519 / 637
16歳
483 相談
しおりを挟む
グリシャに渡されたのは表裏でデザインの異なるコインだった。まじまじ眺めていると「それで決めるといいですよ」と、グリシャが言い添える。
要するにコイントスだ。
天のお告げなんて仰々しい言い方をするから何事かと思った。だが、グリシャがこういうものに頼るなんて意外だな。神頼みをするようなタイプには見えないのに。
「最後のひと押しですよ。背中を押してもらいたい時によくやるんです」
「へー」
グリシャでも決断に迷うことがあるのか。なんとなく何事も常に正しいことを選択していそうな感じがするのに。
「私も人間ですよ。迷うことなど数えきれないほどあります」
淡々としたグリシャの声に押されて、コインを一度ぎゅっと握る。綿毛ちゃんは邪魔だったので廊下に置いた。『がんばれぇ』と間延びした声援を送ってくる綿毛ちゃんは、コイントスがなんなのか知っているのだろうか。犬だしな。知らないかもしれない。
俺が迷っているのは、お父様に全部相談するか否かだ。表が出たら相談する。裏が出たらしない。
「よし! いくぞ綿毛ちゃん!」
『いくぞぉ!』
えいっとコインを放り投げた。そうして勢いよくキャッチしようと両手をパンッと合わせたのだが、肝心のコインは間抜けな音と共に廊下に転がった。
「……」
気まずい空気が流れる中、綿毛ちゃんが慌ててコインを追いかけに行った。
『坊ちゃんは投げるの下手くそだもんねぇ』
「下手じゃないもん!」
『下手だよ。靴を木に引っ掛けたりさぁ』
「それは昔の話だよ」
気を取り直して再びコインを手にする。グリシャが「そんなに勢いつけて投げなくても大丈夫ですよ」と控えめにアドバイスしてくれた。
「いくぞ!」
『がんばれぇ』
えいっとコインを放る。しっかり目で追ってタイミングよくキャッチした。
と思ったのに、再びコインは廊下に転がった。
「……」
今度はグリシャがさっと拾ってくれた。
俺と目線を合わせたグリシャは、そのままコインを懐に入れてしまう。
「人には向き不向きがありますから」
「どういう意味だ」
これではお父様に相談するか決められないではないか。
「じゃあグリシャが代わりに投げて」
「え。私がですか?」
目を見開くグリシャは、コインを取り出すと俺の目を窺うように見つめてきた。
「私が投げるのは構いませんが。表と裏、どちらがよろしいですか?」
どちらが? なにその問い。
「適当に投げるんでしょ?」
「適当に……?」
え、なにその不思議そうな顔。
とにかくどちらかを選べと言われたので、急いで考える。
「えっと。じゃあ表で」
お父様に全部言わないことには、カル先生との外出ができない。そもそも俺はカル先生の授業を見学に行ってもいいか聞きに来たのだ。裏が出てしまったら、俺の計画が終わってしまう。
「表ですね。かしこまりました」
言うなりゆるくコインを放ったグリシャは、鮮やかな手つきでキャッチしてみせる。ちょっぴりドキドキする俺と綿毛ちゃん。
ゆっくり開かれた手の中には、表をみせるコインがあった。
「おぉ! すごい」
「これで決まりですね」
ほんの少しだけ微笑むグリシャは、「どうぞ」とお父様の部屋を示す。
「狙って出せるの?」
気になって彼の横顔に問い掛ければ、「えぇ、まぁ」という微妙な返答。
狙って出すのであれば、コイントスの意味あんまりなくない?
首を捻る俺であったが、綿毛ちゃんは『すごいねぇ』と素直に感心している。
そうしてお父様の部屋にお邪魔すれば、いつもの笑顔で「どうしたのかな?」と出迎えてくれる。仕事中だったのか。書類が散らばる執務机をさりげなく片付け始めるお父様。
静かに入って来たグリシャは無言で控えている。
「……お父様」
「ん?」
顔を上げるお父様は、ゆったりと椅子に腰掛けている。促すような視線を受けて、俺は綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「あの、今度カル先生と一緒に出かけていい?」
「珍しいね。一体どこへ行くつもりなのかな?」
「えっとぉ」
まだ具体的な行き先が決まっているわけではない。やはり一から説明しないとダメだ。
「んっと。その」
口ごもっていると、お父様が立ち上がった。
「ルイスが言い淀むなんて珍しいね。いつもは思ったことをそのまま口にしているのに」
これは貶されているのか?
反応に困っていると、お父様は「それでよくブルースのことを怒らせているじゃないか」と冗談めかして付け足した。
「ブルース兄様が短気なだけだよ」
ははっと笑うお父様は、俺の肩を叩きながら隣に並んできた。
「それで? どうしたのかな」
優しく背中を撫でられて、本日何度目かの決意を固める。今度は大丈夫、たぶん。
「あの、俺。カル先生みたいになりたくて」
うんと頷いたお父様は「それはどういう意味?」と尋ねてくる。綿毛ちゃんは『がんばれぇ』と囁いてくる。
「……先生になりたい」
ぼそっと呟いた途端に、お父様の反応を見るのが突然怖くなった。綿毛ちゃんの背中に顔を埋めれば、「おや? 勉強嫌いじゃなかった?」と驚いたような声が聞こえてくる。
「前は嫌いだったけど。今はそんなに嫌いじゃない」
『そこで好きって言わないのが坊ちゃんらしいよねぇ』
しみじみする綿毛ちゃん。うるさいぞ。
要するにコイントスだ。
天のお告げなんて仰々しい言い方をするから何事かと思った。だが、グリシャがこういうものに頼るなんて意外だな。神頼みをするようなタイプには見えないのに。
「最後のひと押しですよ。背中を押してもらいたい時によくやるんです」
「へー」
グリシャでも決断に迷うことがあるのか。なんとなく何事も常に正しいことを選択していそうな感じがするのに。
「私も人間ですよ。迷うことなど数えきれないほどあります」
淡々としたグリシャの声に押されて、コインを一度ぎゅっと握る。綿毛ちゃんは邪魔だったので廊下に置いた。『がんばれぇ』と間延びした声援を送ってくる綿毛ちゃんは、コイントスがなんなのか知っているのだろうか。犬だしな。知らないかもしれない。
俺が迷っているのは、お父様に全部相談するか否かだ。表が出たら相談する。裏が出たらしない。
「よし! いくぞ綿毛ちゃん!」
『いくぞぉ!』
えいっとコインを放り投げた。そうして勢いよくキャッチしようと両手をパンッと合わせたのだが、肝心のコインは間抜けな音と共に廊下に転がった。
「……」
気まずい空気が流れる中、綿毛ちゃんが慌ててコインを追いかけに行った。
『坊ちゃんは投げるの下手くそだもんねぇ』
「下手じゃないもん!」
『下手だよ。靴を木に引っ掛けたりさぁ』
「それは昔の話だよ」
気を取り直して再びコインを手にする。グリシャが「そんなに勢いつけて投げなくても大丈夫ですよ」と控えめにアドバイスしてくれた。
「いくぞ!」
『がんばれぇ』
えいっとコインを放る。しっかり目で追ってタイミングよくキャッチした。
と思ったのに、再びコインは廊下に転がった。
「……」
今度はグリシャがさっと拾ってくれた。
俺と目線を合わせたグリシャは、そのままコインを懐に入れてしまう。
「人には向き不向きがありますから」
「どういう意味だ」
これではお父様に相談するか決められないではないか。
「じゃあグリシャが代わりに投げて」
「え。私がですか?」
目を見開くグリシャは、コインを取り出すと俺の目を窺うように見つめてきた。
「私が投げるのは構いませんが。表と裏、どちらがよろしいですか?」
どちらが? なにその問い。
「適当に投げるんでしょ?」
「適当に……?」
え、なにその不思議そうな顔。
とにかくどちらかを選べと言われたので、急いで考える。
「えっと。じゃあ表で」
お父様に全部言わないことには、カル先生との外出ができない。そもそも俺はカル先生の授業を見学に行ってもいいか聞きに来たのだ。裏が出てしまったら、俺の計画が終わってしまう。
「表ですね。かしこまりました」
言うなりゆるくコインを放ったグリシャは、鮮やかな手つきでキャッチしてみせる。ちょっぴりドキドキする俺と綿毛ちゃん。
ゆっくり開かれた手の中には、表をみせるコインがあった。
「おぉ! すごい」
「これで決まりですね」
ほんの少しだけ微笑むグリシャは、「どうぞ」とお父様の部屋を示す。
「狙って出せるの?」
気になって彼の横顔に問い掛ければ、「えぇ、まぁ」という微妙な返答。
狙って出すのであれば、コイントスの意味あんまりなくない?
首を捻る俺であったが、綿毛ちゃんは『すごいねぇ』と素直に感心している。
そうしてお父様の部屋にお邪魔すれば、いつもの笑顔で「どうしたのかな?」と出迎えてくれる。仕事中だったのか。書類が散らばる執務机をさりげなく片付け始めるお父様。
静かに入って来たグリシャは無言で控えている。
「……お父様」
「ん?」
顔を上げるお父様は、ゆったりと椅子に腰掛けている。促すような視線を受けて、俺は綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「あの、今度カル先生と一緒に出かけていい?」
「珍しいね。一体どこへ行くつもりなのかな?」
「えっとぉ」
まだ具体的な行き先が決まっているわけではない。やはり一から説明しないとダメだ。
「んっと。その」
口ごもっていると、お父様が立ち上がった。
「ルイスが言い淀むなんて珍しいね。いつもは思ったことをそのまま口にしているのに」
これは貶されているのか?
反応に困っていると、お父様は「それでよくブルースのことを怒らせているじゃないか」と冗談めかして付け足した。
「ブルース兄様が短気なだけだよ」
ははっと笑うお父様は、俺の肩を叩きながら隣に並んできた。
「それで? どうしたのかな」
優しく背中を撫でられて、本日何度目かの決意を固める。今度は大丈夫、たぶん。
「あの、俺。カル先生みたいになりたくて」
うんと頷いたお父様は「それはどういう意味?」と尋ねてくる。綿毛ちゃんは『がんばれぇ』と囁いてくる。
「……先生になりたい」
ぼそっと呟いた途端に、お父様の反応を見るのが突然怖くなった。綿毛ちゃんの背中に顔を埋めれば、「おや? 勉強嫌いじゃなかった?」と驚いたような声が聞こえてくる。
「前は嫌いだったけど。今はそんなに嫌いじゃない」
『そこで好きって言わないのが坊ちゃんらしいよねぇ』
しみじみする綿毛ちゃん。うるさいぞ。
960
お気に入りに追加
3,136
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛する人
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」
応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。
三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。
『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる