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16歳
521 ごめんね
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「え! なんでダメなの?」
「なんでと言われましても」
困ったように言葉を切るカル先生は、「とにかくダメです」と繰り返す。その頑なな態度に、呆然とする。
今日もシャノンの授業に同行しようと張り切っていた俺である。しかし、普段よりはやめにヴィアン家へとやって来たカル先生は開口一番もう俺は連れていけないと言い出した。
なにその勝手な判断。咄嗟に「嫌だ」と反発してみるが、カル先生は折れない。今日は先生ひとりで行くという。
どうやら原因はユリスにあるらしい。
前回、俺の代わりにユリスがスピネット子爵家を訪れた。そこで俺に好意を寄せているらしいブランシェのことを先手を打ってきっぱり振ったのだ。
その時に、ちょっと問題のあるやり取りがあったらしい。
「どんな顔してルイス様を連れて行けばいいのか」
同行したカル先生がなにやら責任を感じている。無理もない。俺は無理を言って自分の身分を隠して同行していた。なにかあればそれを了承していたカル先生まで巻き込んでしまう。ここは大人しく引き上がるしかないのかもしれない。
「ユリスは何を言ったの?」
当然ながらその場に同席できなかった。ユリスに聞いても「上手くいった」と言うだけで具体的には何も教えてくれない。
俺の疑問にカル先生は遠い目をした。ユリスの暴走を思い出して頭を抱えている。
「それが。ブランシェ様を相手におまえは僕とは釣り合わないとか言いたい放題でしたね」
「ユリスめ」
あのお子様に謙虚な対応を期待した俺が間違いだった。遠慮を知らないユリスである。子爵家のブランシェ相手に礼儀正しい態度なんてとるわけがなかった。
「じゃあ俺はどうすればいいの!?」
梯子を外されたような状況である。苛々の募る俺に、カル先生が「また別の訪問先を見つけますから」と言い聞かせてくる。
「というわけで、スピネット子爵家への同行は諦めてください」
「いやだぁ」
隣にいたティアンに縋ってみるが、ティアンも「諦めましょう」と肩をすくめる。ティアンは俺がスピネット子爵家に行くことをあまりよく思っていないような気がする。最初はブランシェは真面目な男だから大丈夫だと言っていたのに。いつからだろうか。ブランシェが俺のこと好きかもしれない的な話になった頃からだろうか。
どうやら反対しているのは俺だけらしい。これ以上カル先生に我儘言うわけにはいかない。もともと先生にはかなりの我儘を叶えてもらっている。
「わかった。でも突然来なくなったら不審に思われない?」
「問題はないかと」
どうやらユリスがかなり無茶な振り方をしたらしい。俺が来なくなってもブランシェは多分そこまで気にしないだろうとのことだった。
「突然暇になってしまった」
カル先生を見送って、ティアンと顔を見合わせる。どことなく安堵の表情を浮かべるティアンに、俺の方はもやもやした気分になる。そもそもはユリスが変なことをするからだ。
そりゃあユリスに丸投げした俺も悪かったけどさ。何も出入りできない程の言い方をする必要はないだろう。もう少し上手くやってくれると思っていたのに。
一旦気になれば、ずっとユリスのことが頭をちらつく。ユリスは今、部屋にいるはずだ。
我慢できずに乗り込めば、「出かけるんじゃなかったのか?」との呑気な声が返ってきた。
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「は? 誰のせいなんだ」
タイラーが何事かとティアンに目を向けている。それを無視して、俺はユリスに詰め寄った。
「ユリスが変なことするから! もうシャノンのとこ行けないじゃん」
「はぁ? 僕がいつ変なことをした」
「ブランシェに上から目線で色々言っただろ!」
指を突きつければ、ユリスが眉間に皺を寄せた。ブルース兄様そっくりの険しい顔で、「それがどうした」と言い放つ。
「相手は子爵家だろ。なにを遠慮する必要がある」
「俺はカル先生の弟子ってことになってたの!」
「あぁ」
そういえばそうだったなと他人事みたいに呟くユリスは、偉そうに腕を組んだ。
「そんなのそのうちバレることだろう。それが早いか遅いかの話だ」
「そういうこと言ってるんじゃないの!」
器用に片眉を持ち上げるユリスは、「今更そんなこと言われても」と被害者ぶる。
「ユリスに任せた俺も悪かったけどさ。でも好き放題にやったユリスも悪くない?」
「……」
黙り込むユリスは、さっと俺から視線を外す。都合が悪くなるといつもこうだ。
「俺に謝って!」
「なんで僕が」
苛立ったように立ち上がるユリスは部屋を出て行こうとする。そう簡単に逃してたまるか。
急いでユリスの腕を掴む。小さく舌打ちしたユリスだが、俺の手を振り払うことはしない。
「俺も謝るからユリスも謝って」
「は?」
「自分のことだから自分で決めないといけなかったのに。色々面倒になってユリスにそのまま任せちゃった。ブランシェのことは好きじゃなかったから振ってくれたのは正直助かったと思ってる」
その点には感謝している。俺だったら多分流されてそうきっぱりと断れなかったと思うから。
「でも本当は自分でブランシェにごめんねって言わないといけなかった。代わりの人に言わせるなんて卑怯だった。ブランシェにも悪いことしちゃった。ユリスにも。俺がやりたくないことやらせてごめんね。俺がはっきりしないからだよね。ありがとう」
じっとユリスを見上げれば、ちょっとだけ目を見開いて驚いている顔が目に入った。ユリスの驚く顔は珍しい。
「……いや、その。僕も悪かった」
ぼそっと吐き出された言葉に、俺はうんと頷いた。
「なんでと言われましても」
困ったように言葉を切るカル先生は、「とにかくダメです」と繰り返す。その頑なな態度に、呆然とする。
今日もシャノンの授業に同行しようと張り切っていた俺である。しかし、普段よりはやめにヴィアン家へとやって来たカル先生は開口一番もう俺は連れていけないと言い出した。
なにその勝手な判断。咄嗟に「嫌だ」と反発してみるが、カル先生は折れない。今日は先生ひとりで行くという。
どうやら原因はユリスにあるらしい。
前回、俺の代わりにユリスがスピネット子爵家を訪れた。そこで俺に好意を寄せているらしいブランシェのことを先手を打ってきっぱり振ったのだ。
その時に、ちょっと問題のあるやり取りがあったらしい。
「どんな顔してルイス様を連れて行けばいいのか」
同行したカル先生がなにやら責任を感じている。無理もない。俺は無理を言って自分の身分を隠して同行していた。なにかあればそれを了承していたカル先生まで巻き込んでしまう。ここは大人しく引き上がるしかないのかもしれない。
「ユリスは何を言ったの?」
当然ながらその場に同席できなかった。ユリスに聞いても「上手くいった」と言うだけで具体的には何も教えてくれない。
俺の疑問にカル先生は遠い目をした。ユリスの暴走を思い出して頭を抱えている。
「それが。ブランシェ様を相手におまえは僕とは釣り合わないとか言いたい放題でしたね」
「ユリスめ」
あのお子様に謙虚な対応を期待した俺が間違いだった。遠慮を知らないユリスである。子爵家のブランシェ相手に礼儀正しい態度なんてとるわけがなかった。
「じゃあ俺はどうすればいいの!?」
梯子を外されたような状況である。苛々の募る俺に、カル先生が「また別の訪問先を見つけますから」と言い聞かせてくる。
「というわけで、スピネット子爵家への同行は諦めてください」
「いやだぁ」
隣にいたティアンに縋ってみるが、ティアンも「諦めましょう」と肩をすくめる。ティアンは俺がスピネット子爵家に行くことをあまりよく思っていないような気がする。最初はブランシェは真面目な男だから大丈夫だと言っていたのに。いつからだろうか。ブランシェが俺のこと好きかもしれない的な話になった頃からだろうか。
どうやら反対しているのは俺だけらしい。これ以上カル先生に我儘言うわけにはいかない。もともと先生にはかなりの我儘を叶えてもらっている。
「わかった。でも突然来なくなったら不審に思われない?」
「問題はないかと」
どうやらユリスがかなり無茶な振り方をしたらしい。俺が来なくなってもブランシェは多分そこまで気にしないだろうとのことだった。
「突然暇になってしまった」
カル先生を見送って、ティアンと顔を見合わせる。どことなく安堵の表情を浮かべるティアンに、俺の方はもやもやした気分になる。そもそもはユリスが変なことをするからだ。
そりゃあユリスに丸投げした俺も悪かったけどさ。何も出入りできない程の言い方をする必要はないだろう。もう少し上手くやってくれると思っていたのに。
一旦気になれば、ずっとユリスのことが頭をちらつく。ユリスは今、部屋にいるはずだ。
我慢できずに乗り込めば、「出かけるんじゃなかったのか?」との呑気な声が返ってきた。
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「は? 誰のせいなんだ」
タイラーが何事かとティアンに目を向けている。それを無視して、俺はユリスに詰め寄った。
「ユリスが変なことするから! もうシャノンのとこ行けないじゃん」
「はぁ? 僕がいつ変なことをした」
「ブランシェに上から目線で色々言っただろ!」
指を突きつければ、ユリスが眉間に皺を寄せた。ブルース兄様そっくりの険しい顔で、「それがどうした」と言い放つ。
「相手は子爵家だろ。なにを遠慮する必要がある」
「俺はカル先生の弟子ってことになってたの!」
「あぁ」
そういえばそうだったなと他人事みたいに呟くユリスは、偉そうに腕を組んだ。
「そんなのそのうちバレることだろう。それが早いか遅いかの話だ」
「そういうこと言ってるんじゃないの!」
器用に片眉を持ち上げるユリスは、「今更そんなこと言われても」と被害者ぶる。
「ユリスに任せた俺も悪かったけどさ。でも好き放題にやったユリスも悪くない?」
「……」
黙り込むユリスは、さっと俺から視線を外す。都合が悪くなるといつもこうだ。
「俺に謝って!」
「なんで僕が」
苛立ったように立ち上がるユリスは部屋を出て行こうとする。そう簡単に逃してたまるか。
急いでユリスの腕を掴む。小さく舌打ちしたユリスだが、俺の手を振り払うことはしない。
「俺も謝るからユリスも謝って」
「は?」
「自分のことだから自分で決めないといけなかったのに。色々面倒になってユリスにそのまま任せちゃった。ブランシェのことは好きじゃなかったから振ってくれたのは正直助かったと思ってる」
その点には感謝している。俺だったら多分流されてそうきっぱりと断れなかったと思うから。
「でも本当は自分でブランシェにごめんねって言わないといけなかった。代わりの人に言わせるなんて卑怯だった。ブランシェにも悪いことしちゃった。ユリスにも。俺がやりたくないことやらせてごめんね。俺がはっきりしないからだよね。ありがとう」
じっとユリスを見上げれば、ちょっとだけ目を見開いて驚いている顔が目に入った。ユリスの驚く顔は珍しい。
「……いや、その。僕も悪かった」
ぼそっと吐き出された言葉に、俺はうんと頷いた。
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