嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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16歳

432 俺も行く

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「ちょっと明日デニスの屋敷に行ってくる。帰りが遅くなるかもしれない」
「泊まるの?」
「いや、できるだけはやく帰るつもりだが」

 曖昧に濁すユリスは、「もしかしたら泊まりになるかもしれない」と言い直す。

 夕食もすんで、寝る前になんとなくユリスの部屋でだらだらしていた時である。ユリスが出かけるというのなら、タイラーも当然同行するのだろう。

 ユリスは、いまだにデニスとよく遊んでいる。大抵はお喋りで終わるみたいだが、結構仲良くやっている。基本的に他人には興味がないユリスであるが、なぜかデニスとは馬が合うらしい。まぁ、合うというよりもデニスが合わせにいっているというのが正しいのかもしれないが。デニスは、ユリスと会うたびに「結婚して!」とうるさい。ユリスにいくら突っぱねられても諦めない姿は、もはや尊敬に値すると思う。

 そんな己を曲げないデニスのことを思い出していれば、俺の頭に自然とジェフリーのことが浮かんできた。デニスの弟だという彼と出会ったのは、俺が十四歳の時。その頃のジェフリーはまだ十二歳だった。

 なにかと暗いことを言うお子様だった。無理もない。デニスの弟ではあるが、母親が違うらしい。その母親も、闘病の末に亡くなったと聞いた。それ以来、ジェフリーとは会えていない。

「ジェフリーは元気?」

 ここ最近は話題にさえあがらない。気になってユリスに尋ねれば、律儀に本を閉じたユリスが「さぁ?」と首を捻る。

「元気なんじゃないか? 元気じゃないという話は聞かないしな」
「デニスはなにか言ってた?」
「いいや」

 即座に首を左右に振るユリス。デニスは、突然できた弟を受け入れることができないでいた。気持ちはわかる。というか、俺もヴィアン家にとっては突然できた弟だ。だから、似たような境遇にあったジェフリーのことを、当時の俺が気にかけるのは自然な流れであった。

「それさ。俺もついて行ったらダメ?」
「デニスの屋敷に?」
「うん」

 話の流れで、俺がジェフリー目当てだと察したのだろう。「居るかわからないぞ」と念押ししてくるユリスに頷きを返す。別に会えなければ会えないでいい。ただ、なんというか。ジェフリーとはすごく微妙な感じで別れたきりである。喧嘩したわけではないのだが、ちょっと気まずい。そうなった心当たりはもちろんある。

 しかし、あれからもう二年が経とうとしている。しれっと訪問しても問題ないように思える。それに、ジェフリーとはまた遊ぶと約束していた。ジェフリーは覚えていないかもしれないが、乗馬や勉強も教えてあげると約束していた。俺はその約束が、ずっと心のどこかで引っかかっていた。

 だから良い機会だと思うのだと説明すれば、ユリスが「いいんじゃないか」と前向きな発言をする。

「ルイスひとり増えても問題はないだろう。一緒に行くか?」
「うん!」

 さすがユリス。そうと決まれば早速準備だ。
 のんびり丸まっている猫のお世話を兄様たちに頼まなければならない。綿毛ちゃんはどうしようかな。

 部屋を飛び出した俺は、ティアンの部屋に向かう。夕食も終わって寝る準備が整ったこの時間、俺は就寝時間までユリスか自分の部屋でだらだらするのだが、その間にティアンは自分のことを色々と済ませている。軽くノックをすれば、少し間が空いてドアが開かれた。

「ルイス様」

 タオルを首にかけたティアンは、「なんですか」と目を見開いている。よく見ると、髪が濡れている。風呂にでも入っていたらしい。好奇心から部屋を覗いてみようとするが、さりげなく邪魔をされた。

「散らかっているので」
「アロンの部屋よりは綺麗だよ」
「あの人と比べないでくださいよ」

 アロンの部屋は、いつ訪れても散らかっている。しかし、最近ではアリアが「なんで片付けないかなぁ!」と兄の部屋を定期的に掃除しているらしい。そんなアロンの部屋に比べて、ティアンの部屋は整理整頓されている。というか、そもそも物が少ない。

 タオルで雑に髪をわしゃわしゃするティアンは、「すみません、こんな格好で」と断りを入れて廊下に出てくる。俺のことを部屋に入れたくないらしい。別に気にしない。ロニーだって、俺のことを自室に招くことはしなかった。俺を気軽に自室へと招待するのはアロンくらいだ。まぁ、アロンの部屋に入ると毎度ブルース兄様に叱られるけど。

 薄着のティアンは、なんというか見慣れない。どうしても昔の細っこいティアンのことが頭をチラついて、違和感を覚える。

 思わず見つめていると、ティアンが「ん? なんですか?」と再びタオルを首にかける。

「……結構筋肉あるね」
「そりゃまぁ。鍛えてるんで」

 あっさり頷くティアンに、そっと手を伸ばす。純粋な興味からティアンの腹部にちょっと触ってみる。手を添えるだけだったのだが、ティアンが固まった。

 しんと静まり返る廊下。しかし、すぐにティアンが動いた。やんわりと俺の手を掴んで自身の体から引き剥がす。

「あ、ごめん」

 服の上からとはいえ、勝手に触られるのは嫌だよな。慌てて謝れば、ティアンが「いえ」と小さく俯く。なんだかギクシャクする空気に、俺は視線を彷徨わせる。

「それで。えー、はい。なにか用があったのでは?」
「あ、うん」

 そういえばそうだった。デニスの屋敷に行くと告げれば、ティアンは「わかりました」と頷く。

「準備しておきます。ジャンにも僕から言っておきますね」
「うん。よろしく」

 会話が途切れる。
 なんとなく居心地が悪くて、ティアンから目をそらす。ティアンもティアンで、俯いている。

「えっと。そういうことだから。よろしくね」
「はい」
「俺、ユリスの部屋に居るから」
「あとで行きます」
「うん」

 手を振って、ティアンと別れる。濡れた髪のせいだろうか。いつものティアンじゃないような気がした。もっと大人びて見えた。パタパタとユリスの部屋に戻る。ドアを開けて、読書に没頭するユリスの横顔が見えるなり、意味もなく安堵した。
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