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228 新しい日常

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「新しい猫が欲しい」
「知らん」
「新しい! 猫が! 欲しいぃ!」
「うるさい!」

 大声出せば全部どうにかなると思うなよ、とこちらを睨み付けてくるブルース兄様は冷たい。

 あの大騒動から一週間程が経過した。

 マーティーは疲れた顔をして帰って行った。彼とガブリエルに対して、今回の件はこちらからエリックに説明するから当面の間は黙っておけと、ブルース兄様が執拗に口止めしていたことを、俺は知っている。エリックがこの件を知ると、屋敷に乗り込んできそうだからな。口止め大事。

 俺のペットだった黒猫ユリスが、人間になった。結果、俺は猫を失った。というわけで、新しい猫が欲しいとごねているのだが、ブルース兄様はまともに取り合ってくれない。

「自分で探してこい」
「もう探した」

 結構な頻度で探しに出ているのだが、見つけられない。白い猫を目標にしていたが、あまりにも見つからないので、色はなんでもいいと妥協した。それでも見つからない。本物ユリスに訊いても「くだらない」と一蹴されるだけで、猫がいそうな場所を教えてくれない。八方塞がりであった。

 困った俺は、ブルース兄様に相談することにした。

「どうにかして」
「どうにもならない。諦めろ」

 恐ろしく冷たい兄様は、それきり手元の書類にかかりっきりとなってしまう。これはいけない。

「ねぇ、猫は?」
「だからしつこい。部屋に戻れ」

 そうしたいのは山々だが、俺にも事情というものがある。

「ユリスが部屋に入れてくれない」
「あのアホが」

 これが、俺の一番深刻な悩みだろう。

 ユリスは静かに過ごしたいタイプらしく、俺とはとことん気が合わない。黒猫時代から、変に引きこもり気質だなと思っていたのだが、どうやら人間に戻ってそれが悪化したらしい。外に遊びに行こうと誘ってもまったく応じてくれない。猫時代ならば無理矢理抱えて連れて行けたのだが、今はそうもいかない。それどころか、読書の邪魔だと俺を部屋から追い出す始末である。

 今日も部屋から閉め出されてしまった。ご丁寧に鍵までかける徹底ぶりである。酷すぎる。そこは一応、俺の部屋でもあるのだが?

 ユリスはここ最近、例の魔導書に熱心である。また変な術が成功しても危ないからと、一度オーガス兄様が回収しようと試みたが、ユリスに睨まれてあっさりと諦めていた。さすがオーガス兄様である。

 ブルース兄様にも屈しないユリスは、強かった。というわけで、あの魔導書は今もユリスが所持している。あいつの変なコレクションが増えた。

 現在、屋敷の中は非常にごちゃごちゃ感がある。

 俺が増えたことで、色々と見直さなければならないことが多いそうだ。まずは部屋。これは早急にどうにかして欲しい。そして従者と護衛騎士をどうするかという問題もある。

 とにかく、やらなければならない事がたくさんなのだ。

「じゃあ、猫探しに行くぞ。ジャン」

 俺についてきていたジャンを振り返れば、彼はわかりやすく肩を揺らした。どうやら早くも疲れているらしい。けれども文句は言わない。

 タイラーは、部屋に残ってユリスの面倒を見ている。正直、部屋に引きこもっているだけのユリスにジャンがついて、庭を走り回る俺に騎士であるタイラーがつく方が正しいのだろう。だが、ジャンはユリス相手にすごくビビっている。たとえ走り回らされるとしても、俺を相手にする方がまだ気楽にできるらしいので、こうなっている。ちなみに、俺が大人しくしておくという選択肢はない。

 ブルース兄様の部屋を後にして、庭に出る。

 まだまだ寒さの残る庭は、なんだか寂しい装いである。

 とりあえず噴水を観察してから、ひたすら庭を歩き回る。猫を探すには地道な努力が必要である。そうして地面ばかりを見て歩いていたものだから、前方からやって来る人影に気がつくのが遅れてしまった。

「ユリス様、じゃなくて。えっと、なんとお呼びするべきですかね?」

 困ったように苦笑する長髪男子くんを目にした瞬間、俺のテンションが爆上がりする。

「ロニー!」
「はい、お久しぶりです」

 とりあえず全力でお名前を呼んでおく。律儀に返事をしてくれたロニーは、今日もとても素敵だった。

「ルイって呼べばいいと思うよ」
「ルイ様、ですか?」
「うんうん」

 よくわからんが、最近になってオーガス兄様が俺のことをルイスと呼び始めた。それに便乗して、ブルース兄様もルイ呼びしてくる。お母様はまだちょっとだけエリスちゃんで粘るつもりらしい。こちらについては早々に諦めていただきたい。

 どうやらお母様は、子供の名前の最後は「ス」で統一すると決めているらしい。言われてみれば、そうなっている。今まで気が付かなかった。

 最後までオーガス兄様と揉めていたアロンも、ルイスと呼んでくるので、多分そういうことで決着がついたのだろう。よくわからないが。

「ロニー、一緒に遊ぶか?」
「申し訳ありません。仕事がありますので」

 言葉通り、眉尻を下げるロニー。そうか、お仕事あるなら仕方ないか。

「新しい猫をね、探してるの。見つけたら教えて」
「あぁ、猫ちゃんを」

 わかりました、と快く答えてくれるロニーは優しい。「猫とかいります?」と冷たい対応してくるアロンとは大違いだ。

 仕事に戻るロニーを見送って、俺は再びジャンと猫探しに専念した。
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