冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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152 最近のユリス様(sideアロン)

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 それはブルース様の部屋でくつろいでいた時のことである。「仕事しろ」とやたら文句を言ってくるブルース様を適当にいなしてティータイムを楽しんでいた際の話だ。

 突然、タイラーがやってきた。

 彼はまだ二十歳の若い新人騎士である。けれどもそのまっすぐな性格ゆえにユリス様の護衛騎士を任された期待の新人である。正直言って何日持つかなと考えていたのだが、彼は案外図太い性格だった。ユリス様の「ストレス!」攻撃にもまったく屈しない稀有な精神力の持ち主である。

 最近屋敷のあちらこちらからユリス様の「ストレス!」という渾身の叫びが聞こえてくる。なんでもタイラーに苛立ったユリス様がその度にストレスを主張しているらしい。まったく素直で羨ましい。ストレスフリーな生き方をしていらっしゃる。さすがユリス様。

 タイラーはユリス様の私生活にも容赦なく口出ししている。そうしろと命じたのはブルース様だ。正直それはジャンの仕事だと思うのだが彼はちょっと気の弱いところがある。ユリス様にあれこれ指図するのは無理だろう。ということで全面的にタイラーがユリス様の私生活改善に乗り出した。

 まずはマナーを叩き込めとブルース様が言っていたが、あまり改善は見られない。タイラーも不屈だが、同じくらいユリス様も不屈であった。

 普通だったらもう諦めるものだと思うのだが、ユリス様は相当にしつこい。

 毎朝オーガス様の部屋に突入してはタイラーをどうにかしろと騒いでいくらしい。もうそろそろオーガス様が折れそうだ。オーガス様には頑張っていただかないと。

 そうして飽きもせずにブルース様のところにも抗議に来る。こちらはさすがブルース様。毎度一歩たりとも引かずに真正面からやり合っている。毎日同じやり取りを見せつけられる俺は「なんだこの時間」と何度も首を捻ったものである。

 そんなタイラーが珍しく職務中にユリス様の側を離れている。一体なにが?

 興味津々にタイラーとブルース様のやり取りを見守っていれば、タイラーが予想外の出来事を口にした。

「ユリス様に花瓶で殴られそうになりました」

 なんそれ、おもしろ。

 思わず身を乗り出してタイラーを見る。怪我ひとつない彼によれば、花瓶が頭を直撃する前にユリス様を止めたらしい。なんそれ、見たかった。

 どうやらいよいよストレスの限界に達したユリス様が暴挙に出たらしい。氷の花なんて物騒な二つ名に反して無邪気な子供だったユリス様だが、やはり冷酷な一面は持ち合わせているらしい。にしても行動がぶっ飛びすぎてて笑える。相手がタイラーだからよかったものの。

 ふふっと笑いを堪えていれば、目敏く気が付いたブルース様に睨まれた。

「笑い事ではないだろ」
「タイラーを護衛から解任しては? 未遂だったからよかったものの。下手すりゃそのうち殺されますよ。可愛い弟の手を汚させるおつもりですか」

 わざと物騒な言葉を選んで肩をすくめてみせれば、ブルース様が顔を顰める。しかし一歩間違えれば最悪の事態に陥っていた可能性があるのも事実だ。これはブルース様が折れてやるべき案件では? と示唆するが、肝心のブルース様は「あいつ」とここにいない弟相手になにやらキレていらっしゃる。

 あらら。

 なんとかユリス様の味方をしたい気持ちもあるが、ここからの挽回は難しい。なにか困り事がある度に「どうにかして」と俺に縋ってくるユリス様は可愛いと思う。実の妹であるアリアさえも俺に頼ることはあまりしない。ブルース様も、仕事を命じてくることはあるが、仕事抜きにしてあれこれ俺を頼るようなことはない。純粋に俺を頼ってくれるのはユリス様だけだ。

「俺がユリス様の護衛騎士やりましょうか?」

 タイラーと俺が役割を交代すれば完璧である。けれども非常に名案だと思われたその申し出は、すげなく却下された。

「一番最悪な組み合わせだろ、それ」
「俺とユリス様、気が合うとは思いませんか?」
「気が合い過ぎて馬鹿なことするだろう。絶対に認めん。これ以上のトラブルはごめんだ」

 いわく、騎士にはユリス様の変な行動を止めて欲しい。だがおまえは止めるどころか助長させるだろう、ということだ。

 よくわかっていらっしゃる。


※※※


 ユリス様の部屋を訪れたが不在だった。なにやら床でペットの黒猫がにゃんにゃん鳴いている。突然猫を飼うと宣言した時は驚いたが、ユリス様なりに可愛がっているらしい。たまに猫を抱えて屋敷内を走り回っているのを見かける。独特の遊び方だ。

「逃げたな」

 仕方がないので舌打ちするブルース様に、教えてやる。

「ここに来る途中、オーガス様の部屋の前にティアンとジャンがいましたよ。タイラーはそっちに行きました」
「はよ言え!」

 どうやら怒りに震えるブルース様は気が付かなかったらしい。階段をおりる際、オーガス様の部屋の前で困ったように立ち尽くすティアンとジャンの姿を見た。おそらくユリス様はオーガス様の部屋に逃げ込んだのだろう。いちはやく発見したタイラーが駆け寄って行った。それすら気がつかないとは、我が主人ながらちょっと心配になる。

 踵を返すブルース様を追いかけようとして、足元に違和感を覚えた。見下ろせば、黒猫が俺の右足に座っている。

「……」

 視線が合う。先を行くブルース様の背中と、俺の上に座る黒猫を見比べる。

「おい、なんで猫なんて連れてくる」
「ついてくるんですよ」

 猫なんて興味はないが、この黒猫はなんだかユリス様に似ている。色とか目付きとか。ペットは飼い主に似るもんだな。

「ユリス様。飽きずにちゃんと世話してますよね」
「そうだな」

 いまだに猫と呼んで名前をつけていないのが気になるが。一時期はホコリと呼んでいた。それがいつの間にか「ユリス」と自分と同じ名前で呼ぶようになりブルース様が頭を抱えた。その後はまた猫呼びに戻っている。ユリス様は独特のセンスをお持ちである。

 他にも猫を噴水で洗おうとしたり、泥だらけにしてみたり、戸棚に押し込んでみたり、振り回してみたりとやりたい放題である。この猫も苦労しているな。
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