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16歳
閑話19 グリシャが来た日のこと
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「本日よりお世話になります」
キリッとした顔で深くお辞儀した男を前にして、ブルース兄様が「あ?」とガラの悪い声を発した。
男の名はグリシャ。
王立騎士団所属の騎士であったが、本日付けでヴィアン家の私営騎士団所属になると勝手に宣言をしている。
朝から押しかけて来た男を、ブルース兄様はなんとも言えない表情で値踏みしていた。
お父様付きの騎士が年齢を理由に退団したのがつい数日前のこと。お父様の次の護衛をどうしようかと頭を悩ませていたブルース兄様である。とりあえず、現在はレナルドを付けているらしいが、あの妙にやる気のないレナルドのことである。お父様の前でも「腰が痛い」とふざけたことを言って仕事をサボっていそうな気がする。
そんな時に突然やって来たのがグリシャである。
「なんだ。どういうつもりだ」
不機嫌なブルース兄様は、騎士棟の自室にて早速グリシャの値踏みを始める。王立騎士団から面白そうな奴がやって来たとアロンから聞いた俺も同席していた。
ユリスも誘えば、ニヤリと笑ってついてきた。タイラーは苦い顔をしていたけど。
そうして広くはない兄様の執務室に、ブルース兄様とアロン、俺とジャンにティアン。そしてユリスとタイラーが集まった。「なんだ大勢で」と眉を寄せるブルース兄様は、けれども俺たちを追い返すことはしなかった。
「セドリックを呼んでこい」
グリシャと向き合った兄様は、鋭い声を発する。しかし、アロンは「嫌ですよ。面倒くさい。あの使えない団長を呼んだところでどうにもなりませんよ」と肩をすくめている。
ブルース兄様もそう思ったのだろう。今度は「ロニーを呼んでこい」と言い直した。可哀想なセドリック。一応団長なのにね。
「綿毛ちゃん! 行ってこい!」
抱えていた犬を下ろせば、『えー? オレがぁ?』とうじうじし始める。それを「はやくしろ!」と部屋から追い出せば、タイラーが「いじめない!」と眉を吊り上げた。別にいじめてはいない。
グリシャのことをまじまじ眺めるユリスは、「誰の差金だ」と彼に詰め寄っている。
おそらく、グリシャを除く全員の頭の中には同じ人物が思い浮かんでいたに違いない。
「また殿下か」
うんざりと息を吐くブルース兄様は、エリックによる悪戯だと決めつけている。まあ、エリックにはうちの騎士団にサムを送り込んでいたという前科があるからな。無理もない。
しかし、みんなの予想に反してグリシャは首を左右に振った。
「いえ。私は陛下の命令で」
その言葉を聞いた瞬間、ブルース兄様が手のひらを返した。
「なんだ! エリック殿下じゃないのか」
「はい。大公様のことをご心配した陛下が」
「そうかそうか。よく来てくれた」
途端に上機嫌になったブルース兄様は、グリシャを受け入れてしまう。一方のアロンは、顔を歪めて不満そうだ。なぜかユリスも残念そうな顔をしている。
「なんだ。エリックの悪戯じゃないのか。つまらないな、ルイス」
俺に同意を求めてくるユリスは、性格が悪いと思う。苦笑を返せば、グリシャに興味を失ったらしいユリスが兄様の部屋の本棚を眺め始めた。
「ルイス。この本は読んだか?」
「読んでない」
「読んでみろ。すごくつまらないぞ」
「つまらない物を勧めるなよ」
俺に一冊の本をぐいぐい押し付けてくるユリス。仕方なしに受け取れば、なんだか悪い顔をした彼がこそっと耳打ちしてくる。
「中にブルースのメモが挟んである。そっちは大分面白いぞ」
「マジで?」
あとで読んでみよう。
本をティアンに預けてグリシャに視線を戻す。
ブルース兄様と雑談している彼は、あまり表情が動かない。しかしセドリックのようにやる気がないというわけではなく、目上の者に対する礼儀といった感じだ。
なんか真面目そう。
やがてロニーがやってきた。呼びに行った綿毛ちゃんが得意な顔をしている。しかし、綿毛ちゃんはロニーにろくな説明もせずにただ連れて来ただけらしい。兄様の部屋を見まわしたロニーが「えっと?」と困惑している。
グリシャは、はやくもブルース兄様に気に入られたらしい。先程までエリックの悪戯だと疑っていたくせに。手のひら返しが酷いな。
一方でユリスはもう飽きている。騒動が起こることを期待していた彼としては、このグリシャ歓迎ムードが気に入らないのだろう。隠しもせずに欠伸をしている。
「おい、ルイス」
「ん?」
俺の隣に並ぶユリスは、ティアンに預けた本を顎で指し示す。
「はやく読め」
「あー、うん」
ユリスは、本というよりも中に挟まっているというブルース兄様のメモを読んでほしいのだろう。はやくしろとうるさいので、ティアンに本を返してもらう。
俺とユリスの小声でのやり取りを聞いていたのだろう。ティアンが「勝手に見てもいいものなんですか?」と渋っている。それは俺に聞かれても知らない。ユリスが読めって言うから多分大丈夫だと思うけど。
「ティアンも見る?」
パラパラと本を捲りながら問えば、ティアンはさっとブルース兄様の様子を確認してから俺の横に引っ付いてきた。見るんかい。
そうしてタイラーに睨まれつつ、部屋の隅っこでブルース兄様のメモを確認する。俺の両隣にはユリスとティアンがいる。足元では綿毛ちゃんが『オレにも見せてぇ』と騒いでいる。
「これだ」
ページの間に、一枚の紙が挟まっている。
ちらっと背後のブルース兄様を確認するが、グリシャのことをロニーに説明するのに忙しいらしくてこっちを見ていない。
本をティアンに押し付けて、お目当ての紙を手に取る。二つ折りにされたそれをゆっくりと開けば、ブルース兄様の几帳面な字で何かが書いてある。
「なにこれ」
そこには人の名前と思われるものがずらっと並んでいる。意味不明なメモに首を捻っていると、その中のひとつに丸印がされていることに気がついた。
「……俺の名前だ」
丸で囲われているのは、ルイスという文字だった。
「ルイスの名前を考えた時のメモだろう。てっきりオーガスが考えたのだとばかり思っていたんだが。ブルースが考えたらしいな」
「ブルース兄様が」
俺はいつの間にかルイスと呼ばれるようになっていた。特に気にしたことはなかったのだが、ブルース兄様が頑張って考えてくれたらしい。
ちらっと兄様に目を遣る。
ロニーを相手にグリシャのことを頼むとお願いしているブルース兄様はいつも通りの顔だ。
「これはこのままにしておこう」
メモを元通りに挟んで、本棚に入れる。
ユリスの言うような面白いものではなかったが、俺としては結構いい物を見れた気分である。
キリッとした顔で深くお辞儀した男を前にして、ブルース兄様が「あ?」とガラの悪い声を発した。
男の名はグリシャ。
王立騎士団所属の騎士であったが、本日付けでヴィアン家の私営騎士団所属になると勝手に宣言をしている。
朝から押しかけて来た男を、ブルース兄様はなんとも言えない表情で値踏みしていた。
お父様付きの騎士が年齢を理由に退団したのがつい数日前のこと。お父様の次の護衛をどうしようかと頭を悩ませていたブルース兄様である。とりあえず、現在はレナルドを付けているらしいが、あの妙にやる気のないレナルドのことである。お父様の前でも「腰が痛い」とふざけたことを言って仕事をサボっていそうな気がする。
そんな時に突然やって来たのがグリシャである。
「なんだ。どういうつもりだ」
不機嫌なブルース兄様は、騎士棟の自室にて早速グリシャの値踏みを始める。王立騎士団から面白そうな奴がやって来たとアロンから聞いた俺も同席していた。
ユリスも誘えば、ニヤリと笑ってついてきた。タイラーは苦い顔をしていたけど。
そうして広くはない兄様の執務室に、ブルース兄様とアロン、俺とジャンにティアン。そしてユリスとタイラーが集まった。「なんだ大勢で」と眉を寄せるブルース兄様は、けれども俺たちを追い返すことはしなかった。
「セドリックを呼んでこい」
グリシャと向き合った兄様は、鋭い声を発する。しかし、アロンは「嫌ですよ。面倒くさい。あの使えない団長を呼んだところでどうにもなりませんよ」と肩をすくめている。
ブルース兄様もそう思ったのだろう。今度は「ロニーを呼んでこい」と言い直した。可哀想なセドリック。一応団長なのにね。
「綿毛ちゃん! 行ってこい!」
抱えていた犬を下ろせば、『えー? オレがぁ?』とうじうじし始める。それを「はやくしろ!」と部屋から追い出せば、タイラーが「いじめない!」と眉を吊り上げた。別にいじめてはいない。
グリシャのことをまじまじ眺めるユリスは、「誰の差金だ」と彼に詰め寄っている。
おそらく、グリシャを除く全員の頭の中には同じ人物が思い浮かんでいたに違いない。
「また殿下か」
うんざりと息を吐くブルース兄様は、エリックによる悪戯だと決めつけている。まあ、エリックにはうちの騎士団にサムを送り込んでいたという前科があるからな。無理もない。
しかし、みんなの予想に反してグリシャは首を左右に振った。
「いえ。私は陛下の命令で」
その言葉を聞いた瞬間、ブルース兄様が手のひらを返した。
「なんだ! エリック殿下じゃないのか」
「はい。大公様のことをご心配した陛下が」
「そうかそうか。よく来てくれた」
途端に上機嫌になったブルース兄様は、グリシャを受け入れてしまう。一方のアロンは、顔を歪めて不満そうだ。なぜかユリスも残念そうな顔をしている。
「なんだ。エリックの悪戯じゃないのか。つまらないな、ルイス」
俺に同意を求めてくるユリスは、性格が悪いと思う。苦笑を返せば、グリシャに興味を失ったらしいユリスが兄様の部屋の本棚を眺め始めた。
「ルイス。この本は読んだか?」
「読んでない」
「読んでみろ。すごくつまらないぞ」
「つまらない物を勧めるなよ」
俺に一冊の本をぐいぐい押し付けてくるユリス。仕方なしに受け取れば、なんだか悪い顔をした彼がこそっと耳打ちしてくる。
「中にブルースのメモが挟んである。そっちは大分面白いぞ」
「マジで?」
あとで読んでみよう。
本をティアンに預けてグリシャに視線を戻す。
ブルース兄様と雑談している彼は、あまり表情が動かない。しかしセドリックのようにやる気がないというわけではなく、目上の者に対する礼儀といった感じだ。
なんか真面目そう。
やがてロニーがやってきた。呼びに行った綿毛ちゃんが得意な顔をしている。しかし、綿毛ちゃんはロニーにろくな説明もせずにただ連れて来ただけらしい。兄様の部屋を見まわしたロニーが「えっと?」と困惑している。
グリシャは、はやくもブルース兄様に気に入られたらしい。先程までエリックの悪戯だと疑っていたくせに。手のひら返しが酷いな。
一方でユリスはもう飽きている。騒動が起こることを期待していた彼としては、このグリシャ歓迎ムードが気に入らないのだろう。隠しもせずに欠伸をしている。
「おい、ルイス」
「ん?」
俺の隣に並ぶユリスは、ティアンに預けた本を顎で指し示す。
「はやく読め」
「あー、うん」
ユリスは、本というよりも中に挟まっているというブルース兄様のメモを読んでほしいのだろう。はやくしろとうるさいので、ティアンに本を返してもらう。
俺とユリスの小声でのやり取りを聞いていたのだろう。ティアンが「勝手に見てもいいものなんですか?」と渋っている。それは俺に聞かれても知らない。ユリスが読めって言うから多分大丈夫だと思うけど。
「ティアンも見る?」
パラパラと本を捲りながら問えば、ティアンはさっとブルース兄様の様子を確認してから俺の横に引っ付いてきた。見るんかい。
そうしてタイラーに睨まれつつ、部屋の隅っこでブルース兄様のメモを確認する。俺の両隣にはユリスとティアンがいる。足元では綿毛ちゃんが『オレにも見せてぇ』と騒いでいる。
「これだ」
ページの間に、一枚の紙が挟まっている。
ちらっと背後のブルース兄様を確認するが、グリシャのことをロニーに説明するのに忙しいらしくてこっちを見ていない。
本をティアンに押し付けて、お目当ての紙を手に取る。二つ折りにされたそれをゆっくりと開けば、ブルース兄様の几帳面な字で何かが書いてある。
「なにこれ」
そこには人の名前と思われるものがずらっと並んでいる。意味不明なメモに首を捻っていると、その中のひとつに丸印がされていることに気がついた。
「……俺の名前だ」
丸で囲われているのは、ルイスという文字だった。
「ルイスの名前を考えた時のメモだろう。てっきりオーガスが考えたのだとばかり思っていたんだが。ブルースが考えたらしいな」
「ブルース兄様が」
俺はいつの間にかルイスと呼ばれるようになっていた。特に気にしたことはなかったのだが、ブルース兄様が頑張って考えてくれたらしい。
ちらっと兄様に目を遣る。
ロニーを相手にグリシャのことを頼むとお願いしているブルース兄様はいつも通りの顔だ。
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