月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

ここにいるよ

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 ミュラーという女がいる。
 彼女はヒューマンで美形と持て囃される連中と比較しても遜色がないどころか、勝るほどの容姿を持って生まれた。
 そしてダークエルフとして静かに暮らすには、彼女は少しばかり欲深かった。
 といってもエルフとしては、である。
 その辺りのヒューマン並みだ。
 たかだか耳の長さが少しだけ人よりも長く、長寿なだけ。
 だからきっと自分はこの世で認められる。
 この世の寵児たちの中で、美しさを認められ神にも愛される。
 それはミュラーが見た、彼女にとってはささやかな夢。
 だがヒューマンと女神にとっては、亜人が抱くには遥か、過ぎた夢。
 彼女の望みは叶う事はなかった。
 百年かけても二百年かけても。
 押しても引いても何一つ変わらない世界。
 何が変われば、亜人の美がヒューマンに伝わるのだろう。
 考えて、辿り着く所は大して多くは無い。
 真っ当に考え進めば、女神だ。
 神がどうにかなれば、人も変わるのだ。
 変わってもらえばいい。いなくなってもらってもいい。
 女神がいないと、誰が困るのか。
 竜でも精霊でも変わりなど出来るかもしれない。
 きっと出来る。
 そうして……ミュラーは反神教に出会った。
 女神の秩序に様々な疑問を持つ集まり。
 神の支配に挑戦する、決して諦めない同胞たち。
 彼らと出会ってミュラーは新しい目的を得た。
 長年の疑問への答えを得た。
 
「アレは全能の神などではないわ。力を持った、ただの一個の存在に過ぎない」

「その力が圧倒的で強大だから永きに渡って世界に君臨してるんだがねえ。君ら反神教もまあ諦めが悪い。とうとう大国を打倒する戦争まで起こすんだからな。旗色は悪そうだが?」

「ええ、悪いわね」

 ミュラーはどうでも良さそうに会談相手の指摘を認めた。

「……あっさり認めるものだ。もっとキーキー喚くかと思っていた」

 リオウは面白くなさそうだ。
 ミュラーとリオウ。
 ヒューマンの街に自発的に住んでいること以外は全く共通点の無い二人だが、面識はある。
 リオウにとってミュラーはお得意様だった。
 拉致したヒューマンや亜人を売るのに、反神教ほど良い表情を引き出せる相手はそうはいない。
 逆もまた然り。
 ミュラーにとってリオウは奴隷と同志を集めるついでに特殊な物品を調達先として重宝している相手だった。
 
「確かに少し焦りはあったかもしれないと自己分析はしているもの。女神の意思を良しとしない大国の誕生、なんてあまりにも大きな一歩を私が導ける。今回は特に雌伏の時も長かったから、皆の気勢も高まっていた」

「確かに、成っていれば面白いが。ま、お前の事だ。また潜って気長に時を待つか。理解できんが、先の約束通りの協力はした。こちらも表の顔との信用を天秤に賭けての危ない橋を渡ったんだ、頼むぞ」

 成っていれば面白い。
 リオウの言葉は昏い期待がこもっている。
 女神を良しとしない国。
 しかも大国。
 そこではさぞかし、人が売れるだろうと。
 ヒューマンを奴隷にしたがる亜人やヒューマンが沢山集まる素晴らしい国になるだろうと。
 ツィーゲを一歩出ればそんな世の中が広がる。
 リオウにとっては旧い知己にしてお得意様からの依頼で噂を流したり、布教を手伝うだけの価値があった絵図だったのだ。

「……今後のお付き合いの事?」

 ちなみにミュラーはヒューマンの奴隷を数名所有している。
 その喜び、嗜好は当然リオウが教えたものだ。

「決まってるだろう」

「ええ、後任者にはきちんと貴方の事も伝えておくわ。安心して」

「後任、だと?」

「今の反神教のトップは私なのよ。これだけの動きを見せて事が失敗した時、私や幹部の目立ったのが逃げおおせたら頭の意味がないでしょう?」

「……まさか、死ぬ気なのか」

 何百年と生きて、亜人の美がどうのとずっと同じ事を諦めずに訴え行動してきた女が死を選ぶ。
 リオウは素直に驚いた。
 信じられない、と表情が彼の感情を如実に語っている。

「当然でしょう。私が反神教の歩みを止める訳にはいかない。それにまだ、魔人様の介入という逆転だってあり得る。だから本決まりではない仮の予定に過ぎないけど」

「頭の意味がない、などと。折角トップにまで上り詰めたのだ。ここからじっくり進めれば良かろう」

 エルフには時間という武器があるのだから。
 同じ人物が長く組織を見る事が出来るというのは、革新には向かないが地道にこつこつやるには都合が良い面もある。

「私たちは群体なのよリオウ。頭は失敗した時に死して相手を油断させるためにいるの。女神の勢力というのは上層部に行けば行くほどヒューマンばかりになる。彼らはすぐに死ぬ。短い間隔で代替わりを繰り返すから昔の事などすぐに忘れ、危機感も薄れさせていく。だから、反神教わたしたちはまだ存続しているのよ」

 経験した世代と経験していない世代。
 体験と知識。
 これらの間には多少なりとも断絶が存在する。
 長命種エルフから見た短命種ヒューマンの決定的な弱点であり。
 ヒューマンや似た寿命の亜人にとっては永遠の課題でもある根深い問題だった。

「……執念だな。個としての存在を群れに溶かしてまで、女神を憎むか」

 リオウが哀れみの目をミュラーに向ける。
 女神など程よく無視して生きていけばずっと楽だろうに、と。
 美だの神だのと妙な拘りを持ったが故に、最後には個ではなくなり組織の為に役割を果たすだけの駒になるなどリオウには考えられない事だった。
 トップになったとて、トップの役割を果たすだけだというならそれは名前が違うだけの駒に過ぎない。
 リオウも組織らしきモノの長だが、彼にとって組織は自らの欲望を効率よく出来るだけ安全に満たすための道具だ。
 決して自分を犠牲にする事などあり得ない。

「女神はただ圧倒的な力を持つ存在に過ぎない。だから、反神教われわれが諦めなければいつか絶対に勝てる。その為の手は既に手中にあるのだから」

 ミュラーは恍惚とした様子で呟く。

「力で勝れば勝てるというのはシンプルな」

「そしてその日は遠くない。出来る事ならその日を生きて迎えたい欲も少しはあるわ。でも」

「……」

「本音を言えば、私はもっと状況が混迷として、この戦争に魔人様が介入して欲しいと思っている」

「魔人、本当にクズノハ商会に関連した存在か? 蜃気楼都市との関係なぞ完全にこじつけだと思うぞ?」

「あの時、リミアには反神教の同志だっていたのに。彼らを洗脳すら用いずに完全に魅了したという魔人様の力。反神教を離れた彼らが目にしたモノを、私も見てみたいから」

「星湖の一件か。敵の敵が味方になるとも限らんというのに、よくそんな不確かなモノに期待できるものだ」

「ずっとずっとずっと。あの神を墜とす為だけに私たちは怨嗟の祈りを集めてきた。私が仲間に入る遥か昔からよ。気が遠くなる程の時間をかけて煮詰め続けた神滅の輝き、それさえも上回るナニカをそこに見たならば」

「ならば?」

「私も見たい。どんな光なのか、闇なのか、火なのか、水なのか――」

 ミュラーは自分の世界に没入して軽くトリップし始める。
 風、大地、影、星、と独特の言い回しも含んだ独演が続く。

「やれやれ。こうなっては話は無理だな。とはいえ私としてもクズノハ商会の二人に未だに何の変化も無いというのが気になるところだし、お暇する良い時か。……しかしまったくわからん。おのれらが時間をかけて用意した心の拠り所を、突然出てきた味方でもないのが上回るなど。私なら怒り狂うよ」

「見解の相違ねリオウ」

「うっ!?」

 既に反応は期待できないと思っていたミュラーからのまともな返答にリオウは息を詰まらせる。

「突如全てをご破算にする絶大な力が女神をも蹂躙する。こんな爽快な話は無いの! だって、圧倒的だった筈の女神でさえ上には上がいて頭を力ずくで押さえつけられる。愉快でしょう!? この上なく最高に愉快な話よ!!」

「……」

 ただ世界に新たなる支配者が現れるだけの事が何故そんなにも嬉しいのかとリオウは思う。
 大体、女神に取って代わる存在が女神よりマシな支配をする保証などどこにもない。
 女神の理不尽を淘汰するのではなく、女神の絶対を打倒する、否定するだけの方向に歪んでしまっている。
 幾重にも偽装を仕込み、ツィーゲのいかなる勢力もミュラーとリオウの密会は知られる事はない。
 そんな絶対の自信を持っているからこそ、対岸の火事とばかりにミュラーの変容を他人事のように眺めているリオウ。
 ……椅子に腰かけたもう一人の人物が二人の会話を最初から最後まで聞いている事など露知らず。

(なるほど、知り合いでしたか。けれどアイオン王国との関わりは出てこないまま。この二人も知らない思惑がまだありますの? 面倒な害虫ども……)

 澪である。
 二人の表情や会話の様子の仔細から探れる事もあるかと直接赴いていた。
 リオウもミュラーも、部屋に三人目がいるなどとは全く思っていない。
 外で警備に当たっているカンタも、ライドウと澪がいる筈の部屋を見張っている班の連中も澪がここにいるだなんて毛ほどにも思っていないのだ。
 澪が潜入シーンに凝りに凝った結果。
 彼女の糸が様々に溶け込んで魔術での検知が極めて困難であるように。
 澪自身がそこに赴いてもなお、当事者に認識されない技を身につけるに至ったのである。
 そう、夜中にふと部屋の暗がりに目を向けると身を縮めて、或いは大きく脚を伸ばしているアシダカグモが姿を見せる事があるが。
 では日中隠れている彼らは家にはいないのか、いやいる。
 むしろ夜出てくるのは夜行性がどうのとか獲物の活動がどうとかではなく、家主にちょいと挨拶をしているだけという可能性すらある。
 と、澪の主である真に思わせた程の絶技であった。
 スニークスキルの一つの究極とすらいえそうな高度な技を、澪は習得してしまった。
 網を張れて、巣も作れて、追い回す事も気配を絶つ事すら自由自在。
 最早獲物に未来はない、悪夢のスーパースパイダーである。
 澪と大泥棒のシナジーが生んだ新たなる一面がこの局面で活躍していた。

(王国のは捕らえましたけど自決。巴さんに蘇生してもらうとして、若様がお帰りになる前に鶏肉の味染み具合も確認しておきたいのに。料理以外の手間は勘弁ですのに)

 湯呑みを口に運ぶ澪。
 中身は玄米茶。
 先ほどまでは冷たい麦茶を味わっていた。

「で、王国側の強力な巻き返しの理由は見当が付いているのか? このままではジリ貧だろう」

「当然ね。私がここで死んでもいいと思ってる理由の一つでもあるもの」

「聞いても? 教えてくれると少しは助かるが?」

「女神の使徒よ」

「……使徒。あの連中か、出てきていたとは」

「ええ。神も追い込まれている証拠ね、魔族も良く頑張っているから」

「使徒が勇者のいるリミアでもグリトニアでもなくアイオンに力を貸すか。にわかには信じ難い」

「今の使徒は二人いるもの。どちらもリミアの勇者と合流する予定だったけど、一人はアイオンの窮状を見て手土産代わりに王国を手助けしてから向かうつもりでいるようね」

「……」

「もし使徒の一人をここで潰す事が出来れば魔族とヒューマンの戦争も更に混乱の極致へと向かっていくでしょう。反神教わたしたちにはとても望ましい状況になる」

「女神の使徒を潰せれば良い、か。私には手段と目的を取り違えている致命的な状況に見えるよ」

「リオウ、エルフなのだから貴方ももっと時間をかけた物の見方をしなきゃ。私が今回を殉ずる価値があると判断したのは確かな目的への前進が果たされると確信しているから。ねえリオウ。布教だけじゃなく、本当に同志になるつもりは」

「無いな」

「可哀そうな人。人の感情なんてどんな輝きを見せた所で一瞬の代物でしかないのに」

 今度はミュラーがリオウを哀れむ。
 滑稽な二人だと、澪は薄目で眺めながら欠伸あくびをする。
 おかしなカルト宗教にハマっているようで、ミュラーの方は中々侮れないとも澪は感じている。
 ところどころで真を戦争に巻き込もうとする意図が見え隠れするからだ。
 リオウの欲望にもミュラーの願いにも全く興味が無い澪。
 彼女が大事とするのは今も、いや、今は一層ただ一人だけ。
 
(もうあらかた情報は吐いたようですね。では、私は戻らせてもらいますか)

 立ち上がると澪は手を口元に当てる。
 あふ。
 また小さく欠伸が漏れる。
 二人を横目に部屋の角に向かって歩き、そのまま壁に沈んで澪は消える。
 真をして最上級の潜入スキルというよりも怪異とかホラーの世界、と言わしめた澪の手練てれん
 犯罪屋とカルト宗教信者では立ち向かえる訳もなかった。

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