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191 早起き
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パチリと目が覚めた。
そういえば、今日は湖にピクニックへ行く日である。ガバリと勢いよく体を起こす。わくわくが抑えきれずに、ベッドから飛び出した。カーテンを開けて薄暗い部屋に光を取り入れようとするが、なんだか外が薄暗い。普段はジャンが開けてくれるので、何気に俺がカーテンに触るのは珍しかったりする。
『眠い……』
「起きろ! 猫!」
もそもそと布団の中に潜って行こうとする黒猫を引っ張り出す。
『やめろ。まだ眠い』
言葉通り眠そうな声でむにゃむにゃ言っている黒猫を抱き上げて、部屋を飛び出す。
しんと静まり返った屋敷内は、ひんやりとした空気に満ちている。
『さむ。今何時だ』
「知らない」
なんにも確認せずに廊下へと飛び出してきた。そういやジャンが部屋に居なかった。てことはまだ起きる時間ではない。でももう起きちゃったしな。べつにいいか。
寒いとうるさい黒猫ユリスを抱えたまま、俺は二階へと駆け上がる。しんとした朝独特の空気に支配された屋敷内は、なんだか見慣れない場所のように感じる。例えるならば遠足前のわくわく感だ。
テンションのままに黒猫を振り回せば、『やめろ馬鹿』と暴言が吐き出された。なんて嫌な猫だ。
「ブルース兄様! 起きてる⁉︎」
本日はブルース兄様の部屋に集合する約束である。兄様の部屋に突入しようとドアノブに手をかけたのだが、なんと鍵がかかっている。不在なのか、寝ているのか。よくわからんからガチャガチャとノブを動かせば、やがて室内から「なんの用だ」と低い声が飛んできた。なんだ、居るじゃん。
「開けて!」
ドンドンとノックをすれば、なぜか隣の部屋がガチャリと開いた。
「……はやいですね、ユリス様」
大きく欠伸をしたアロンが、眠そうな顔を出してきた。珍しく髪が跳ねている。身だしなみにだけは気を使うアロンにしては貴重な姿だ。じっと跳ねた髪を凝視していれば、それを察したアロンが乱雑に髪を撫で付ける。だがまったく直っていない。ぴょこんと再び飛び出している。
「まさか寝てたの?」
なんで? と訊ねれば、アロンが器用に片眉を持ち上げる。
「ユリス様。まだ起きるには早過ぎますよ」
「そうなの?」
なんか屋敷が静かだなとは思っていた。『おまえは馬鹿なのか?』と俺を睨み付けてくる黒猫をぎゅっと抱き締める。
『やめろ、苦しい』
「じゃあオーガス兄様も起こしてこよう」
「あれ? 俺の話聞こえてましたか?」
まだ早いですよ、と再び欠伸をするアロンは、なんだか眠そうだった。ちらりとブルース兄様の部屋に視線を遣るが、兄様が出てくる気配はない。どうやら俺の声が聞こえて一度起きてきたはいいが、アロンが対応するのを察して引っ込んだらしい。
開く気配のないブルース兄様の部屋に背を向ける。そうしてなんだかラフな格好のアロンを見上げる。次に、半開きになっているドアの隙間に視線を移す。
「……アロン」
「なんですか」
眠そうなアロンは、隙だらけであった。俺の意図を察した黒猫ユリスが『いいぞ! 行け行け』と背中を押してくる。
ひとつ頷いて、意を決した。
「お邪魔しまーす」
「あ、ちょっと」
隙だらけのアロンの傍を通り抜けて、室内に侵入する。ブルース兄様やオーガス兄様の部屋には何度もお邪魔しているが、アロンの部屋は初めてだ。
タイラーや兄様たちが、使用人や騎士たちの私室には立ち入るな、とうるさいのだ。だからジャンの部屋にも入ったことがない。
興味津々に駆け込んだ部屋は、なんだか結構散らかっていた。うーん、クソ野郎の部屋っぽい。
「ダメですよ」
口ではそう言いつつも、アロンが俺を追い出す気配はない。やる気なさそうに頭を掻いている。
俺の部屋より狭い。
テーブルの上には酒を飲んだと思わしき痕跡がある。グラスや酒瓶が放置されている。また椅子には上着が放ってある。かけないのか? シワになるぞ。
なんというか独身男性のひとり暮らしっぽい部屋である。見た目だけは爽やかお兄さんのくせに、やっぱり中身はだらしない。しかもそれを隠そうともしない。むしろ開き直っている。
しばらく物珍し気に室内を眺めてみる。黒猫ユリスも興味津々といった感じでうろうろしている。
『なんというか。想像通りで面白味のない部屋だな』
同意である。
「……二度寝します?」
顎に手をやったアロンが、そんなことを訊いてくる。
『いいぞ。僕も眠い』
なぜか返事をした黒猫ユリス。おまえがお答えしても意味ないだろ。しかしすっかり目が冴えてしまった俺はまったく眠くない。
ふるふると首を横に振れば、「でもまだ明け方ですよ」と衝撃の答えがあった。
「あと二時間は寝れますね」
ふわっと欠伸をするアロンは、続きの部屋へと引っ込んでいく。めっちゃ早起きしてしまった。楽しみ過ぎて。
「ユリス様?」
アロンが俺を呼んでくる。それになぜか素早く反応した黒猫ユリスが、続き部屋へと走っていく。いやあいつもユリスだけどさ。後を追えば、そこは寝室だった。
「寒いから布団に入りましょうよ」
言われるがままに、ベッドに上がる。ちょっと小さめのベッドではあるが、俺は小柄である。十分ふたりでも寝転がれる。
俺を壁際へと追いやったアロンは、当然のような顔で己も潜り込んでくる。その後に黒猫ユリスも続く。誰かと添い寝なんて久しぶり、と考えてふと思い出す。そういやティアンと一緒に寝たことあるな。じゃあ別に久しぶりでもないや。
おやすみなさーい、と軽く言い放ったアロンは、目を閉じてしまう。黒猫ユリスもベッドに潜り込んで出てこない。話し相手を失った俺は、すぐ横にあるアロンの寝顔を凝視する。
こいつ、黙っていれば顔だけはいいよな、本当に。
そういえば、今日は湖にピクニックへ行く日である。ガバリと勢いよく体を起こす。わくわくが抑えきれずに、ベッドから飛び出した。カーテンを開けて薄暗い部屋に光を取り入れようとするが、なんだか外が薄暗い。普段はジャンが開けてくれるので、何気に俺がカーテンに触るのは珍しかったりする。
『眠い……』
「起きろ! 猫!」
もそもそと布団の中に潜って行こうとする黒猫を引っ張り出す。
『やめろ。まだ眠い』
言葉通り眠そうな声でむにゃむにゃ言っている黒猫を抱き上げて、部屋を飛び出す。
しんと静まり返った屋敷内は、ひんやりとした空気に満ちている。
『さむ。今何時だ』
「知らない」
なんにも確認せずに廊下へと飛び出してきた。そういやジャンが部屋に居なかった。てことはまだ起きる時間ではない。でももう起きちゃったしな。べつにいいか。
寒いとうるさい黒猫ユリスを抱えたまま、俺は二階へと駆け上がる。しんとした朝独特の空気に支配された屋敷内は、なんだか見慣れない場所のように感じる。例えるならば遠足前のわくわく感だ。
テンションのままに黒猫を振り回せば、『やめろ馬鹿』と暴言が吐き出された。なんて嫌な猫だ。
「ブルース兄様! 起きてる⁉︎」
本日はブルース兄様の部屋に集合する約束である。兄様の部屋に突入しようとドアノブに手をかけたのだが、なんと鍵がかかっている。不在なのか、寝ているのか。よくわからんからガチャガチャとノブを動かせば、やがて室内から「なんの用だ」と低い声が飛んできた。なんだ、居るじゃん。
「開けて!」
ドンドンとノックをすれば、なぜか隣の部屋がガチャリと開いた。
「……はやいですね、ユリス様」
大きく欠伸をしたアロンが、眠そうな顔を出してきた。珍しく髪が跳ねている。身だしなみにだけは気を使うアロンにしては貴重な姿だ。じっと跳ねた髪を凝視していれば、それを察したアロンが乱雑に髪を撫で付ける。だがまったく直っていない。ぴょこんと再び飛び出している。
「まさか寝てたの?」
なんで? と訊ねれば、アロンが器用に片眉を持ち上げる。
「ユリス様。まだ起きるには早過ぎますよ」
「そうなの?」
なんか屋敷が静かだなとは思っていた。『おまえは馬鹿なのか?』と俺を睨み付けてくる黒猫をぎゅっと抱き締める。
『やめろ、苦しい』
「じゃあオーガス兄様も起こしてこよう」
「あれ? 俺の話聞こえてましたか?」
まだ早いですよ、と再び欠伸をするアロンは、なんだか眠そうだった。ちらりとブルース兄様の部屋に視線を遣るが、兄様が出てくる気配はない。どうやら俺の声が聞こえて一度起きてきたはいいが、アロンが対応するのを察して引っ込んだらしい。
開く気配のないブルース兄様の部屋に背を向ける。そうしてなんだかラフな格好のアロンを見上げる。次に、半開きになっているドアの隙間に視線を移す。
「……アロン」
「なんですか」
眠そうなアロンは、隙だらけであった。俺の意図を察した黒猫ユリスが『いいぞ! 行け行け』と背中を押してくる。
ひとつ頷いて、意を決した。
「お邪魔しまーす」
「あ、ちょっと」
隙だらけのアロンの傍を通り抜けて、室内に侵入する。ブルース兄様やオーガス兄様の部屋には何度もお邪魔しているが、アロンの部屋は初めてだ。
タイラーや兄様たちが、使用人や騎士たちの私室には立ち入るな、とうるさいのだ。だからジャンの部屋にも入ったことがない。
興味津々に駆け込んだ部屋は、なんだか結構散らかっていた。うーん、クソ野郎の部屋っぽい。
「ダメですよ」
口ではそう言いつつも、アロンが俺を追い出す気配はない。やる気なさそうに頭を掻いている。
俺の部屋より狭い。
テーブルの上には酒を飲んだと思わしき痕跡がある。グラスや酒瓶が放置されている。また椅子には上着が放ってある。かけないのか? シワになるぞ。
なんというか独身男性のひとり暮らしっぽい部屋である。見た目だけは爽やかお兄さんのくせに、やっぱり中身はだらしない。しかもそれを隠そうともしない。むしろ開き直っている。
しばらく物珍し気に室内を眺めてみる。黒猫ユリスも興味津々といった感じでうろうろしている。
『なんというか。想像通りで面白味のない部屋だな』
同意である。
「……二度寝します?」
顎に手をやったアロンが、そんなことを訊いてくる。
『いいぞ。僕も眠い』
なぜか返事をした黒猫ユリス。おまえがお答えしても意味ないだろ。しかしすっかり目が冴えてしまった俺はまったく眠くない。
ふるふると首を横に振れば、「でもまだ明け方ですよ」と衝撃の答えがあった。
「あと二時間は寝れますね」
ふわっと欠伸をするアロンは、続きの部屋へと引っ込んでいく。めっちゃ早起きしてしまった。楽しみ過ぎて。
「ユリス様?」
アロンが俺を呼んでくる。それになぜか素早く反応した黒猫ユリスが、続き部屋へと走っていく。いやあいつもユリスだけどさ。後を追えば、そこは寝室だった。
「寒いから布団に入りましょうよ」
言われるがままに、ベッドに上がる。ちょっと小さめのベッドではあるが、俺は小柄である。十分ふたりでも寝転がれる。
俺を壁際へと追いやったアロンは、当然のような顔で己も潜り込んでくる。その後に黒猫ユリスも続く。誰かと添い寝なんて久しぶり、と考えてふと思い出す。そういやティアンと一緒に寝たことあるな。じゃあ別に久しぶりでもないや。
おやすみなさーい、と軽く言い放ったアロンは、目を閉じてしまう。黒猫ユリスもベッドに潜り込んで出てこない。話し相手を失った俺は、すぐ横にあるアロンの寝顔を凝視する。
こいつ、黙っていれば顔だけはいいよな、本当に。
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