冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
520 / 637
16歳

484 空気読んで

しおりを挟む
「だからカル先生に色々教えてもらおうと思って」

 ダメ? と綿毛ちゃんを抱えたままお父様を窺う。変な緊張を覚えて、綿毛ちゃんを揺らす。『やめてぇ』という気の抜けた声に少しだけ安心した。

 綿毛ちゃんはいつもお気楽でいいと思う。犬だからな。悩みがないのだろう。羨ましい。

 じっとお父様の答えを待っていると「そうか。ルイスも成長したんだね」という優しい声が聞こえてきた。

「てっきり勉強嫌いのままかと。私の気が付かないうちに成長したんだね」
「うん」

 お父様とは頻繁に顔を合わせるわけではないからな。ブルース兄様なんかは用事もないのに俺の部屋にやって来るけど。お父様は忙しいからそうもいかない。

「大きくなったね」

 改めて俺を見つめるお父様は、目を細めてしみじみと呟く。褒められて悪い気はしない。顔の前に掲げていた綿毛ちゃんをさっと下ろして胸を張っておく。

 俺の頭を優しい手つきで撫でてくるお父様は「小さい頃のルイスが懐かしいね」と緩く笑った。

「もう駄々をこねる声もすっかり聞かなくなって。昔はブルース相手に大声で言い合う声が屋敷に響いていたのに。なんだか寂しいね」
「……うん」

 お父様が一瞬だけ見せた泣きそうな目に、俺の方もなんだか寂しいような気持ちが湧き上がってくる。

 そういえば、昔はブルース兄様相手にお菓子を寄越せとかなんとか。事あるごとに大声で言い合っていたな。ブルース兄様は割と容赦がなかった。十歳児相手に大人気ない対応をしていた。

 最近は思い切った喧嘩もしていない。

「で? 行ってもいい? お出かけ」
『坊ちゃん。空気読んで』

 目元を拭うお父様に再度問い掛ければ、綿毛ちゃんが小声で俺の腕を叩いてくる。

 空気? 読んでますけど?

 ははっと笑うお父様は「ルイスはルイスだね」とよくわからないことを言う。俺が俺じゃなかったらそれは事件だ。

「いいよ。ブルースには私から言っておこう」
「いいの? 本当に?」

 予想外の言葉に、面食らう。
 てっきり反対されて一悶着あると思っていたのに。

 俺は自分のやりたいことはなるべくやる。
 一度打ち明けたからには引かない決心だったのに。お父様に反対されたら、綿毛ちゃんと一緒に戦う決意であった。

 それがあっさり許可されたので握っていた拳をそろそろと下ろす羽目になる。

 戸惑う俺に、お父様は「ん? 反対してほしかったのかい?」と楽しそうに口角を上げる。

「そういうわけじゃないけどさ」

 俺が言った先生になりたいという夢は、お父様にとっても予想外だったらしい。その割には、あっさりと受け入れる。

 もう少し詳しく聞きたいとは思わないのか。じっと立って質問待ちをしていれば、お父様が窓の外を眺めながら「子供の成長ははやいね」としんみりする。

 今日のお父様は静かだ。お父様はいつも余裕たっぷりの態度でにこにこ微笑んでいるのに。

 今はなんだか悲しそうに見えてしまう。

 俺の成長が嫌なのだろうか。そんなこと言われてもな。成長を止めるのはちょっと無理かな。

「綿毛ちゃんは、あんまり大きくならないよ」
「ん?」
「成長しないから。綿毛ちゃん育てる?」

 はいっと綿毛ちゃんを手渡せば、お父様が「え? それは遠慮しておこうかな」とやんわり受け取り拒否してきた。綿毛ちゃんかわいそう。

『オレはペットじゃないでーす』
「犬じゃん」
『犬じゃないよ』

 わしゃわしゃ撫でてやれば、綿毛ちゃんが『やめてぇ』と目を細める。

「やりたいことがあるなら応援するよ」

 俺と一緒に綿毛ちゃんを撫でるお父様は、優しい声で言う。

「そんなに変なことじゃなければの話だけどね」
「うん」

 冗談めかして付け足したお父様は、いつもの微笑みを浮かべていた。

「私たちに気を遣う必要もない。家族だからね」
「……うん」

 よかったねぇとニヤニヤする綿毛ちゃんをペシッと叩いてやる。お父様が「こらこら」と俺のことを止めに入るが、その顔はちょっぴり笑っていた。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...