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16歳

閑話20 悪戯

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「ねー、ユリス」
「……」
「ねぇってば!」

 暇を持て余していた俺は、なんとなくユリスの部屋へと足を運んでいた。俺が入ってきても無反応なユリスは、真剣に本を読んでいた。

 持参していた綿毛ちゃんをテーブルの上に置いて、ユリスの手元を覗き込む。どうやら魔法に関する本を読んでいるらしい。おそらくオーガス兄様が持ってきたものだろう。そのオーガス兄様は、こういった珍しい本をラッセル経由で入手していることを最近知った。

 国中をあちこち駆け回っているラッセルである。兄様たちが立ち寄らないようなところにも足を運ぶため、こういった珍しい物も手に入れることができるのだろう。

「みんないなくて暇。なんか面白いことしようよ」

 ティアンは騎士団の集まりに行ってしまった。タイラーの姿もないので、彼も騎士棟に行ったのだろう。

 ひとりで読書に夢中だったらしいユリスは、「タイラーはどこに行った」と怪訝な顔をする。彼の不在に今気が付いたらしい。どんだけぼんやりしてたんだよ。

『何読んでるのぉ?』
「暇だったらオーガスでも揶揄ってくればいいだろ」
「どんな提案だよ」
『ねぇ。何読んでるのぉ?』

 オーガス兄様が可哀想だろ。
 綿毛ちゃんの言葉をまるっと無視して再び本に視線を落とすユリス。ちょっぴりイラッとしたのでテーブルの下でユリスの足を蹴ってやる。

「なにをする」
「ひーまー。遊ぼうよ」
「僕は忙しい。オーガスのとこに行ってこい」
『ねー、なに読んでるの?』

 うるさい綿毛ちゃんを捕まえて、膝の上に乗せておく。ユリスの本がそんなに気になるのか? どうでもいいだろ。

「オーガス兄様は仕事してるから」
「してない。あれは仕事をするふりをしているだけだ」

 酷いこと言うユリスは、やれやれと本を閉じた。どうやら俺と遊んでくれるらしい。ユリスの気分が変わる前にと、俺は勢いよく立ち上がる。膝に乗っていた綿毛ちゃんが『うわ。急に立たないでよぉ』と言いながら飛び降りた。ごめんね。

「で? なにをする」
「俺にいい考えがある」

 早速ユリスの手を引いて、庭に出る。外に行くことを渋っていたユリスだが、今度は比較的おとなしくついてくる。

「ジャンはどうした」
「どっか行った。誰もいなくて暇なんだって」
『オレがいるけどね?』

 足元を必死に追いかけてくる綿毛ちゃんは、いつも元気だ。猫のエリスちゃんは部屋でお昼寝していたから置いてきた。

 そうして玄関前のちょっと広いスペースにたどり着くなり、俺は仁王立ちでユリスと向き合った。

「落とし穴を掘るぞ!」
「ひとりでやれよ」
「そんなこと言わずに!」

 というか前にも作らなかったか? と、いちゃもんつけてくるユリスにはやる気がなかった。確かに前にも作ったけど。あの時は色々と失敗してしまった。

 しかし俺ももう十六歳。今ならすごい落とし穴が作れそうな気がする。

『なんでそんな悪戯するの?』
「ふたりで作ればはやいよ! ティアンが戻ってくる前にはやくやろ」
「嫌だ」

 つれないユリスは、そっぽを向いてしまう。
 だが俺は諦めない。今度こそちゃんとした落とし穴を作るのだ。

『なんでさっきからオレのこと無視するのぉ? いじめですかぁ?』
「綿毛ちゃん邪魔!」
『ひどいぃ。こんな扱いあんまりだ』

 勝手にふんふん怒っている綿毛ちゃんを退かして、落とし穴を作る位置を決めた。しかし、ユリスが動かない。

 はやくしないとティアンたちが戻ってくる。

「もっと簡単な悪戯にしないか?」

 スコップをとりに行こうとする俺に、ユリスがそんなことを言ってくる。

「簡単な悪戯って?」
『ユリス坊ちゃんも悪戯することには賛成なんだ。やめた方がいいと思うけど』
「……」
『無視しないでぇ?』

 ブルースくんに言ってやると裏切り発言する毛玉を叩いておく。

 そうしてのんびり庭を眺めたユリスは、湖の方向で目を止めた。


※※※


「いいね! さすがユリス。余計なことを思い付くのが得意だな!」
「おまえが言い出したんだろうが」
『やめようよぉ。絶対やめた方がいいって』
「……」
『無視しないでぇ?』

 楽しい計画に水を差す毛玉を無視して、早速準備に取り掛かる。とはいえ、そこまで準備することはない。ユリスが考えたすごく簡単な計画だからな。

 やることといえば、森の中にある湖にてターゲットが来るのを待つのみ。

「誰にする」

 湖を眺めて途端にやる気を出したユリスは、ニヤニヤと悪い顔で訊いてくる。

「俺は誰でもいいけど」
「じゃあブルースにしよう。僕は前々からあいつにやり返したいと思っていた」
「ブルース兄様になにをされたっていうんだよ」

 ユリスがブルース兄様のこと気に入らないだけだろ。兄様は口うるさいからな。

「よし! 綿毛ちゃん!」
『なに?』
「ブルース兄様を呼んでこい!」
『やだよぉ』

 いやでーすと無駄にぐるぐる動きまわる綿毛ちゃんをユリスが睨みつけている。

「おい犬」
『犬じゃないもん』
「ブルースを呼んでこい」
『ユリス坊ちゃんまで酷いよぉ』

 酷い酷いと言いながら、綿毛ちゃんは屋敷に向かって走って行った。

 ユリスとふたりで待っていれば、綿毛ちゃんがすぐに戻ってきた。その後ろには、なんだか怖い顔のブルース兄様がいる。

「おい! おまえらはまたくだらないことを企んで」

 大股でこちらに寄ってくるブルース兄様の口振りからして、どうやら俺たちの計画を綿毛ちゃんが告げ口したらしいとわかる。

「裏切り毛玉ぁ!」

 とりあえず綿毛ちゃんをビシッと指さしておけば『オレはいい子だもん。子守もできる可愛い毛玉だもん』というよくわからない言い訳が返ってきた。

「ブルース。ちょっとこっちに来い」

 そんな中、湖の前に立ってブルース兄様を手招きするユリスは強かった。こいつ正気か?
 すでに計画がバレているこの状況で、まだ続行するつもりらしい。無茶だろ。

 ユリスがたてた計画はシンプルだった。
 ブルース兄様を湖に落とす。ただそれだけ。ふたりがかりでやればできるというのがユリスの言い分だった。

 綿毛ちゃんから聞いたのだろう。ブルース兄様は眉間に皺を刻んで怖い顔だ。

「妙なことをするな」
「妙なこと……?」

 本気で意味がわからないと首を傾げるユリス。だが、ブルース兄様が下を向いた瞬間に目線で何かを訴えてきた。

 うん。まかせろ。

 バッチリ意図を察した俺は、ブルース兄様がユリスを叱りつけている隙をついて、そろそろと兄様の背後に移動した。

『あ、ブルースくん。あぶなぁい!』

 裏切り毛玉が余計なことを口走ったので、慌ててブルース兄様の背中を押した。

「ルイス!」
「ブルース兄様! 観念しろ!」
「ふざけるな! おい!」

 大声で怒鳴りつけてくるブルース兄様はしぶとい。頑張って背中を押すが、全然押されてくれない。そのうちユリスもブルース兄様を湖に落とそうと加勢してくるけど、兄様はしぶとい。

 そのうちガラ悪く舌打ちした兄様は、ユリスを雑に振り払うと俺の襟首を掴んできた。

「余計なことをするな」

 低い声で言われて、仕方なく「うん」と答えておいた。深いため息をついた兄様は、呆れたと言わんばかりに手を離した。乱れた襟元を整えていると、ユリスが腕を組んでブルース兄様を見据えていた。

「僕はおまえのそういう粗野なところが嫌いなんだ」
「人を湖に突き落とすのは粗野じゃないのか?」

 どうなんだとユリスを睨むブルース兄様。だが、ユリスも負けない。

「可愛い弟の悪戯くらい笑って流せ」
「流せるか!」

 声を荒げる兄様は確実に怒っていた。
 うろうろしている綿毛ちゃんを拾って、バチバチするふたり間に割り込んだ。

「喧嘩するな! なんで仲良くしないんだって綿毛ちゃんが言ってる!」
『言ってないよぉ?』

 綿毛ちゃんの口を塞いで、喧嘩しないでとふたりを交互に見る。

「いやそっちが先に喧嘩をふっかけてきたんだろ」
「喧嘩じゃない。悪戯」
「妙な悪戯をするなと言っている」

 眉を吊り上げるブルース兄様に、綿毛ちゃんを渡しておく。受け取ってすぐに地面に捨ててしまう兄様は毛玉のことがあんまり好きじゃないらしい。

「ほら戻るぞ」

 俺とユリスの背中を押すブルース兄様と一緒に屋敷に向かう。

「森の中にはあまり近寄るなと言っただろうが」
「そんなこと言ったか?」

 いちいち兄様に反発するユリスは、隙を見てどうにかブルース兄様に反撃しようとしている。

「少し目を離すとこれだ。大人しくできないのか」
「おまえが大人しく湖に落とされていればすぐに片付くことだった」
「やれるものならやってみろ。相手になるぞ」

 再びバチバチするユリスとブルース兄様。
 ブルース兄様に力勝負を挑むなんて無謀だと思うぞ。

「だから落とし穴にしようって言ったのに」

 ユリスの背中を小突けば、ブルース兄様が「それもダメに決まっているだろうが」と怖い顔をする。

「はいはい。わかったわかった」
「おい、ルイス」

 ブルース兄様が低い声を出したので、急いで綿毛ちゃんを抱き上げる。

「逃げるぞ、綿毛ちゃん!」
『なぜ』
「待て、ルイス!」

 ブルース兄様が追いかけてくる。それを振り切るべく俺は綿毛ちゃんを抱えて全力で走った。
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