愛してほしかった

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22.様子がおかしい彼の話

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 以前と比べると私の生活は大きく変わった。

「ただいま」

 おかえりなさい、と迎えれば小さな包みが渡される。
 ヨシュア様は少しでも城を出る用事があれば(もしかしたら無くとも)こうして土産と称した様々なものを私に与えてくる。

 主にお菓子が多いけれど、一時期は花が本当に多くて、私の部屋が花畑になってしまう勢いだった。

 困ると伝えれば「花が好きなんだろう」と言うので、贈り物にも限度があると必死に説得した。
 彼はやはりどこか納得のいっていないような顔で私を見ていた。

 その後に続いているのが今のお菓子ラッシュだ。
 だから、今日こそ言うのだ。
 生半可な伝え方では彼は止まらないことが既に検証されているので、強く、強く言うのだ。

 所謂『夫婦の時間』のようなものが私たちの間に設けられているようで、帰宅(?)したヨシュア様が諸々を済ませた後は、居間で二人で過ごす時間がやってくる。

 過ごし方はまるでずっと昔と同じ。ぽつりぽつりと話すこともあるけれど、好きに本を読んだりお茶を飲んだり。

 最初はどうしていいか分からなかったけれど、これが数日続くと流石に何もかもを訝しんでしまうことに疲れて、何だか疑心暗鬼になっているようで馬鹿らしくて、少しだけ肩の力が抜けるようになった。

 L字に並んだソファにそれぞれ掛けている今、彼は何やら持ち帰った書類に目を通していて、私はといえば、言うぞ…言うぞ…と思いつつ、

(今話し掛けるのは流石にお邪魔でしょうか…)

 と、長らく足踏みしている。

「なんだ」

 ぴ、と背筋が伸びる。

「話があるのなら聞こう」

 トントンと書類の角を合わせてテーブルの脇に纏めてから彼はこちらを向いた。

 そんなにわかりやすい視線を送ってしまっていだだろうか。悟られてしまった恥ずかしさもあって慌てそうになり、誤魔化すように咳払いをした。

 そう改まっては切り出しにくいのだけれど……いや、言うと決めたからには言わないと。

「ヨシュア様、こういった物はもう結構ですので」

 私は手の上に収まっている飴玉が詰まった美しいガラス瓶を視線で示しながら言った。

「君は甘味が好きなんだろう」

「(花の時と同じパターン…)好きですが…そういう話ではなくて、」

「俺から贈られるものは受け取りたくないという話だろうか」

「そ、そのような話でもありません!」

 真顔で何てことを言い出すんだと思いつつ、否定してから小さく息を吐いた。

「あまり頻繁に物を送られても、困ってしまいます…お気持ちは有難いですが」

「品の内容が気に食わないというわけでもなく、贈り物自体が困ると?」

「え、ええ…」

 ヨシュア様は「ふむ」と口元に手を当て何やら考えているご様子だ。何を考える必要があるのか私にはわからない。

「えっと、頂くばかりで私は何も返せませんし…」

「見返りを求めているわけじゃない」

 でしょうね、と思う。望んで手に入らないものの方が少ないだろう人だ。

「しかし君を困らせてしまうのなら俺も不本意だ。今後は控えることにする」

 数打てば当たるというわけでもないようだしな、と小さく呟かれた謎めいた発言に血の気が引く。
 彼の中で何かの実験でも始まっているのだろうか。どうかそんなものに私を巻き込まないでほしい。

 ──まぁとりあえず怒涛の贈り物ラッシュが止められたようなのは良かった。

 そう安堵したのも束の間、「それはそれとして」と、ヨシュア様がどこか真剣な眼差しでこちらを見据えるので、一気に緊張が走り生唾を飲み下した。

「君に何かを返したいという意思があるのなら尊重したい」

「…はい?」

「実は先日から睡眠を取っていないんだが」

「はい!?」

 思わぬ話の飛躍に声を荒げてしまうけれど、勢いが止められないままに「寝てください! 今すぐにっ!」と前のめりになる。

 なんだか先ほどまでの会話が酷く無駄なものに思えてきた。私と話している暇があるのなら一刻も早く眠るべきなのに、こんな無駄をヨシュア様が行っていることが不思議でならない。

「今日はまだ寝るわけにはいかない」

 えぇ……と思わず戸惑いの声が漏れた。

 慌てている私と違い彼は特にいつも通りで、沸き立った感情が風船のように弾けて萎むような心地になる。
 寝てないというわりにこれといって眠そうでもないのも恐ろしい。

「お仕事が残っているのでしたらここではなく書斎へ…私がいては気が散るでしょう…?」

「仕事のことは別にいいんだ。今は見返りについての話だ」

 どうしよう、この人が何を言ってるのか本当にわからない。

「二十分だけ仮眠を取ろうと思うのだが、君の膝を借りられないだろうか」

「………………、?」

 わからな過ぎて、黙ってしまった。

「嫌ならば勿論拒否してくれて構わない」

 じっくりと時間を掛けて内容を嚙み砕く。
 二十分仮眠を取る、わかります。私の膝を借りる、というのがわかりません。

「………ひざとは、こちらでしょうか…?」

 物凄く間の抜けた質問をしてしまっている気がする。
 自身の膝に手を当てる私に向けて、ヨシュア様は頷いた。

 なるほどこれを貸す……どうやって…? もしかして切り──

「俗にいう『膝枕』というやつだ。俺も聞いたことがあるだけで実際に体験したことはない」

「あ、そ、そうですよね、ひざまくら…………膝枕、ですよね……」

「もう一度言うが嫌なら拒否してくれ。無理強いするつもりはない」

「い、いえ、そのくらい全然、はい……特に問題は、ないかと…」

 私の返答を聞いて彼がすっくと立ち上がったので思わずびくついてしまう。

 そんな中見上げた彼の身長を思うと、果たしてこのソファに収まるのだろうかとどこか真剣に働こうとする頭があって、ずりずりと端に寄った。

 隣に座り、特に戸惑いない様子で彼の頭が私の太ももの上に乗る。
 了承はしたけれど、心の準備が整ってないうちにそんなにてきぱき行われても……
 あとあまり考えず頷いてしまったけれど、そういえば私も誰かに膝枕した経験なんてない。

「あの…眠れそうですか…?」

「人体は決して枕には適してはいないと思っていたが、ある種違った効果が発揮されるのだと実感している」

「そ、それはどういう、」

「よく眠れそうだ」

 二十分経ったら起こしてくれ、そう言ってからヨシュア様は目を閉じた。

 ちらりと足元を見ると足先がソファからはみ出ていて、本当に眠れるのだろうかと心配になってくる。

 しかし先ほどまで全く眠くなんてなさそうだった彼が、細く長く息を吐いた後スイッチが切れたかのように体をくたりとさせていて、ああ本当に疲れていたんだと、ここで初めてわかった。

 目を閉じているのをいいことに、まじまじと彼を見下ろす。
 改めて、綺麗な顔だなぁなんて思いながら、珍しく覗く額だとか、長い睫毛だとか、薄い唇の形なんかをぼんやりと眺めた。

 ヨシュア様に膝枕だなんて、現実とは思えないような変な状況だ。不思議すぎて、ちょっと可笑しい。
 力の抜けた表情はどこか普段よりも幼く見えて、クスリと笑ってしまう。

 すると彼の瞼が薄く持ち上げられて、しまったと思う。
 起こしてしまっただろうか、そう不安になっていれば、ゆっくりと伸びてきた手のひらが頬を撫でた。

「君は、よくわからないところで笑うんだな」

 掠れた声で言って、まるで惜しむみたいに瞬きを繰り返しながらも目を開けていようとするから、もう眠っていいんですよ、そんな気持ちを込めてそっと頭を撫でる。

 次第に瞼がくっついたままになり、持ち上げていた腕をぱたりと落として、今度こそ深く寝入ったようだった。

 耳をすませば、ごくごく小さな寝息が聞こえる。

 時計に目を向ける。
 今から二十分。

(…………二十分、かぁ)

 少し短いな、なんて思ってしまった。




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