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14歳

351 わかっちゃったかも

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「綿毛ちゃん。ちょっと人間になって」
『嫌だよぉ』

 うだうだ言う綿毛ちゃんは、ごろりと床に転がってやる気がない。綿毛ちゃんは、近頃ずっとやる気がない。ごろごろするばかりで、完全なペットと化している。

「ねぇ! 人間になって!」
『どうしてぇ?』

 お腹を天井に向けたまま、綿毛ちゃんは間抜けな声を発する。

「一緒に遊ぼう」
『この姿でよくない?』
「よくない」

 なんてことを言うのだ。現在、部屋には俺とユリス。それにジャンが居るだけだ。あとは犬と猫。

 タイラーとロニーは、騎士団の方に顔を出している。団長が辞める件で、騎士団はバタバタなのだ。

「はやくして」
『いーやー』
「ケチ毛玉!」

 ぺしっと頭を叩いてやるが、綿毛ちゃんはケロッとしている。我儘毛玉め。仕方がない。綿毛ちゃんと一緒に、廊下に出る。ジャンが困ったような顔をするが、「綿毛ちゃんいるから大丈夫」と言っておく。部屋にいるユリスと俺。どっちについていくべきか迷ったのだろう。

 そんなに遠くへ行くつもりはない。少し廊下を散歩するだけだ。ユリスとジャンを部屋に残して、綿毛ちゃんとふたりで廊下を歩く。

 短い足で一生懸命歩く綿毛ちゃんは、大変そうだ。絶対に人間姿になった方が楽だと思うのに。人間になってと再びお願いしてみるが、綿毛ちゃんは無視を決め込んでいる。

「おや、ルイス様」

 そんな中、前方から歩いてきたのはレナルドだ。アロンと仲のよい騎士である。いつだったか。夜中にこっそりと厨房に侵入して飲み物を取りに行った時。飲み物を探す俺を見て、笑いながら用意してくれた。それ以来、すれ違えば立ち話をするくらいには仲良くなった。

「仕事は? 騎士団の集まりがあるんじゃないの?」
「若手が集まってるんですよ。俺はお呼びじゃないみたいで」

 豪快に笑うレナルドは、騎士団の中では中堅くらいだろうか。クレイグ団長よりは年下だが、確実にアロンやニックよりは年上だ。

「ルイス様は? お散歩ですか」
「うん。レナルドも一緒に来るか?」
「お! いいんですか」

 レナルドが仲間になった。
 彼は、ちょっと前までは騎士棟付近でよく見かけていたのだが、近頃は屋敷内でも見かけるようになった。屋敷内にも仕事中の騎士がいることは珍しくないが、ロニーやタイラー以外の者が俺とユリスの部屋近くをうろつくことはあまりない。

 レナルドは、こんなところでなにをしていたのだろうか。一階の廊下は、騎士が立ち寄るような場所はない。ブルース兄様の部屋は二階だし。

 ちょっと不審に思っていると、それがレナルドにも伝わったのだろう。くつくつと笑う彼は、「本当に仕事中ですよ」と、ひらひらと手を振る。

「いや、白状するとブルース様に言われてきたんですよ。ルイス様のことを見ておいてくれって」
「なんで?」
「ロニーもタイラーも不在ですから」
「俺はひとりで大丈夫だけど」
「まぁまぁ」

 いいじゃないですか、と上機嫌なレナルド。こいつはアロンと仲良しなだけあって、適当なところがある。疑いを抱きつつも、別に危ない人というわけでもないので、一緒に散歩する。ブルース兄様に頼まれたとか言っていたが多分おサボりだと思う。ひとりでサボったら怒られるが、俺の側でサボれば、俺の面倒を見ていたと言い訳ができるからな。策士だな。

「レナルドはさぁ、好きな人いる?」
「んん?」

 変な顔をするレナルドは、「え? 好きな人?」と聞き返してくる。

「そう。誰かいる?」
「うーん」

 悩んでしまう彼は、多分独身だったような気がする。いや、彼女がいるかもしれない。ちょっとわくわくしながら答えを待っていれば、「ルイス様は?」と、逆に質問されてしまった。

「俺はね。うーん。ちょっとわかんない」
「そうですか」
「好きな人はいっぱいいるんだけど。ロニーでしょ、アロンでしょ。あと綿毛ちゃんも好きだし」
『どうもぉ』
「兄様のことも好き」

 得意気にお礼を言う綿毛ちゃん。レナルドは、体を大きく揺らして笑っている。失礼だな。

「そういう意味の好きでいいなら俺にもたくさんいますよ」
「そういう意味って?」
「ん? 友人とか家族としてって意味ですよ」
「うん」

 それは、そうだな。むしろ嫌いな人の方が少ない。俺を邪険に扱ってくるデニスのことは苦手だけど、その他の人はだいたい好きだ。

「好きってなに? 普通どういう人と付き合うの?」
「難しい質問しますね」

 質問相手は俺であってます? と戸惑った顔をするレナルドであるが、「うーん」と真面目に考え込むあたり結構真面目な人なのかもしれない。アロンとは違って。

 やがて「そうですね」と唸るような声を発するレナルドは、「一緒にいたいかどうかとか? ですかね?」と曖昧な答えをよこしてくる。

「離れがたいというか。とにかくそんな感じで。離れていても相手がなにをしているのか気になるとか。ずっと一緒にいたいと素直に思える相手が、好きな人なんじゃないですかね」
「ふーん」

 ちらりと足元にいる綿毛ちゃんを見る。綿毛ちゃんはお喋りする楽しい犬だから好きだけど、ずっと一緒にいたいかと訊かれたら微妙かな。なんかずっとひとりでお喋りしている時もあるし。たまにうるさいと思う時がある。綿毛ちゃんに伝えれば『ひどい』とシンプルな抗議が返ってきた。

 ずっと一緒にいたいと思う人って誰だろうか。たとえば、もうすぐクレイグ団長が騎士団を辞めることになっているが、それに対して俺は少し寂しいなと思うくらいである。全力で引き止めようとも思わないし、ついて行こうとも思わない。

 じゃあ逆に、俺の側からいなくなると聞いてついて行きたくなる人って誰だろうか。全力で引き止めたくなる人って誰だろうか。多分だけど、離れなければならないとわかって、寂しいなくらいの感情で終わらない人が、俺にとって本当に好きな人なんじゃないだろうか。

 そろそろ仕事に戻るというレナルドと別れる。彼はきっと、仕事中に抜け出して少しサボっていたのだろう。

 階段に腰掛けて、ぼんやりと考える。横では、綿毛ちゃんが階段を上ったり下ったりと忙しそうにしている。毛玉がぽんぽん跳ねるように上下する姿を見ながら、ひたすら考える。

「……綿毛ちゃん」
『なに?』
「俺、わかっちゃったかも。好きな人」
『ほんと?』

 ぴたりと動きを止めた綿毛ちゃんは『坊ちゃんの好きな人? 誰? もしかしてオレ?』と早口に食いついてくる。

「綿毛ちゃんではない」
『ひどい』
「だって綿毛ちゃんは犬だもん」
『人間にもなれるよぉ。坊ちゃんは、オレがいなくなったら寂しくないの?』
「その時は、オーガス兄様に頼んで新しい犬を飼う」
『ひどすぎるぅ。そこは寂しいって言ってよぉ』

 いなくなったら嫌な人と言われて、真っ先に思い浮かんだ人がいる。彼が俺の元から去るとなったら、俺はすごく嫌だし悲しい。絶対に全力で引き止めると思うのだ。

 前に一瞬だけデニスとお付き合いしたことがあったが、よく考えると俺はデニスのことは好きではない。顔は可愛いけど、屋敷にデニスが来ると嬉しいというよりげんなりしてしまう。ずっと一緒にいたいとは思わなかった。

「好きな人はわかったけど、次はどうすればいい?」
『告白するのでは?』
「告白」

 そうだな。そうなるのが普通の流れだよな。

「……それは、なんか。緊張するんだけど」
『がんばれぇ! オレも応援するよ。で? 相手は誰?』

 綿毛ちゃんを抱っこして、膝の上に乗せる。もふもふの毛を撫でて落ち着こうとするが、途端に緊張してきた。思えば、自分から告白したことなんてない。デニスと付き合ったのは、デニスがしつこく「結婚して! 責任とって!」と連呼したからだ。

 好きと意識した瞬間、ちょっぴり顔が熱くなってくる。だが、ここで一歩踏み出さないと、なにも進まないままになってしまう。

「俺、頑張ってみる」
『がんばれぇ』

 間延びした声援を送ってくれる綿毛ちゃんをぎゅっとして、俺は人生最大の決意をした。
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