上 下
263 / 586
11歳

251 俺が行く

しおりを挟む
「ブルース。これ、どうすればいいと思う?」

 なぜかブルース兄様にどうにかさせようとするオーガス兄様は、書類からそっと距離を取る。

 露骨に嫌そうな顔をしたブルース兄様は、隠しもしないため息をつく。これまでオーガス兄様のことを敬っていたはずなのに、最近ではちょっと扱い方が雑になりつつある。色々と諦めたのかな。

「どうって。普通に届けさせますよ。それしかないでしょうよ」
「そうだよね」

 へへっと笑うオーガス兄様は、気まずそうに視線を逸らしている。そんな兄様を、ニックが「しっかりしてくださいよ」と、半眼で見つめている。どうもうちの長男は頼りない。

 どうやらティアンのもとに、その書類をお届けしなければならないらしい。事情を把握した俺は、すっと手をあげる。

「俺がお届けに行ってくる!」
「え……?」

 さっと顔色を悪くしたオーガス兄様は、「いやいや。そこまでしなくても」と頬を引き攣らせる。ブルース兄様も、「やめろ。おまえに任せるとろくなことにならん」と酷いことを口にする。

「大丈夫。俺もう十一歳」
「いやいや」

 いやいやってなに? 俺は十一歳ですが? 先日、ブルース兄様も一緒に誕生日パーティーしただろうが。忘れたとは言わせないぞ。

「大丈夫! 任せて!」
「いやちょっと」

 微妙な顔をする兄様ふたりは、困ったように佇んでいる。「あ、美味しいお菓子あるけど食べる?」と、オーガス兄様なんかは明らかに話を逸らそうとしてくる。

 お菓子もいると主張して、右手を差し出しておく。最近、オーガス兄様はお菓子をストックしている。部屋に隠していること、俺は知っているんだぞ。

 ティアンのところにも行けると説得する。だが、兄たちは反対らしい。ちょっと遠いとか、わざわざおまえが行かなくてもとか、色々と理由をつけては俺のやる気を折ろうとしてくる。だが、俺も負けるわけには行かない。

「ティアンに会いたいもん」
「それは」

 正直にどうしても行きたい理由を伝えてみれば、オーガス兄様が言葉を詰まらせる。「うーん?」と小さく唸る兄様は、迷っているようであった。

「ティアンに会いに行く! 行きたい!」

 畳み掛ければ、オーガス兄様が「そうだねぇ」とちょっとだけ理解を示してくれる。

 パッと表情を輝かせて、ブルース兄様の様子をわくわくと窺う。腕を組んで、口を真一文字に結んだ兄様は、判断をオーガス兄様に任せるつもりらしい。

「えー、それは大丈夫なんですか?」
「ニックも一緒に行くか?」
「嫌ですよ。俺はオーガス様につくのが仕事なので。ルイス様の面倒とかみていられません」

 なぜか不安をあらわにするニックは、けれども同行は拒否してくる。ロニーを振り返ると、小さく苦笑していた。積極的に口出しはしないつもりらしい。

 なんとなく、判断がオーガス兄様に任されたような空気になる。察したオーガス兄様が「えぇ?」と、ブルース兄様に縋るような目を向けているが、冷たい次男はつんとそっぽを向いている。次に、オーガス兄様が助けを求めたのは、ニックであった。

 優秀な護衛騎士は、一瞬だけ目を見張ったものの、すぐに取り繕うと「遠出となれば、人手も必要でしょう」と、なんだかネガティブなことを言い始める。

 どうやらニックとしては、俺の遠出に反対らしい。なんでだよ。

「ティアンに会いたい。なんかティアンがいないと、ちょっと寂しい」

 ここぞとばかりに悲しいアピールをするが、ニックは知らんふりを貫いている。なんて冷たい奴。

「オーガス兄様」

 じっと長男の顔を見つめれば、「う、うーん」と、迷うような唸り声が聞こえてくる。

「ティアンとは仲良かったもんね」
「うん。ユリスは俺と全然遊んでくれないからつまんない。あとデニスも俺と遊んでくれない」

 デニスは、俺に対して基本的に塩対応だ。対して、ユリスにはしょっちゅうベタベタしている。声音からして違うもん。

「ちゃんと届けて、ちょっとティアンと遊んでくる」

 天井を見上げたオーガス兄様は、「そうだなぁ」と腕を組む。

「まぁ、ティアンに会いに行くのは、別に悪いことではないよね」
「うん!」
「ちょっと兄上」

 なにやらブルース兄様が苦い声を発するが、もう決定である。オーガス兄様に任せるポーズをしていたものの、内心では反対派だったらしい。

 やったぁと両手をあげて喜ぶと、ブルース兄様が口を閉ざす。代わりに、オーガス兄様が「アロンを連れていけば大丈夫じゃない?」と、のんびり口にする。

「それは。まぁ、あそこはミュンスト伯爵家の領地ですから。顔は利くでしょうけど」

 低い声を出すブルース兄様は、アロンの同行について迷っているらしい。アロンは騎士ではあるが、なんというかトラブルメーカーでもある。性格もクソだしな。
 正直、俺としてもあまり連れて行きたくはない。変なトラブルに巻き込まれそうである。しかしこの状況で文句も言っていられない。せっかくのお出かけが消滅するのは嫌だ。

「ちゃんとアロンの言うこときくからぁ、いいでしょう?」
「いや。あいつの言うことに従うとろくなことにならないと思うが」

 逡巡するように目を閉じたブルース兄様であったが、やがて諦めたように深く深くため息を吐く。

「……余計なトラブルは起こすんじゃないぞ?」
「わかった!」

 さすがブルース兄様。マジでありがとう。今度こそお土産買ってくるから安心して欲しい。
しおりを挟む
感想 424

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...