月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra35 漫画18話支援SS 崖っぷち冒険者ギルド

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 ツィーゲにある冒険者ギルドは忙しい。
 この街を拠点とする冒険者は世界でも五本の指に入り、持ち込まれる依頼の数は世界一。
 双方の要因の多くはツィーゲに隣接し未だ果てが確認されていない秘境、通称『荒野』に起因している。
 一攫千金に訪れる者、武者修行に訪れる者、日毎荒野から吐き出される未知に魅せられた者。
 自ら足を踏み入れる冒険者はもちろん、荒野からもたらされる魅力的な商品を扱いたいという商人にとっても果ての荒野は魅力に溢れる場所だ。
 相応の、いやむしろ割に合わない程の危険も無数に蠢いていてなお、荒野へと続く街であるツィーゲを目指す者は後を絶たない。
 つまり冒険者とも商人とも関わり、かつ荒野関連のみならず街とその周辺の安全と発展に寄与すべき冒険者ギルドもまた多忙を極めているのだった。
 実はギルド職員にとってもツィーゲに配属されるという事は、現地採用組の一部を除いては間違いない出世コースであると同時に仕事に潰されリタイアする危険性をも孕む、冒険者達とは違う意味で危険な職場であったりもする。

「本日の報告は以上かね?」

 冒険者ギルドツィーゲ支部。
 冒険者が立ち入る事は滅多にない三階、その一角にある部屋。
 執務机の天板に両の肘を乗せ、口元を隠す様に手を組み合わせた男が確認の為の言葉を発した。
 対していたのは初老の男性。
 それなりの貫禄を持ち、役職も得ているであろう彼はもとより直立不動であったにも関わらず、掛けられた言葉に更に背筋を伸ばすべく全身に力を込めた。

「はい代表!」

 座っている男の方はまだ三十半ばほどの容姿であり、外見だけを比べてみれば二人の位置は逆であるのが妥当の様にも見える。
 ただし。
 そこに二人がそれぞれに放つ雰囲気を加えるのなら、つまりこの部屋にもしも他に誰かがいたのなら。
 今のこの位置関係こそが正しいのだとわかるだろう。
 座ったままの男が全身から放つ『格』はそれほどの代物だった。

「相変わらず荒野関連の依頼の消化率は低いままか。無茶な依頼も少なくないだけに仕方なくもあるが……」

「しかし本部からの目標達成率につきましては今月も無事に達成できる見込みです。別紙の」

「ノルマ云々はどうでもいい。ここに設定された数値は別にして、本来通常の冒険者ギルドが目指すべき依頼達成率はどの程度が理想か、忘れていないだろうな?」

「もちろんです! 通常区域に設けられた冒険者ギルドの場合、依頼達成率は最低七割、理想として八割五分以上を目指すべきです!」

 緊張に身を包み上司の問いかけに答える様子は、少し前に駆け出しの奇妙な冒険者の前でルビーアイの瞳を鑑定してみせた時に彼が醸し出していた余裕を少しも感じさせない。

「……で、今のツィーゲの数字は?」

「い、一割八分です」

「話にならん数字だな?」

「お、お言葉ではありますが。この街の特殊な事情を鑑みるに仕方がない部分もあるかと。事実荒野の絡まない通常の依頼の達成率は九割を超えておりますし」

「……ふぅ。にも関わらず荒野に関連する依頼を含めるとそれが一割台にまで落ち込む事が問題だと言っている。つまりここに持ち込まれる依頼の大多数を占める荒野関連の依頼をここを拠点とする冒険者達がまともにこなせていないという証左ではないか」

「しかし……代表。荒野に安定して出入りが出来るような冒険者などそれほど多くはありません。そこそこ依頼を消化してくれる者が出て来たかと思えば死んでいく始末。最近トップクラスの成績を誇っていたライム=ラテのグループもそれほど依頼を受けていない様子ですし……」

「もういい! 言い訳ばかりを聞きたい訳ではない。やはり……荒野に特化した部門を新設して根本的に取り組み方を変えなくてはどうしようもないか。しかし、対策を打とうにもそもそも荒野での立ち回りをきちんと指導できる冒険者の数が……」

 後半独り言のごとく呟いた代表の表情はやはり暗いまま。

「……」

「今月の荒野での死亡者の内、レベル条件を満たしていなかった者はわかっているだけでどの位いる」

「亡骸から身分の確認できた者では百七十名です」

「これでも最低限の基準として、何より奴らの命を考えてこその規則でさえ、守らせられんか。目の前に一攫千金がごろごろ転がった場所が広がっているとあれば無理もないとはいえ、まったく……」

 ここの冒険者ギルドのトップ、ルクサが重く長い溜息を吐き出す。
 ツィーゲにあって、冒険者ギルドが十分にその役割を果たせていない事への苦悩が彼の眉間に集まった皺から見て取れた。
 やがて彼は気分を切り替えるかのように静かに息を吐き出した。

「確かに」

「……っ」

「報告の数字は上に報告できないものではない。一朝一夕にどうこう出来るものでもなかろうしな」

「は、はい」

「引き続き、荒野への不法侵入については各所と連携して厳しく当たってくれ」

「はっ!」

「では、下がっていい」

「は、あの……」

 緊張の時間の終わりを上司から告げられた男は、しかし頷くではなく僅かに眉をひそめて遠慮がちに口を開く。
 報告した中で、上司が言及しなかったのが不思議に思える点が一つあったためだ。
 それはイレギュラーな報告。
 定例での数字の移行や経過についての報告ではない。
 そして今彼の目の前にいる冒険者ギルドのエリートはそうした異変には確実に詳細な打ち合わせを重ねてきたという経緯があった。

「なにか?」

「実は、最近新たに冒険者登録をした――」

「レベルが上がらないという件なら私が預かる。言うまでもない事だが、口外は厳禁だ」

「預かる、ですか?」

「彼と、彼の周囲については当面一切を機密扱いとしておいてくれ。近く、正式な対処及び本人への通告もこちらで手配することになるだろう」

「……一体どういう」

「なに、君はこの事については忘れてくれれば良い、というだけだ。更にわかりやすく言うならそう、君が昔から懇意にしている優秀ながら最近少し気になる動きをしている困った冒険者の一派などに口をすべらせないように、気をつけてくれ。以上だ」

「っ! し、失礼いたします!!」

 報告を終え、少しだけギルド職員としてのモラルに反する行為を行っていた男は己の行動を把握されていた事に驚愕し、そそくさと退室した。
 部屋に残ったのは終始姿勢を変える事もなかった代表だけ。

「レベルの変動が起こらない冒険者、か。幻のシステムエラーか、それとも何らかの呪いか。少しの間観察してみて、場合によってはロッツガルドの御大に話を上げねばならなくなるかもしれんな。厄介ごとの気配しかしないが」

 代表の脳裏に一人の人物が浮かぶ。
 記憶が確かであれば、彼が子供の頃からまったく容姿が変わらないままでいる、とある男の姿だった。

「やれやれ。ライムは冒険者の本分を忘れてレンブラント商会に噛みつくわ、荒野の依頼は山積みだわ。通用する力もないのに荒野に夢だけもって死にに行く冒険者は後を絶たないわ。うちの職員は役職持ちですら七割どころか二割を切ってる依頼達成率に慣れきっているわ。多忙な上にここまで問題が積みあがるといっそ面白いな」

 疲れを滲ませた苦笑を口元に浮かべ、代表が天井を見つめる。

「あれだな。レンブラント商会とライムの争いを仲裁したついでにレンブラント家の厄介事を解決してパトリック殿の機嫌を直した上、荒野の依頼を束にして持っていって日毎にまとめて解決し、後進の冒険者を育成するだけの力と器を持ったスーパーな冒険者か騎士か魔術師がひょっこりツィーゲに定住せんものかなあ」

 願望丸出しの独り言を真顔で天井に向けて呟く代表。
 相応の出世コースにいるのも間違いない。
 だが激務も間違いない。
 そして今彼が少し危険な状態にいるのも、間違いないようだった。

「噂に聞く竜殺しが噂よりも人格者で荒野に湧いて出た新しい上位竜を殺しに来るとか、ローレル連邦に引きこもってる戦争専門の超一流傭兵団が荒野の魔物か亜人相手に戦争しに来るとか。あー、女神様も勇者を送ってくださるなら魔族担当の他に荒野担当のも一人くらい送ってくださるとか……」

 もう論理などどこにも存在しない妄想の域に到達している。
 
「……駄目だな。どれが叶ったとしても先に私が壊れるのは目に見えている。この上そんなのまでツィーゲに放り込まれたらおしまいだ。爆発だよ。目の前の仕事に真摯に取り組み、毎日少しずつでも自分の能力を磨いていけば明日は必ず良くなっていき、いずれ実を結ぶ。それこそが私の信念で、拠り所だったんだが。ツィーゲでは目の前の仕事がまず終わらん。御大のご期待には応えたい、この街のギルドとしてもっと機能させたいのも本心だが。まったく、どうしたものかな……」

 追い付かないのだと知りながら、出来る事をするしかない。
 結局、毎度諦めの境地に至ったかのように代表は同じ結論にたどりつくのだった。
 冒険者のケア、依頼主のケア、そして街のケア。
 それらを円滑に進めるための人脈の維持。
 今、ツィーゲの冒険者ギルドは静かに追い詰められている。
 とっくに崩壊していても不思議がない状況にあって、それでもまだ踏みとどまっていられるのは現場のスタッフの実務レベルの高さはもちろん、代表の優秀さに拠る所も相当に大きい。
 彼の苦労が報われるのか。
 それとも仕事に潰されてしまうのか。
 その答えはもうすぐ出る。
 長いトンネルの出口が近い事を、彼はまだ知らない。

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