冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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12歳

289 期待はしないでおく

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「ロニー! 俺もう元気。お菓子も食べられる」

 たくさん寝て、すっかり体調も良くなった。

 ふんっと勢いよく起き上がる俺に、ロニーが「よかった」とにこにこしている。結局、ブルース兄様がほとんど面倒みてくれた。ロニーとジャンも、交代で俺のお世話をしてくれた。

 薬が効いたのか、熱は割とすぐに下がった。けれども用心のためにと、熱が下がってから一日は大人しく寝ていた。もう暇で仕方がなかった。

 せめて猫を返してとロニーにお願いしたのだが、お断りされてしまった。どうやら俺に猫を見せると、むやみやたらに追いかけまわすと思っているらしい。そんなことないのに。

「病み上がりですから、まだ走ったりしたらダメですよ」
「はーい」

 再び寝込むのは、俺としてもごめんである。ロニーの言葉に、素直に頷いておく。

 そうして元気を取り戻した俺であったが、反対に寝込んでしまった人物がいるらしい。

「どうやらルイス様の風邪がうつったらしくて」

 困ったように眉を寄せるロニーに、息を呑む。ずっと俺の側に居て看病してくれていたブルース兄様か?

「いえ、ブルース様はお元気ですよ」
「そうなの?」

 さすが脳筋。体だけは丈夫らしい。

「じゃあユリス?」

 あいつ、思えば俺の部屋にしょっちゅう顔を出していた。うつっていてもおかしくはない。けれどもこれも否定された。

「いえ、ユリス様もお元気ですよ」

 そうなんだ。じゃあ、誰?

 ぱちぱちと目を瞬く俺に、ロニーが「それが」と言いにくそうに小首を傾げる。

「タイラーが」
「なんでだよ」

 それはマジでなんでだよ。
 確かにタイラーとも顔を合わせたが、ほんのちょっとである。寝込んだ俺の様子を最初に見にきて以来、会っていない。一緒にいた時間は、タイラーが一番短かったと思う。

 そっちにうつるのか、と半眼になる俺。

 大丈夫ですよ、とロニーが笑っているから大丈夫なのだろう。でも俺の風邪がうつったことは間違いないと思うので、あとでお見舞いに行こう。

 タイラーが風邪でお休みということは、ユリスは今ひとりか。ふむ。

「今日はユリスと遊んであげよう」
「それがいいですね」

 ひとりぼっちは可哀想だからな。賛同してくれるロニーは、どうやらタイラー不在のため、俺とユリスの面倒をまとめてみようと考えていたらしい。そうだな。ユリスを放置しておくと、なにをするかわからないからな。

 というわけで。

 ユリスの部屋を訪れた俺だが、当のユリスは迷惑そうにしてくる。なんでだよ。俺が寝込んでいる時には、頻繁に会いに来ていたくせに。やはり、体調不良の俺を眺めて楽しんでいただけなのか。

「ユリスも猫触る?」
「触らない」

 久しぶりに会う白猫エリスちゃんは、もふもふしていた。

「じゃあ外で遊ぶ?」
「遊ばない」

 無愛想にも程がある。

 結局、ユリスは普段通りに読書しているだけである。なので俺は、その横で猫と遊ぶ。どうやらユリスは、俺の猫と仲良くしていたらしい。猫がいじめられていなくて安心した。多分、お世話していたのはタイラーだろうけど。

 猫を撫でて、肉球を触っておく。ロニーに走るなと言われているので、猫と追いかけっこするのはやめておく。ロニーとジャンは、俺が走り出さないかと、時折心配そうな顔を向けてくる。

 そんな時である。

 前触れなくやって来たアロンが、俺を見て「大丈夫だったんですか?」と首を傾げてきた。

 思えば、俺が風邪で寝込んでいると聞いて、みんな様子を見にきてくれた。オーガス兄様に引っ付いて、ニックもきた。けれども、アロンは姿を見せなかったな。

「なんで、お見舞いこなかったの」
「え? うつったら嫌なんで」

 悪びれもなく断言するアロンは、クソ野郎である。半眼になる俺に、「冗談ですよ」とアロンがへらへら笑ってくるが、多分冗談ではないと思う。まぁ、うつって困るのも事実だから別にいいけどさ。現にタイラーは寝込んでいるわけだし。

「俺は仕事あったんで。てか、ブルース様がルイス様の部屋に居座るから。俺、あの人の仕事、全部押しつけられたんですけど」
「本当に?」
「半分? いや、半分以上? は俺が副団長にさらに押しつけましたけど。でも残りは俺がちゃんとやりました」
「セドリック可哀想」

 なんでそんな得意気に胸を張れるのか。アロンの考えは、いまだにわからない。とりあえず、一番被害を被ったのはセドリックということだけはわかった。あとでお詫びに行った方がいいのかな。でもセドリックのことだ。俺が訪れると、俺の相手は面倒くさいという顔をするに決まっている。

「で? なんの用」
「別に。ルイス様の顔見に来ただけですよ」
「そういうのいいから」
「酷い」

 顔を覆って泣き真似のような動作をして見せるアロンを、ユリスが冷ややかな目で見ている。再び「冗談です」と口にしたアロンは、俺とユリスを見比べてから「俺がいなくても大丈夫ですか?」と意味不明の問いかけをしてきた。

「どういうこと?」
「いや。ちょっと仕事が入って。俺ら、しばらく留守にするけど大丈夫ですか?」

 俺ら? 誰?

 要領を得ない説明をしてくるアロンは、「ですから」と腕を組む。

 なんでも、ヴィアン家騎士団に仕事が入ったらしい。普段は屋敷の警備や兄様たちの護衛が主な仕事の私営騎士団ではあるのだが、今回は特例で外に出るのだとか。

 エリックの結婚により、国境近くが少し騒ついているらしく、実際に足を運んで確認する必要が出てきた。本来であれば、王立騎士団が対処に向かう件なのだが、あちらはあちらで忙しいらしく、到底人手が足りないらしい。

「ということで、やっぱりうちにまわってきたんで。ちょっと国境付近の巡回に行ってきます」

 どうやら巡回の話は、前々からヴィアン家にきていたらしい。そういえば、王宮から帰ってきた時に、クレイグ団長も国境の巡回がどうのと言っていた。ブルース兄様と、団長辞めると揉めていた時のことである。

「ふーん」

 アロンによると、クレイグ団長とブルース兄様が中心となって巡回に行くらしい。その間、屋敷が手薄になるのでよろしくという話らしい。俺に言われても困るんだが。

「どれくらいで帰ってくるの」
「数ヶ月で戻ります」
「なが」

 数ヶ月ってなに。めっちゃ長い。

「……え、その間。ブルース兄様もいないの?」
「そうですよ。俺と団長も居ないんで。屋敷のことは副団長に一任です」
「セドリックに?」

 それは果たして大丈夫なのか?

「ロニーとタイラーは?」
「私とタイラーは残りますよ」

 にこっと笑うロニーに、ホッと胸を撫で下ろす。どうやらニックも残るらしい。オーガス兄様が居るからな。じゃあ大丈夫なのだろうか?

 正直、この屋敷はブルース兄様を中心にまわっている。なんか事件が起こっても、オーガス兄様は頼りにならない。お母様も、呑気に笑うだけで頼りにならない。お父様に至っては、よくわからない。

 なにかあると、だいたいみんなブルース兄様に報告へ行く。そうして兄様はそれを概ね解決してくれる。だから家でなにかあっても、それがお父様のところまで行くことは、ほとんどないのだ。

 そのブルース兄様が不在となれば、ちょっと大変かもしれない。おまけにクレイグ団長もいない。

 しかし、こうやってアロンが報告してくるということは、既に決定した話なのだろう。俺が口を挟んだところで、どうにもならない。

「アロン。お土産よろしくね」
「僕の分も頼んだぞ」

 すかさず口を挟んでくるユリスは、国境近くに行くのであれば他国の珍しい魔法関連の物を持ってこいと具体的に指示を出している。それを「はいはい」と聞き流すアロンは、たぶんダメだ。

「ルイス様は、お菓子でいいですか?」
「うん」

 アロンの問いかけに、頷いておく。以前もアロンにお土産頼んだことあるが、こいつは手ぶらで帰ってきた。あんまり期待はしないでおこう。
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