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 ◇◇◇

 そう長いことカラオケにいた訳じゃないから、外はまだまだ明るい。
 電車もまだ空いていた。
 隣に座る皇輝は何も言わない。
 でもそれは、この間みたいに機嫌が悪いからではない。もうどこも赤くなんてないけど、僕に当たる右肩が少し硬いのがわかる。
 わざとぶつかってみる度にびく、と揺れて、四回目でやっとこっちを見た。
 少し拗ねたような顔をした皇輝がまた視線を逸らして、それがなんだか愛おしくて、ひとりでにやにやしてると、ぎゅうと手を握られる。死角でこっそりとされるその行為に、たったそれだけの触れ合いで胸がいっぱいになった。

 早く帰りたい、ふたりになりたい。早く、手なんかじゃなくて、躰ごとぎゅっとしてほしい。

 電車が止まるや否や、急いで降りる。
 交わす言葉も少なくて、早く、早く、早く、と気持ちも急いて、皇輝の家が見える頃には心臓がばくばくしていた。

「おばさんたちは……?」
「いない」

 焦るように鍵を開けて、ふたりして玄関に滑り込むと、扉を閉める時間すら惜しく、皇輝に抱き着く。
 すぐに顎を掬われて唇が重なる。熱い。

 今週だって、こっそりキスだけは何度もした。何度も、何度も。
 それでも未だに慣れなくて、毎回頭が溶けてしまいそうだと思う。いつか、慣れてしまう時がくるのだろうか。

「ん、ふ……ぅ、んん」

 離してはくっつき、離れては近づいてを繰り返し、暫くして、なんだか甘い気がする、とぼんやり考える。
 ああ、さっき甘いもの食べたからか。

「ふ、う……」
「……シャワー浴びる?」

 熱っぽい視線で皇輝が訊く。
 実は、その、家を出る前にもう浴びてきた。
 数時間経っちゃったし、また入った方がいいならまた……そう言いかけたところで腕を引かれる。
 慌てて靴を脱いで、並べる暇もなくされるがまま、階段から落ちないように着いていく。
 焦る、早く、もっと、そう思うのに、数分後のことを考えると少し腰が引ける。

「皇輝」
「なに」
「だ、大丈夫?ほんとに、僕で」
「煩いよ、碧じゃなきゃだめだって何回も言ってる」

 最後の確認のつもりだった。
 手首を掴む皇輝の力が強くなる。痛い。けど、その痛みが嬉しかった。

 扉を開けられて、少し久し振りだと感じた皇輝の部屋に一歩足を踏み入れる。
 すぐに後ろから抱き締められて、喉からひゅっと声が漏れた。

「……緊張してる、こわい?」
「こ、こわく、ない……」
「少し久し振りになるけど」
「僕、は、だいじょ、ぶ……その、ぼ、僕だって、皇輝と……したかった、し……」
「……うん」
「てゆか……む、むしろ、僕、そんなことばっかり考えちゃって……引かれないかな、って……」
「えっちな碧最高じゃん」
「……うう」

 耳元で言われるものだからぞくぞくしてしまう。
 腰が砕けてしまいそう、まだ何もされてないっていうのに。

「力抜けるの早いんだけど」
「だっ……ち、近くで言うからっ……」
「歩ける?」
「ううう~……」
「歩き方赤ちゃんじゃん」

 よたよた進む僕に笑って、後ろからぐん、と皇輝が抱える。足が浮いた。え、何この体勢、と思ったのも一瞬、すぐにベッドに投げ出される。
 ふかふかの羽毛布団に埋もれる。気持ちいい、と思いながらも、これ避けなきゃ、汚しちゃう、と現実的なことを思い出したりもしてしまう。

「……っ」

 もぞもぞと布団を避ける。畳む程の余裕はもうない。
 でもまだ理性はあるから。それくらいは考えられるから。

「ふ、服……」
「脱ぐ?」
「うん……汚し、そ」
「俺の服着る?」
「な、なんで……汚しそう、て、言ってんのに」
「言ったじゃん、俺の服着てる碧が見たいだけだよ」
「んッ」

 今度は耳元に触れてくるものだから、つい声を漏らしてしまった。
 期待してるような、甘い声。

「脱ぐ?脱がせる?」
「ぬがせて……」
「じゃあ万歳して」
「ん……」

 何もしない皇輝の前で脱ぐのが間抜けだと思って、つい脱がせてなんて言ってしまった。
 腕を伸ばして気付いたが、普通にこっちの方が恥ずかしいのではないか。
 脱がされた上着を床に投げられ、情緒も何もなく下もあっさり脱がされた。
 靴下も剥がされ、ものの数十秒で全裸だ。
 寒い?エアコンつける?と訊かれ、首を横に振る。どうせすぐにあつくなる。

 だから、この少し離れた距離だってもどかしい。
 早くぎゅってしてほしい。

「……すごい煽るの上手くなったじゃん」
「煽ってない……」

 そんなことより早く、と腕を伸ばす。
 近付く皇輝の首に腕を回すと、すぐに唇が降ってきた。
 何度も重ねるだけのキスに、ほんの少し、息継ぎのために開かれた隙間から舌を捩じ込まれる。
 嫌じゃない、寧ろそれを待ってた訳で、抵抗もなく受け入れた。

「ん、ンむ、んう……ぁ、んん」

 舌先から指先まで、触れられるところ全てが熱い。
 それがとても心地好い。
 脇腹を撫でられて、下腹部、腰、と下がっていく大きな手。
 あ、触られる、と覚悟をしたのに、そこに手が伸ばされない。
 なにそれ、焦らしてるの、と思ったのだけど、どうやら意地悪ではないっぽい。
 確かめるような手つきに、思わずなに、と訊いてしまった。
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