冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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190 面倒な信者とは

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 おやつをいそいそと用意する俺を、黒猫ユリスがじっと見つめてくる。

『おまえはなにをしに行くんだ』
「ピクニック」

 なんでそんな決まりきったことを訊くんだ。ジャンに用意してもらった肩掛けバッグにおやつを詰め込む。ちなみにおやつは厨房の戸棚からとってきた。タイラーがそんなにたくさんいらないでしょ、とかなんとか口出ししてきて大変だった。

「じゃあ僕はもう帰りますね」

 そう言って立ち上がるティアンも、明日が楽しみらしい。「おやつ持ってこいよ」と声をかければ、「なにしに行くんですか」と呆れ声が返ってきた。だからピクニックだって言ってんだろうが。

 そうしてティアンが帰宅すると、途端に部屋が静かになる。ジャンはいつも無言だし、黒猫ユリスも基本的には床に丸まっているだけだ。
 唯一タイラーは喋るが、たらたらと文句を垂れるばかりでずっと眉を寄せている。あまり会話して楽しい相手ではない。

 もはやタイラーを解任するのは諦めた。本物ユリスは役に立たないし。それにタイラーは口煩いが、基本的にはいい人だ。なんだかんだ言って付き合ってくれるし。セドリックは無口でおまけに無表情だった。あまり俺と会話してくれないし、たまに存在を忘れそうになるくらいには静かだった。俺の話し相手になってくれるタイラーは、もはや貴重な存在である。

「……そういや最近、セドリックに会ってないね」
「そうですね。俺はちょいちょい会いますけどね」

 謎のアピールをしてきたタイラーは、「副団長もお忙しいみたいで」と曖昧に応じる。

 副団長が不在の間に、色々と仕事が溜まっていたらしい。クレイグ団長が暇な時に片付けると言っていたが、彼も忙しい身である。ほとんど進まなかったようだ。

 というわけでセドリックは仕事に追われて、最近めっきりと俺の前に姿を見せなくなった。彼が俺の護衛騎士をやっていた時には、俺のお隣の部屋だったのだが、今現在そこはタイラーの部屋となっている。だからマジで最近セドリックの顔を見ていない。

「……アロンがさ」
「その名前が出た時点で嫌な予感しかしませんよね」

 失礼なことを言ってのけるタイラーは、俺がバッグに詰めたお菓子を「こんなにいらないでしょ」と文句を言いながら取り出し始める。なにをするんだ。タイラーが取り出すそばから、詰め直してやる。こうなったら根比べだ。

「ニックは、セドリックの面倒な信者だって言ってたけど本当?」
「あぁ」

 納得したように唸ったタイラーは、「そうなんじゃないですか?」と肯定する。マジで? アロンが勝手に言ってるんじゃなかったんか。

「どこら辺が信者なの?」
「なんといいますか、盲信しているとでも言えばいいんですかね? 基本的に副団長の言うことなすこと間髪いれずに全肯定してますよ」
「全肯定ニックってことか」

 なにそれ。ちょっと見てみたい。

 ニックは基本的に発言が後ろ向きだ。俺が何か言っても「そんなわけないでしょ」「嫌ですよ」「なんで俺が」的なネガティブ発言を連発してくる。

 そんな彼が全肯定。かなり見てみたい。

 しかしそれだとただの信者では? 面倒とは一体?

「あぁ、それは。なんかこう、セドリック殿を尊敬するあまり、彼が副団長から解任された件でちょっとこじれたそうですよ?」

 俺もよくは知りませんが、と言い添えるタイラー。そういやタイラーは新人だったな。騎士団の中でも若手だという。

 そんなタイラーいわく、オーガス兄様のあの一件でセドリックが解任された際、当のセドリックがたいした抗議もせずにすんなり受け入れたことがニックとしては許せなかったらしい。これまで全肯定ニックだったのに、急に全否定ニックに方向転換したのだとか。

「そこからはまぁ、ニック殿が一方的に距離を置く感じで」

 面倒くさい人でしょ? と同意を求めてくるタイラーに、頷いておく。確かに面倒くさい。

「そんなニック殿をアロン殿が全力で揶揄いに行くんで。こっちはもうヒヤヒヤですよ」
「アロンはそういう人だよね」

 副団長から解任されたセドリックのことも全力でいじりに行っていたしな。

 しかし現在、セドリックは晴れて副団長に戻っている。てことは再び全肯定ニックに戻ったのだろうか。タイラーに訊いても、「さぁ? どうなんでしょうね」と首を捻ってしまう。どうやらあまり詳しくは知らないらしい。

「ふーん。セドリックもそんな面倒な奴に絡まれて大変だな」

 思えば、ニックは初め俺に対する態度もちょっとアレな感じだった。表面上は穏やかだったのだが、ものすごい敵対心を感じた。腹黒っぽい雰囲気を察知したのを覚えている。頑なにオーガス兄様に会わせてくれなかったし。

「セドリックに伝えておいて。頑張ってって」
「はい。今度会った時にお伝えしておきますね」

 くすりと笑ったタイラーは、しっかりと頷いてくれた。
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