月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra34 漫画17話支援SS 巴、武者修行のカニ

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「なんじゃ、数だけか。羽虫どもが珍しく向かってきおるから少しばかり期待したではないか」

 世界の果てと呼ばれるこの世でも屈指の過酷な荒野。
 何故か単身でその場に立つ女が無数の生物の残骸の中心で手にしていた剣の汚れを振り落としていた。
 
「んー、確かこやつらは……レッドビーじゃったか。おう、そうそうこういう群れのボスがいた気がせんでもないわ」

 女はつまらなそうに残骸の一つ、やや原形を残している大きな個体の骸を足でつつく。
 彼女の戦闘相手は確かにレッドビーと呼称される蜂を巨大にした虫の魔物だった。
 足でつついたのはレッドビーの女王タイプ。
 普段は巣の最奥部にいて遭遇すら難しい個体だ。

「はて、儂の記憶のままなら外で狩りをするのは兵士の役割。群れごとどこかへ狩りへ出たり移動したりなどしたか?」

 レッドビーは群れの数に応じて遭遇した際の危険度が大きく変わる魔物の一つだ。
 双頭の魔犬リズーと同じく複数個体を発見した場合は、冒険者であれば余程の腕か事情がなければ逃走が基本的な結論といっていい。
 しかし彼女、巴は冒険者として、というよりも存在としての格がそもそも違う。
 深澄真を主と定める前は竜の頂点に君臨する存在の一つだったのだから。
 女王タイプを含む、つまり群れまるごと一つで襲い掛かってきたレッドビーだとて前菜にもならなかった。
 術や技を駆使するまでもなく見様見真似、力任せの剣技だけで彼らをねじ伏せたのだった。
 もちろん、お気に入りの服を破損させる事もなく。

「……ふむ。思えば歯応えのあるのに殆ど遭わん。もしこれらが『追われて』移動していたさなかに『追い詰められて』儂に襲いかかってきたとなれば」

 生存すら困難な荒野のど真ん中でただ一人、ニヤリと巴は笑った。
 そして襲来してきた虫達がやってきた方向を見つめる。

「面白いのがいるかもしれんな。さっさと澪に追い付かんといかんし、っと言っても別に儂が現状実力でヤツに劣るというものでは決してなく単にレベルとかいう訳のわからん数字上だけの事なんじゃが」

 何故か自分の言葉に自分で言い訳をしつつ。
 武器を納めた巴は強者の気配を求めてその場から駆けだす。
 丁寧に採集して全部売り払えば二世帯住宅くらいは軽く建ちそうな骸を当たり前に放置して。

「そもそも若がレベル1な段階であの数字そのものが疑惑の代物じゃが、これも武者修行というものだと思えば楽しくもある。刀も大分使い慣れてきたしの」

 ぽんぽんと鞘に納まった愛用の武器、になる予定の片刃の剣を機嫌よく触る巴。
 カタナである。
 今のところはまだ、ドワーフの職人に手探りで作らせた試作品だが。
 その足元に高速で迫る赤色の蔦は彼女の一瞥で凍り、弾け飛んだ。
 大地から蔦を這わせたソレの正体は単身でいる獲物や、寝込んだ獲物を襲う荒野の要注意生物の一つ、ブライドサード。
 本体は地中生息する球根部分ながらモグラの如く土を掘り進め移動する事も出来る、冒険者パーティを頻繁に壊滅させる『冒険者殺し』の一種でもある。
 これに夜襲われて冒険を終える者は跡を絶たない。

「いっそ澪、あの蜘蛛と同じようなのを狩れば一回で5~600とか上がらんかの。八代将軍もまだスリーの途中、黄門様は若から東海道編を勧めて頂いたばかりじゃというのに」

 馬に乗るよりも遥かに速く。
 巴は軽やかに走り続ける。
 頭の中に荒野の危険への緊張感や恐怖は微塵も存在していない。
 主に例えられた言葉、武者修行と自らも口にしながら楽にそれを終える事をなんとなく考えている始末。
 強さとレベルの関係を信じていないのが明白にうかがえる。
 実際巴は今澪と全力で戦ったとしても負けるとは考えていないし、例えレベル1だとしても真と戦って勝てるとも思っていないからだった。
 その時、通り抜けざまに大小様々な形の岩が擬態を解いて一斉に巴を襲った。
 鋭い爪と牙を持ち、岩とよく似た質感の鱗に包まれた、ワニのような魔物達だ。
 長い尾の先にはサソリの尾と同様に攻撃に使うであろう針まで備えている。
 完全なる奇襲。
 だが巴は拳と蹴りで最接近していた二匹を蹴散らすと残りを抜き放った刀で一刀のもと斬り伏せていく。
 明らかに高い防御力を誇るだろう鱗も巴の前には意味をなさなかった。
 合掌ものの蹂躙はさほど長くはかからず、だが巴は今度はブライドサードの時の様にそのまま走り去らず足を止めた。

「……なんじゃこいつらは。こんな魔物はおらんかった筈。むう」

 既に絶命した一匹を拾いあげる。
 五体満足なら巴よりも大きな個体だが、難なくその胴の大半を彼女は持ち上げて観察する。

「何者かにいじられとる。なるほど、あの羽虫はこういうののナニカから逃げておったと見るが妥当か?」

 鱗や爪、各部の触感。
 順番に確かめていく巴。

「なるほど、精霊を食わされた、というところか。地属性の……下等種じゃろうな。あの小人のようなナリをしたのを何匹か喰らうとこんな変わり種になるか。んふふ、誰かは知らんが程よく狂った面白い実験じゃな」

 巴がそのまま魔物達の体を調べていく。

「ほーう? 人為的ながらもキメラの大半とは違い生殖能力は種として保ったままか。どれ、味もみ……ん、それはやめておこうかの。一応いくつか亜空に放って詳しく調べさせる、調理の可能性はその後でも良かろうよ。第一これは、あまり刺身という雰囲気でもない」

 調査を続け、だが口に肉片を運ぶのはとりあえず止めた巴が、次に周囲を見渡す。
 ごろごろと茶褐色の岩が転がる一帯。
 その何割かは魔物の擬態だった。
 つまり巴が立つこの場所が既に物凄い危険地帯である訳だが、仲間をあっさりと殺された魔物達は即座に襲ってくる事はなく、また巴も現状をきにした様子がない。
 そんな奇妙な状況の中、巴はこの日一番の笑みを浮かべながら顔を上げつつ視線も上へと向けた。

「アレじゃな。この辺りの支配者は。でかいではないか。そしてこのトカゲもどき? どもとは違うのをいじった個体らしいのう」

 彼女の視線の先。
 そこには大きな影を生んでいる岩塊が一つ。
 いや岩塊に擬態した魔物が一匹、か。

「レッドビーの奇行の原因がお主かどうかはどうでもいい。儂の初めての武者修行の糧となれる事、ただそれだけを喜ぶがいい!」

 それが魔物と見抜きながら。
 岩塊めがけて刀を振り上げて突っ込む巴。
 まさに狂戦士のごとく。
 一方の魔物もまた、自らに危害が及ぶ事を察し擬態を解き、地面を震わせながら本来の姿を現す。
 巨大な岩の塊が半ばまで持ち上がり、先端付近に黒曜石に酷似した眼球が二つ。
 左右から四対八本の足が広がり巨躯を支え。
 その八本の足とは別に大きな鋏がある一際特徴的な大きな一対の腕も備えた岩の魔物は、巴に向けメインの武器であろう鋏を先制攻撃よろしく交互に振るった。
 先ほどのワニらしき魔物とはまた違う、奇妙な形の魔物。
 決して速くはなかった鋏での攻撃だが、その姿を見た巴の動きが一瞬止まり、二撃目がまともにヒットした。
 薙ぎ払われ姿勢を保てなくなった巴が膝をつく。
 ただし。
 重量も相当だろう大鋏と巴の身の間には手が添えられ、一応の防御は出来ていた事を示していた。

「LGiuuuiiii!!」

「……」

 耳慣れない鳴き声で大気を震わせる巨大な魔物。
 戦いを前にした咆哮を想起させる。
 対して巴は動じる事なく静かに服の土を払い、顔を上げた。

「お、おおおおお!! カ、カニではないか!!」

 攻撃を受けた痛みも、怒りも、返しの咆哮でもなく。
 瞳に、表情に、とにかく顔の全てをキラキラした喜びと感動に満たして。
 巴はそう叫んだ。
 ダメージはあったのか、なかったのか。
 少なくとも外見からは大鋏を受け止めた影響は無いようだった。

「見たぞ! 儂は見た! あれは確か雪が舞う寒い情景の中、暖かな室内で鍋を前に盛られていたお主の肉を!! お主は、カニじゃ!!」

「????」

「タラバか? ズワイか? ハナサキか? ええい、どれでも構わん! 爪肉の先、甲羅の味噌の一滴まで、全て亜空に持ち帰る!!」

「LGっ!?」

「くふふふ、推してまい、い、いただきます、じゃああああ!!」

 かなり狂暴な陸蟹の一種に、ガインクラブという魔物がいる。
 雑食であり、草木も虫も動物も、魔物でさえ見境なく襲うかなり強力な魔物だ。
 一説には極めて美味であるとも伝えられているが、現在それを確かめ存命している者は少ない。
 そのガインクラブの風貌によく似ていながら桁外れの防御力と体力、巨大さを誇り、荒野の一部において食物連鎖の頂点に立っている王者が……昨日までいた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「これが……カニか。美味、じゃな」

「はい。何故か無言になってしまう、けれど間違いなく素晴らしきもの、と。美味です」

「うむ。うむ」

「……」

 カニの出現で修行に区切りをつけた巴は亜空に戻り、早速その調理にあたらせ、味をみた。
 時代劇の登場人物が楽しんでいたでその味と全く同じであるかはともかく、どこかの何者かに手を加えられたガインクラブは実に美味であり、巴とその場に居合わせた幸運なオークとミスティオリザード達は山盛りのカニ肉を前に舌鼓を打った。
 言葉少なにご馳走を楽しむ巴とカニの調理に参加した皆々。
 サイズがサイズだけに一匹だけながら十分な量がある。
 重く硬い殻と格闘した甲斐があったと誰もが思っていた。

「と、巴様!!」

「なんじゃ、このような時に」

 そこに一人のオークが伝令を持って走ってきた。
 食事の邪魔だからと念話を無視していた巴に、それでも緊急に伝えたい事があったのだろう。

「はっ、はっ! エマから至急お伝えするようにと!」

 全速力で走ってきたであろう彼は、息を整えるのもほどほどに巴への報告を急ぐ。

「まあ、落ち着け。まずはお前もこれを食うが――」

「申し上げます! 先程から澪様が若様の資料庫で巴様の記録を次々に――」

「な、なんじゃとおおお!?」

 報告を半ばまで聞いた巴は口に含んでいたカニ肉を勿体なくも盛大に噴きだすと、遠方の一点、至宝と呼んで差し支えない物達がある場所を見据え、一気に転移。
 若様の資料庫、巴様の記録。
 それは。
 深澄真の記憶から巴が救い上げ、丁寧に丁寧を重ねてそれはもう丁寧に作成と編集を施した……時代劇達、とその他の真の記憶、様々な情報を保管した場所を示す言葉だった。

「やらせはせんぞ、澪!! それは断じて食べ物ではないわぁ!!」

 そう巴が現場で吠えたのは、報告から僅か数秒後の事である。

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