冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

綿毛ちゃんの日常18

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『お出かけですかぁ? オレも一緒に行っていい?』

 スタスタと足元まで駆け寄って顔を見上げる。門の方角へと向かっていたロニーさんが驚いたように「え?」と目を見開いた。

「出かけるってよくわかったね」
『お出かけの時の格好だもん。オレも行く』

 私服姿のロニーさんが庭を歩くのが見えたから。急いで追いかけてきたというわけである。

「ルイス様は?」

 辺りを見渡すロニーさんは、ルイス坊ちゃんを探しているらしい。

『坊ちゃんはブルースくんの部屋に行っちゃった。今度は羊を飼いたいって騒いでるんだよ』
「羊」
『そう。羊』

 ユリス坊ちゃんの部屋にあった本をいつものように勝手に読んでいたルイス坊ちゃんである。その中に書いてあった羊の絵を見るなり、「羊。もこもこ。綿毛ちゃんよりもふもふ」と呟いて勢いよく立ち上がった。

 そのまま羊欲しいとブルースくん相手に駄々をこね始めたというわけである。突然の意味不明な要求に、当然ながらブルースくんは素っ気ない態度をとった。それにルイス坊ちゃんが反発して、絶賛喧嘩の真っ最中である。

 ルイス坊ちゃんはここ最近で成長した。だが、家族相手には相変わらず無茶なことを言っている。あれは甘えているだけだと思うんだけど、絡まれる方は大変なんてものじゃない。怒りに任せて怒鳴りつけているブルースくんの顔が思い浮かぶねぇ。

『坊ちゃんが気が付かないうちにはやく行こう』
「え、本当についてくるの?」
『人間になったほうがいい?』
「あー、うん」

 渋々頷いたロニーさん。なんだか押し切るような形になってしまった。でもお出かけは行きたいのでさっさと人間姿になっておく。

「歩いて行くの?」

 ぼんやりしているロニーさんに問い掛ければ「あ、うん」というぼんやりとした頷きが返ってくる。

「ほらほら。はやく行くよぉ」

 ロニーさんの背中を押して正門へと向かう。だが、外に出るその前に「待って!」というすごい大声が聞こえてきた。

 この声は、うん。一番危惧していた展開だ。

 律儀に足を止めるロニーさんは「ルイス様」とにこやかに応じる。素早く駆け寄ってきた坊ちゃんは、オレとロニーさんを交互に確認すると「ずるい!」と声を張り上げた。どうやら窓からオレたちの姿を確認して慌てて出てきたらしい。

「勝手にロニーと遊ばないで! なんで人間になってるの! 綿毛ちゃんだけずるい」
「そんなこと言われてもぉ」

 オレの腕を掴んで出鱈目に引っ張ってくるルイス坊ちゃんは「髪の毛結んで!」といつもの注文をつけてくる。それに「はいはい」と応じれば、坊ちゃんは空いているほうの手でロニーさんとも手を繋ぐ。

「ふたりでどこ行くの?」

 強気に問いかけてくる坊ちゃんは、オレとロニーさんの手を離す気配がない。

 にこやかなロニーさんは「街に行こうかと」と律儀に答えている。それを聞いて、坊ちゃんが「俺も行く!」と声を荒げた。

「行きたい! ロニーとお出かけしたい。綿毛ちゃんだけずるい!」
「痛いってば」

 オレの足を遠慮なく蹴ってくる坊ちゃん。ロニーさんは困ったように小首を傾げている。

「申し訳ありません。私が勝手にルイス様を連れ出すわけには」

 眉尻を下げて悲しそうな表情になるロニーさん。その態度に、坊ちゃんもしゅんと肩を落とす。

「ロニーに迷惑はかけられないしな」

 突然物分かりのよくなる坊ちゃんは、けれどもまだ諦めきれないといった様子でロニーさんの腕を引いている。

「綿毛ちゃんだけお出かけはずるい」
「いいじゃん。たまには」

 笑って乗り切ろうとするが、坊ちゃんはジトッとオレを見上げてくる。そんな坊ちゃんは、ロニーさんに見つからないよう無言でオレの足を踏んでくる。だがロニーさんは気が付いたようだ。やんわりと坊ちゃんを退かそうとしてくれている。

「綿毛ちゃんは俺とお留守番ね」
「えー」

 オレだってたまにはお出かけしたい。最近の坊ちゃんはカル先生と共によく外出している。でもオレは絶対に連れて行ってもらえないのだ。

 しかし、坊ちゃんのしつこさはオレだって知っている。引かないだろうなぁ。ロニーさんが困っているだろうなぁ。

 小さく微笑んでいるロニーさんは、言葉にこそしないが困っている様子である。

 仕方がない。ここはオレが諦めるしかない。

「わかったわかった。じゃあ坊ちゃんはオレと留守番してようねぇ」
「綿毛ちゃんもブルース兄様のとこ行こう。羊飼いたいってお願いして」
「オレ、羊は欲しくない」
「欲しいの! 綿毛ちゃんは羊と友達になるの!」
「ならないよ?」

 ロニーさんに背を向けて、「いってらっしゃい」と肩越しに手を振っておく。「お土産買ってきますね」との言葉に、坊ちゃんが「わーい」と喜んでいる。

 そうして部屋に戻ろうとしたのだが、ひとりで佇むロニーさんを見て坊ちゃんがちょっと悩むような素振りを見せた。

「ロニー。ひとりで行くの?」
「はい。もとからそのつもりでしたから」

 それは事実だ。出かけようとしていたロニーさんに、オレが一方的に声をかけたのだ。

 しかし、坊ちゃんはオレとロニーさんを見比べて考え込む。とても難しい判断を迫られているかのような思い詰めた表情だ。

 ロニーさんとオレは、何事だろうと不思議に思う。やがて、坊ちゃんがオレの手を離した。

「坊ちゃん?」
「ロニーに綿毛ちゃん貸してあげる」

 え? と驚くロニーさん。オレもびっくり。

「ロニーひとりだと寂しいでしょ? 綿毛ちゃん連れて行ってもいいよ」

 予想外の申し出に、思わず「いいの?」と確認してしまう。坊ちゃんは我儘なので、絶対に譲らないと思っていたのに。

「いいんですか?」
「うん。いいよ」

 目を瞬くロニーさんは、ちょっと悲しそうな顔をする坊ちゃんを見て微笑んだ。

「では綿毛ちゃんのこと少しお借りしますね」
「うん」

 ロニーに迷惑かけちゃダメだよという坊ちゃんに「わかってるよ」と返して手を振った。

 これはきちんとお土産買ってこないとね。ついでにユリス坊ちゃんの分も。美味しいお菓子でいいかな。きっとふたりで仲良く食べてくれるはずだ。

 とはいえオレはお金持ってないので。買うのはロニーさんなんだけど。
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