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16歳
536 俺のケーキ
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「……ケーキ食べたい」
「え」
パーティーは人が多かった。
知らない顔が多い。エリックは適当な性格なので、パーティーも適当だった。各々好き勝手にどうぞというスタイルである。
始まるなり、宣言通り会場の隅に移動しようとしていたオーガス兄様であったが、早速誰かに捕まっていた。しきりに話しかけられて、兄様の顔が僅かに引き攣っている。兄様はこういう集まりをこれまでどうやって乗り切ってきたのだろうか。ちょっと謎である。
エリックもエリックで大勢の人が挨拶に訪れている。
そんな忙しない空気の中、俺の目は会場の真ん中に据えられたテーブルに釘付けだった。隣にいたティアンの袖を引いてケーキ持ってきてと頼むが、ティアンは苦い顔。
「あとにしませんか」
「いや。今食べる」
えー、と呻くティアンの目は、ちょうどケーキの前を塞ぐように集まっている人だかりに向けられている。
「あの集団の中に突っ込むのは嫌なんですけど」
「俺も嫌」
だからティアンが行ってと頼むが、ティアンは露骨に眉を寄せる。
お目当てのケーキがあるテーブル周辺に、なぜだか屈強な男たちが集まっているのだ。おそらく騎士団所属の人たちだと思う。彼らは別にケーキがお目当てなわけではなく、なんとなくそこに集まっているという雰囲気である。はっきり言ってあそこだけ妙に浮いている。
「ティアンも騎士だろ! 紛れ込めるよ!」
「嫌ですよ。なんであんなガラの悪い集団に紛れないといけないんですか」
冷たいティアンは、しかし様子を窺うように物騒な集団へと視線を注いでいる。やけに体格の良い男たちは、なにやら中心にいる人物へとしきりに声をかけている。あの集団のボス的な人物が真ん中にいるらしい。
あまり関わり合いにはなりたくないタイプの人に違いない。「もう諦めましょうよ」と俺を集団から引き離そうとするティアンは、ガラの悪い人たちから逃げたいらしい。気持ちはわかる。
あんな物騒な人たちを従えるなんて怖い人に違いない。周囲の人たちも彼らからは距離を置いている。先程近くを通ったオーガス兄様が「うわぁ。なにあれ。物騒だな」と露骨に引いていた。
しかしケーキは食べたい。
ティアンの背中を押すが、「嫌です」という素っ気ない返事しかしてくれない。
やがてその集団を窺っていたティアンが「あ」と小さく声を上げた。
「ちょっとあれ見てくださいよ」
「ん?」
そうして俺は見てしまった。
屈強な男たちに囲まれて、なんだか偉そうに腕を組む目つきの悪い男を。
間違いない。あの場違い集団のボスである。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて騎士たちの話に雑な相槌を打っていたのはブルース兄様であった。
「……あれはブルース兄様の子分たちだよ、きっと」
「見なかったことにしましょう」
くるっと背を向けるティアンを慌てて追いかける。俺のケーキが。ブルース兄様め。それにしても違和感なく溶け込んでいる。兄様はいつから騎士になったのか。
そうしてティアンと一緒にぶらぶらしているのだが、なんだか視線を感じる。俺がこういう場所に出てくることはあまりないので、みんな物珍しがっているのだと思う。何度か声もかけられた。無難に挨拶されるのがほとんど。たまに長話になりそうな感じになるとティアンがさりげなく話を打ち切ってくれた。
だから今のところは平和である。
「向こうにブランシェがいましたよ」
「びっくりした!」
そんな中、突然背後から声をかけられた。
ティアンもぎょっとしている。
振り返れば、何食わぬ顔のアロンがいた。
いつもと違って騎士服じゃないアロンは、ブルース兄様がいたあたりを指差した。どうやらあの物騒な取り巻きの中にブランシェも混じっていたらしい。危なかった。中に突っ込んで行かなくて正解だった。
「アロンはいいの? ブルース兄様の側にいなくて」
「なんで俺がブルース様の面倒見ないといけないんですか」
そんな冷たいこと言うなよ。ブルース兄様は酔うとちょっと乱暴になる。よくアロンにも掴みかかっている。変な騒動を起こさないか少し心配。
「あの物騒な集団はなんですか?」
ティアンはティアンでずっと気になっていたらしい。肩をすくめるアロンは「知らない」と素っ気ない。
だがブランシェもいたというから間違いなく王立騎士団の面々だろう。ブルース兄様は脳筋だから気が合うのかもしれない。準備のため早々に王宮へ来ていたブルース兄様である。準備の最中に仲良くなったのかもしれない。
「そういえばアロンのお父さんに会ったよ」
「俺に似てました? あんまり似てないでしょ」
「すごく似てたよ」
嘘でしょと眉を寄せるアロン。
どうやら自覚はないらしい。すごくそっくりだったけどな。
「俺はあそこまで性格悪くないですよ」
「変な人だけどいい人だったよ」
「あれのどこがいい人なんですか」
真顔で訊いてくるアロンに苦笑してしまう。ちょっと図々しいところはあるが、そんなに悪い人でもなかった。
「アロン。ケーキ持ってきて」
「ティアンに頼めばいいじゃないですか」
「ティアンはケチだからとってきてくれない」
誰がケチですか、とティアンは言うがとってきてくれなかったのは事実である。だが、アロンも動いてくれない。ちょっと袖を引いてみるが無視された。ひどい。
「え」
パーティーは人が多かった。
知らない顔が多い。エリックは適当な性格なので、パーティーも適当だった。各々好き勝手にどうぞというスタイルである。
始まるなり、宣言通り会場の隅に移動しようとしていたオーガス兄様であったが、早速誰かに捕まっていた。しきりに話しかけられて、兄様の顔が僅かに引き攣っている。兄様はこういう集まりをこれまでどうやって乗り切ってきたのだろうか。ちょっと謎である。
エリックもエリックで大勢の人が挨拶に訪れている。
そんな忙しない空気の中、俺の目は会場の真ん中に据えられたテーブルに釘付けだった。隣にいたティアンの袖を引いてケーキ持ってきてと頼むが、ティアンは苦い顔。
「あとにしませんか」
「いや。今食べる」
えー、と呻くティアンの目は、ちょうどケーキの前を塞ぐように集まっている人だかりに向けられている。
「あの集団の中に突っ込むのは嫌なんですけど」
「俺も嫌」
だからティアンが行ってと頼むが、ティアンは露骨に眉を寄せる。
お目当てのケーキがあるテーブル周辺に、なぜだか屈強な男たちが集まっているのだ。おそらく騎士団所属の人たちだと思う。彼らは別にケーキがお目当てなわけではなく、なんとなくそこに集まっているという雰囲気である。はっきり言ってあそこだけ妙に浮いている。
「ティアンも騎士だろ! 紛れ込めるよ!」
「嫌ですよ。なんであんなガラの悪い集団に紛れないといけないんですか」
冷たいティアンは、しかし様子を窺うように物騒な集団へと視線を注いでいる。やけに体格の良い男たちは、なにやら中心にいる人物へとしきりに声をかけている。あの集団のボス的な人物が真ん中にいるらしい。
あまり関わり合いにはなりたくないタイプの人に違いない。「もう諦めましょうよ」と俺を集団から引き離そうとするティアンは、ガラの悪い人たちから逃げたいらしい。気持ちはわかる。
あんな物騒な人たちを従えるなんて怖い人に違いない。周囲の人たちも彼らからは距離を置いている。先程近くを通ったオーガス兄様が「うわぁ。なにあれ。物騒だな」と露骨に引いていた。
しかしケーキは食べたい。
ティアンの背中を押すが、「嫌です」という素っ気ない返事しかしてくれない。
やがてその集団を窺っていたティアンが「あ」と小さく声を上げた。
「ちょっとあれ見てくださいよ」
「ん?」
そうして俺は見てしまった。
屈強な男たちに囲まれて、なんだか偉そうに腕を組む目つきの悪い男を。
間違いない。あの場違い集団のボスである。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて騎士たちの話に雑な相槌を打っていたのはブルース兄様であった。
「……あれはブルース兄様の子分たちだよ、きっと」
「見なかったことにしましょう」
くるっと背を向けるティアンを慌てて追いかける。俺のケーキが。ブルース兄様め。それにしても違和感なく溶け込んでいる。兄様はいつから騎士になったのか。
そうしてティアンと一緒にぶらぶらしているのだが、なんだか視線を感じる。俺がこういう場所に出てくることはあまりないので、みんな物珍しがっているのだと思う。何度か声もかけられた。無難に挨拶されるのがほとんど。たまに長話になりそうな感じになるとティアンがさりげなく話を打ち切ってくれた。
だから今のところは平和である。
「向こうにブランシェがいましたよ」
「びっくりした!」
そんな中、突然背後から声をかけられた。
ティアンもぎょっとしている。
振り返れば、何食わぬ顔のアロンがいた。
いつもと違って騎士服じゃないアロンは、ブルース兄様がいたあたりを指差した。どうやらあの物騒な取り巻きの中にブランシェも混じっていたらしい。危なかった。中に突っ込んで行かなくて正解だった。
「アロンはいいの? ブルース兄様の側にいなくて」
「なんで俺がブルース様の面倒見ないといけないんですか」
そんな冷たいこと言うなよ。ブルース兄様は酔うとちょっと乱暴になる。よくアロンにも掴みかかっている。変な騒動を起こさないか少し心配。
「あの物騒な集団はなんですか?」
ティアンはティアンでずっと気になっていたらしい。肩をすくめるアロンは「知らない」と素っ気ない。
だがブランシェもいたというから間違いなく王立騎士団の面々だろう。ブルース兄様は脳筋だから気が合うのかもしれない。準備のため早々に王宮へ来ていたブルース兄様である。準備の最中に仲良くなったのかもしれない。
「そういえばアロンのお父さんに会ったよ」
「俺に似てました? あんまり似てないでしょ」
「すごく似てたよ」
嘘でしょと眉を寄せるアロン。
どうやら自覚はないらしい。すごくそっくりだったけどな。
「俺はあそこまで性格悪くないですよ」
「変な人だけどいい人だったよ」
「あれのどこがいい人なんですか」
真顔で訊いてくるアロンに苦笑してしまう。ちょっと図々しいところはあるが、そんなに悪い人でもなかった。
「アロン。ケーキ持ってきて」
「ティアンに頼めばいいじゃないですか」
「ティアンはケチだからとってきてくれない」
誰がケチですか、とティアンは言うがとってきてくれなかったのは事実である。だが、アロンも動いてくれない。ちょっと袖を引いてみるが無視された。ひどい。
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