ヒロインはゲームの開始を回避したい（第一章 完結）レジュール・レジェンディア王国譚 転

ヒロイン、嫌がらせに対処する 後

「な、何なさるの？！」
「あら失礼、手が滑ってしまいましたの！申し訳ございません、でも、弁償すればよろしいのでしょう？」
今、あんたがやった事と同じだよ？
　私は笑ってない目のまま笑う。
下手に美人なだけに、凄むと迫力がある＿＿のは本人無自覚だ。
自分で自分が怒ってる時の顔を観察するのは不可能だから当然ではあるが。

そこへ、
「そこまで！」
　ギルバートを従えたアルフレッドが割って入る。
「これは何の騒ぎだ？」
近くにいた生徒からひと通り事情を聞くと、
「腹が立つのはわかるが、今のは良くないぞメイデン嬢」
「まあ。仕掛けてきた側このかたたちのやり口には(今まで何度もあったのに)全く気が付かないでいらっしゃったのに、随分と都合の良い目をお持ちですのね？さすがはクレイグ候のご子息」
　ギルバートはクレイグ侯爵の次男だ。
銀髪に黒い瞳の如何にも騎士然とした見た目だがこいつは私が嫌いである(たぶん)。
　故に、今の台詞は意訳すると「騎士を名乗るならもうちょっと見る目を養えこの節穴」だ。

「なっ…！」
「よせギルバート。本来なら罰則を与えるべき所だがー…ここは互いに弁償というところでおさめよう」
　との言葉にホッとする令嬢たちだが、
「それで、君達の謝罪は済んだのか？」
　と続いたアルフレッドの言葉に固まった。
「メイデン嬢が謝罪したのは今見ていた。君達は彼女に謝罪したか？」
「それはー…」
件くだんの令嬢は縋るようにアルフレッドをみつめるが、王子の態度が軟化する事はなかった。
「謝罪するつもりがないのか？という事はやはりわざとやった と認める事になるがー…」
「も、申し訳ありません！」
「謝るのは僕にじゃない。彼女にだ」
　令嬢たちは慌てて私に向き直り、
「申し訳ありませんでした…」
　と不承不承頭を下げた。不本意だという感情剥き出しで。
それを見て気付いた事がある。

あの王太子、(この人達に比べると)ちゃんと本気で謝罪してたんだな。
それに、あの悪役令嬢達も。



放課後、役員だけが出入り出来る一室でギルバートがアルフレッドに噛み付いていた。
「殿下…！いくらなんでも甘すぎます！あれでは示しがー…」
「誰に対してだ？」
「両方です。仕掛けた側も問題ですが騒ぎを大きくしたのはメイデン嬢でー…」
「だから"騒ぎを大きくしないよう嫌がらせに黙って耐えろ"とあの娘に言うのか？城で知らんふりしてた時みたいに」
「っ！それはー…」
　痛いところを突かれて黙る。
「勘違いするな。ここは王立ではあっても王城じゃない。生徒が平等に学ぶべき学園だ。僕達が権力を振りかざす場所じゃないんだよ」
　この学園は実力主義の魔力持ちの為の学園だ。
勿論貴族が多いがそれは"入学試験前に貴族子弟の方が優秀な家庭教師に付いて学ぶ時間がたっぷりあるから"に他ならない。
平民にだって魔力持ちはいるし、学園にも勿論貴族ほどではないがそれなりの人数が通っている。
「ねえギルバート。あの娘はなんでわざわざあの時相手の持ち物を叩き落としたと思う？」
「？ 頭にきたからでしょう」
「違うよ。わからないか？あれは挑発だ。もしあの時彼女が何もせず僕らの到着を待ってたらどうなったと思う」
「ーっ！」
「連中の悪質な嫌がらせが明らかになり、彼女はただの被害者ー…連中には生徒会から罰を与え彼女には今後こういう目に合わない為にも生徒会入りを勧める事だって出来たー…そう思わないか？」
「！ まさか殿下はあの令嬢がそこまで読んでいた と？あり得ません！まだ社交界にも出ていない いち令嬢がそこまで読んで行動を起こすなどっ！」
「そうかな？あんな真似をしなくても、奴らの罪は明白だった。あのままもっときつい罰にする事だってできた。なのにわざわざ自分に同じ罪状を作ってお互い弁償だけで済むように落としどころを作ったんだーーまるで奴らの罪を軽くしてやった上に自分の評価が落ちるような真似を何故して見せた？彼女がそんな短慮な令嬢ではないって事は城での一件でわかってるよね？」
「ーそれは、言われてみれば確かにそうですが…そこまで読んでいた というのは考えすぎでは？彼女は殿下がたとは違うのですよ？」
「……だといいけどね」

　もし 読んだ上での行動なら、答えは単純シンプルだ。
“彼女は自分の学園での評価などどうでもいい“と思っているーー若しくは学園を辞める理由を探している。あれだけ学園への入学を拒んでいたのだ、生徒会から罰則を受けた、なんて学園から出て行く絶好の口実になる とでも思っているのではなかろうか？
　あの場合、証拠を突きつけたあと涙の１つでもみせれば効果は抜群だったはずだ。
あの可憐な見掛けで、周囲の同情引いて味方につけるくらい難無く出来るだろうにやらなかった。
あくまで"正論で論破"ーーそれが彼女のやり方なのではなかろうか。
少なくとも、男の影で守ってもらうヒロイン気質タイプには見えない。
「殿下…？」
「ーそもそも彼女はただの被害者だからね。もうあんな真似をしでかさないよう連中をきつく見張るしかない」
　この学園は王立とはいえ実力主義だ。
上位貴族も下位貴族も、平民もだ。
誰もが平等に学ぶ場だ。
あからさまに差別的な行動を取る者は生徒会で取り締まるべきなのだが＿＿。

　彼女は自分でやってしまう。
　そして味方を作ろうとはしない。

　その答えは実に単純で、
「いつでも学園を後腐れなく去れるようにしとくため」
　であり、アルフレッドの推測はあながち間違ってはいない。





とりあえず入学しても出会いイベントそのものの発生はなかったからゲームは開始していないーーと思う。
むしろこの感じでは破綻してるんじゃなかろうか？

　そうに違いないと思いたいが"ゲームの強制力"や"ゲーム補正"とやらはどこまで影響力を持つものなのだろうか、前世の記憶があってもこればかりは知りようがない。
出会いイベントを回避していても、もし何か別のイベントが発動してしまえばそれこそ、そこでゲームが開始してしまうかもしれない。
　とりあえずイベントが発生しそうな場所には近づかない事と、私はあらゆる魔法アイテムを持ち込み彼等との接触エンカウントを避けた。
瞳に常に遠見の魔法(文字通り近づいてくる相手を通常よりずっと早く認識出来る)を発動させ、相手の視界に入る前に回避行動を取る。
　その為に学園内の地理を徹底的に頭に叩き込んだ、相手を回避しつつ最短ルートで目的地に着くために。
　そして、目的地に到着しても早目に席に着かない。
　先生の到着より数秒前に教室に入り、終わって出ていく先生の後に付くように出る。
たまに先生に質問のある素ぶりをくっ付けたりもして速攻でその場を去る。
　心配だったマナーレッスンだったがそもそも私語厳禁であるし生徒数が少ない分、目も届くから個人的に話しかけられる事はない。
　逆に中級だと(敵の)数が多い為かえって面倒だったろう、何しろ彼女達は徒党を組んで私を目の敵にしている。
　引き換え、ミリディアナ様とカミラ様は取り巻きを連れていない。

　本来、悪役令嬢(あの人そもそも悪役っぽくないけど)って取り巻きぞろぞろ連れてるもんじゃなかったっけ？

　そして、私が起こした騒ぎは一部の人間には胸のすくものだったらしい。いつも1人で行動する私に声を掛けてくる人がいた。
「はじめましてメイデン様。私はジュリア・バーネット。ジュリアと呼んで頂戴。お昼ご一緒にどうかしら？」
　いきなりたたみかけてくるご令嬢に一瞬固まる。
会話するのは初めてだが知ってはいる。
赤い真っ直ぐな髪は肩口で切り揃えられ、金茶色の瞳が印象的で同じ年というには大人っぽすぎる美人ーーバーネット侯爵家のご令嬢だ。
マナー教室のクラスメイトでもある。
しかも名前で呼んで？はここでは友達付き合いしましょう？と同義だ。
　家格だけで言えばカミラと同格、違うところといえば婚約者がいないことと、彼女の家は新興貴族であるということだ。
メイデン男爵家は古くから代々古くから続く家柄だが、私は気にしたことはない。
「＿＿では私の事はアリスと。喜んで。ジュリア」
　貴族は代々続く血統を重んじる家と、商才や新しい魔法の発見・開発など実力で爵位を得た新興貴族とに別れる。
　体面を重んじる貴族であるから、表向きは友好な関係を保っている。
　だが、どうしても相容れない部分、我慢しきれない輩が湧いて出るのは仕方ない事、まだ学生の身であるなら尚更。

そんな風潮を、私は蹴飛ばしてしまったらしい。