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20.お酒の失敗
しおりを挟む色々と気になる事ばかりだけれど、とにかく今回の無礼に対する謝罪はしなければならない。
重要(?)な話の途中に寝落ちして、彼は呆れただろうか、それとも怒っただろうか。
最近無表情の彼から不機嫌は察知できるようになった。
私がそれだけ彼を不快にさせているということだけれど…
『君を愛している』
「……はぁ………」
私が彼に恋をしていた頃、その気持ちは胸が暖かくなるような、華やぐようなものだった。
しかし彼の発した愛というのは、その視線は、私の知っている『愛すること』とはかけ離れているようで。
言葉の真意は探れず、もうお手上げだ。
一先ず謝罪を、食事の時間が一緒になれば行おう。
そう思っているうちに夕食時も過ぎて、少し待ってみたけれど、今日は会うことは叶わなそうだった。
彼と食事の時間が合わないのは珍しいことではないけれど、タイミングがタイミングなので妙に勘繰ってしまう。
記憶が無い間に無礼を重ねてしまった可能性も……
何度目かわからない溜め息を吐きながら部屋に戻る途中、曲がり角から現れた人を前にピタリと足を止める。
「おや」彼もまた足を止めて少し驚いた素振りをしたけれど、直ぐに愛想の良い笑みを浮かべる。
「レネ様、ご無沙汰しております」
「アランさん」
という事は…と彼の背後を覗いたり辺りを見回したりしたけれど、
「生憎、殿下は戻られていません」
「そ、そうなのですね…」
ついほっと息を吐いてしまい、そんな自分にまた小さく嘆息する。謝罪する為に会う気でいた筈なのに、本心はどうしようもなく逃げ腰だ。
「本日は城の方でお休みになられるそうなので、殿下の私物を少しばかり取りに参ったのですが、そちらを届けるのと共に、奥様が寂しがられていたとも伝えておきますね」
「え、あ、ちがっ……」
萎えている理由を勘違いされたらしく、しかしここで強く否定するのもどうかと思いぎゅっと口を噤んだ。
「それはさておき、何故お茶など運んでおられるのです?」
私の手元に視線を落としたアランさんはすっと笑みを薄め、
「もしやまた以前のような不敬が……?」
「い、いえ、これは眠る前に自分が飲むものでして」
ハーブティーの乗った盆を少しばかり持ち上げて言えば、アランさんの笑顔に更に陰りが増した。
「それを何故ご自身で用意されているのかとお伺いしております。使用人は何をしているのでしょうか」
まったく、と息を吐く彼に私は慌てて首を横に振る。
「そんな、お茶くらい自分で淹れますよ」
私の言葉にアランさんは小さく驚いた表情を浮かべた。
こんなことで驚かれる方が驚きだ。これまで一体どんな人たちと関わってきたのだろう……
「えっと、一人分くらい自分で用意してしまった方が楽ですし、態々頼む方が気が滅入りますので。使用人の皆様はそういった私の意志も組んでくださる優しい方々ばかりです」
「……なるほど。こんなことを言っては何ですが、クリスティナ様は真夜中に水の一杯だろうと侍女を使われますよ」
確かに想像は付くなぁと思いつつ、何とも言えないので苦笑いを返した。
アランさんはふっと笑って、「お持ちいたします」と私の手から自然な動作で盆を奪った。
断ろうにも断りきれないことが目に見えているので、大人しくお願いすることにして並んで歩き出す。
「そういえば丁度、レネ様にお伺いしたいことがあったのです」
「なんでしょう?」
「殿下と何かございませんでしたか?」
ぅぐ。
危うく派手なリアクションを取ってしまいそうなところを寸でで留めた。何だかアランさんと関わる時はこんなことばかりな気が……
「えっと…何か、と言いますと…?」
「ああいえ、特に思い当たらなければ聞かなかったことにしてください。……ただ、今日の殿下は少し……」
そこで言葉を止めたアランさんに、私は目を向けられなかった。
この様子だと彼は私の昨夜の醜態を知ってはいないようだけれど、
「ヨ、ヨシュア様は本日、どのようなご様子で…?」
「そうですね、殿下にしては珍しく……」
そこまで言ってアランさんは「いや、」と小さく呟いた。
「いつも一定の調子を崩されない方なのですが、少し違和感があったというだけです。私の思い過ごしでしょう、申し訳ありません。お気になさらないでください」
肩を竦めて誤魔化し笑いを浮かべるアランさんを見て、私は絶望感で膝から崩れ落ちそうになった。なんてことだ。
(ヨシュア様の不機嫌がきっと周りに飛び火したんですね…!!)
私が彼の機嫌を損ねたばっかりに使用人の方々にまで迷惑が……
アランさんがこんな風に気に掛けるくらいなのだから、ちょっとしたことではなかったはずだ。
「個人的には殿下も人間なのだなと感じて喜ばしかったですが」
「ごめんなさい…うぅ……もうお酒なんて絶対に飲みません……」
「レネ様?」
「すみません、すみません……」
「大袈裟な。給仕くらいいくらでも仰せつかいますよ。…着きましたね」
地面を一心不乱に見つめて歩いているうちにいつの間にか部屋の前に辿り着いたらしい、
「良い夢を」そう言ってアランさんは爽やかに去っていったけれど、私はどこか遠くを眺めるような心地だった。
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