197 / 656
186 湖があるらしい
しおりを挟む
「ところで、あの魔導書みたいなやつだけどさ。僕も読みたいからそろそろ貸してくれない?」
「……燃やした」
「は? はぁ!?」
急に大声を上げたオーガス兄様は、勢いよく立ち上がる。先程までみっともないと言われて落ち込んでいたのに、切り替えが早いな。
「な、なんで? 読み終わったら僕にも貸してくれるって約束だったよね? てか普通は読み終わっても燃やさないだろ。どういう神経してんだよ」
怖い、と呟くオーガス兄様は絶望していた。だが仕方がない。魔導書が見当たらないのは事実だし、本物ユリスが燃やしたと主張している。であれば俺としてもそれをそのままお伝えするだけだ。
どんまい、と執務机に突っ伏すオーガス兄様の頭をぽんぽん叩けば、タイラーが「ダメですよ」とティアンみたいなことを言い始める。
「なんすか、その魔導書って」
「ニックは知らないの?」
再度「知りません」、と否定するニックは、どうやら本当に魔導書の件を知らないらしい。正直に言えば俺もよく知らない。オーガス兄様がそういうものがあると言っているのを聞いただけで現物にお目にかかったことはない。
いまだに突っ伏すオーガス兄様の頭をペシッと勢いつけて叩けば、「やめて」と力ない声が返ってくる。
「その魔導書ってどこにあったの?」
「えぇ? 君、僕と一緒に取りに行っただろ。もう忘れたの?」
「うん。忘れた」
オーガス兄様は色々抜けているところがあるから、適当にうんうん頷いておけば会話が成立する。だから忘れた忘れたとうんうん頷いておけば、案の定、オーガス兄様はひくりと頬を引き攣らせた。
「あんだけ揉めたのに。もうなかったことにされている。いくらなんでも酷すぎる」
「どんまい、兄様」
「君のことだよ?」
はよ魔導書について教えろとせっつけば、オーガス兄様は「うーん」となぜかニックに視線を向ける。釣られて俺もそちらを向いた。
「……ニック」
「なんですか」
「えっと、そうだな。えー、なんかあの、あの仕事をやって来てくれないかな」
「あの仕事とは?」
「あの、ほら。なんかこういい感じの。えー、なんかうん」
びっくりするくらい口下手なオーガス兄様は、どうやらニックを部屋から追い出したいらしい。ニックには魔導書の件を教えていなかったみたいだし、どうやら彼に知られるとまずい類の話のようだ。にしても追い出し方が下手くそだ。
ニックも俺と同じ結論に至ったようで、呆れた表情をしている。「もうちょっと上手い嘘つけないんですか?」とまで言っている。全面的に、彼に同意である。
しかしニックはできた騎士である。主人の望みには概ね乗っかるタイプの騎士である。「なんか余計なことしましたね?」と口では言いつつも、タイラーとジャンを連れて廊下に出てくれる。さすがオーガス兄様の側近騎士をやっているだけある。あの下手くそな誤魔化しで誤魔化されてくれるなんて。いい人。
ふたりきりになった室内にて。
オーガス兄様が開口一番、「なんでニックの前でその話するのさ!」となんだか悲痛な叫びをあげた。だが先に魔導書の話を出してきたのはオーガス兄様だ。俺じゃない。
「入手経路はダメだって! 君も知ってるだろ」
「うんうん」
知らんが、とりあえず勢いよく頷いておく。
だが魔導書について、存在自体はニックに知られても構わないが、入手経路だけは知られたくはないらしい。兄様はずっと魔導書について買ったとは言わず、とってきたと表現していた。一体どんな手で入手したのか。犯罪行為的なものが一瞬だけちらりと脳裏をよぎるが、やったのはこの頼りない兄様である。多分しょぼい理由だと思う。
「で? どこでとってきたの」
「裏の森にある湖だろ。君が僕を潜らせたんじゃないか。忘れたとは言わせないぞ」
「湖」
泥棒じゃなかった。拾い物ってことか?
要するに、騎士棟裏にある広大な森。あそこには湖があるらしい。そしてそこに落ちていた魔導書を、オーガス兄様が潜って取りに行ったということらしい。ふーん。
それにしても巨大湖か。
行きたい。絶対見たい。オーガス兄様が潜れるくらいなら、泳ぐのにバッチリな広さだと思われる。
「その湖どこにあるの」
「森の奥でしょ。一緒に行ったじゃん」
だが湖で拾っただけならニックに隠す必要はない。オーガス兄様はなぜ頑なに隠しているのか。よくわからないまま「俺も行ってくる。湖。ティアンもお誘いする」と言えば、オーガス兄様が「ダメだよ」と反対してきた。
俺のお遊びに口出しするとは何事だ。もしかして兄様も仲間に入れろということか。考えてやらなくもないぞ。
「あの森は入っちゃダメって言われてるだろ。前回だって、騎士たちの目を盗んでふたりでこっそり行ったじゃん。もう忘れたの?」
「ほう」
そういえばアロンに言われたことがあったな。騎士棟裏の森は広過ぎて手入れが行き届いていないから入ったらダメだと。まさかそんな困難があるなんて。てことは湖とやらに行くためには、タイラーたちを撒かなければならないわけで。仮に撒けたとしても俺は湖の場所を知らない。話を聞く限り、相当広い森みたいだし、下手に踏み入れば遭難しそうである。
「じゃあ行けないじゃん、湖」
「そうだよ。諦めなよ」
諦めたくはない。だがオーガス兄様は協力してくれそうにない。なんてこった。
「……燃やした」
「は? はぁ!?」
急に大声を上げたオーガス兄様は、勢いよく立ち上がる。先程までみっともないと言われて落ち込んでいたのに、切り替えが早いな。
「な、なんで? 読み終わったら僕にも貸してくれるって約束だったよね? てか普通は読み終わっても燃やさないだろ。どういう神経してんだよ」
怖い、と呟くオーガス兄様は絶望していた。だが仕方がない。魔導書が見当たらないのは事実だし、本物ユリスが燃やしたと主張している。であれば俺としてもそれをそのままお伝えするだけだ。
どんまい、と執務机に突っ伏すオーガス兄様の頭をぽんぽん叩けば、タイラーが「ダメですよ」とティアンみたいなことを言い始める。
「なんすか、その魔導書って」
「ニックは知らないの?」
再度「知りません」、と否定するニックは、どうやら本当に魔導書の件を知らないらしい。正直に言えば俺もよく知らない。オーガス兄様がそういうものがあると言っているのを聞いただけで現物にお目にかかったことはない。
いまだに突っ伏すオーガス兄様の頭をペシッと勢いつけて叩けば、「やめて」と力ない声が返ってくる。
「その魔導書ってどこにあったの?」
「えぇ? 君、僕と一緒に取りに行っただろ。もう忘れたの?」
「うん。忘れた」
オーガス兄様は色々抜けているところがあるから、適当にうんうん頷いておけば会話が成立する。だから忘れた忘れたとうんうん頷いておけば、案の定、オーガス兄様はひくりと頬を引き攣らせた。
「あんだけ揉めたのに。もうなかったことにされている。いくらなんでも酷すぎる」
「どんまい、兄様」
「君のことだよ?」
はよ魔導書について教えろとせっつけば、オーガス兄様は「うーん」となぜかニックに視線を向ける。釣られて俺もそちらを向いた。
「……ニック」
「なんですか」
「えっと、そうだな。えー、なんかあの、あの仕事をやって来てくれないかな」
「あの仕事とは?」
「あの、ほら。なんかこういい感じの。えー、なんかうん」
びっくりするくらい口下手なオーガス兄様は、どうやらニックを部屋から追い出したいらしい。ニックには魔導書の件を教えていなかったみたいだし、どうやら彼に知られるとまずい類の話のようだ。にしても追い出し方が下手くそだ。
ニックも俺と同じ結論に至ったようで、呆れた表情をしている。「もうちょっと上手い嘘つけないんですか?」とまで言っている。全面的に、彼に同意である。
しかしニックはできた騎士である。主人の望みには概ね乗っかるタイプの騎士である。「なんか余計なことしましたね?」と口では言いつつも、タイラーとジャンを連れて廊下に出てくれる。さすがオーガス兄様の側近騎士をやっているだけある。あの下手くそな誤魔化しで誤魔化されてくれるなんて。いい人。
ふたりきりになった室内にて。
オーガス兄様が開口一番、「なんでニックの前でその話するのさ!」となんだか悲痛な叫びをあげた。だが先に魔導書の話を出してきたのはオーガス兄様だ。俺じゃない。
「入手経路はダメだって! 君も知ってるだろ」
「うんうん」
知らんが、とりあえず勢いよく頷いておく。
だが魔導書について、存在自体はニックに知られても構わないが、入手経路だけは知られたくはないらしい。兄様はずっと魔導書について買ったとは言わず、とってきたと表現していた。一体どんな手で入手したのか。犯罪行為的なものが一瞬だけちらりと脳裏をよぎるが、やったのはこの頼りない兄様である。多分しょぼい理由だと思う。
「で? どこでとってきたの」
「裏の森にある湖だろ。君が僕を潜らせたんじゃないか。忘れたとは言わせないぞ」
「湖」
泥棒じゃなかった。拾い物ってことか?
要するに、騎士棟裏にある広大な森。あそこには湖があるらしい。そしてそこに落ちていた魔導書を、オーガス兄様が潜って取りに行ったということらしい。ふーん。
それにしても巨大湖か。
行きたい。絶対見たい。オーガス兄様が潜れるくらいなら、泳ぐのにバッチリな広さだと思われる。
「その湖どこにあるの」
「森の奥でしょ。一緒に行ったじゃん」
だが湖で拾っただけならニックに隠す必要はない。オーガス兄様はなぜ頑なに隠しているのか。よくわからないまま「俺も行ってくる。湖。ティアンもお誘いする」と言えば、オーガス兄様が「ダメだよ」と反対してきた。
俺のお遊びに口出しするとは何事だ。もしかして兄様も仲間に入れろということか。考えてやらなくもないぞ。
「あの森は入っちゃダメって言われてるだろ。前回だって、騎士たちの目を盗んでふたりでこっそり行ったじゃん。もう忘れたの?」
「ほう」
そういえばアロンに言われたことがあったな。騎士棟裏の森は広過ぎて手入れが行き届いていないから入ったらダメだと。まさかそんな困難があるなんて。てことは湖とやらに行くためには、タイラーたちを撒かなければならないわけで。仮に撒けたとしても俺は湖の場所を知らない。話を聞く限り、相当広い森みたいだし、下手に踏み入れば遭難しそうである。
「じゃあ行けないじゃん、湖」
「そうだよ。諦めなよ」
諦めたくはない。だがオーガス兄様は協力してくれそうにない。なんてこった。
397
お気に入りに追加
3,165
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません
めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。
家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。
しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。
調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。
だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。
煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!?
///////////////////////////////
※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。
///////////////////////////////
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる