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第2章 国立キャルメット学院の悲劇
生か死か。運命のモモリッタ
しおりを挟む「ああァァァァ」
この状況に一番に反応を見せたのは、ククッスだった。学生や王女は、このような状況には慣れていない。だが、ククッスは騎士団の団長。戦場でこのような場面は見てきていた。
戦場では冷静に。
そう心掛けていたククッス。だが、いま、この時だけはその限りではなかった。
それはやはり、教師という肩書きで、生徒たちに接し、愛着が湧いていたのだろう。
前途ある生徒の命を奪わなければならない状況になり、ようやく見つけた一縷の希望。
オーガになる前で留まってくれていたモモリッタ。死ぬと思ったリゼッタたちが現れたサーニャによって一命を取り留めた。
それを自分が瞬時に決断し、動けなかったために奪うことになってしまった。
それが悔しくてたまらなかった。
――何が団長だよ。目の前の命一つ救えないのに、何が……。
奥歯を噛み締め、モモリッタを殺す決断をする。
この場にいる人の命を、一つでも多く救うために。
「壱ノ太刀 光滅斬り"フライント"」
力のこもった言葉が響き、剣に力を与える。刀からは輝きが放たれ、眩いほどの光量だ。
それを纏いし刃は、戸惑いや躊躇などを感じさせることなくモモリッタに迫った。
コータやサーニャが声をあげる暇もなく、刃はモモリッタの首筋に向かった。加速し、さらに纏う光量が増える。
刃がモモリッタの首を捉えようとした、その瞬間。ククッスの視界に、地に転がるリゼッタの姿が入り込んだ。
――すまん。もっと、早く動けていれば……ッ。
謝罪を吐露したが、映ったリゼッタの姿に異様を感じた。ククッスは腕により一層の力を込め、刃の軌道を強引に変える。だが、あまりに直前の軌道変更のため確実な軌道変更が出来ない。
感じたことのない重さを感じながら、ククッスできる限り軌道を逸らした。
剣はモモリッタの首の斜め上をいき、飛び出た黒曜石のような角を焼くように切り落とした。
刀身から光が消えるのと同時に、ククッスはモモリッタの前へと回り込む。そして、確認する。ククッスが一瞬で視認したリゼッタのあの姿を。
そして、あれが間違いでないのなら、まだモモリッタは救える。ククッスはそう判断していた。
「リゼッタ!」
声を荒らげ、ククッスはリゼッタに近寄った。
首から上は握り潰され、見るも無残な姿がそこにある。そう思っていた。だが、そこにあったのは五体満足のリゼッタ。
「やっぱり……」
「蹂躙……シナ……イ。私ハ――」
ククッスがリゼッタを確認している間にも、モモリッタは攻撃を仕掛けることは無かった。
代わりにそのような言葉をこぼす。
それはまるで、魔物化している自分に抗ってるように見えた。
「うぅ……」
そこへリゼッタの声が洩れた。
「気がついたか?」
間髪入れずにククッスは、リゼッタに呼びかけた。リゼッタは虚ろな瞳をククッスに向け、小さく頷く。
「ここから離れるぞ」
そう言い、ククッスはリゼッタの腕を自らの肩に回す。そして、モモリッタから距離を取る。幾らモモリッタが魔物化に抗っていると言っても、いつ心を奪われ、ククッスたちを襲い出すか分からない。その時に距離がなければ、対応が遅れ、攻撃を受ける可能性は高くなる。
リゼッタを抱えるようにして、モモリッタから距離をとる。
「どういう状況なの?」
リゼッタは森にいたはずの自分が、何故か学院に戻ってきている状況。その学院にもオーガが居り、周囲は激しい戦闘の跡が残っている。
それを一瞥しただけで、全てを把握することは出来ないだろう。説明を求めるリゼッタに、ククッスは短く答える。
「後で詳しく言う。だが、あのオーガはモモリッタだ」
「えっ!?」
ククッスの言葉に驚きを隠せないリゼッタ。そこへコータがやって来る。
「間違いない。それに、リゼッタも見てただろ?」
「何を?」
「モモリッタの様子がおかしいのを」
そう言われ、リゼッタは模擬戦争を行うため森へと転送された時のことを思い返した。顔色が悪く、皆で心配を口にしたことを思い出した。
「でも、あの時は心配ないって」
「心配掛けないためだろうな」
異変には気づいて起きながら、何もすることが出来なかった。自分の不甲斐なさを噛み締めながら、コータは険しい表情で呟く。
それを聞いたリゼッタは、悔しそうに下唇を強く噛んだ。それがあまりに強かったのだろう。唇が切れ、じわっと一筋の血が流れ出す。
「なぁ、頼みがある」
そんなリゼッタに、コータは静かに告げた。
オーガ化したモモリッタから視線を外すことも、警戒態勢を緩めることもない。
「モモリッタを殺すなんてことは受け入れられないわよ?」
「当たり前だ。そうじゃなくて、リゼッタにしか出来ないことを頼みたいんだ」
その間にもモモリッタは右手を側頭部に当て、自問自答のようなことを繰り返している。
魔物として、人を蹂躙し、犯し、壊す衝動。それを反する、まだ魔物の中に残っているモモリッタの人間的な倫理。それらが対立し、せめぎあっている。
「何よ?」
モモリッタを早く、どうにかしてやりたい。仲間のあられもない姿にそのような思いを抱きながら、リゼッタは早口で聞き返す。
「モモリッタに透視能力を使ってくれないか?」
「モモリッタに? どうして?」
コータの頼みの意味が分からない様子のリゼッタ。だが、その意図を説明するほどコータに余裕はなかった。
「いいから、頼む」
強い意志のこもった声を放つコータ。リゼッタは何だか雰囲気が違うと感じ、横目で彼の様子を確認する。そこには強い意志と、慈愛に満ちた瞳が浮かんでいた。まるでモモリッタを助けられることが分かっているかのような表情だ。
「わかった」
そのような顔を見せられては、これ以上何かを言うのは野暮というものだろう。リゼッタはそう答え、ウルシオル家に伝わる透視魔法を発動させた。
詠唱をすることなく、右目に意志を込めるだけで右目の奥に光り輝く魔法陣が展開された。
透視能力が使われたリゼッタの目には、モモリッタの体は紫に覆われているように見えた。
それは通常の人が絶対に放つことの無い、邪悪な魔の色。
それに反発するように、モモリッタの心臓部には薄い青色が覆っていた。
モモリッタが魔法適性を持っている氷属性を示すものだ。
「……なにこれ」
全身を隈無く見ていたリゼッタが声を洩らした。
「何かあったか?」
何かあることに確信を持っていたかの様子のコータ。
「それが要因かしら」
コータの言葉を受け、マレアが納得したような声音でこぼす。一体何の話をしているのか分からないが、リゼッタは見えた不審な物について言及する。
「胃の中に、真っ黒な点がある」
「胃の中にそういうのがあるのは、普通では無いの?」
リゼッタの言葉を受けたサーニャが、リゼッタに訊ねる。こくん、と頷きリゼッタは言葉を紡ぐ。
「普通、物を食べるとそれはその人のエネルギーになります。主に体力や、魔力に」
「それは聞いたことがあるわ」
「だから、表示されるのはその人の魔力の色になります。モモリッタに於いては、薄い青色になるはずなのです。しかし、いまモモリッタの胃の中にあるのは、体を覆おうとする魔の魔力よりもさらに強い魔の魔力がこもった何かなのです」
「……私にはよく分からないが、その胃の中にあるのが問題って事だな」
「はい、そういうことです」
サーニャはリゼッタの説明に納得したような表情を浮かべ、コータを見る。
「だそうだが、どうするんだ?」
「それをどうにかする」
「どうにかって……」
キッパリ言い切ったコータに、サーニャは眉をひそめる。
「なぁ、リゼッタ。その何かは物体なのか?」
「形から見て、固形ね」
「わかった。なら、破壊するだけだ」
できる保証はない。だが、コータには自信があった。根拠は無いが、救える気しかなかった。
「ククッス先生、リゼッタに場所を聞いて寸分違わず、そいつを壊してください」
「……ふっ。難しいことを言う」
「出来ないわけがないでしょ? 王宮騎士団の団長なんだから」
「やれるだけはやるさ」
コータの作戦に口角を釣り上げ、剣を構える。
瞳を伏せ、集中力を増していく。
「動きは俺が止めてやる」
ククッスが集中力を高めている間に、コータはモモリッタに詰め寄り、掌打を決める。葛藤を続けていたモモリッタは、コータの一撃を受け、その場に倒れ込む。
そのタイミングでククッスが瞳を見開き、叫ぶ。
「場所を!」
「火球」
小さな火球を出現させ、リゼッタは透視能力で見た、不審な物のある場所に着弾させる。
「そこだな」
小さくつぶやき、ククッスは目にも止まらぬ突きを放った。
刃は魔物化して固くなったモモリッタの皮膚を貫き、その奥にある臓器に達する。だが、それで止まるククッスの腕では無い。刃はそのまま臓器の内部に侵入し、胃に達し、胃の中にあるリゼッタが見た黒い点に達した。
そしてそのまま、その黒い点を貫き、剣は止まる。
「サーニャ様、ポーションを」
その様子を見ていたルーストが、空間魔法でポーションを取りだしサーニャに手渡す。
「コータ」
「ありがとうございます」
さらにそのポーションはコータの元に移る。コルクのような蓋をあける。それを確認していたのか、絶妙なタイミングでククッスが剣を抜いた。同時に、傷口から血が噴き出す。
そこへ、コータはポーションをかけた。
瞬間、モモリッタの体が光に包まれた。
そして、刹那の時間も経たずに光は消える。その光の中から出てきたのは――人間の姿に戻ったモモリッタだった。
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