冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

433 再会

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「なんでそれも連れてくるのさ!」

 それってなんだよ。俺のことか?

 久しぶりに会うデニスは相変わらずであった。俺たちが馬車からおりるなり駆け寄ってきたデニスは、俺のことを確認すると遠慮なく大声を発した。

 俺よりもひとつ年上のデニスは、現在十七歳のはず。身長は伸びたみたいだが、やはり女の子みたいな可愛い顔をしている。「余計なの連れてこないでよ!」とユリスに詰め寄るデニスは、わかりやすく怒っていた。その言い草に、カチンとくる。

「なんでそんな酷いこと言うの。確かに急に来たのは悪かったけど」

 デニスは昔から俺のことが嫌いだが、いくらなんでもここまで嫌悪される覚えはない。流石に文句を言えば、デニスは鼻で笑ってくる。

「僕、子供苦手なんだよね」
「俺、子供じゃないから。ユリスと同い年!」

 ね? とユリスに同意を求めれば「あぁ」というやる気のない呻きが返ってくる。どうやら俺とデニスの言い争いに興味がないらしい。そのことを敏感に察知したデニスは、俺を押し退けると我が物顔でユリスの隣を陣取った。そのあんまりな態度に、俺は静かに拳を握りしめる。ひと言文句を言ってやろうと一歩踏み出すが、デニスはユリスの腕に己の腕を絡めて甘えるような声を出す。

「ユリス。僕の部屋に行こう?」
「それは構わないが」

 俺に視線を遣ったユリスは、「ジェフリーは?」と探るような声音で首を伸ばす。

「ん? 部屋に居るでしょ」
「ルイスが、ジェフリーに会いたいと」
「はいはい。お子様はお子様同士遊んでなよ」

 ひらひらと手を振るデニスは、そばに控えていた使用人のひとりを呼びつけると、俺をジェフリーの部屋に案内するよう言い付ける。

 デニスに文句を言うタイミングを完全に逃してしまった俺は、そっと拳をおろす。

 まぁいいや。デニスは昔からこうだし。俺がここで怒っても逆ギレされるに決まっている。

 お出かけには、俺とユリス。それにタイラーとティアン、ジャンが同行した。ユリスが馬車がいいとごねるため、御者役の騎士たちも同行している。ユリスは、いまだに馬に乗るのが苦手だ。馬車でじっとしている方が楽でいいというのが彼の言い分である。

 犬と猫はオーガス兄様に任せてきた。ブルース兄様はなんだか忙しそうだったので。

 直前まで、アロンも一緒に行きたいと騒いでいたのだが、ブルース兄様に睨まれてようやく諦めた。アロンはブルース兄様の護衛なんだから、兄様についていないとダメだろうに。

 そうして到着したデニスの屋敷。

 きょろきょろと周囲を見回すティアンと、肩身が狭そうに青い顔をするジャンを引き連れて、ジェフリーの部屋に向かう。以前会った時のジェフリーは、アーキア公爵家の居候的な感じだった。それが、彼の母親が亡くなったことで、正式にアーキア公爵家に引き取られたはずだ。

 案内された部屋の前で、俺はしばし躊躇する。このドアの向こうにジェフリーがいる。

 いざここまでやって来ると、変な緊張が込み上げてくる。ジェフリーは、俺のことをどう思っているのだろうか。

 思い返せば、ジェフリーが俺の前から逃げるように姿を消したのは、俺が彼のことを振ったからだ。ジェフリーからすれば、気まずくて仕方がないのかもしれない。

 でもあれから二年ほどが経過している。
 ジェフリーも十四歳くらいだ。

 ティアンの顔を確認する。そういえば、ティアンはジェフリーと会ったことがない。一応デニスの弟だと事前に説明している。ティアンは、ジェフリーのことを噂でちょっと知っているくらいらしい。噂というのはもちろんアーキア公爵家に突然やってきた腹違いの弟というやつだ。

 ごくりと息を呑んで、ドアを軽くノックする。やや間があって、中からパタパタ足音が聞こえてくる。

「はーい。なにか、あ」
「久しぶり」

 顔を覗かせたジェフリーは、動きを止める。やはり突然の訪問はまずかったかも。頬を掻いて軽く手を上げれば、立ち尽くしていたジェフリーが慌てた様子でドアから離れた。閉まりかけるドアに、咄嗟に手をかける。

「ジェフリー? 突然ごめん。ユリスについてきちゃった」
「……えっと」
「入ってもいい?」
「あ、はい。どうぞ」

 かくかくと頷くジェフリーは、ようやく俺たちを中に入れてくれた。物の少ない部屋だ。物珍しくて色々視線を移していると、なぜか一旦奥の部屋に引っ込んだジェフリー。ドアの向こうでバタバタと暴れる音がする。

 壁際にて佇むティアンとジャンも不思議そうな表情だ。

「ジェフリー?」

 気になって奥の部屋に声をかけてみる。「はい!」という大きな声が返ってくるが、肝心のジェフリーは姿を見せない。そのまま待つこと数分。

 勢いよく部屋から出てきたジェフリーは、先程とは異なる服を着ていた。どうやら慌てて着替えたらしい。ゆるっとした服装だったのが、ピシッとしたシャツになっている。気を遣わせた? 普段通りでも俺はよかったのに。

「お久しぶりです」
「うん、久しぶり。身長伸びた?」

 確実に大きくなっているジェフリーの頭に、ついつい手が伸びる。俺より小さいが、頭の位置が前よりも高くなっている。そのまま頭を遠慮なく撫でていれば、「あ、えっと。ちょっと」という弱々しい声と共に、ジェフリーが俯いてしまう。ハッと手を離す。

「ごめん。なんか癖で」
「癖?」
「犬と猫を毎日わしゃわしゃしてるから」
「あ、犬、ですか」

 心なしかガッカリしているようなジェフリーに、首を捻る。

「犬と猫。前に見せたよね。綿毛ちゃんっていうもふもふの犬と、エリスちゃんって猫」
「はい、知ってます」

 だよね。綿毛ちゃんも連れてくればよかったかもと後悔していれば、ジェフリーがソファーを指し示す。お言葉に甘えて腰掛けると、ジェフリーも向かいを陣取る。俯いたままのジェフリーと、微妙に視線が合わない。ここまで勢いできてしまったが、やっぱりまずかっただろうか。

 意味もなく手を組んで、合間にジェフリーの様子を窺う。静まり返る室内で、居住まいを正す。

「あの。来ても大丈夫だった?」

 沈黙に耐えきれず、口を開く。ゆっくりと顔を上げたジェフリーは、記憶の中の彼よりも大人びた顔つきをしている。

「それはもちろんです。会いに来てくれて嬉しいです」
「ほんと?」
「はい。嬉しいです」

 くしゃっと笑うジェフリーに、俺も頬を緩める。成長はしたが、まだ幼さの残るその表情は、俺のよく知っているジェフリーの顔だった。
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