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13歳

343 靴とって

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 間違いなく、この首輪がまずいのだろう。気が付いた俺は、パッとリードから手を離す。慌てた綿毛ちゃんが、すごい勢いで首輪を外して、地面に叩きつけた。肩で息をする綿毛ちゃんは、死にそうな顔をしていた。

 さりげなく足で首輪を蹴り飛ばした綿毛ちゃんは、何事もなかったかのような顔で仁王立ちする。その変な迫力に、誰も声を発することができない。

 しんと、不自然なくらいに静まり返る。

「……ラッセル」
「はい! ルイス様」
「靴とって。木に引っかかった」

 綿毛ちゃんがとってくれないので、ラッセルに頼んでみる。俺の靴を視界に入れたラッセルは「なんであんなところに」と首を捻っている。なんでだろうね。

 お任せくださいとにこやかに応じるラッセルは、早速木に手を伸ばしてくれる。だが、頑張って背伸びをするラッセルの右手に、俺の靴は微妙に届かない。そのまま何度かジャンプするラッセルであったが、やはり届かない。

 そういえば、ラッセルはそんなに長身ではなかったな。アロンの方が身長高い。

 そのままひとり奮闘するラッセルを、俺と綿毛ちゃん、それにゼノがじっと見守る。そんな真剣に見守る必要なんてないのだが、みんななんとなく、先程の首輪の一件を忘れようと、ラッセルの一挙手一投足を真剣に見守っている。

 しばらく頑張っていたラッセルだが、やがて諦めたのか手をおろす。くるりと振り返った彼は、なんだか物騒な視線をゼノに向けた。

「おい、ゼノ。ここはおまえが動くべき場面では?」

 低い声を発するラッセルに、ゼノがやれやれと肩をすくめる。

「届かないならそう言えばいいのに」

 呆れたと言わんばかりの態度でラッセルと場所を変わったゼノは、勢いよくジャンプしてあっさりと靴をとってくれた。それを横から奪いとるラッセル。

「お待たせしました、ルイス様」

 ゼノに向けるのとは、明らかに声のトーンが違う。俺に対しては、非常ににこやかに接してくれる。さすが忖度お兄さん。相手によって露骨に態度を変えるな。

「ありがと」

 受け取った靴を履く。靴下が汚れているが、大丈夫だろう。ジャンは気がつくかもしれないが、今日はお休みだ。ブルース兄様はまず気が付かない。あとは、俺が靴を放り投げたことをラッセルとゼノが黙っていてくれれば完璧である。

「ラッセルは、なにをしに来たの?」
「オーガス様へ挨拶に」

 聞けば、オーガス兄様の結婚のお祝いのためにやって来たらしい。そういえば、兄様の結婚式にラッセルの姿はなかった。こいつは常に国中を移動している。任務の時もあるけど、大抵は忖度のためだと俺は知っている。

 それにしてもオーガス兄様か。最近まともに会話していない。向こうは話しかけてくれるのだが、その度に俺は走って逃げている。ブルース兄様が「挨拶くらいしたらどうなんだ」とぐちぐち言ってくるが、頭ごなしに怒鳴りつけてくるようなことはない。なんでだろう。あの人は、長男を敬うのが好きだったはずなのに。俺のオーガス兄様に対する変な態度は、放置気味である。

「今から会うの? じゃあさ、オーガス兄様に今のこと言ったらダメだよ」
「もちろんです!」

 間髪入れずに頷いたラッセルは、眩しい笑顔だった。ふむふむ、口止めバッチリである。

 ちらりと、綿毛ちゃんを見上げる。無表情を貫く綿毛ちゃんは、もう会話する気がないのだろう。ムスッと口を引き結んでいる。

「ブルース兄様にも会う?」
「いえ、ブルース様のお時間を頂戴するわけにもいきませんので」
「ラッセルって、ブルース兄様のこと嫌いなの?」
「い、いえ。そんなことは」

 わかりやすく口ごもったな。
 ラッセルはたまに屋敷にやって来るが、いつも会うのはオーガス兄様だけ。ブルース兄様とは会わずに帰ってしまう。

「ブルース兄様は、ラッセルのこと嫌いだと思うよ。あんまりラッセルのこと信用するなって俺に言ってきたし」
「手厳しいですね」

 ははっと乾いた笑いをこぼすラッセルは、顔が引き攣っていた。


※※※


「ラッセルと会ったよ」
「あぁ、そういえば。挨拶に来ると連絡がありましたね」

 戻ってきたロニーに報告すれば、彼はにこやかに応じてくる。

 ラッセルとゼノが去った後、綿毛ちゃんは素早く犬姿に戻った。もふもふ毛玉に戻った綿毛ちゃんを捕まえて、なんとか首輪を装着したのが先程のこと。『もうそれいらないってばぁ』と、我儘を言い出す毛玉の相手は大変だった。

 何事もなかったかのように、リードを持って庭をうろうろしていれば、ロニーは特に疑いを持たなかった。

「ブルース兄様なんて?」

 ここ最近、ロニーはよくブルース兄様に呼び出されている。兄様に訊いても「子供が首を突っ込む話じゃない」とか言ってあしらわれてしまう。なんとなくクレイグ団長が辞めたいと言っていた件かなと想像はできるが、確信はない。団長が辞めることと、ロニーに一体なんの関係があるのかよくわからない。

「仕事の話ですよ」

 困ったように答えてくるロニー。どうやら具体的な話は俺の耳に入れたくないらしい。まぁ、詳しく聞かされたところで理解はできないと思うから別にいいけどさ。

「ロニーも綿毛ちゃんのお散歩する? 楽しいよ」

 はいっとリードを手渡すが、ロニーは困った顔で立ち尽くしてしまう。『オレは楽しくないけどね』と、綿毛ちゃんがぐちぐち言っている。

「ロニー?」
「あ、いえ」

 目を瞬く彼は、緩い動作でリードを受け取ると、困ったように眉尻を下げてしまう。お散歩なのに、動く気配がない。

「ロニー。歩かないと。お散歩になんない」
「あ、はい。そうですね」

 微妙な笑顔と共に歩き出すロニーは、あんまり楽しそうじゃなかった。綿毛ちゃんも、不満な顔だ。なにこの楽しくない空気。

「ロニーは綿毛ちゃんが嫌い?」
『ここでオレのせいにするのは流石だね。坊ちゃん』

 もふもふ毛玉が、ぎゅっと眉間に皺を寄せている。変な顔だ。

「いえ、そういうわけでは」

 言葉を濁すロニー。なんだかロニーは、最近俺と距離をとるかのような仕草を見せることがある。前はよく寝る前にお喋りしてくれたのに、最近では寝る時間になるとさっさと部屋に引っ込んでしまう。

 プライベートな会話も減った気がする。笑って誤魔化されることが増えた気がする。

 思えば、突然髪を切ったことだって。

「ロニーは」

 俺のこと嫌い?

 そう尋ねたいが、そうしたら、この関係にヒビが入るような気がしてしまう。結局、その言葉は飲み込んだ。

 不思議そうに小首を傾げるロニーには「なんでもない」と笑って誤魔化しておいた。
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