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26.雨
しおりを挟む「この子たち、毎年暖かくなる時期にはこの木に戻って来るのですよ」
まだ幼さを残したふっくりとした手指が指し示す方へ、彼が視線を向ける。
枝の根元に作られた巣に小さな鳥が留まっていて、チチチ…と囀る声が心地良く、耳を澄ました。
彼はいくらかじっと眺めた後、また手元の本に視線を落としていた。
その年、嵐によって細い枝に継ぎ接ぎを重ねるようにして作られていた巣は呆気なく飛ばされてしまい、私は地面で滅茶苦茶になっている泥の塊を愕然とした心地で眺めた。
しかし数日後には立派な鳥小屋が取り付けられていて──それが誰の手によるものなのかなんて分かりきっていて──翌年も変わらず彼と共に鳥を見上げることができた。
彼はやはり一瞥くれる程度で興味を失って、私が「見て」と言ったところで生返事ばかり返ってきた。
ただあの頃、私たちは木陰に身を隠すように寄り添い合っていて、その触れているところが暖かいから、私は何事も、まぁいいか、なんて思っていたのだった。
連日の雨が窓を叩いていた。
強くなったり弱くなったりを繰り返しながら長く続く悪天候に、室内は仄かな湿り気を帯び続けていた。
小一時間ほど前はいつかの巣を散らした嵐を彷彿とさせる勢いで降り注いでいたから、懐かしい記憶が蘇ってしまった。
結局私は本格的に体を壊してしまい、数日床に臥せることになってしまった。
身も心もボロボロで本当に情けない。しかしながらほっとしていた。不調を理由に彼とは一切顔を合わさずに済んでいるから。
雨音を聞きながら、枕に顔を埋めた。
眠気なんてやってこないけれど、そのまま時間だけが過ぎる。
時計の針がてっぺんを超える頃だった。
ノックの音の後に、名を呼ばれる。衛兵の声だとすぐに分かった。
シスターが私を訪ねて来ているのだという。
心当たりなんて一人しかいなくて、彼の切羽詰まった声に駆り立てられるように、私は玄関先へと向かった。
「セレナ!?」
しとどに雨に濡れたセレナが小さく震えながら立ち尽くしていて、殆ど抱き締めるように寄り添った。
「レネ様、ごめんなさい、わたし、止められているのに、来てしまって……こちらでは対処しきれなくて、貴女に来て貰いたくて、」
要領を得ない言葉を並べるセレナの両手を握りこみ、落ち着かせるように声を掛ければ、どうやら手に負えない急患が入ったとのことだった。
「……来て、いただけますよね…?」
握っていた手を、今度はセレナの方が強く握り返してきた。
断るわけがない、ただ……
ちらりと衛兵に視線をやる。
「行きましょう」
意外にも彼はすんなりと頷いた。
いいのですか? そんな疑問を口にするよりも早く、セレナに手を引かれて、私は存外あっさりと、もういつぶりになるだろう離宮から出ることになった。
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