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14歳
352 本当に好きな人
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だが、告白するには色々と問題があった。
「告白って具体的には何を言えばいいの?」
『好きって言えば大丈夫だよぉ』
「本当に?」
『ほんとに。オレを信じて。何年生きてると思ってるのさ』
「でも綿毛ちゃんは犬だし」
『犬じゃないってば』
綿毛ちゃんのアドバイスを信じて良いのか。いまいちわからない。かといって、他に相談できそうな相手もいない。聞く限り、そんなに変なことも言っていないので多分大丈夫だろう。
だが、それ以上に問題なのは。
「どうやって、ふたりきりになればいいかな」
俺の周りには、常に誰かがいる。それを撒いてふたりきりになるのはハードルが高い。告白なんだから、周りに他の人がいたらダメだと思うのだ。
「まぁ、そこは綿毛ちゃんがどうにか頑張ればいいか」
『任せておいてよぉ!』
なんだか張り切っている綿毛ちゃんは、やけに積極的だ。今までひとりで生きていたので、他人の恋愛事とか楽しくて仕方がないのかもしれない。
そのまま綿毛ちゃんと作戦を練る。内容が内容なので、誰にも聞かれないように小声でこそこそと相談していれば、タイラーが戻ってきた。
階段に腰掛ける俺たちを見て、怪訝な顔をしてみせる。
「なにをしているんですか? こんなところで」
「綿毛ちゃんと遊んでる」
「そうですか」
じっと俺のことを見てくるタイラー。俺が変なことをしていないかと疑っているらしい。こいつはすぐに俺のことを疑ってくる。
「もう会議は終わったの?」
「はい。あの、レナルドさん来ました?」
「来たよ。なんで?」
「いえ。ならいいんですけど」
煮え切らない会話の後、タイラーは俺の肩に軽く触れて、立ち上がるように促してくる。まだ綿毛ちゃんとの作戦会議が終わっていないのだが、仕方がない。タイラーと連れ立って、ユリスの部屋に戻る。
部屋では、ユリスが熱心になにやら書きつけていた。ちらりと横から覗いてみるが、難しくてよくわからない。だが、おそらく魔法に関することだろう。研究所に入り浸って、好き勝手にやっているらしい。
「なんだ?」
じっと手元を凝視していれば、ユリスが顔を上げる。なんでもないと首を左右に振るが、ユリスは怪訝な表情だ。
「どうした」
「どうもしてない」
「なんだ。なにか言いたいことでもあるのか?」
「だから、なんでもないってば」
しつこいユリスから慌てて離れて、会話を終わらせる。ユリスは、変なところで鋭い。いつもは他人に興味ないみたいな顔をしているくせに、俺や兄様たちのことになると無遠慮に首を突っ込んでくる。
「ブルース兄様は?」
ロニーはまだ戻ってきていない。ということは、ブルース兄様と一緒に居るのだろうか。タイラーに確認すれば、兄様は自室に戻っているはずとの答えがあった。ロニーは、ブルース兄様ではなくクレイグ団長と話し込んでいるらしい。
「俺ちょっと兄様のところ行ってくるね」
「はい。えっと、じゃあジャンも一緒に」
「ひとりで行くから大丈夫!」
「え?」
余計な気を利かせてくるタイラーを振り切って、ユリスの部屋を後にする。ジャンには悪いが、俺は今ひとりになりたい気分なのだ。ユリスが不思議そうな顔を向けてくるが、口は挟んでこない。
一応、綿毛ちゃんを連れていくことにする。毛玉と一緒に廊下に出て、二階へ上がる。
「アロンがいたらどうする?」
『適当に追い出そう』
そうして駆け込んだブルース兄様の部屋に、アロンはいなかった。ラッキーである。
「ブルース兄様!」
「なんだ」
どうやら休憩中だったらしく、珍しくソファーに腰掛けていたブルース兄様は、俺の姿を確認するなり腕を組んで偉そうにしてくる。
「サボり?」
「違う」
こほんとわざとらしい咳払いで誤魔化して、兄様は「なんの用だ」と低い声で問いかけてくる。
部屋には俺とブルース兄様。それに綿毛ちゃんだけ。綿毛ちゃんは犬だから、居ても居なくても一緒だろう。
「あのね、兄様。俺、ブルース兄様のこと好きだよ」
「あ?」
なぜかガラの悪い声を発した兄様は「そうか」と煮え切らない返事をしてくる。
「……え? それで? 結局なんの用だ」
「兄様のこと好きだから、お菓子ちょうだい」
「意味がわからない」
「そこの引き出しに入ってること知ってるんだぞ!」
「おまえ、本当になにをしに来たんだ」
怪訝な表情で立ち上がり、執務机の引き出しを開けたブルース兄様は、渋々といった様子でキャンディーを渡してきた。
「もっといいお菓子ないの?」
「ない」
「ケチ」
兄様の横から引き出しを覗き込んでみるが、マジでキャンディーしか入っていない。前は色々と入っていたのに。
「お菓子少なくなってる。兄様、もしかしてこっそり食べた?」
「そんなわけないだろ。最近おまえが奪いにこないから」
そこまで言ってから、慌てたようにブルース兄様は口を閉ざす。どうやら以前は、俺がお菓子寄越せと頻繁に駄々をこねていたから用意していたのだが、最近では俺も大人になったので、自然とお菓子のストックがなくなったらしい。こんなことなら、もっと遠慮なくお菓子欲しいと言っておけばよかった。
とりあえず口に放り込んで、無言でなめる。
「綿毛ちゃんも食べたいって言ってる」
「食べて大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ。オレも食べるぅ』
もう一個キャンディーを受け取って、綿毛ちゃんにもあげてみた。綿毛ちゃんは人間姿になれるだけあって、人間が食べられる物はなんでも食べてしまう。早速キャンディーを口に入れた綿毛ちゃんは、味わうことなくボリボリ噛んでしまう。なんかもったいない。綿毛ちゃんにキャンディーあげるのはやめておこう。
「じゃあ、俺は忙しいから。ばいばい」
「菓子を奪いに来たのか?」
どうなんだ、と高圧的な兄様に手を振って廊下に出る。綿毛ちゃんとふたりきりになった瞬間、勢いよく綿毛ちゃんが『いい感じだよぉ』と飛び跳ね始める。
「本当に? 綿毛ちゃんの言うことあってる?」
『あってる。あれで正解』
「本当に? ブルース兄様なんか適当じゃなかった?」
好きと言った瞬間、ブルース兄様はなんか疲れたような顔をしていた。あんまり真剣に取り合ってくれた気がしない。
『それは坊ちゃんが弟だからだよ。本番もあんな感じで大丈夫だよ』
「ならいいけど」
なにはともあれ、これで練習はバッチリである。
告白の前に練習しようと言い出したのは綿毛ちゃんだ。いつになく積極的な毛玉は、ブルース兄様相手に練習すれば完璧と提案してきた。兄弟だからな。好きと言っても真に受けないだろうし、そんなに不自然でもない。練習相手にぴったりだ。
「がんばるぞぉ!」
『ぞー!』
ぴょんぴょん跳ねる綿毛ちゃんと一緒に気合いを入れて、俺は高鳴る胸を静めようと大きく深呼吸をした。
だが、機会はなかなか訪れなかった。
そもそもジャンがずっと側に居るし、たとえふたりきりになれる瞬間があっても、緊張のあまり言葉が出てこなくて固まってしまう。
そんなこんなで、あっという間に数日が経過した。進展なさすぎて自分でもびっくり。好きというひと言を伝えるのが、こんなに難しいことなんて思ってもいなかった。
俺は今までの人生、言いたいことは割とはっきり言ってきた方だと思う。それがここ数日、言いたいことがあるのに上手く言葉が出てこないという非常に悩ましい状況にあった。普段であれば、わぁっと叫んで勢いで解決してしまうことが多いのに、今回ばかりはそうもいかないもどかしさ。苛々するような、けれども緊張に震えるような。そんな大忙しの毎日を送っていれば、なにかを感じたらしいユリスが、じろじろと俺のことを見つめてくる。
「ルイス。おまえ最近変だぞ」
「どこが」
「全部」
全部ってなんだよ。いくらなんでも、そんなわけはないだろ。
「なんでずっと落ち着きがないんだ」
「俺は、すごく落ち着いている」
「どこが」
短く吐き捨てるユリスは、「今度はなにを企んでいるんだ。僕も仲間に入れろ」と嫌なことを言ってくる。それをあしらうのは大変だった。
そうして、告白すると決意してから三日目の夜。
俺は、なんだかもう疲れていた。
ずっと変な緊張感を抱えたまま過ごすのは、ストレスだ。はやく終わりにしたい。綿毛ちゃんも『がんばれぇ』と言うだけで具体的なアドバイスはしてくれなくなった。多分、ネタが尽きたんだと思う。
「おやすみなさい。ルイス様」
このままでは、また明日に持ち越しになってしまう。部屋を出て行こうとするロニーの背中を見送って、ため息が出てしまう。ジャンもそれに続いて引き上げてしまった。
「今日もダメだったね」
『また明日があるよ』
もう寝る時間なのに、まったく眠くない。上手く切り出せないもやもやに、頭の中が支配されてしまってどうにもならない。
「綿毛ちゃん。どうすればいいか真剣に考えて」
『えー? 好きって言うだけだって』
「言えないもん!」
タイミングも難しいし、本人を目の前にすると凍りついたように言葉が出てこなくなる。
「綿毛ちゃんには好きって言えるんだけどな。なんで言えないんだろう」
『それだけ本気ってことだよ。本気の気持ちを伝えることは、すごく難しいってことなんじゃない?』
綿毛ちゃんと顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。いっそ手紙で伝えるとか、色々案を出してみるが、やっぱり直接口で伝えたい。
すやすやと寝てしまう猫をベッドに残して、部屋中をうろうろする。綿毛ちゃんは、律儀に後ろをついてくる。
「わかった。じゃあ次に会った時に言う! もう決めた」
『がんばれぇ。この前もそんなこと言ってたけどね』
「だって! 緊張するんだもん」
意地悪なことを言ってくる綿毛ちゃんに言い返してみるが、心は晴れない。うじうじ悩みすぎだということは、自分が一番よくわかっている。
そうして悩みに悩んでいると、ドアがノックされた。慌てて綿毛ちゃんを抱っこすれば、「ルイス様?」という優しい声と共にロニーが顔を覗かせた。
「ロニー」
「申し訳ありません。お部屋の明かりがついていたので」
夜更かしはダメですよ、と微笑むロニー。どうやら俺の部屋が明るいことに気がついて様子を見に来たらしい。気が付けば、おやすみの挨拶をしてから随分と時間が経っていた。部屋には大きな窓がある。カーテンを閉めていても、明かりがあれば外から丸わかりだ。ロニーは騎士服のまま。外の見回りをしていたらしい。
クレイグ団長の件がある。騎士団が慌ただしい影響で、ロニーやタイラーは普段以上に忙しそうである。主に若手育成のための人手が足りないらしく、新人教育にロニーまでかり出されている。今日の見回りもその一環かもしれない。
寝ましょうね、と優しく促してくるロニーに背中を押されてベッドに戻る。
猫は呑気に寝ている。その隣に綿毛ちゃんを乗せてあげて、俺もベッドにあがる。
布団をかけてくれるロニーの動きを目で追いながら、「ロニー」と呼びかけてみる。上半身を起こして、ベッドに座り込む俺に、ロニーは屈んで目線を合わせてくれる。
「俺、ロニーのこと好き」
案外あっさりと出てきた言葉。不思議と心は落ち着いていた。
「告白って具体的には何を言えばいいの?」
『好きって言えば大丈夫だよぉ』
「本当に?」
『ほんとに。オレを信じて。何年生きてると思ってるのさ』
「でも綿毛ちゃんは犬だし」
『犬じゃないってば』
綿毛ちゃんのアドバイスを信じて良いのか。いまいちわからない。かといって、他に相談できそうな相手もいない。聞く限り、そんなに変なことも言っていないので多分大丈夫だろう。
だが、それ以上に問題なのは。
「どうやって、ふたりきりになればいいかな」
俺の周りには、常に誰かがいる。それを撒いてふたりきりになるのはハードルが高い。告白なんだから、周りに他の人がいたらダメだと思うのだ。
「まぁ、そこは綿毛ちゃんがどうにか頑張ればいいか」
『任せておいてよぉ!』
なんだか張り切っている綿毛ちゃんは、やけに積極的だ。今までひとりで生きていたので、他人の恋愛事とか楽しくて仕方がないのかもしれない。
そのまま綿毛ちゃんと作戦を練る。内容が内容なので、誰にも聞かれないように小声でこそこそと相談していれば、タイラーが戻ってきた。
階段に腰掛ける俺たちを見て、怪訝な顔をしてみせる。
「なにをしているんですか? こんなところで」
「綿毛ちゃんと遊んでる」
「そうですか」
じっと俺のことを見てくるタイラー。俺が変なことをしていないかと疑っているらしい。こいつはすぐに俺のことを疑ってくる。
「もう会議は終わったの?」
「はい。あの、レナルドさん来ました?」
「来たよ。なんで?」
「いえ。ならいいんですけど」
煮え切らない会話の後、タイラーは俺の肩に軽く触れて、立ち上がるように促してくる。まだ綿毛ちゃんとの作戦会議が終わっていないのだが、仕方がない。タイラーと連れ立って、ユリスの部屋に戻る。
部屋では、ユリスが熱心になにやら書きつけていた。ちらりと横から覗いてみるが、難しくてよくわからない。だが、おそらく魔法に関することだろう。研究所に入り浸って、好き勝手にやっているらしい。
「なんだ?」
じっと手元を凝視していれば、ユリスが顔を上げる。なんでもないと首を左右に振るが、ユリスは怪訝な表情だ。
「どうした」
「どうもしてない」
「なんだ。なにか言いたいことでもあるのか?」
「だから、なんでもないってば」
しつこいユリスから慌てて離れて、会話を終わらせる。ユリスは、変なところで鋭い。いつもは他人に興味ないみたいな顔をしているくせに、俺や兄様たちのことになると無遠慮に首を突っ込んでくる。
「ブルース兄様は?」
ロニーはまだ戻ってきていない。ということは、ブルース兄様と一緒に居るのだろうか。タイラーに確認すれば、兄様は自室に戻っているはずとの答えがあった。ロニーは、ブルース兄様ではなくクレイグ団長と話し込んでいるらしい。
「俺ちょっと兄様のところ行ってくるね」
「はい。えっと、じゃあジャンも一緒に」
「ひとりで行くから大丈夫!」
「え?」
余計な気を利かせてくるタイラーを振り切って、ユリスの部屋を後にする。ジャンには悪いが、俺は今ひとりになりたい気分なのだ。ユリスが不思議そうな顔を向けてくるが、口は挟んでこない。
一応、綿毛ちゃんを連れていくことにする。毛玉と一緒に廊下に出て、二階へ上がる。
「アロンがいたらどうする?」
『適当に追い出そう』
そうして駆け込んだブルース兄様の部屋に、アロンはいなかった。ラッキーである。
「ブルース兄様!」
「なんだ」
どうやら休憩中だったらしく、珍しくソファーに腰掛けていたブルース兄様は、俺の姿を確認するなり腕を組んで偉そうにしてくる。
「サボり?」
「違う」
こほんとわざとらしい咳払いで誤魔化して、兄様は「なんの用だ」と低い声で問いかけてくる。
部屋には俺とブルース兄様。それに綿毛ちゃんだけ。綿毛ちゃんは犬だから、居ても居なくても一緒だろう。
「あのね、兄様。俺、ブルース兄様のこと好きだよ」
「あ?」
なぜかガラの悪い声を発した兄様は「そうか」と煮え切らない返事をしてくる。
「……え? それで? 結局なんの用だ」
「兄様のこと好きだから、お菓子ちょうだい」
「意味がわからない」
「そこの引き出しに入ってること知ってるんだぞ!」
「おまえ、本当になにをしに来たんだ」
怪訝な表情で立ち上がり、執務机の引き出しを開けたブルース兄様は、渋々といった様子でキャンディーを渡してきた。
「もっといいお菓子ないの?」
「ない」
「ケチ」
兄様の横から引き出しを覗き込んでみるが、マジでキャンディーしか入っていない。前は色々と入っていたのに。
「お菓子少なくなってる。兄様、もしかしてこっそり食べた?」
「そんなわけないだろ。最近おまえが奪いにこないから」
そこまで言ってから、慌てたようにブルース兄様は口を閉ざす。どうやら以前は、俺がお菓子寄越せと頻繁に駄々をこねていたから用意していたのだが、最近では俺も大人になったので、自然とお菓子のストックがなくなったらしい。こんなことなら、もっと遠慮なくお菓子欲しいと言っておけばよかった。
とりあえず口に放り込んで、無言でなめる。
「綿毛ちゃんも食べたいって言ってる」
「食べて大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ。オレも食べるぅ』
もう一個キャンディーを受け取って、綿毛ちゃんにもあげてみた。綿毛ちゃんは人間姿になれるだけあって、人間が食べられる物はなんでも食べてしまう。早速キャンディーを口に入れた綿毛ちゃんは、味わうことなくボリボリ噛んでしまう。なんかもったいない。綿毛ちゃんにキャンディーあげるのはやめておこう。
「じゃあ、俺は忙しいから。ばいばい」
「菓子を奪いに来たのか?」
どうなんだ、と高圧的な兄様に手を振って廊下に出る。綿毛ちゃんとふたりきりになった瞬間、勢いよく綿毛ちゃんが『いい感じだよぉ』と飛び跳ね始める。
「本当に? 綿毛ちゃんの言うことあってる?」
『あってる。あれで正解』
「本当に? ブルース兄様なんか適当じゃなかった?」
好きと言った瞬間、ブルース兄様はなんか疲れたような顔をしていた。あんまり真剣に取り合ってくれた気がしない。
『それは坊ちゃんが弟だからだよ。本番もあんな感じで大丈夫だよ』
「ならいいけど」
なにはともあれ、これで練習はバッチリである。
告白の前に練習しようと言い出したのは綿毛ちゃんだ。いつになく積極的な毛玉は、ブルース兄様相手に練習すれば完璧と提案してきた。兄弟だからな。好きと言っても真に受けないだろうし、そんなに不自然でもない。練習相手にぴったりだ。
「がんばるぞぉ!」
『ぞー!』
ぴょんぴょん跳ねる綿毛ちゃんと一緒に気合いを入れて、俺は高鳴る胸を静めようと大きく深呼吸をした。
だが、機会はなかなか訪れなかった。
そもそもジャンがずっと側に居るし、たとえふたりきりになれる瞬間があっても、緊張のあまり言葉が出てこなくて固まってしまう。
そんなこんなで、あっという間に数日が経過した。進展なさすぎて自分でもびっくり。好きというひと言を伝えるのが、こんなに難しいことなんて思ってもいなかった。
俺は今までの人生、言いたいことは割とはっきり言ってきた方だと思う。それがここ数日、言いたいことがあるのに上手く言葉が出てこないという非常に悩ましい状況にあった。普段であれば、わぁっと叫んで勢いで解決してしまうことが多いのに、今回ばかりはそうもいかないもどかしさ。苛々するような、けれども緊張に震えるような。そんな大忙しの毎日を送っていれば、なにかを感じたらしいユリスが、じろじろと俺のことを見つめてくる。
「ルイス。おまえ最近変だぞ」
「どこが」
「全部」
全部ってなんだよ。いくらなんでも、そんなわけはないだろ。
「なんでずっと落ち着きがないんだ」
「俺は、すごく落ち着いている」
「どこが」
短く吐き捨てるユリスは、「今度はなにを企んでいるんだ。僕も仲間に入れろ」と嫌なことを言ってくる。それをあしらうのは大変だった。
そうして、告白すると決意してから三日目の夜。
俺は、なんだかもう疲れていた。
ずっと変な緊張感を抱えたまま過ごすのは、ストレスだ。はやく終わりにしたい。綿毛ちゃんも『がんばれぇ』と言うだけで具体的なアドバイスはしてくれなくなった。多分、ネタが尽きたんだと思う。
「おやすみなさい。ルイス様」
このままでは、また明日に持ち越しになってしまう。部屋を出て行こうとするロニーの背中を見送って、ため息が出てしまう。ジャンもそれに続いて引き上げてしまった。
「今日もダメだったね」
『また明日があるよ』
もう寝る時間なのに、まったく眠くない。上手く切り出せないもやもやに、頭の中が支配されてしまってどうにもならない。
「綿毛ちゃん。どうすればいいか真剣に考えて」
『えー? 好きって言うだけだって』
「言えないもん!」
タイミングも難しいし、本人を目の前にすると凍りついたように言葉が出てこなくなる。
「綿毛ちゃんには好きって言えるんだけどな。なんで言えないんだろう」
『それだけ本気ってことだよ。本気の気持ちを伝えることは、すごく難しいってことなんじゃない?』
綿毛ちゃんと顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。いっそ手紙で伝えるとか、色々案を出してみるが、やっぱり直接口で伝えたい。
すやすやと寝てしまう猫をベッドに残して、部屋中をうろうろする。綿毛ちゃんは、律儀に後ろをついてくる。
「わかった。じゃあ次に会った時に言う! もう決めた」
『がんばれぇ。この前もそんなこと言ってたけどね』
「だって! 緊張するんだもん」
意地悪なことを言ってくる綿毛ちゃんに言い返してみるが、心は晴れない。うじうじ悩みすぎだということは、自分が一番よくわかっている。
そうして悩みに悩んでいると、ドアがノックされた。慌てて綿毛ちゃんを抱っこすれば、「ルイス様?」という優しい声と共にロニーが顔を覗かせた。
「ロニー」
「申し訳ありません。お部屋の明かりがついていたので」
夜更かしはダメですよ、と微笑むロニー。どうやら俺の部屋が明るいことに気がついて様子を見に来たらしい。気が付けば、おやすみの挨拶をしてから随分と時間が経っていた。部屋には大きな窓がある。カーテンを閉めていても、明かりがあれば外から丸わかりだ。ロニーは騎士服のまま。外の見回りをしていたらしい。
クレイグ団長の件がある。騎士団が慌ただしい影響で、ロニーやタイラーは普段以上に忙しそうである。主に若手育成のための人手が足りないらしく、新人教育にロニーまでかり出されている。今日の見回りもその一環かもしれない。
寝ましょうね、と優しく促してくるロニーに背中を押されてベッドに戻る。
猫は呑気に寝ている。その隣に綿毛ちゃんを乗せてあげて、俺もベッドにあがる。
布団をかけてくれるロニーの動きを目で追いながら、「ロニー」と呼びかけてみる。上半身を起こして、ベッドに座り込む俺に、ロニーは屈んで目線を合わせてくれる。
「俺、ロニーのこと好き」
案外あっさりと出てきた言葉。不思議と心は落ち着いていた。
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