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 バンってすごい音が聞こえてくる。いつの間にか大きな音は消えていて、ふわりと嗅いだことのある匂いに包まれる。
 思わず涙がこぼれてしまった。ああ、クロウ様だ……
 目を開けてみるとやっぱりクロウ様だった。なんだか嫌な匂いも混じっているけど、気にしないことにする。
「ごめん、怖かったね」
「うっ、こ、怖かった……」
 あの後ミーシャ様とレオン様も合流した。レオン様はなかなか帰って来ないわたしたちを心配して探しにきてくれたみたい。それで男に絡まれてたミーシャ様を見つけて男を追い払ったけど、わたしがいないことに気がついて探してくれていたみたい。その時にクロウ様と合流してクロウ様はすぐにここがわかったのだとか。
 すごい嗅覚だ……
 ちなみにわたしに迫ってきた人は床で伸びてた。
 みんなでわたしに謝ってくれてたけどせっかくの外出だからって、みんなでご飯を食べに行った。クロウ様も珍しくご飯を食べていて思わずじっとみてしまった。レオン様もミーシャ様も同じように変な顔で見てた。



 こうして色々あったけど、楽しい外出が終わったのである。
 お昼ご飯を食べていなかったのもあって、今日の夜のクロウ様の食事はいつもより長い。
 しかもちょっとずつちょっとずつ血を抜かれている気がする……
「んぁっ、ク、ロウ、様っ」
「何? 気持ちいい……?」
 耳元で囁かれてゾクゾクする。さっきの人とは全く違う感じ。だんだん気持ち良くなってくる。
「今日は怖い思いをさせてしまったからね。それ以上で上書きしてあげる」
 上書き……上書きって何……?
「んっ、や、あ……」
 だんだんむずむずしてきて、どうにかしてほしくて彼に体をギュッて近づける。
「ふふ。欲しがってくれてるの? 本当可愛い」
 背中を下から指でなぞられてピクピクしてしまう。やだっ、何これ……
「ねえ、アメリア。この先は好き同士じゃないとできないんだよ。だから、してあげれないよ。ねえ、君の好きな人は……誰?」
 好きな人、好きな人……
 わたしの好きな人……触れて欲しい人……安心できる人……一緒にいて欲しい人。
「ん、クロウ、様っ」
「ふふっ。素面で言ってくれたら、この先してあげるね」
 あっ、素面って何……?
 やだぁ、欲しい……
「はいもうおしまい。寝るよ」
 また瞼を閉じられて、わたしは眠りの世界に落ちてしまった。



 次の日目が覚めたわたしは顔が真っ赤で、クロウ様にどう接していいかわからなくなっていた。もう、恥ずかしすぎる。もっとっておねだりするなんて、恥ずかしい。どうしてあんなこと言っちゃうんだろう。
 百面相しているわたしを楽しそうに笑っているクロウ様。きっとわたしの反応を見て面白がっているに違いない。ひどいわ……
 そしていつもの日常に戻っていった。みんなで授業を受けて、隙あらば突撃してくるシャルル様。行動力はすごいと思う。クロウ様にあんな反応されてるのに明るく話しかけ続けるあのこをある意味で尊敬していた。
 最近は胸の痛みも落ち着いてきたみたい。多分そんなことを考える隙もないくらい、わたしの中が彼で埋め尽くされていたから。
 ふと廊下にある窓に視線を向けるとクロウ様とシャルル様が向かい合って立っていた。楽しげなあのこの視線がこちらに向けられて、その顔は意地悪く笑った。
 え? って思ってたら、あのこの顔は彼に近づいていって。
 それ以上は見ていられなかった……落ち着いてたと思った胸の痛みがぶり返してわたしを刺す。
 痛い、痛い、痛い。どうしてこんなに痛いの……
 ああ、そっか……
 彼が好きだから、だから痛いんだ……
 胸の辺りの制服を握りしめているわたしに一緒にいたミーシャ様が声をかけてくれていたけれど、その声はわたしに届かなかった。



 あの日からまた、クロウ様は帰ってこなくなった。どこかで仕事をしているみたいで、レオン様も「こちらが頼んだんだ。申し訳ない」って言ってて、大切なお仕事をしているって教えてくれた。
 あれから食事の時間も帰ってこなくて、クロウ様の代わりにミーシャ様がご飯を届けてくれて、一緒に食べた。
 けれど、どうしてもぼーっとしてしまって、あまり話が聞こえなくて。
 すごく心配されたけど、心配かけないようになるべく明るく振る舞った。
 クロウ様がいない学園で、シャルル様はとてもご機嫌だった。てっきりわたしと一緒で寂しがっていると思っていたのに、全然違うみたい。それにわたしに対して見下しているような勝ち誇っているような顔でよく見てくるようになった。
 一体なんなんだろう。
 そんなことが重なって、わたしの精神状態はだんだん不安定になっていく。
 あまりうまく眠れなくてもぞもぞしていると誰かがベッドに入ってきたのがわかった。
 パチリと目を開け、見てみると「あれ、起こしちゃった……?」って困り顔のクロウ様がいて。
 わたしは思わず泣いてしまっていた。
「ごめん、寂しかった……?」
 こくりと頷く。寂しかった。この間とは比較にならないくらい、寂しくて、ずっとクロウ様のことを考えてて。
 好き……だから、一緒にいたくて、触れたくて。
 本当はダメ、なんだと思うけど、今だけ、今だけ……
 彼の首に腕を回してそっと口付ける。
 ぶわりと曇っていた霧が晴れる。ああ、これが欲しかった。
 そんなわたしに応えるように彼はたくさん口づけを返してくれた。
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