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153 とっておき(sideアロン)
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「おい、なにをしている」
「ブルース様」
オーガス様の部屋の前にて。
困ったように立ち尽くすティアンがこちらを振り向いた。隣ではジャンも頼りなさげに肩を落としている。もっぱらユリス様の側に控えているふたりであるが、どう考えてもジャンよりティアンの方がしっかりしている。まぁ、ジャンはもともと騎士志望だったのをブルース様が無理矢理ユリス様の従者に据えたのだ。しかもヴィアン家にやって来てすぐの出来事である。ろくに従者としての教育も受けていない。仕方のないことだろう。
腕を組んでじっと押し黙っているタイラーは、どうしたものかと思案しているらしい。ユリス様を回収したいが、オーガス様に迷惑はかけられないとその顔に書いてある。
「ユリスは中か?」
「はい。鍵をかけられてしまって」
ドアに視線を向けるティアンは困惑顔である。ユリス様の突拍子のない行動はいつものことだが今回もなかなかだ。オーガス様まで巻き込むとは。さしずめオーガス様を人質にした立てこもり事件といったところか。非常によろしいと思う。こういう事件は大好物だ。
「兄上」
ブルース様が声をかけるが、たいした反応はない。それに苛立ったブルース様の足が出た。勢いよくドアを蹴り上げた主人に肩をすくめる。
なにやら部屋の中が騒がしくなる。
「合鍵で開ければよろしいのでは?」
この場を打開するための提案をしてみるが、ブルース様が苦い顔をする。
「合鍵は兄上が持っている」
「なんのための合鍵ですか」
オーガス様はちょっととぼけたところがある。ブルース様がいつも苦労している。
「では中からオーガス様に開けてもらえばいいのでは?」
「兄上にそんな度胸があるわけないだろ」
こりゃダメだな。ユリス様本人に開けていただくしかない。とりあえず抱えていた黒猫をジャンに持たせる。軽くノックして「ユリス様?」と呼びかけてみるが反応がない。
「……ユリス様? ブルース様が隠し持ってる美味しいお菓子あげますよ」
「勝手にあげるな」
ブルース様の苦言に耳を傾けている暇はない。しばらくして部屋の中から「お菓子だけ持って来い!」との指示があった。どうやら意地でもドアを開けないつもりらしい。
「ブルース様。立てこもり犯がお菓子を要求してますよ」
「無視しろ」
酷い対応である。
「犯人が逆上してオーガス様に危害を加えたらどうしますよ」
「おまえなんでそんなノリノリなんだ」
楽しいからに決まっている。正直、これくらいのドアさっさと蹴破ってユリス様を確保するなんて容易い。だが弟に振り回されるブルース様を見守るのは楽しい。すごく楽しい。最近ではユリス様に振り回されるブルース様を見たいがために出勤していると言っても過言ではない。
「許してあげればいいじゃないですか」
「は?」
「要するにブルース様に叱られるのが嫌で立てこもっているわけでしょ? だったら怒らないって約束すれば出てくるのでは?」
「おまえはあの所業を赦せるのか?」
「タイラー相手だったらまぁ、仕方がないかなとは」
「なんでだよ」
タイラーはちょっとな。悪いがこっちも思うところがある。あの野郎、俺がユリス様に頼まれてちょっと態度を改めろと注意をしに行ったところ、俺の日頃の行いについてネチネチ文句を言いやがった。
「このまま黙って出てくるのを待つおつもりですか? ユリス様の妙な頑固さはブルース様もご存知でしょう」
「そりゃそうだが」
決して信念を曲げないユリス様のことである。おそらくブルース様が折れるまで出て来ないだろう。ユリス様の妙な頑固さに毎度苦労していることを思い出したらしいブルース様は天を仰ぐ。
「どうにかしてくれ、アロン」
「どうにかって言われましても」
タイラーもティアンも黙り込んだまま役に立ちそうにない。ジャンに至っては黒猫を抱えて少し離れている。
仕方がない。ここは俺がひと肌脱ごう。
「これはとっておきなんですが」
「なんだ」
「ブルース様のためなら仕方ないですね。使いますか」
「なんだその恩着せがましい態度は」
大きくため息をついて首を振る。まったく俺がいないとどうにもならないとは嘆かわしい。
「ようはオーガス様に開けていただければ良いんですよ」
「だから兄上にそんな度胸あるわけないだろ。いまだにユリス相手に遠慮してんだぞ」
あるんだな、これが。オーガス様がユリス様を気にせずドアを開け放ってくれるとっておきが。
軽くドアをノックする。中がしんと静まり返るのを確認してから、俺がとっておきを披露してやる。
「オーガス様。俺、キャンベル嬢と結婚します」
「はぁ⁉︎」
すごい勢いでドアが開いた。ユリス様が「裏切り者!」と喚いている。こちらに掴みかかってこようとするオーガス様をかわして室内に突入する。
窓際に走って行くユリス様の背中を捕らえれば終了である。
「はい、犯人確保」
「オーガス兄様の裏切り者!」
後ろから脇の下に両手を入れて抱え上げる。「アロンめ! おまえも裏切りか!」と耳元で叫ぶユリス様に思わず笑いが込み上げる。
久々に楽しい時間だった。
「ブルース様」
オーガス様の部屋の前にて。
困ったように立ち尽くすティアンがこちらを振り向いた。隣ではジャンも頼りなさげに肩を落としている。もっぱらユリス様の側に控えているふたりであるが、どう考えてもジャンよりティアンの方がしっかりしている。まぁ、ジャンはもともと騎士志望だったのをブルース様が無理矢理ユリス様の従者に据えたのだ。しかもヴィアン家にやって来てすぐの出来事である。ろくに従者としての教育も受けていない。仕方のないことだろう。
腕を組んでじっと押し黙っているタイラーは、どうしたものかと思案しているらしい。ユリス様を回収したいが、オーガス様に迷惑はかけられないとその顔に書いてある。
「ユリスは中か?」
「はい。鍵をかけられてしまって」
ドアに視線を向けるティアンは困惑顔である。ユリス様の突拍子のない行動はいつものことだが今回もなかなかだ。オーガス様まで巻き込むとは。さしずめオーガス様を人質にした立てこもり事件といったところか。非常によろしいと思う。こういう事件は大好物だ。
「兄上」
ブルース様が声をかけるが、たいした反応はない。それに苛立ったブルース様の足が出た。勢いよくドアを蹴り上げた主人に肩をすくめる。
なにやら部屋の中が騒がしくなる。
「合鍵で開ければよろしいのでは?」
この場を打開するための提案をしてみるが、ブルース様が苦い顔をする。
「合鍵は兄上が持っている」
「なんのための合鍵ですか」
オーガス様はちょっととぼけたところがある。ブルース様がいつも苦労している。
「では中からオーガス様に開けてもらえばいいのでは?」
「兄上にそんな度胸があるわけないだろ」
こりゃダメだな。ユリス様本人に開けていただくしかない。とりあえず抱えていた黒猫をジャンに持たせる。軽くノックして「ユリス様?」と呼びかけてみるが反応がない。
「……ユリス様? ブルース様が隠し持ってる美味しいお菓子あげますよ」
「勝手にあげるな」
ブルース様の苦言に耳を傾けている暇はない。しばらくして部屋の中から「お菓子だけ持って来い!」との指示があった。どうやら意地でもドアを開けないつもりらしい。
「ブルース様。立てこもり犯がお菓子を要求してますよ」
「無視しろ」
酷い対応である。
「犯人が逆上してオーガス様に危害を加えたらどうしますよ」
「おまえなんでそんなノリノリなんだ」
楽しいからに決まっている。正直、これくらいのドアさっさと蹴破ってユリス様を確保するなんて容易い。だが弟に振り回されるブルース様を見守るのは楽しい。すごく楽しい。最近ではユリス様に振り回されるブルース様を見たいがために出勤していると言っても過言ではない。
「許してあげればいいじゃないですか」
「は?」
「要するにブルース様に叱られるのが嫌で立てこもっているわけでしょ? だったら怒らないって約束すれば出てくるのでは?」
「おまえはあの所業を赦せるのか?」
「タイラー相手だったらまぁ、仕方がないかなとは」
「なんでだよ」
タイラーはちょっとな。悪いがこっちも思うところがある。あの野郎、俺がユリス様に頼まれてちょっと態度を改めろと注意をしに行ったところ、俺の日頃の行いについてネチネチ文句を言いやがった。
「このまま黙って出てくるのを待つおつもりですか? ユリス様の妙な頑固さはブルース様もご存知でしょう」
「そりゃそうだが」
決して信念を曲げないユリス様のことである。おそらくブルース様が折れるまで出て来ないだろう。ユリス様の妙な頑固さに毎度苦労していることを思い出したらしいブルース様は天を仰ぐ。
「どうにかしてくれ、アロン」
「どうにかって言われましても」
タイラーもティアンも黙り込んだまま役に立ちそうにない。ジャンに至っては黒猫を抱えて少し離れている。
仕方がない。ここは俺がひと肌脱ごう。
「これはとっておきなんですが」
「なんだ」
「ブルース様のためなら仕方ないですね。使いますか」
「なんだその恩着せがましい態度は」
大きくため息をついて首を振る。まったく俺がいないとどうにもならないとは嘆かわしい。
「ようはオーガス様に開けていただければ良いんですよ」
「だから兄上にそんな度胸あるわけないだろ。いまだにユリス相手に遠慮してんだぞ」
あるんだな、これが。オーガス様がユリス様を気にせずドアを開け放ってくれるとっておきが。
軽くドアをノックする。中がしんと静まり返るのを確認してから、俺がとっておきを披露してやる。
「オーガス様。俺、キャンベル嬢と結婚します」
「はぁ⁉︎」
すごい勢いでドアが開いた。ユリス様が「裏切り者!」と喚いている。こちらに掴みかかってこようとするオーガス様をかわして室内に突入する。
窓際に走って行くユリス様の背中を捕らえれば終了である。
「はい、犯人確保」
「オーガス兄様の裏切り者!」
後ろから脇の下に両手を入れて抱え上げる。「アロンめ! おまえも裏切りか!」と耳元で叫ぶユリス様に思わず笑いが込み上げる。
久々に楽しい時間だった。
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