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 ◇◇◇

「あらー皇輝くん、今日も送ってきてくれたの」
「放っておくとずっとプール浸かってるんで、病み上がりだし連れて帰ってきた」

 別に体調悪く見えたとかじゃないと思う。
 だけど病み上がりだからってすぐに部活を打ち切られてしまった。まじで過保護だと思う。

「ほんっとこの馬鹿の相手ごめんね、もう、この子ったら前世は魚だったんじゃないかしら」

 僕の背中を叩きながら言う母さんにどきっとした。
 前世の話をするなんて思わなかったから。勿論母さんは人魚だなんて思ってもないから言うんだろうけど。
 ちら、と皇輝を見上げるが、いつもと変わらない表情で、安心もしたが気付けよ、とも思ってしまった。
 僕は皇輝の顔みてすぐ気付いたのに。
 所詮僕の方が想いが強いってことか。

「部活ではラッコ先輩って呼ばれてるけど」
「ラッコ……碧、あんた泳がず浮いてるだけなの」
「あっ、よけーなことゆーなよ!」
「もお、選手になれとは言わないけどちゃんとしなさいよね、昔からあんたは」
「もー!うるさいうるさい!」
「やあねえ反抗期」

 お兄ちゃんは反抗期なかったのに、と呆れる母さんと皇輝に背を向けて部屋に戻る。
 んもー!腹立つ腹立つ!反抗期ってなんだよ、こんなんかわいいもんだろ!皆が過保護過ぎるだけじゃん!
 別に僕が風邪引いたって構わないじゃん、風邪くらいで死ぬほど病弱じゃないんだし!

「ほんっとみんなくちうるさい!」
「悪かったな口煩くて」
「げっ、なんで勝手に入ってくんの!?」
「げってお前……おばちゃんがどうぞって」
「ノックくらいしろ!」

 悪態を吐きながら丁度制服を脱いだところだった。
 お陰で女子みたいに思わず前を隠してしまったじゃないか。
 ……割と恥ずかしいリアクションしてしまったのに、顔色ひとつかえないのがまた腹立つったらない。頬を染められても困るけどさ。

「これ貰った」
「貰ったってかこれ僕のなんだけど」

 見せてきたのはお菓子とミルクティーのペットボトル、それは僕のおやつだ。
 本当に母さんは余計なことしかしない。

 そのまま勝手にずかずかと入り、皇輝はベッドに腰掛けた。
 こいつもほんっと、わかりにくいよな!
 叫び出したくなりながらも、急いでTシャツとハーフパンツに着替える。
 前回のことがあるのでそこはちゃんとする。また触られたら僕はもうどう反応したらいいかわからない。
 ……されるがままになってしまいそうで。

「なんで上がって来たの」
「え、理由とかいる?」
「……」

 己はつい先日何をしたのかも覚えてないのか。わざとなのか。
 睨み付けてみたけど、すんとした表情で読めない。学校では笑顔の癖に。
 周りの女子たちの方がずっとずうっとわかりやすい。
 皇輝が悪いやつだとはっきりわかれば、僕は王子様を刺すことが出来たかもしれないのに。

「はー……」

 でっかい溜息を態とらしく吐いて、勉強机に向かう。
 皇輝の隣になんか座ってあげない。
 いつもならぎりぎりまでやらない宿題を広げてみたりする。
 僕は皇輝に構わないからね、だから早くかえってほしい。
 もうちょいで夕飯なんだからね!

「あお」
「……」
「碧、お前最近おかしくない?」
「……」
「碧」

 無視していたけど、何回も呼ばれていらっとした。
 だめだ、本当に今だめなんだよ、自分でもわかんないの。
 どうしたらいいかわかんない。
 皇輝や人に当たるのはだめだってわかってる。でもこの気持ちの持っていく先がない。
 本当に嫌なんだよ、こんな自分がすっごく嫌だ。
 だいすきなひとで、しあわせになってもらいたいひとなのに、素直に受け入れることが出来ない。

 なんで僕じゃないの、最初に出逢ったのは僕の方なのに。
 ……僕は佐倉の前世があのお姫様なんじゃないかと思い始めていた。
 綺麗で優しくて、王子様の隣にいれるひと。
 誰も文句なんて言わなくて、お似合いだって思ってて、しあわせになれるひと。

 ……人魚姫が前世なんて、報われる訳がないじゃないか。
 今も昔も、頑張りようなんてないじゃないか。
 前世は種族が違って、今世は性別が同じなんて。
 神様も魔女も意地悪過ぎる。
 近くにいるだけなんて、それでもいいと思ってしまったのが馬鹿だと言い切れるくらい、苦しいのに。

「おかしいのはそっちじゃん……」
「は?」
「佐倉んとこ行けばいいじゃん……何で僕に変なことしようとすんの」
「友達といんのにおかしいことある?」
「……僕はひとりでいいっつってんだけど」
「でも俺は碧に逢いに来てるし」

 やめろやめろやめろ、すきなやつに好意的な言葉を言われたら揺れるに決まってるだろ、そんな意味なんて、ないのに。

「しんどい……」
「え」
「皇輝といんの、しんどい」

 言葉にしてしまった。
 もう皇輝の顔を見ることかできない。
 でも心からの気持ちだった。

 もう皇輝といるの、しんどい。
 前世からずっと、ずっと皇輝のことばっかり考えて、一喜一憂して、やっぱり自分じゃだめなんだなって何回も何回も何回も傷付くのがしんどい。
 しあわせになってほしいけど、じゃあ僕は?ただ見てるだけ?って、そんなこと考えちゃうのがしんどい。
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