冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
547 / 637
16歳

509 怒ってないよ

しおりを挟む
 なんでここにフランシスが。

 彼は交友関係が広い。ブランシェとも友達なのだろうか。

 いや、そんなことよりも。

 俺の顔を見て固まったフランシスは、静かに息を呑んでいる。

 フランシスと最後に会ったのは俺が十四歳の時。あの時の彼は、俺の結婚相手にと女の子を連れてきた。あの一件以来、フランシスとは顔を合わせる機会がなかった。彼から連絡が来ることも、俺から連絡することもなかった。

 まさかこんなところで会うなんて。

 突然のことに動きを止める俺たち。そんな不審な動きに気が付かなかったのだろうか。ブランシェがにこやかに「ルイスさん」と片手をあげた。

 だが、正直ブランシェに構っている場合ではない。それはフランシスの方も同様だったのだろう。なにかを誤魔化すように乱れてもいない襟元を整えたフランシスは「見送りはいいよ」と一方的にブランシェに告げて早足に外へ向かう。

 面食らうブランシェは、「え、いや。え?」と俺とフランシスを見比べている。「お知り合いですか?」と訊かれて、答えに困ってしまう。

 いや別にフランシスのことが嫌いというわけではなく。今の俺はカル先生の弟子のルイスということになっている。そんな俺がフランシスと知り合いというのは、なにかブランシェに疑いを抱かれそうな気がしたのだ。

 曖昧に笑って誤魔化す俺は、その間もフランシスのことが気になって仕方がない。どうしよう。フランシスは明らかに俺を避けた。理由はだいたい察しがつく。彼の方は俺と会うのが気まずいのだろう。

 前回フランシスと別れた時、俺はまた遊びにきてほしいと伝えた。だが、フランシスはあの件をまだ引きずっている。

 これを逃すと、次はいつフランシスに会えるのかわからない。彼と会うのは、以前に比べてすごく難しくなってしまった。背後でブランシェがなにやら話しているが、まったく頭に入ってこない。俺の名前を口にしつつも、すぐさま顔を背けたフランシスの横顔が頭から離れない。

「ちょっと。すみません!」
「え? ルイスさん?」

 ブランシェのことを強引に振り切って、フランシスを追いかける。ブランシェのことはカル先生がなんとかしてくれると思う。

 外に出て、急いでフランシスを追いかける。こちらを振り向くことなく足早に立ち去ろうとするその背中に「フランシス!」と呼びかけた。

「ねえ! 待ってよ」

 俺の声が聞こえているはずなのに、無反応を決め込むフランシスにどうにか追いついた。

「ねえってば!」
「っ」

 勢いで腕を掴めば、フランシスがようやく歩みを止めてくれた。頑なに俺と視線を合わせない彼は、俺の手を振り解こうとしてやがて諦めたように息を吐いた。

「……やあ、ルイスくん。なんというか、久しぶりだね」
「うん」

 たどたどしい様子で言葉を探すフランシスは、やんわりと俺の手に触れてくる。離してほしいということだろう。だが、俺は逆に両手で彼の腕を掴んでみる。ここで手を離せば、なんか逃げられてしまいそうな気がしたので。

 フランシスは多分二十二歳だ。俺とは六つ差なので。随分大人になったと思う。少年っぽさはあまりない。

「なんで無視するの?」

 ここまで走ってきて少し息が乱れた。じっとフランシスの顔を見上げて抗議すれば、彼は「いや、無視したわけでは」と頬を掻く。

 じゃあなんだ。どういうつもりだ。

 問い詰めたい気持ちをグッと堪える。ここでフランシスを責めるのはダメだ。俺だって、フランシスと連絡をとろうとしなかった点では彼と一緒なのだから。

 自然と手に力がこもる。
 フランシスが「ちょっと、ルイスくん」と控えめに腕を引いたので、慌てて力を緩めた。

「……ブランシェとは仲がいいのかい?」

 場をつなぐような唐突な発言に、「え」と一瞬だけ口ごもる。こうして顔を合わせれば、フランシスは俺の相手をしてくれるのだ。

「別に。ブランシェじゃなくてシャノンに会いに来てるから」
「あぁ。ブランシェの妹さん」

 緩く頷くフランシスは、視線を彷徨わせてから「それじゃあ、僕はこれで」と帰ろうとしてしまう。

 まだ話は終わっていない。ぎゅっと再び手に力を込める。

「あのさ。俺、別に怒ってないから」

 眉間に皺を寄せたフランシスは、「うん」と小さく答えた。

「連絡しなかった俺も悪かったけど。その、前みたいに仲良くしてほしいっていうか。避けないでよ」

 フランシスに避けられると悲しい。前はすごく仲良くしてくれていたのに。フランシスはやんちゃなお兄さんという感じで俺は好きだった。もちろんフランシスの従者であるベネットのことも好き。

 これまでは特に会う機会もないしなで納得できた。でもこうやって俺を避けるような態度をとられるともう納得できない。

「また一緒に遊ぼうよ。犬見せてあげるって言ったじゃん。はやく見にきてよ」

 綿毛ちゃんのこと、まだフランシスに紹介していない。もふもふの犬、きっとフランシスも好きだと思う。

 じっとフランシスの答えを待つ。
 なんだか深刻な顔をした彼は、眉間に力を入れたまま悩んでいるようであった。

「……僕は」

 やがてフランシスが絞り出すように声を発した。

「僕には君の友達を名乗る資格はないよ」

 それは君もよく知っているだろうと暗い顔をするフランシスに、俺は唇を噛み締めた。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...