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187 タイラーは折れない
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「湖の場所を教えろ!」
『は? なにするんだ、そんなところへ行って』
面白いものはなにもないぞ? と呑気に欠伸をする黒猫ユリスは非協力的だった。予想通りである。
魔導書(というよりも湖)が忘れられない俺は、なんとかして湖に足を運ぶべく奮闘することにした。
まずは場所を把握しなければならない。オーガス兄様に訊いても「一緒に行ったじゃん。森の中だよ」の一点張りで詳しく教えてくれない。こっちは森の中のどこら辺にあるのか知りたいのだ。
おそらくオーガス兄様の話を聞く限り、騎士たちに尋ねても教えてくれないに違いない。だからタイラーやニックもダメだ。ジャンとティアンはそもそも湖の場所を知っているのか不明である。あいつらはずっと俺の側にいて、おそらく建物内の構造は把握しているのだろうが、森へは入ったことがなさそうだった。
だからその湖へ行ったという黒猫ユリスを問いただすしかない。
夜になるのを待ってから黒猫ユリスに質問するが、面倒くさそうにあしらわれてしまう。ベッドに潜った黒猫を、布団の上から揺さぶれば『やめろ』とお怒り気味の返事があった。
「教えてよ、湖」
『だから、なぜ。もしやオーガスから魔導書の話を聞いたな? だが残念。魔導書はすでに燃やしたと言っただろう。今あそこに行ってもなにもないぞ』
諦めることだな、と偉そうに鼻を鳴らす黒猫はなんにもわかっていなかった。確かに魔導書にも興味津々だが、それよりも大事なものがある。
「湖! でっかい湖見たい! 泳げるかチェックする!」
『……そういや、おまえは馬鹿だったな』
「なんだと!」
突然俺をディスった黒猫ユリスは、なんだか馬鹿を見るような冷たい目をしていた。おまえこそ十歳児だろうが。なんで湖と聞いてテンション上がんないの? 不思議。
「もしかして滝とかあったらどうしよう!? 噴水よりすごいじゃん!」
『あんなのただのでかい水たまりだ。滝なんてあるわけないだろ。一応は屋敷内だぞ』
なんだ。つまんな。
だがでかい水たまりというのはテンション上がる。天然プールだ。絶対に見に行く。だから場所を教えろと騒いでやるが、黒猫ユリスは目を閉じて寝る体勢に入ってしまう。
「教えろ! 寝るな!」
『忘れた。覚えていない。僕はただオーガスについて行っただけだ。詳しい場所ならあいつに訊け』
そのオーガス兄様の話が曖昧だから黒猫ユリスに訊いているのだ。ふわあっと眠そうに欠伸をした黒猫は、そのままスヤスヤと寝息を立ててしまう。まだ話は終わっていないのに。なんて薄情者だ。
※※※
「湖に行きたい」
「ダメですよ。あの森は整備されていません。危ないですよ」
「いや。行きたい」
「ダメです」
頑ななタイラーは、意地でも首を縦に振らなかった。もうちょっと折れてくれてもよくない?
翌日。
ひとりで湖に行く方法を思案していた俺であったが、早々に諦めた。だってタイラーを撒くのは難しいし、肝心の湖の場所は不明だしで手詰まり状態だったから。
時には諦めも肝心である。そうして諦めた俺は、正攻法に出ることにした。つまり、タイラーを伴って正々堂々と湖を見に行く。危ないと眉を顰めるタイラーだが、よくよく考えてみてほしい。タイラーと共に昼間のうちに湖探しをするのと、俺がひとりでこっそり夜中に湖探しをするの。一体どちらが安全か。
「ダメって言うなら夜中に勝手に探しに行くぞ! いいのか?」
真正面から脅せば、タイラーがわかりやすく眉間に皺を寄せた。
「どっちもダメです」
「そんなのは卑怯だ!」
「なにが卑怯なんですか」
だがタイラーは折れない。俺渾身の脅迫作戦にも屈しない。変なところで頑固な男である。ちくしょう。
『水たまりなんか見てなにが楽しいんだ』
タイラーにダメです攻撃をされる俺のことを、黒猫ユリスがニヤニヤしながら眺めている。こいつは人が叱られている場面を見るのが好きなわるにゃんこなのだ。オーガス兄様がブルース兄様に小言を言われている場面には、必ずと言っていいほど黒猫ユリスがいる。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて「だって」と言い訳するオーガス兄様を観察しているのだ。嫌な猫である。
「とにかく。あの森は危険です。絶対に入ってはいけません。そもそも湖があるなんて誰から訊いたんですか?」
「オーガス兄様。すごくでっかい湖があるって俺に自慢してきた。オーガス兄様だけずるい」
「……」
オーガス兄様の名前が出た瞬間、タイラーが「あいつか」という目をした。オーガス兄様はこの家では結構偉い立場である。お父様の跡を継ぐらしいから。それもあって口には出さないが、俺にはわかる。タイラーが「あの野郎、余計なことを言いやがって」みたいな顔をしている。
「ダメなものはダメです」
「じゃあ夜中に」
「夜中にこっそり見に行くのも絶対にダメです」
わかりましたか? と念押ししてくるタイラーは手強かった。なんでタイラーはこんなに折れないのだろうか。ダメの一点張りで話がまったく先に進まない。
『こいつ、はやくクビにしてやれ』
黒猫ユリスがそんなことを言っている。だがタイラー解任作戦はこの前失敗したばかりだ。わざわざ本物ユリスに入れ替わって実行したのに不発に終わったのは記憶に新しい。
ちくしょう、タイラーめ。
まったく折れない不屈の騎士相手に、俺は悔しさのあまり拳を握りしめた。
『は? なにするんだ、そんなところへ行って』
面白いものはなにもないぞ? と呑気に欠伸をする黒猫ユリスは非協力的だった。予想通りである。
魔導書(というよりも湖)が忘れられない俺は、なんとかして湖に足を運ぶべく奮闘することにした。
まずは場所を把握しなければならない。オーガス兄様に訊いても「一緒に行ったじゃん。森の中だよ」の一点張りで詳しく教えてくれない。こっちは森の中のどこら辺にあるのか知りたいのだ。
おそらくオーガス兄様の話を聞く限り、騎士たちに尋ねても教えてくれないに違いない。だからタイラーやニックもダメだ。ジャンとティアンはそもそも湖の場所を知っているのか不明である。あいつらはずっと俺の側にいて、おそらく建物内の構造は把握しているのだろうが、森へは入ったことがなさそうだった。
だからその湖へ行ったという黒猫ユリスを問いただすしかない。
夜になるのを待ってから黒猫ユリスに質問するが、面倒くさそうにあしらわれてしまう。ベッドに潜った黒猫を、布団の上から揺さぶれば『やめろ』とお怒り気味の返事があった。
「教えてよ、湖」
『だから、なぜ。もしやオーガスから魔導書の話を聞いたな? だが残念。魔導書はすでに燃やしたと言っただろう。今あそこに行ってもなにもないぞ』
諦めることだな、と偉そうに鼻を鳴らす黒猫はなんにもわかっていなかった。確かに魔導書にも興味津々だが、それよりも大事なものがある。
「湖! でっかい湖見たい! 泳げるかチェックする!」
『……そういや、おまえは馬鹿だったな』
「なんだと!」
突然俺をディスった黒猫ユリスは、なんだか馬鹿を見るような冷たい目をしていた。おまえこそ十歳児だろうが。なんで湖と聞いてテンション上がんないの? 不思議。
「もしかして滝とかあったらどうしよう!? 噴水よりすごいじゃん!」
『あんなのただのでかい水たまりだ。滝なんてあるわけないだろ。一応は屋敷内だぞ』
なんだ。つまんな。
だがでかい水たまりというのはテンション上がる。天然プールだ。絶対に見に行く。だから場所を教えろと騒いでやるが、黒猫ユリスは目を閉じて寝る体勢に入ってしまう。
「教えろ! 寝るな!」
『忘れた。覚えていない。僕はただオーガスについて行っただけだ。詳しい場所ならあいつに訊け』
そのオーガス兄様の話が曖昧だから黒猫ユリスに訊いているのだ。ふわあっと眠そうに欠伸をした黒猫は、そのままスヤスヤと寝息を立ててしまう。まだ話は終わっていないのに。なんて薄情者だ。
※※※
「湖に行きたい」
「ダメですよ。あの森は整備されていません。危ないですよ」
「いや。行きたい」
「ダメです」
頑ななタイラーは、意地でも首を縦に振らなかった。もうちょっと折れてくれてもよくない?
翌日。
ひとりで湖に行く方法を思案していた俺であったが、早々に諦めた。だってタイラーを撒くのは難しいし、肝心の湖の場所は不明だしで手詰まり状態だったから。
時には諦めも肝心である。そうして諦めた俺は、正攻法に出ることにした。つまり、タイラーを伴って正々堂々と湖を見に行く。危ないと眉を顰めるタイラーだが、よくよく考えてみてほしい。タイラーと共に昼間のうちに湖探しをするのと、俺がひとりでこっそり夜中に湖探しをするの。一体どちらが安全か。
「ダメって言うなら夜中に勝手に探しに行くぞ! いいのか?」
真正面から脅せば、タイラーがわかりやすく眉間に皺を寄せた。
「どっちもダメです」
「そんなのは卑怯だ!」
「なにが卑怯なんですか」
だがタイラーは折れない。俺渾身の脅迫作戦にも屈しない。変なところで頑固な男である。ちくしょう。
『水たまりなんか見てなにが楽しいんだ』
タイラーにダメです攻撃をされる俺のことを、黒猫ユリスがニヤニヤしながら眺めている。こいつは人が叱られている場面を見るのが好きなわるにゃんこなのだ。オーガス兄様がブルース兄様に小言を言われている場面には、必ずと言っていいほど黒猫ユリスがいる。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて「だって」と言い訳するオーガス兄様を観察しているのだ。嫌な猫である。
「とにかく。あの森は危険です。絶対に入ってはいけません。そもそも湖があるなんて誰から訊いたんですか?」
「オーガス兄様。すごくでっかい湖があるって俺に自慢してきた。オーガス兄様だけずるい」
「……」
オーガス兄様の名前が出た瞬間、タイラーが「あいつか」という目をした。オーガス兄様はこの家では結構偉い立場である。お父様の跡を継ぐらしいから。それもあって口には出さないが、俺にはわかる。タイラーが「あの野郎、余計なことを言いやがって」みたいな顔をしている。
「ダメなものはダメです」
「じゃあ夜中に」
「夜中にこっそり見に行くのも絶対にダメです」
わかりましたか? と念押ししてくるタイラーは手強かった。なんでタイラーはこんなに折れないのだろうか。ダメの一点張りで話がまったく先に進まない。
『こいつ、はやくクビにしてやれ』
黒猫ユリスがそんなことを言っている。だがタイラー解任作戦はこの前失敗したばかりだ。わざわざ本物ユリスに入れ替わって実行したのに不発に終わったのは記憶に新しい。
ちくしょう、タイラーめ。
まったく折れない不屈の騎士相手に、俺は悔しさのあまり拳を握りしめた。
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