471 / 586
16歳
440 確認
しおりを挟む
「ジェフリーになにもされませんでしたか?」
「……ただいま」
屋敷に戻るなり、アロンが不機嫌そうにそう尋ねてきた。まずはおかえりと言うべきだ。戸惑う俺を、アロンは上から下までじろじろと遠慮なく見回してくる。
その不躾な視線に、思わずユリスを振り返る。彼にどうにかしてもらおうと思ったのだが、ユリスはチラッと俺に視線を向けただけで、そそくさと屋敷に入ってしまう。あいつは馬車の中でもずっと「疲れた」と言っていた。欠伸をしながら俺の横を通り過ぎていく。なんて冷たい奴だ。ちょっとくらい助けてくれてもよくない?
「お土産ないや。どこにも寄ってないし。ごめんね」
へらへら笑って話を逸らそうとするが、アロンは真顔で「どうなんですか」と重ねてくる。どうってなに。
やたらとジェフリーのことを気にするアロンは、今度はティアンへとターゲットを変更している。「どうなんだ」と、後輩相手に詰め寄るアロンは、いつものことだが大人気ない。どうしてもっと優しく接してあげないのか。そんなんだから、みんなに警戒されるのだ。
だが、ティアンは結構気の強い性格である。アロンに詰め寄られても、ビビることなく立ち向かっていく。
そんなふたりを横目に、俺はそっとその場を離れる。だが、アロンとばっちり目が合ってしまった。別にやましいことはないのだが、なんとなく後ろめたい思いがあるような気がして、咄嗟に駆け出した。
「あ、ちょっと! ルイス様!」
アロンとティアンが追いかけてくるが、振り返る余裕はない。そのまま自室に駆け込めば、床で寝ていたらしい綿毛ちゃんがハッと顔を上げた。
『帰ったのぉ? おかえり』
眠そうな顔の毛玉をとりあえず抱っこして、わーっと上に持ち上げる。『なにこれ。やめてもらえます?』と困惑する綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめていれば、ドアが開いた。そこから当然のような顔でアロンとティアンが入ってくる。
「綿毛ちゃんはふわふわ。すごくふわふわ」
『ありがとぉ』
へへっと笑う毛玉は、いつ見てもお気楽だ。
「なにかありました?」
ムスッと問いかけてくるアロンに、俺は「ううん。なんもないよ」と言っておく。ジェフリーにキスされたけど、別にわざわざアロンに報告するようなことでもない気がする。というより、キスの一件を知ったアロンの反応が面倒くさそうだ。
なんというか、変に突っかかってきそうだ。
今までも、アロンは色々と面倒な反応をしてきた。納得していないような顔で、アロンは俺を見つめてくる。
「あ」
床で丸くなる猫を見て、思い出した。
間の抜けた声を発する俺に、みんなの視線が集まる。
「魚。魚もらってくるの忘れた」
「魚……?」
あの池で泳いでいた魚。うちの噴水に放そうと思っていたのに。ちょっと悔しい思いになっていると、ティアンが「魚なんてダメですよ。誰が世話するんですか」と嫌なことを言う。確かに俺は魚の育て方なんて知らないけどさ。
「ジェフリーの屋敷ね、庭に池があって。魚泳いでる」
「へー」
アロンにも教えてあげるが、どうでもよさそうな反応が返ってきた。逆に、綿毛ちゃんが『魚かぁ。いいね』と食いついてくる。
『オレ魚好きだよ。美味しい』
「食べちゃダメだから!」
食いしん坊め。すぐになんでも食べようとしてしまう。油断も隙もない犬だな。
「綿毛ちゃん。大人しくしてたか」
『してたよぉ』
「猫と喧嘩してない? エリスちゃんのことをいじめちゃダメだからね」
『どっちかって言うとオレが猫ちゃんにいじめられてるぅ』
突然被害者アピールしてくる綿毛ちゃんは、へにゃっと情けない表情だ。エリスちゃんは優しい猫なのに。
バタバタと後片付けをしていたらしいジャンが、そっと部屋に入ってくる。「ありがと」と声をかければ、疲れた顔をしていたジャンが、にこっと微笑む。
ユリスとタイラーは、さっさと自室に引っ込んでしまった。
部屋に沈黙がおりる。なにこの空気。途切れた会話をどうにか再開しようと話題を探す。ちょうどその時、適当なノックと共にブルース兄様がやって来た。
「帰ったのか」
「兄様! ジェフリーと一緒に魚見た!」
「そうか。よかったな」
俺の顔を確認しにきたらしいブルース兄様に、思わず頬が緩む。きっとユリスの様子も見に行ったに違いない。ブルース兄様は、いつもお出かけの度に俺の様子を確認しにくる。気にかけてもらえていることが嬉しくて、にこにこしてしまう。
「ジェフリー、少し大きくなってた」
「そうか。あいつも上手くやっているみたいだな」
「うん」
ひと通り報告を済ませると、ブルース兄様の視線がアロンに向く。
「おまえはなんでここに居るんだ」
「俺がどこに居ようがブルース様には関係ないでしょ」
「あるだろ」
サボるなよ、と軽くアロンの背中を叩く兄様。「サボってないですよ!」と強気に言い返すアロンはさすがだ。
「……兄様」
「なんだ?」
「今度ジェフリーに魚もらっていい?」
「は? 魚?」
虚をつかれたような表情をするブルース兄様は、「もらってどうするんだ」と訊いてくる。
「噴水で育てる」
「バカ」
短く吐き捨てる兄様は、失礼だと思う。
心なしか、綿毛ちゃんも悲しそうな顔をしていた。もっともこの犬は、美味しい魚が食べたいだけだと思うけど。
「……ただいま」
屋敷に戻るなり、アロンが不機嫌そうにそう尋ねてきた。まずはおかえりと言うべきだ。戸惑う俺を、アロンは上から下までじろじろと遠慮なく見回してくる。
その不躾な視線に、思わずユリスを振り返る。彼にどうにかしてもらおうと思ったのだが、ユリスはチラッと俺に視線を向けただけで、そそくさと屋敷に入ってしまう。あいつは馬車の中でもずっと「疲れた」と言っていた。欠伸をしながら俺の横を通り過ぎていく。なんて冷たい奴だ。ちょっとくらい助けてくれてもよくない?
「お土産ないや。どこにも寄ってないし。ごめんね」
へらへら笑って話を逸らそうとするが、アロンは真顔で「どうなんですか」と重ねてくる。どうってなに。
やたらとジェフリーのことを気にするアロンは、今度はティアンへとターゲットを変更している。「どうなんだ」と、後輩相手に詰め寄るアロンは、いつものことだが大人気ない。どうしてもっと優しく接してあげないのか。そんなんだから、みんなに警戒されるのだ。
だが、ティアンは結構気の強い性格である。アロンに詰め寄られても、ビビることなく立ち向かっていく。
そんなふたりを横目に、俺はそっとその場を離れる。だが、アロンとばっちり目が合ってしまった。別にやましいことはないのだが、なんとなく後ろめたい思いがあるような気がして、咄嗟に駆け出した。
「あ、ちょっと! ルイス様!」
アロンとティアンが追いかけてくるが、振り返る余裕はない。そのまま自室に駆け込めば、床で寝ていたらしい綿毛ちゃんがハッと顔を上げた。
『帰ったのぉ? おかえり』
眠そうな顔の毛玉をとりあえず抱っこして、わーっと上に持ち上げる。『なにこれ。やめてもらえます?』と困惑する綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめていれば、ドアが開いた。そこから当然のような顔でアロンとティアンが入ってくる。
「綿毛ちゃんはふわふわ。すごくふわふわ」
『ありがとぉ』
へへっと笑う毛玉は、いつ見てもお気楽だ。
「なにかありました?」
ムスッと問いかけてくるアロンに、俺は「ううん。なんもないよ」と言っておく。ジェフリーにキスされたけど、別にわざわざアロンに報告するようなことでもない気がする。というより、キスの一件を知ったアロンの反応が面倒くさそうだ。
なんというか、変に突っかかってきそうだ。
今までも、アロンは色々と面倒な反応をしてきた。納得していないような顔で、アロンは俺を見つめてくる。
「あ」
床で丸くなる猫を見て、思い出した。
間の抜けた声を発する俺に、みんなの視線が集まる。
「魚。魚もらってくるの忘れた」
「魚……?」
あの池で泳いでいた魚。うちの噴水に放そうと思っていたのに。ちょっと悔しい思いになっていると、ティアンが「魚なんてダメですよ。誰が世話するんですか」と嫌なことを言う。確かに俺は魚の育て方なんて知らないけどさ。
「ジェフリーの屋敷ね、庭に池があって。魚泳いでる」
「へー」
アロンにも教えてあげるが、どうでもよさそうな反応が返ってきた。逆に、綿毛ちゃんが『魚かぁ。いいね』と食いついてくる。
『オレ魚好きだよ。美味しい』
「食べちゃダメだから!」
食いしん坊め。すぐになんでも食べようとしてしまう。油断も隙もない犬だな。
「綿毛ちゃん。大人しくしてたか」
『してたよぉ』
「猫と喧嘩してない? エリスちゃんのことをいじめちゃダメだからね」
『どっちかって言うとオレが猫ちゃんにいじめられてるぅ』
突然被害者アピールしてくる綿毛ちゃんは、へにゃっと情けない表情だ。エリスちゃんは優しい猫なのに。
バタバタと後片付けをしていたらしいジャンが、そっと部屋に入ってくる。「ありがと」と声をかければ、疲れた顔をしていたジャンが、にこっと微笑む。
ユリスとタイラーは、さっさと自室に引っ込んでしまった。
部屋に沈黙がおりる。なにこの空気。途切れた会話をどうにか再開しようと話題を探す。ちょうどその時、適当なノックと共にブルース兄様がやって来た。
「帰ったのか」
「兄様! ジェフリーと一緒に魚見た!」
「そうか。よかったな」
俺の顔を確認しにきたらしいブルース兄様に、思わず頬が緩む。きっとユリスの様子も見に行ったに違いない。ブルース兄様は、いつもお出かけの度に俺の様子を確認しにくる。気にかけてもらえていることが嬉しくて、にこにこしてしまう。
「ジェフリー、少し大きくなってた」
「そうか。あいつも上手くやっているみたいだな」
「うん」
ひと通り報告を済ませると、ブルース兄様の視線がアロンに向く。
「おまえはなんでここに居るんだ」
「俺がどこに居ようがブルース様には関係ないでしょ」
「あるだろ」
サボるなよ、と軽くアロンの背中を叩く兄様。「サボってないですよ!」と強気に言い返すアロンはさすがだ。
「……兄様」
「なんだ?」
「今度ジェフリーに魚もらっていい?」
「は? 魚?」
虚をつかれたような表情をするブルース兄様は、「もらってどうするんだ」と訊いてくる。
「噴水で育てる」
「バカ」
短く吐き捨てる兄様は、失礼だと思う。
心なしか、綿毛ちゃんも悲しそうな顔をしていた。もっともこの犬は、美味しい魚が食べたいだけだと思うけど。
1,101
お気に入りに追加
3,020
あなたにおすすめの小説
彼の至宝
まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる