冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

483 相談

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 グリシャに渡されたのは表裏でデザインの異なるコインだった。まじまじ眺めていると「それで決めるといいですよ」と、グリシャが言い添える。

 要するにコイントスだ。

 天のお告げなんて仰々しい言い方をするから何事かと思った。だが、グリシャがこういうものに頼るなんて意外だな。神頼みをするようなタイプには見えないのに。

「最後のひと押しですよ。背中を押してもらいたい時によくやるんです」
「へー」

 グリシャでも決断に迷うことがあるのか。なんとなく何事も常に正しいことを選択していそうな感じがするのに。

「私も人間ですよ。迷うことなど数えきれないほどあります」

 淡々としたグリシャの声に押されて、コインを一度ぎゅっと握る。綿毛ちゃんは邪魔だったので廊下に置いた。『がんばれぇ』と間延びした声援を送ってくる綿毛ちゃんは、コイントスがなんなのか知っているのだろうか。犬だしな。知らないかもしれない。

 俺が迷っているのは、お父様に全部相談するか否かだ。表が出たら相談する。裏が出たらしない。

「よし! いくぞ綿毛ちゃん!」
『いくぞぉ!』

 えいっとコインを放り投げた。そうして勢いよくキャッチしようと両手をパンッと合わせたのだが、肝心のコインは間抜けな音と共に廊下に転がった。

「……」

 気まずい空気が流れる中、綿毛ちゃんが慌ててコインを追いかけに行った。

『坊ちゃんは投げるの下手くそだもんねぇ』
「下手じゃないもん!」
『下手だよ。靴を木に引っ掛けたりさぁ』
「それは昔の話だよ」

 気を取り直して再びコインを手にする。グリシャが「そんなに勢いつけて投げなくても大丈夫ですよ」と控えめにアドバイスしてくれた。

「いくぞ!」
『がんばれぇ』

 えいっとコインを放る。しっかり目で追ってタイミングよくキャッチした。

 と思ったのに、再びコインは廊下に転がった。

「……」

 今度はグリシャがさっと拾ってくれた。
 俺と目線を合わせたグリシャは、そのままコインを懐に入れてしまう。

「人には向き不向きがありますから」
「どういう意味だ」

 これではお父様に相談するか決められないではないか。

「じゃあグリシャが代わりに投げて」
「え。私がですか?」

 目を見開くグリシャは、コインを取り出すと俺の目を窺うように見つめてきた。

「私が投げるのは構いませんが。表と裏、どちらがよろしいですか?」

 どちらが? なにその問い。

「適当に投げるんでしょ?」
「適当に……?」

 え、なにその不思議そうな顔。
 とにかくどちらかを選べと言われたので、急いで考える。

「えっと。じゃあ表で」

 お父様に全部言わないことには、カル先生との外出ができない。そもそも俺はカル先生の授業を見学に行ってもいいか聞きに来たのだ。裏が出てしまったら、俺の計画が終わってしまう。

「表ですね。かしこまりました」

 言うなりゆるくコインを放ったグリシャは、鮮やかな手つきでキャッチしてみせる。ちょっぴりドキドキする俺と綿毛ちゃん。

 ゆっくり開かれた手の中には、表をみせるコインがあった。

「おぉ! すごい」
「これで決まりですね」

 ほんの少しだけ微笑むグリシャは、「どうぞ」とお父様の部屋を示す。

「狙って出せるの?」

 気になって彼の横顔に問い掛ければ、「えぇ、まぁ」という微妙な返答。

 狙って出すのであれば、コイントスの意味あんまりなくない?

 首を捻る俺であったが、綿毛ちゃんは『すごいねぇ』と素直に感心している。

 そうしてお父様の部屋にお邪魔すれば、いつもの笑顔で「どうしたのかな?」と出迎えてくれる。仕事中だったのか。書類が散らばる執務机をさりげなく片付け始めるお父様。

 静かに入って来たグリシャは無言で控えている。

「……お父様」
「ん?」

 顔を上げるお父様は、ゆったりと椅子に腰掛けている。促すような視線を受けて、俺は綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめる。

「あの、今度カル先生と一緒に出かけていい?」
「珍しいね。一体どこへ行くつもりなのかな?」
「えっとぉ」

 まだ具体的な行き先が決まっているわけではない。やはり一から説明しないとダメだ。

「んっと。その」

 口ごもっていると、お父様が立ち上がった。

「ルイスが言い淀むなんて珍しいね。いつもは思ったことをそのまま口にしているのに」

 これは貶されているのか?
 反応に困っていると、お父様は「それでよくブルースのことを怒らせているじゃないか」と冗談めかして付け足した。

「ブルース兄様が短気なだけだよ」

 ははっと笑うお父様は、俺の肩を叩きながら隣に並んできた。

「それで? どうしたのかな」

 優しく背中を撫でられて、本日何度目かの決意を固める。今度は大丈夫、たぶん。

「あの、俺。カル先生みたいになりたくて」

 うんと頷いたお父様は「それはどういう意味?」と尋ねてくる。綿毛ちゃんは『がんばれぇ』と囁いてくる。

「……先生になりたい」

 ぼそっと呟いた途端に、お父様の反応を見るのが突然怖くなった。綿毛ちゃんの背中に顔を埋めれば、「おや? 勉強嫌いじゃなかった?」と驚いたような声が聞こえてくる。

「前は嫌いだったけど。今はそんなに嫌いじゃない」
『そこで好きって言わないのが坊ちゃんらしいよねぇ』

 しみじみする綿毛ちゃん。うるさいぞ。
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