383 / 930
16歳
432 俺も行く
しおりを挟む
「ちょっと明日デニスの屋敷に行ってくる。帰りが遅くなるかもしれない」
「泊まるの?」
「いや、できるだけはやく帰るつもりだが」
曖昧に濁すユリスは、「もしかしたら泊まりになるかもしれない」と言い直す。
夕食もすんで、寝る前になんとなくユリスの部屋でだらだらしていた時である。ユリスが出かけるというのなら、タイラーも当然同行するのだろう。
ユリスは、いまだにデニスとよく遊んでいる。大抵はお喋りで終わるみたいだが、結構仲良くやっている。基本的に他人には興味がないユリスであるが、なぜかデニスとは馬が合うらしい。まぁ、合うというよりもデニスが合わせにいっているというのが正しいのかもしれないが。デニスは、ユリスと会うたびに「結婚して!」とうるさい。ユリスにいくら突っぱねられても諦めない姿は、もはや尊敬に値すると思う。
そんな己を曲げないデニスのことを思い出していれば、俺の頭に自然とジェフリーのことが浮かんできた。デニスの弟だという彼と出会ったのは、俺が十四歳の時。その頃のジェフリーはまだ十二歳だった。
なにかと暗いことを言うお子様だった。無理もない。デニスの弟ではあるが、母親が違うらしい。その母親も、闘病の末に亡くなったと聞いた。それ以来、ジェフリーとは会えていない。
「ジェフリーは元気?」
ここ最近は話題にさえあがらない。気になってユリスに尋ねれば、律儀に本を閉じたユリスが「さぁ?」と首を捻る。
「元気なんじゃないか? 元気じゃないという話は聞かないしな」
「デニスはなにか言ってた?」
「いいや」
即座に首を左右に振るユリス。デニスは、突然できた弟を受け入れることができないでいた。気持ちはわかる。というか、俺もヴィアン家にとっては突然できた弟だ。だから、似たような境遇にあったジェフリーのことを、当時の俺が気にかけるのは自然な流れであった。
「それさ。俺もついて行ったらダメ?」
「デニスの屋敷に?」
「うん」
話の流れで、俺がジェフリー目当てだと察したのだろう。「居るかわからないぞ」と念押ししてくるユリスに頷きを返す。別に会えなければ会えないでいい。ただ、なんというか。ジェフリーとはすごく微妙な感じで別れたきりである。喧嘩したわけではないのだが、ちょっと気まずい。そうなった心当たりはもちろんある。
しかし、あれからもう二年が経とうとしている。しれっと訪問しても問題ないように思える。それに、ジェフリーとはまた遊ぶと約束していた。ジェフリーは覚えていないかもしれないが、乗馬や勉強も教えてあげると約束していた。俺はその約束が、ずっと心のどこかで引っかかっていた。
だから良い機会だと思うのだと説明すれば、ユリスが「いいんじゃないか」と前向きな発言をする。
「ルイスひとり増えても問題はないだろう。一緒に行くか?」
「うん!」
さすがユリス。そうと決まれば早速準備だ。
のんびり丸まっている猫のお世話を兄様たちに頼まなければならない。綿毛ちゃんはどうしようかな。
部屋を飛び出した俺は、ティアンの部屋に向かう。夕食も終わって寝る準備が整ったこの時間、俺は就寝時間までユリスか自分の部屋でだらだらするのだが、その間にティアンは自分のことを色々と済ませている。軽くノックをすれば、少し間が空いてドアが開かれた。
「ルイス様」
タオルを首にかけたティアンは、「なんですか」と目を見開いている。よく見ると、髪が濡れている。風呂にでも入っていたらしい。好奇心から部屋を覗いてみようとするが、さりげなく邪魔をされた。
「散らかっているので」
「アロンの部屋よりは綺麗だよ」
「あの人と比べないでくださいよ」
アロンの部屋は、いつ訪れても散らかっている。しかし、最近ではアリアが「なんで片付けないかなぁ!」と兄の部屋を定期的に掃除しているらしい。そんなアロンの部屋に比べて、ティアンの部屋は整理整頓されている。というか、そもそも物が少ない。
タオルで雑に髪をわしゃわしゃするティアンは、「すみません、こんな格好で」と断りを入れて廊下に出てくる。俺のことを部屋に入れたくないらしい。別に気にしない。ロニーだって、俺のことを自室に招くことはしなかった。俺を気軽に自室へと招待するのはアロンくらいだ。まぁ、アロンの部屋に入ると毎度ブルース兄様に叱られるけど。
薄着のティアンは、なんというか見慣れない。どうしても昔の細っこいティアンのことが頭をチラついて、違和感を覚える。
思わず見つめていると、ティアンが「ん? なんですか?」と再びタオルを首にかける。
「……結構筋肉あるね」
「そりゃまぁ。鍛えてるんで」
あっさり頷くティアンに、そっと手を伸ばす。純粋な興味からティアンの腹部にちょっと触ってみる。手を添えるだけだったのだが、ティアンが固まった。
しんと静まり返る廊下。しかし、すぐにティアンが動いた。やんわりと俺の手を掴んで自身の体から引き剥がす。
「あ、ごめん」
服の上からとはいえ、勝手に触られるのは嫌だよな。慌てて謝れば、ティアンが「いえ」と小さく俯く。なんだかギクシャクする空気に、俺は視線を彷徨わせる。
「それで。えー、はい。なにか用があったのでは?」
「あ、うん」
そういえばそうだった。デニスの屋敷に行くと告げれば、ティアンは「わかりました」と頷く。
「準備しておきます。ジャンにも僕から言っておきますね」
「うん。よろしく」
会話が途切れる。
なんとなく居心地が悪くて、ティアンから目をそらす。ティアンもティアンで、俯いている。
「えっと。そういうことだから。よろしくね」
「はい」
「俺、ユリスの部屋に居るから」
「あとで行きます」
「うん」
手を振って、ティアンと別れる。濡れた髪のせいだろうか。いつものティアンじゃないような気がした。もっと大人びて見えた。パタパタとユリスの部屋に戻る。ドアを開けて、読書に没頭するユリスの横顔が見えるなり、意味もなく安堵した。
「泊まるの?」
「いや、できるだけはやく帰るつもりだが」
曖昧に濁すユリスは、「もしかしたら泊まりになるかもしれない」と言い直す。
夕食もすんで、寝る前になんとなくユリスの部屋でだらだらしていた時である。ユリスが出かけるというのなら、タイラーも当然同行するのだろう。
ユリスは、いまだにデニスとよく遊んでいる。大抵はお喋りで終わるみたいだが、結構仲良くやっている。基本的に他人には興味がないユリスであるが、なぜかデニスとは馬が合うらしい。まぁ、合うというよりもデニスが合わせにいっているというのが正しいのかもしれないが。デニスは、ユリスと会うたびに「結婚して!」とうるさい。ユリスにいくら突っぱねられても諦めない姿は、もはや尊敬に値すると思う。
そんな己を曲げないデニスのことを思い出していれば、俺の頭に自然とジェフリーのことが浮かんできた。デニスの弟だという彼と出会ったのは、俺が十四歳の時。その頃のジェフリーはまだ十二歳だった。
なにかと暗いことを言うお子様だった。無理もない。デニスの弟ではあるが、母親が違うらしい。その母親も、闘病の末に亡くなったと聞いた。それ以来、ジェフリーとは会えていない。
「ジェフリーは元気?」
ここ最近は話題にさえあがらない。気になってユリスに尋ねれば、律儀に本を閉じたユリスが「さぁ?」と首を捻る。
「元気なんじゃないか? 元気じゃないという話は聞かないしな」
「デニスはなにか言ってた?」
「いいや」
即座に首を左右に振るユリス。デニスは、突然できた弟を受け入れることができないでいた。気持ちはわかる。というか、俺もヴィアン家にとっては突然できた弟だ。だから、似たような境遇にあったジェフリーのことを、当時の俺が気にかけるのは自然な流れであった。
「それさ。俺もついて行ったらダメ?」
「デニスの屋敷に?」
「うん」
話の流れで、俺がジェフリー目当てだと察したのだろう。「居るかわからないぞ」と念押ししてくるユリスに頷きを返す。別に会えなければ会えないでいい。ただ、なんというか。ジェフリーとはすごく微妙な感じで別れたきりである。喧嘩したわけではないのだが、ちょっと気まずい。そうなった心当たりはもちろんある。
しかし、あれからもう二年が経とうとしている。しれっと訪問しても問題ないように思える。それに、ジェフリーとはまた遊ぶと約束していた。ジェフリーは覚えていないかもしれないが、乗馬や勉強も教えてあげると約束していた。俺はその約束が、ずっと心のどこかで引っかかっていた。
だから良い機会だと思うのだと説明すれば、ユリスが「いいんじゃないか」と前向きな発言をする。
「ルイスひとり増えても問題はないだろう。一緒に行くか?」
「うん!」
さすがユリス。そうと決まれば早速準備だ。
のんびり丸まっている猫のお世話を兄様たちに頼まなければならない。綿毛ちゃんはどうしようかな。
部屋を飛び出した俺は、ティアンの部屋に向かう。夕食も終わって寝る準備が整ったこの時間、俺は就寝時間までユリスか自分の部屋でだらだらするのだが、その間にティアンは自分のことを色々と済ませている。軽くノックをすれば、少し間が空いてドアが開かれた。
「ルイス様」
タオルを首にかけたティアンは、「なんですか」と目を見開いている。よく見ると、髪が濡れている。風呂にでも入っていたらしい。好奇心から部屋を覗いてみようとするが、さりげなく邪魔をされた。
「散らかっているので」
「アロンの部屋よりは綺麗だよ」
「あの人と比べないでくださいよ」
アロンの部屋は、いつ訪れても散らかっている。しかし、最近ではアリアが「なんで片付けないかなぁ!」と兄の部屋を定期的に掃除しているらしい。そんなアロンの部屋に比べて、ティアンの部屋は整理整頓されている。というか、そもそも物が少ない。
タオルで雑に髪をわしゃわしゃするティアンは、「すみません、こんな格好で」と断りを入れて廊下に出てくる。俺のことを部屋に入れたくないらしい。別に気にしない。ロニーだって、俺のことを自室に招くことはしなかった。俺を気軽に自室へと招待するのはアロンくらいだ。まぁ、アロンの部屋に入ると毎度ブルース兄様に叱られるけど。
薄着のティアンは、なんというか見慣れない。どうしても昔の細っこいティアンのことが頭をチラついて、違和感を覚える。
思わず見つめていると、ティアンが「ん? なんですか?」と再びタオルを首にかける。
「……結構筋肉あるね」
「そりゃまぁ。鍛えてるんで」
あっさり頷くティアンに、そっと手を伸ばす。純粋な興味からティアンの腹部にちょっと触ってみる。手を添えるだけだったのだが、ティアンが固まった。
しんと静まり返る廊下。しかし、すぐにティアンが動いた。やんわりと俺の手を掴んで自身の体から引き剥がす。
「あ、ごめん」
服の上からとはいえ、勝手に触られるのは嫌だよな。慌てて謝れば、ティアンが「いえ」と小さく俯く。なんだかギクシャクする空気に、俺は視線を彷徨わせる。
「それで。えー、はい。なにか用があったのでは?」
「あ、うん」
そういえばそうだった。デニスの屋敷に行くと告げれば、ティアンは「わかりました」と頷く。
「準備しておきます。ジャンにも僕から言っておきますね」
「うん。よろしく」
会話が途切れる。
なんとなく居心地が悪くて、ティアンから目をそらす。ティアンもティアンで、俯いている。
「えっと。そういうことだから。よろしくね」
「はい」
「俺、ユリスの部屋に居るから」
「あとで行きます」
「うん」
手を振って、ティアンと別れる。濡れた髪のせいだろうか。いつものティアンじゃないような気がした。もっと大人びて見えた。パタパタとユリスの部屋に戻る。ドアを開けて、読書に没頭するユリスの横顔が見えるなり、意味もなく安堵した。
1,393
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
お話を追加いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。