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12歳

290 フラグ?

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「いいか。大人しくしておけよ」
「俺はいつも大人しい」

 胸を張って断言するが、ブルース兄様は苦い顔である。

 正直、アロン情報は信用に値しない。過去、俺が何度彼の嘘情報に騙されたことか。今回はロニーも知っている話のようだったので、まったくの嘘情報という可能性は低いが、念のため。

 ブルース兄様の部屋に確認へと訪れれば、兄様は「そうだ。しばらく留守にする」とあっさり認めた。これにアロンが、「ほらぁ、嘘じゃないでしょ?」と得意気な顔をする。なんか悔しい。

「そもそも、なんで疑うんですか?」
「アロンは嘘つくから」
「俺がいつ嘘なんてつきましたよ」

 色々ついただろ。

 最近だと、セドリックに彼女ができたという嘘情報を俺に聞かせて、セドリックへの嫌がらせを実行していた。

 だが、今回は本当だったらしい。

 ふうんと納得するが、ちょっと嫌だな。いっそのことアロンによる嘘だったらよかったのに。

 ブルース兄様やアロン、団長が長期不在なんて初めてのことだ。ちょっと心配だし、なんか寂しい気もする。

「俺も行っていい?」
「ダメに決まっているだろ。馬にも乗れない奴がなにを言っている」

 馬かぁ。馬は怖い。

 いまだにクレイグ団長が、俺に乗馬の練習をさせよとしてくる。その度に、俺は必死に逃げまわっているのだ。

 最近では、俺がお菓子に釣られることを覚えたらしい。美味しそうなお菓子をチラつかせながら、練習しろと迫ってくる。とても卑怯だと思う。

 誘惑に負けて、何度か練習に付き合ったこともあるが、クレイグ団長はダメだ。怖いから降ろせと言っても、降ろしてくれない。俺の抗議を聞こえないフリして流してしまう。

「……団長がいないのは、ラッキーかもしれない」
「おまえって奴は」

 呆れたとため息をつく兄様は、母上のことを頼んだぞ、と俺に言ってくる。

「うん。ユリスの面倒も俺がみておいてあげる」
「それは、うん。そうだな。頑張れよ」

 それは無理だろ、みたいな顔をしてくる兄様は失礼だと思う。


※※※


 いよいよ明日は、兄様たちが出発する日である。

 どうやら急ぎの案件らしく、俺が巡回の話をアロンに聞いてから、出発まではそんなに日数がなかった。その間、俺はすごくそわそわと過ごした。いつもと違う状況になるのが、ちょっと受け入れ難かった。

 何度かタイラーのお見舞いにも行こうとしたのだが、こちらはロニーに止められてしまった。そうだな。タイラーからすれば、俺は職場のお偉いさんみたいな立ち位置だ。風邪で寝込んでいる時に、俺が訪れても迷惑なだけだろう。

 すんなり納得する俺をみて、ユリスは目を瞬いていた。どうやら俺が、絶対お見舞い行くと言ってごねると思っていたらしい。

「なんだ。やっと使用人との距離の取り方を覚えたのか?」
「うーん、そんな感じ?」

 常々、ブルース兄様が騎士や使用人のプライベートに必要以上に首を突っ込むな、と注意してくるからな。それに従っただけである。

 そうして俺がそっとしておいた成果だろうか。タイラーは、割とすぐに回復した。

「なんで俺だけうつるんですか?」

 開口一番、ジトッと半眼になるタイラーは、案外元気そうであった。

「うつしてごめんね」
「お気になさらず。そんなにひどくはなかったんで」

 それはなによりである。

 荷造りをするブルース兄様のお手伝いをしつつ、お土産よろしくと念押ししておく。アロンはあてにならないからな。「遊びに行くんじゃないんだぞ」と、苦言を呈してくる兄様は、準備に奔走していた。

 それを横目にアロンはいつも通り、兄様の部屋のソファーでぐでっとしている。相変わらず、やる気のない男である。

「準備しないの?」
「え? そんな準備することあります?」

 それは知らない。でも数ヶ月単位のお出かけだろ。なんか荷物とか色々あるんじゃないのか。現に、ブルース兄様は忙しく走りまわっている。

 いかに兄様が大変そうにしているかを伝えれば、アロンは「へぇ」と興味なさそうに相槌を打って話を終わらせようとしてくる。

「でも長旅なんで。荷物なんてあるだけ邪魔ですよ」
「でも必要な物はあるでしょ?」
「現地調達します。あと、必要最小限の物は団長が用意していると思うので大丈夫ですよ」
「人任せだな」

 清々しいほどの他力本願である。さすがアロン。
 だが、彼はたびたび屋敷を留守にすることがある。ブルース兄様いわく、アロンは諜報活動など単独で動くことが多いそうだ。何度かお出かけするアロンを見たことがあるが、毎度彼は身軽な格好であった。

 アロンが大丈夫と言うのであれば、事実大丈夫なのだろう。ブルース兄様も、なにも言わないし。

「ルイス様」
「うん?」

 ぼけっと兄様の荷物を眺めていた時である。アロンに呼ばれて振り返れば、先程までソファーを占領していたはずの彼が、すぐ後ろに立っていて少し驚いてしまう。いつの間に。

「よいしょ」

 ふざけた掛け声と共にしゃがみ込んだ彼は、俺を見上げるようにして視線を合わせてくる。

「なに?」
「ルイス様にお願いがあるんですけど」

 お願い?

 いつものへらへらとした笑みを浮かべたアロンは、「はい。お願いです」と茶化すように繰り返す。

 首を捻る俺であったが、そっと右手をとられて、そちらに意識を向けてしまう。

 そっと。壊れ物でも扱うかのように、慈しむように。

 両手で俺の右手を包み込んだアロンは、すっと真剣な顔で目を細めた。じっと俺の瞳を覗き込んでくるアロンに、ちょっとたじろいでしまう。

 助けを求めようと視線を彷徨わせるが、誰もいない。そういやアロンは、ブルース兄様が不在の時に限ってこういうことをする。

 ロニーとジャンも、朝から長旅の準備を手伝っている。俺はブルース兄様の部屋に居座っているから大丈夫と判断したのだろう。ユリスはタイラーと共に、部屋にこもっている。

 誰も居ないから、仕方がなくアロンの相手をしてやることにする。

「なに?」

 お願いとやらを問いただせば、アロンはそっと目を伏せる。

「帰ってきたら、俺とお付き合いしてくれません?」
「なんで?」
「ルイス様のこと、好きなので」

 ふむふむ。
 正直、アロンの告白は聞き飽きた気もする。こいつのすごいところは、何度振られても、それをなかったことにしてしまうところだ。毎度初めてみたいな感じで告ってくる。

 どうしたものか。

 とりあえず、「嫌」と簡潔にお断りしておくが、「そんな冷たいこと言わないでくださいよ」と眉尻を下げられてしまう。

「じゃあ、俺が生きて帰ってきたら結婚してください」
「どうしてそうなるのか」

 お付き合いが断られたのに、結婚を申し込むなんて。なぜそれでいけると思うのか。普通に考えて無茶だろう。

 まっすぐにこちらを見つめてくるアロンは、珍しく真剣だ。

 それにしても。あれだな。生きて帰ってきたら結婚なんて、とても死亡フラグっぽい。これが漫画とかだったら、多分だけどこいつは死んでしまう。生きて帰ることはないだろう。なんてこった。

「……死なないでね」

 別に国境付近で争いなんかが起こっているわけではない。単に様子を見に行くだけの巡回だから、危険はないとブルース兄様が言っていた。
 それでもちょっと心配になって、ぽんぽんと、しゃがみ込むアロンの肩を叩いておけば、「それってOKってことですか!?」と強めに問い返されてしまった。

 違う。OKではない。おまえが死亡フラグっぽいこと言うから心配しただけだ。

 けれども話を聞かないアロンは、「約束しましたからね!?」とうるさい。約束はしていない。勝手に決めるな。

「そんなことよりさ」
「そんなこと!? 結婚決めたのにそんなこと扱いですか!?」
「アロン、うるさい」

 あと結婚は決めていない。ひとりで勝手に突っ走らないで。

「あのね。猫にもお土産買ってきてね」
「え? よくわかんないから嫌です」
「ひどい」

 なんかこう、あるだろ。猫用のおもちゃとか。この世界にそういうものがあるのかは知らないけど。

 よろしくね、と念押しすれば、アロンはゆっくり立ち上がって俺の頭をわしゃわしゃ撫でてくる。そうして胸ポケットから取り出したなにかを、俺の手のひらに乗せてくる。

「指輪?」
「はい。前にどこかで適当に買ったものですけど。結構気に入ってるんですよね」

 適当に買ったというわりには、しっかりとした作りである。シルバーで細身のシンプルなものだ。

「それ。俺が帰ってくるまで、ルイス様が預かっておいてください」
「アロン」

 だから。なんでそういうフラグっぽい言動をするんだよ。なにおまえ、マジで死ぬのか? やめなさい。
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