない毎日を作り出すことの、この上ない努力に気づかないで。それでも求めてしまうのは賢者か夢見る愚か者か。



No.010
僕の青春。あのひとりぼっちの夜。僕は今、ようやく見つけた。ああ、あなたは確かに存在していた。叢雲の夜空にさえ透きとおるようなメロディーが僕をあの時へ誘う。何が悲しくて、どうにもならない無力な僕がとぼとぼと帰る夜の道。確かに存在したあの夜に響いていた旋律を……僕は今まで忘れていた。




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