愛してほしかった

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21.変化

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 ヨシュア様に会えないまま、数日が過ぎた。

 なんでも彼は国西側にある関所まで視察に出ているそうで、そりゃあ会わないわけだと納得した。

 こういう話を人伝に聞きながら、私は本当に離宮外と断絶されて生きているんだなと改めて思い知らされる。

 クリスティナ様が今どうされているのかとか、結局自分の立ち位置はどうなっているのかとか、何一つわからない。
 使用人の方々は必要最低限の会話しかしてくれない。

 整えられた環境の中で何もかもと切り離されて、ある意味お気楽な生活ともいえるけれど……

「私は本当に、何のためにここにいるのでしょうか……」

 ソファに座ってぼうっと微睡み、眠りこけるまでそう時間は掛からなかった。


 居眠りから目覚める頃には日が暮れ始めていた。
 今日も一日を無為に過ごしてしまったなぁと思いつつ、ぐっと伸びをして立ち上がり、窓辺にだらしなく体を預けて外を眺めた。

 教会の皆はどうしているだろうか。
 頼りになる人達ばかりなので自分が抜けた穴を心配するようなうぬぼれなんかは無いけれど、単純に会いに行きたい。

 そもそも離宮を出るなと言われているけれど、彼は私がこんな風でもいいのだろうか。
 もっと社交的である方が傍目はいいような。

「『悪いが人前に出せるレベルじゃない』なんて言われそうですね」

 想像に容易くてトホホともはや乾いた笑いさえ零れる。

 もう夕食時まで間もないし、気分転換に中庭に寄ろうかな。
 そう寝惚け眼を擦りながら廊下に出れば──

「………」

「……え…」

 扉の前にヨシュア様がいた。

 ノックをしようとしていたらしいポーズのまま停止していて、私も同じように呆然と固まった。
 その後、殆ど無意識的に扉を閉めようとしたらガッと足が挟まれた。デジャヴ。

 彼はどうしてこう突如として現れるのだろう。
 そもそもこれまでのことを思えばヨシュア様が何度も部屋にまで訪ねてくるなんて、やっぱり奇妙で仕方がない。

 例に漏れず、私たちは顔を合わせたところで先ずは沈黙が落ちる。
 あの夜以来である為どうしようもなくバツが悪い。

 結構な日数が経ったから、あわよくばもう忘れていてくれないかな、なんて思っていたお気楽な思考は、彼を前にして木っ端微塵になった。

 彼がどういうつもりでここへ来たのかはわからないけれど、このまま黙っていても苦しいだけだ。
 厳しい叱責を受けるかもしれない、そう思うと手から温度が抜けていく。せめて先手を取って謝ろう──

「申し訳ありませんでした!」「ただいま」

 ………
 ……………
 …………………

(な、なにか、ものすごく、まちがえたきが、)

「………ただいま」

「ぇ、ぁ……お、おかえりなさい…?」

 ドクドクと騒がしい心臓が口から出そうだ。
 下げた頭をゆっくりと上げて、そっと彼を覗くように見れば、見たことを後悔するような能面のような顔があった。

「何に対する謝罪だろうか。あの夜の返事ならそう重ねずとももう聞いた。悪いが、だからと言って俺は行動を制限するつもりはない」

 彼が何を言ってるのか全然分からなくて、改めて自分の粗相を思い知らされて居た堪れない。

「…えっと…実のところ私、お酒に酔ってしまったからか、あの夜の記憶が曖昧でして……その節はご迷惑をお掛けしてしまったため、その謝罪、です……」

 私の言葉を聞いた彼は暫く黙った後、

「記憶が無いのはどこからだ」

「え」

「どの辺りから酔っていた?」

「…ひ、一口目から…でしょうか……」

 彼はまた少し考えるような素振りをしてから、私に目を向けた。

「特に迷惑は掛けられていないから気にしなくていい。安易に持ち込んだ俺にも非がある」

 私はぽかんと彼を見上げた。
 怒っていない…?

 酔い潰れた上に殆どの記憶を飛ばしたという私に、彼は怒るどころか自分に非があると言う。

「迷惑ではないが、心配にはなる。それほど酒に弱いのなら今後は気を付けてくれ。人前で飲むなどしないように」

 例え表情は読めずとも、その言葉が単純な心遣いであることは明白だった。
 臆病から嘘を吐いてしまった私に、それを受け取る資格があるのだろうか。
 まるきり嘘というわけではないけれど、全てを忘れてしまったというほど大袈裟なものでもない。

 彼の言葉が恐ろしくて、なかったことにしたくて、どうせなら元より聞かなかったことにしてしまおうと、嘘を──

 今日は共に夕食が取れるのだと、彼が私に手を差し伸べた。指先が震えないように意識して、ゆっくりとその手を取った。

 胸の辺りが痛むのは、罪悪感からだろうか。
 私の冷えきった指先とは裏腹に、彼の手は存外あたたかかった。




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