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16歳

508 こんなところで

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「申し訳ありません」
「ん?」

 今日もスピネット子爵家を訪れたのだが、屋敷に入るなり使用人がそう頭を下げた。

 面食らう俺とカル先生。
 何か謝られるような心当たりがない。

 案外すんなりと俺を受け入れていたスピネット子爵家である。もしかして今度こそ我に返ったのかもしれない。帰れと言われるのを想定して身構えていたのだが、使用人は予想外の事情を説明し始めた。

 いわく、現在ブランシェが来客の対応をしており、こちらに挨拶へ伺えないということだ。

 別に謝られるようなことではない。というか俺たちはシャノンに会うためここを訪れている。正直言ってブランシェのことはどうでもいい。

 カル先生も拍子抜けした様子で「お気遣いなく」と流している。どうやらブランシェは毎度俺たちと顔を合わせるつもりらしい。

 あまり意味はないと思うのだが、ブランシェは子爵不在のスピネット家を任されている身である。万が一があってはいけないと念には念を入れているのだろう。

 俺たちとしても、ブランシェと毎度挨拶するくらいたいした手間ではない。身元があやふやな俺を屋敷に入れろという割と無茶な要求を飲んでもらっているこの状況である。多少は協力しないと失礼だろう。

 また帰る際にでもと頭を下げる使用人に案内されて、シャノンの部屋に入る。

「お待ちしておりました。ルイス様」

 にこやかに出迎えてくれるシャノンは、カル先生ではなく俺に挨拶してくる。ついで思い出したかのようにカル先生にも「こんにちは」と微笑む。

 ははっと乾いた笑いが出てしまう。
 シャノンはまだ十四歳だしね。勉強しろと言ってくるカル先生を疎ましく思っていても無理はない。俺も初めはカル先生の相手がすごく面倒だった。勉強嫌いだったからね。

 もう来なくてもいいよと直接カル先生に言ったこともある。その度にカル先生は「私の雇い主はブルース様ということになっておりますので」と相手にしてくれなかった。まだ俺が十歳の頃の話である。すごく懐かしい。

 そんなことを思い出して、シャノンに共感の眼差しを向ける。わかるよ。嫌だよね、この時間。勉強よりも遊びの時間のほうが断然楽しいもん。

 けれども、授業が始まればシャノンは真面目に取り組んでくれる。余計な事はせずペンを片手に真剣に耳を傾ける。

 俺が小さい頃とは大違いだ。俺はなんとか授業を中断させようと頑張っていた。猫を自慢したり無駄話をしたり。

 それに比べるとシャノンは偉い。カル先生も心なしか表情が軽やかだ。

「ルイス様」
「なんですか?」

 そうして本日もつつがなく終わった授業後、シャノンがそっと俺の隣に寄り添ってきた。なんだかカル先生を気にするような素振りで、俺の袖を引く。

 内緒話でもあるのだろうか。俺の耳に口を寄せてきた彼女は、小声で「動物、お好きなんですか?」と尋ねてきた。

 はいと頷けば、シャノンはくすくすと楽しそうに再び耳を寄せてきた。

「でしたら厩舎をご案内します。犬もいますよ」
「犬」

 そういえばブランシェも犬見せてくれると言っていた。だが屋敷内ではなく厩舎にいるのか? これはティアンの言ったようにペットではなく番犬や猟犬の可能性が出てきたぞ。

「私の兄に案内してもらうといいですよ」
「あ、はい。ブランシェ様に」

 シャノンは行かないのか。
 というか、これは内緒話なのか?
 耳打ちした意味があまりわからない。

 苦笑していると、シャノンは「でも」と困ったように眉を寄せた。

「今ちょうどお客様が。厩舎の案内はまた今度ですね」
「そうですか。ではまた次回ということで」

 にこやかに応じれば、シャノンが「絶対ですよ。また次回もいらしてくださいね」と変な念押しをしてきた。そう心配しなくとも。当面の間はここに通う予定である。ブランシェがダメと言わなければだけど。

 そうしてシャノンと別れた俺たちは、申し訳なさそうな顔をする使用人と共に玄関へと向かっていた。どうやらまだお客さんとやらが帰らないらしく、ブランシェが見送りに来られないという。別に大丈夫だ。

 何度も頭を下げる使用人を宥めて、外に出ようとした時である。

「またいつでもどうぞ。外まで送ります」

 ここ最近で聞き慣れたブランシェの声。
 ハッと顔を上げると、こちらにやって来るブランシェの姿が確認できた。その少し後ろをついて来る人影も。

 どうやらお客さんが帰るらしい。鉢合わせしてしまった。ブランシェの口調を聞く限り、相手はそれなりによろしいご身分の人っぽい。

 カル先生が目立たないようにと廊下の端に寄っている。俺もそれにならおうと一歩踏み出したその瞬間。聞こえてきた声に耳を疑った。

「お構いなく。適当に帰るよ」

 このどこかやんちゃな雰囲気の声には聞き覚えがある。おそるおそる顔を上げて、ブランシェが案内しているお客さんとやらを確認した。

 黒い髪に好奇心旺盛な瞳。
 昔に比べてすっかり大人びてはいるが、堂々としていて、なおかつ嫌味にならない立ち振る舞い。

 ブランシェの見送りを断るようにひらひらと手を振る青年は、こちらを見て、それからみるみる目を見開いた。

「……ルイスくん?」

 俺の名前を呼ぶその声には、隠しもしない戸惑いが混じっていた。

 久しぶりに見るフランシスに、俺は自分の心臓がバクバクと音を立てるのを感じた。
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