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16歳

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「ジェフリーになにもされませんでしたか?」
「……ただいま」

 屋敷に戻るなり、アロンが不機嫌そうにそう尋ねてきた。まずはおかえりと言うべきだ。戸惑う俺を、アロンは上から下までじろじろと遠慮なく見回してくる。

 その不躾な視線に、思わずユリスを振り返る。彼にどうにかしてもらおうと思ったのだが、ユリスはチラッと俺に視線を向けただけで、そそくさと屋敷に入ってしまう。あいつは馬車の中でもずっと「疲れた」と言っていた。欠伸をしながら俺の横を通り過ぎていく。なんて冷たい奴だ。ちょっとくらい助けてくれてもよくない?

「お土産ないや。どこにも寄ってないし。ごめんね」

 へらへら笑って話を逸らそうとするが、アロンは真顔で「どうなんですか」と重ねてくる。どうってなに。

 やたらとジェフリーのことを気にするアロンは、今度はティアンへとターゲットを変更している。「どうなんだ」と、後輩相手に詰め寄るアロンは、いつものことだが大人気ない。どうしてもっと優しく接してあげないのか。そんなんだから、みんなに警戒されるのだ。

 だが、ティアンは結構気の強い性格である。アロンに詰め寄られても、ビビることなく立ち向かっていく。

 そんなふたりを横目に、俺はそっとその場を離れる。だが、アロンとばっちり目が合ってしまった。別にやましいことはないのだが、なんとなく後ろめたい思いがあるような気がして、咄嗟に駆け出した。

「あ、ちょっと! ルイス様!」

 アロンとティアンが追いかけてくるが、振り返る余裕はない。そのまま自室に駆け込めば、床で寝ていたらしい綿毛ちゃんがハッと顔を上げた。

『帰ったのぉ? おかえり』

 眠そうな顔の毛玉をとりあえず抱っこして、わーっと上に持ち上げる。『なにこれ。やめてもらえます?』と困惑する綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめていれば、ドアが開いた。そこから当然のような顔でアロンとティアンが入ってくる。

「綿毛ちゃんはふわふわ。すごくふわふわ」
『ありがとぉ』

 へへっと笑う毛玉は、いつ見てもお気楽だ。

「なにかありました?」

 ムスッと問いかけてくるアロンに、俺は「ううん。なんもないよ」と言っておく。ジェフリーにキスされたけど、別にわざわざアロンに報告するようなことでもない気がする。というより、キスの一件を知ったアロンの反応が面倒くさそうだ。

 なんというか、変に突っかかってきそうだ。

 今までも、アロンは色々と面倒な反応をしてきた。納得していないような顔で、アロンは俺を見つめてくる。

「あ」

 床で丸くなる猫を見て、思い出した。
 間の抜けた声を発する俺に、みんなの視線が集まる。

「魚。魚もらってくるの忘れた」
「魚……?」

 あの池で泳いでいた魚。うちの噴水に放そうと思っていたのに。ちょっと悔しい思いになっていると、ティアンが「魚なんてダメですよ。誰が世話するんですか」と嫌なことを言う。確かに俺は魚の育て方なんて知らないけどさ。

「ジェフリーの屋敷ね、庭に池があって。魚泳いでる」
「へー」

 アロンにも教えてあげるが、どうでもよさそうな反応が返ってきた。逆に、綿毛ちゃんが『魚かぁ。いいね』と食いついてくる。

『オレ魚好きだよ。美味しい』
「食べちゃダメだから!」

 食いしん坊め。すぐになんでも食べようとしてしまう。油断も隙もない犬だな。

「綿毛ちゃん。大人しくしてたか」
『してたよぉ』
「猫と喧嘩してない? エリスちゃんのことをいじめちゃダメだからね」
『どっちかって言うとオレが猫ちゃんにいじめられてるぅ』

 突然被害者アピールしてくる綿毛ちゃんは、へにゃっと情けない表情だ。エリスちゃんは優しい猫なのに。

 バタバタと後片付けをしていたらしいジャンが、そっと部屋に入ってくる。「ありがと」と声をかければ、疲れた顔をしていたジャンが、にこっと微笑む。

 ユリスとタイラーは、さっさと自室に引っ込んでしまった。

 部屋に沈黙がおりる。なにこの空気。途切れた会話をどうにか再開しようと話題を探す。ちょうどその時、適当なノックと共にブルース兄様がやって来た。

「帰ったのか」
「兄様! ジェフリーと一緒に魚見た!」
「そうか。よかったな」

 俺の顔を確認しにきたらしいブルース兄様に、思わず頬が緩む。きっとユリスの様子も見に行ったに違いない。ブルース兄様は、いつもお出かけの度に俺の様子を確認しにくる。気にかけてもらえていることが嬉しくて、にこにこしてしまう。

「ジェフリー、少し大きくなってた」
「そうか。あいつも上手くやっているみたいだな」
「うん」

 ひと通り報告を済ませると、ブルース兄様の視線がアロンに向く。

「おまえはなんでここに居るんだ」
「俺がどこに居ようがブルース様には関係ないでしょ」
「あるだろ」

 サボるなよ、と軽くアロンの背中を叩く兄様。「サボってないですよ!」と強気に言い返すアロンはさすがだ。

「……兄様」
「なんだ?」
「今度ジェフリーに魚もらっていい?」
「は? 魚?」

 虚をつかれたような表情をするブルース兄様は、「もらってどうするんだ」と訊いてくる。

「噴水で育てる」
「バカ」

 短く吐き捨てる兄様は、失礼だと思う。
 心なしか、綿毛ちゃんも悲しそうな顔をしていた。もっともこの犬は、美味しい魚が食べたいだけだと思うけど。
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