278 / 930
13歳
343 靴とって
しおりを挟む
間違いなく、この首輪がまずいのだろう。気が付いた俺は、パッとリードから手を離す。慌てた綿毛ちゃんが、すごい勢いで首輪を外して、地面に叩きつけた。肩で息をする綿毛ちゃんは、死にそうな顔をしていた。
さりげなく足で首輪を蹴り飛ばした綿毛ちゃんは、何事もなかったかのような顔で仁王立ちする。その変な迫力に、誰も声を発することができない。
しんと、不自然なくらいに静まり返る。
「……ラッセル」
「はい! ルイス様」
「靴とって。木に引っかかった」
綿毛ちゃんがとってくれないので、ラッセルに頼んでみる。俺の靴を視界に入れたラッセルは「なんであんなところに」と首を捻っている。なんでだろうね。
お任せくださいとにこやかに応じるラッセルは、早速木に手を伸ばしてくれる。だが、頑張って背伸びをするラッセルの右手に、俺の靴は微妙に届かない。そのまま何度かジャンプするラッセルであったが、やはり届かない。
そういえば、ラッセルはそんなに長身ではなかったな。アロンの方が身長高い。
そのままひとり奮闘するラッセルを、俺と綿毛ちゃん、それにゼノがじっと見守る。そんな真剣に見守る必要なんてないのだが、みんななんとなく、先程の首輪の一件を忘れようと、ラッセルの一挙手一投足を真剣に見守っている。
しばらく頑張っていたラッセルだが、やがて諦めたのか手をおろす。くるりと振り返った彼は、なんだか物騒な視線をゼノに向けた。
「おい、ゼノ。ここはおまえが動くべき場面では?」
低い声を発するラッセルに、ゼノがやれやれと肩をすくめる。
「届かないならそう言えばいいのに」
呆れたと言わんばかりの態度でラッセルと場所を変わったゼノは、勢いよくジャンプしてあっさりと靴をとってくれた。それを横から奪いとるラッセル。
「お待たせしました、ルイス様」
ゼノに向けるのとは、明らかに声のトーンが違う。俺に対しては、非常ににこやかに接してくれる。さすが忖度お兄さん。相手によって露骨に態度を変えるな。
「ありがと」
受け取った靴を履く。靴下が汚れているが、大丈夫だろう。ジャンは気がつくかもしれないが、今日はお休みだ。ブルース兄様はまず気が付かない。あとは、俺が靴を放り投げたことをラッセルとゼノが黙っていてくれれば完璧である。
「ラッセルは、なにをしに来たの?」
「オーガス様へ挨拶に」
聞けば、オーガス兄様の結婚のお祝いのためにやって来たらしい。そういえば、兄様の結婚式にラッセルの姿はなかった。こいつは常に国中を移動している。任務の時もあるけど、大抵は忖度のためだと俺は知っている。
それにしてもオーガス兄様か。最近まともに会話していない。向こうは話しかけてくれるのだが、その度に俺は走って逃げている。ブルース兄様が「挨拶くらいしたらどうなんだ」とぐちぐち言ってくるが、頭ごなしに怒鳴りつけてくるようなことはない。なんでだろう。あの人は、長男を敬うのが好きだったはずなのに。俺のオーガス兄様に対する変な態度は、放置気味である。
「今から会うの? じゃあさ、オーガス兄様に今のこと言ったらダメだよ」
「もちろんです!」
間髪入れずに頷いたラッセルは、眩しい笑顔だった。ふむふむ、口止めバッチリである。
ちらりと、綿毛ちゃんを見上げる。無表情を貫く綿毛ちゃんは、もう会話する気がないのだろう。ムスッと口を引き結んでいる。
「ブルース兄様にも会う?」
「いえ、ブルース様のお時間を頂戴するわけにもいきませんので」
「ラッセルって、ブルース兄様のこと嫌いなの?」
「い、いえ。そんなことは」
わかりやすく口ごもったな。
ラッセルはたまに屋敷にやって来るが、いつも会うのはオーガス兄様だけ。ブルース兄様とは会わずに帰ってしまう。
「ブルース兄様は、ラッセルのこと嫌いだと思うよ。あんまりラッセルのこと信用するなって俺に言ってきたし」
「手厳しいですね」
ははっと乾いた笑いをこぼすラッセルは、顔が引き攣っていた。
※※※
「ラッセルと会ったよ」
「あぁ、そういえば。挨拶に来ると連絡がありましたね」
戻ってきたロニーに報告すれば、彼はにこやかに応じてくる。
ラッセルとゼノが去った後、綿毛ちゃんは素早く犬姿に戻った。もふもふ毛玉に戻った綿毛ちゃんを捕まえて、なんとか首輪を装着したのが先程のこと。『もうそれいらないってばぁ』と、我儘を言い出す毛玉の相手は大変だった。
何事もなかったかのように、リードを持って庭をうろうろしていれば、ロニーは特に疑いを持たなかった。
「ブルース兄様なんて?」
ここ最近、ロニーはよくブルース兄様に呼び出されている。兄様に訊いても「子供が首を突っ込む話じゃない」とか言ってあしらわれてしまう。なんとなくクレイグ団長が辞めたいと言っていた件かなと想像はできるが、確信はない。団長が辞めることと、ロニーに一体なんの関係があるのかよくわからない。
「仕事の話ですよ」
困ったように答えてくるロニー。どうやら具体的な話は俺の耳に入れたくないらしい。まぁ、詳しく聞かされたところで理解はできないと思うから別にいいけどさ。
「ロニーも綿毛ちゃんのお散歩する? 楽しいよ」
はいっとリードを手渡すが、ロニーは困った顔で立ち尽くしてしまう。『オレは楽しくないけどね』と、綿毛ちゃんがぐちぐち言っている。
「ロニー?」
「あ、いえ」
目を瞬く彼は、緩い動作でリードを受け取ると、困ったように眉尻を下げてしまう。お散歩なのに、動く気配がない。
「ロニー。歩かないと。お散歩になんない」
「あ、はい。そうですね」
微妙な笑顔と共に歩き出すロニーは、あんまり楽しそうじゃなかった。綿毛ちゃんも、不満な顔だ。なにこの楽しくない空気。
「ロニーは綿毛ちゃんが嫌い?」
『ここでオレのせいにするのは流石だね。坊ちゃん』
もふもふ毛玉が、ぎゅっと眉間に皺を寄せている。変な顔だ。
「いえ、そういうわけでは」
言葉を濁すロニー。なんだかロニーは、最近俺と距離をとるかのような仕草を見せることがある。前はよく寝る前にお喋りしてくれたのに、最近では寝る時間になるとさっさと部屋に引っ込んでしまう。
プライベートな会話も減った気がする。笑って誤魔化されることが増えた気がする。
思えば、突然髪を切ったことだって。
「ロニーは」
俺のこと嫌い?
そう尋ねたいが、そうしたら、この関係にヒビが入るような気がしてしまう。結局、その言葉は飲み込んだ。
不思議そうに小首を傾げるロニーには「なんでもない」と笑って誤魔化しておいた。
さりげなく足で首輪を蹴り飛ばした綿毛ちゃんは、何事もなかったかのような顔で仁王立ちする。その変な迫力に、誰も声を発することができない。
しんと、不自然なくらいに静まり返る。
「……ラッセル」
「はい! ルイス様」
「靴とって。木に引っかかった」
綿毛ちゃんがとってくれないので、ラッセルに頼んでみる。俺の靴を視界に入れたラッセルは「なんであんなところに」と首を捻っている。なんでだろうね。
お任せくださいとにこやかに応じるラッセルは、早速木に手を伸ばしてくれる。だが、頑張って背伸びをするラッセルの右手に、俺の靴は微妙に届かない。そのまま何度かジャンプするラッセルであったが、やはり届かない。
そういえば、ラッセルはそんなに長身ではなかったな。アロンの方が身長高い。
そのままひとり奮闘するラッセルを、俺と綿毛ちゃん、それにゼノがじっと見守る。そんな真剣に見守る必要なんてないのだが、みんななんとなく、先程の首輪の一件を忘れようと、ラッセルの一挙手一投足を真剣に見守っている。
しばらく頑張っていたラッセルだが、やがて諦めたのか手をおろす。くるりと振り返った彼は、なんだか物騒な視線をゼノに向けた。
「おい、ゼノ。ここはおまえが動くべき場面では?」
低い声を発するラッセルに、ゼノがやれやれと肩をすくめる。
「届かないならそう言えばいいのに」
呆れたと言わんばかりの態度でラッセルと場所を変わったゼノは、勢いよくジャンプしてあっさりと靴をとってくれた。それを横から奪いとるラッセル。
「お待たせしました、ルイス様」
ゼノに向けるのとは、明らかに声のトーンが違う。俺に対しては、非常ににこやかに接してくれる。さすが忖度お兄さん。相手によって露骨に態度を変えるな。
「ありがと」
受け取った靴を履く。靴下が汚れているが、大丈夫だろう。ジャンは気がつくかもしれないが、今日はお休みだ。ブルース兄様はまず気が付かない。あとは、俺が靴を放り投げたことをラッセルとゼノが黙っていてくれれば完璧である。
「ラッセルは、なにをしに来たの?」
「オーガス様へ挨拶に」
聞けば、オーガス兄様の結婚のお祝いのためにやって来たらしい。そういえば、兄様の結婚式にラッセルの姿はなかった。こいつは常に国中を移動している。任務の時もあるけど、大抵は忖度のためだと俺は知っている。
それにしてもオーガス兄様か。最近まともに会話していない。向こうは話しかけてくれるのだが、その度に俺は走って逃げている。ブルース兄様が「挨拶くらいしたらどうなんだ」とぐちぐち言ってくるが、頭ごなしに怒鳴りつけてくるようなことはない。なんでだろう。あの人は、長男を敬うのが好きだったはずなのに。俺のオーガス兄様に対する変な態度は、放置気味である。
「今から会うの? じゃあさ、オーガス兄様に今のこと言ったらダメだよ」
「もちろんです!」
間髪入れずに頷いたラッセルは、眩しい笑顔だった。ふむふむ、口止めバッチリである。
ちらりと、綿毛ちゃんを見上げる。無表情を貫く綿毛ちゃんは、もう会話する気がないのだろう。ムスッと口を引き結んでいる。
「ブルース兄様にも会う?」
「いえ、ブルース様のお時間を頂戴するわけにもいきませんので」
「ラッセルって、ブルース兄様のこと嫌いなの?」
「い、いえ。そんなことは」
わかりやすく口ごもったな。
ラッセルはたまに屋敷にやって来るが、いつも会うのはオーガス兄様だけ。ブルース兄様とは会わずに帰ってしまう。
「ブルース兄様は、ラッセルのこと嫌いだと思うよ。あんまりラッセルのこと信用するなって俺に言ってきたし」
「手厳しいですね」
ははっと乾いた笑いをこぼすラッセルは、顔が引き攣っていた。
※※※
「ラッセルと会ったよ」
「あぁ、そういえば。挨拶に来ると連絡がありましたね」
戻ってきたロニーに報告すれば、彼はにこやかに応じてくる。
ラッセルとゼノが去った後、綿毛ちゃんは素早く犬姿に戻った。もふもふ毛玉に戻った綿毛ちゃんを捕まえて、なんとか首輪を装着したのが先程のこと。『もうそれいらないってばぁ』と、我儘を言い出す毛玉の相手は大変だった。
何事もなかったかのように、リードを持って庭をうろうろしていれば、ロニーは特に疑いを持たなかった。
「ブルース兄様なんて?」
ここ最近、ロニーはよくブルース兄様に呼び出されている。兄様に訊いても「子供が首を突っ込む話じゃない」とか言ってあしらわれてしまう。なんとなくクレイグ団長が辞めたいと言っていた件かなと想像はできるが、確信はない。団長が辞めることと、ロニーに一体なんの関係があるのかよくわからない。
「仕事の話ですよ」
困ったように答えてくるロニー。どうやら具体的な話は俺の耳に入れたくないらしい。まぁ、詳しく聞かされたところで理解はできないと思うから別にいいけどさ。
「ロニーも綿毛ちゃんのお散歩する? 楽しいよ」
はいっとリードを手渡すが、ロニーは困った顔で立ち尽くしてしまう。『オレは楽しくないけどね』と、綿毛ちゃんがぐちぐち言っている。
「ロニー?」
「あ、いえ」
目を瞬く彼は、緩い動作でリードを受け取ると、困ったように眉尻を下げてしまう。お散歩なのに、動く気配がない。
「ロニー。歩かないと。お散歩になんない」
「あ、はい。そうですね」
微妙な笑顔と共に歩き出すロニーは、あんまり楽しそうじゃなかった。綿毛ちゃんも、不満な顔だ。なにこの楽しくない空気。
「ロニーは綿毛ちゃんが嫌い?」
『ここでオレのせいにするのは流石だね。坊ちゃん』
もふもふ毛玉が、ぎゅっと眉間に皺を寄せている。変な顔だ。
「いえ、そういうわけでは」
言葉を濁すロニー。なんだかロニーは、最近俺と距離をとるかのような仕草を見せることがある。前はよく寝る前にお喋りしてくれたのに、最近では寝る時間になるとさっさと部屋に引っ込んでしまう。
プライベートな会話も減った気がする。笑って誤魔化されることが増えた気がする。
思えば、突然髪を切ったことだって。
「ロニーは」
俺のこと嫌い?
そう尋ねたいが、そうしたら、この関係にヒビが入るような気がしてしまう。結局、その言葉は飲み込んだ。
不思議そうに小首を傾げるロニーには「なんでもない」と笑って誤魔化しておいた。
1,805
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。
するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。
だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。
過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。
ところが、ひょんなことから再会してしまう。
しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。
「今度は、もう離さないから」
「お願いだから、僕にもう近づかないで…」
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。