冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

484 空気読んで

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「だからカル先生に色々教えてもらおうと思って」

 ダメ? と綿毛ちゃんを抱えたままお父様を窺う。変な緊張を覚えて、綿毛ちゃんを揺らす。『やめてぇ』という気の抜けた声に少しだけ安心した。

 綿毛ちゃんはいつもお気楽でいいと思う。犬だからな。悩みがないのだろう。羨ましい。

 じっとお父様の答えを待っていると「そうか。ルイスも成長したんだね」という優しい声が聞こえてきた。

「てっきり勉強嫌いのままかと。私の気が付かないうちに成長したんだね」
「うん」

 お父様とは頻繁に顔を合わせるわけではないからな。ブルース兄様なんかは用事もないのに俺の部屋にやって来るけど。お父様は忙しいからそうもいかない。

「大きくなったね」

 改めて俺を見つめるお父様は、目を細めてしみじみと呟く。褒められて悪い気はしない。顔の前に掲げていた綿毛ちゃんをさっと下ろして胸を張っておく。

 俺の頭を優しい手つきで撫でてくるお父様は「小さい頃のルイスが懐かしいね」と緩く笑った。

「もう駄々をこねる声もすっかり聞かなくなって。昔はブルース相手に大声で言い合う声が屋敷に響いていたのに。なんだか寂しいね」
「……うん」

 お父様が一瞬だけ見せた泣きそうな目に、俺の方もなんだか寂しいような気持ちが湧き上がってくる。

 そういえば、昔はブルース兄様相手にお菓子を寄越せとかなんとか。事あるごとに大声で言い合っていたな。ブルース兄様は割と容赦がなかった。十歳児相手に大人気ない対応をしていた。

 最近は思い切った喧嘩もしていない。

「で? 行ってもいい? お出かけ」
『坊ちゃん。空気読んで』

 目元を拭うお父様に再度問い掛ければ、綿毛ちゃんが小声で俺の腕を叩いてくる。

 空気? 読んでますけど?

 ははっと笑うお父様は「ルイスはルイスだね」とよくわからないことを言う。俺が俺じゃなかったらそれは事件だ。

「いいよ。ブルースには私から言っておこう」
「いいの? 本当に?」

 予想外の言葉に、面食らう。
 てっきり反対されて一悶着あると思っていたのに。

 俺は自分のやりたいことはなるべくやる。
 一度打ち明けたからには引かない決心だったのに。お父様に反対されたら、綿毛ちゃんと一緒に戦う決意であった。

 それがあっさり許可されたので握っていた拳をそろそろと下ろす羽目になる。

 戸惑う俺に、お父様は「ん? 反対してほしかったのかい?」と楽しそうに口角を上げる。

「そういうわけじゃないけどさ」

 俺が言った先生になりたいという夢は、お父様にとっても予想外だったらしい。その割には、あっさりと受け入れる。

 もう少し詳しく聞きたいとは思わないのか。じっと立って質問待ちをしていれば、お父様が窓の外を眺めながら「子供の成長ははやいね」としんみりする。

 今日のお父様は静かだ。お父様はいつも余裕たっぷりの態度でにこにこ微笑んでいるのに。

 今はなんだか悲しそうに見えてしまう。

 俺の成長が嫌なのだろうか。そんなこと言われてもな。成長を止めるのはちょっと無理かな。

「綿毛ちゃんは、あんまり大きくならないよ」
「ん?」
「成長しないから。綿毛ちゃん育てる?」

 はいっと綿毛ちゃんを手渡せば、お父様が「え? それは遠慮しておこうかな」とやんわり受け取り拒否してきた。綿毛ちゃんかわいそう。

『オレはペットじゃないでーす』
「犬じゃん」
『犬じゃないよ』

 わしゃわしゃ撫でてやれば、綿毛ちゃんが『やめてぇ』と目を細める。

「やりたいことがあるなら応援するよ」

 俺と一緒に綿毛ちゃんを撫でるお父様は、優しい声で言う。

「そんなに変なことじゃなければの話だけどね」
「うん」

 冗談めかして付け足したお父様は、いつもの微笑みを浮かべていた。

「私たちに気を遣う必要もない。家族だからね」
「……うん」

 よかったねぇとニヤニヤする綿毛ちゃんをペシッと叩いてやる。お父様が「こらこら」と俺のことを止めに入るが、その顔はちょっぴり笑っていた。
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